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 さて、授業も始まったがまずは考察をしよう。

 私はノートを取り出してさっき言われたことをまとめた。


 ・入学当初に道を間違えて教えられた理由は、階段が氷漬けになってて危険だったから敢えて遠回りさせた?

 ・席を譲ったのに座らなかった理由は、そこにリマンダ様が座るから?

 ・水をいきなり溢されたのは、そこに薬物が入っている可能性があったから?


 さっき話したのはこの三点。思い直せば嫌がらせの数々なんて多すぎるから正直全部は覚えてないけど、全部私のためだったとしたならかなり労力もかかっていたと思われる。

 嫌がらせなのに、その内容は優しい。言わば恩情だろうか。

 そういえば、フェリア……フェリア……という名前。よくよく考えれば何か引っ掛かることがあるような。初めて聞いた時から馴染みがあった気もしたんだが。この既視感はなんだろうか。


「あ……。」


 懐かしい記憶が、ふと頭によぎった。


『フェリア様がね、可愛いんだよ〜!』

『フェリア様……? ふーん』

『ちょっと聞いてよね〜。フェリア様は悪役令嬢なんだけど、これ全部主人公の為にやってるの!』

『はあ……』


 確か、野薔薇が話していた。あれは紛うことなきフェリア様のことだ。


「アリス、熱心に何書いて……る……。は……?」


 フェリア様の性格は何だったか。まずは会話を思い出さないと──。

 しかしどうでも良すぎて話半分で聞いていた。野薔薇はよくゲームの話をしていてあまり興味がないんだ。

 でもあれは確か、珍しく推しが違うものだったから記憶には残っている。王子キャラばかり好き好き言う野薔薇が急にフェリア様のことを言い始めて驚いた記憶がある。


『フェリア様はね、悪役令嬢なんだけどツンデレっていうのかな〜。素直になれなくて嫌がらせしちゃうんだよ』

『おもしろ要素だったのかもしれないけど、主人公に不器用に伝える様子が本当にかわいいんだよね』

『あと、あれが後の伏線になってたのは感動したかなぁ。私は二週目でそれに気が付いたけど』


 思い返してみても有力な情報はあまりないな。

 でも、フェリア様がツンデレであることは大分いい情報だ。これからは裏を読んでいこう。


 ・フェリア様はツンデレ。


「アリス、あんたふざけてるの?」


 ならば私ももっとフェリア様とコミュニケーションをとったほうがいいだろう。避けてばかりではだめだ。それは失礼だし、なによりフェリア様が可哀想だ。私のために教えてくれているのに、無下にするなんて。


「おーい……」


 私は一ヶ月間も何をしていたんだろうか。名前を聞いてすぐ思い出せたならこんなことにはならなかったのに。しくじった。


「アリス、アーリース」


 ツンツンと隣でクレアは私のことをつついてきた。


「なに、クレア?」

「授業中に、何書いてるのよ、これ」

「これはフェリア様の情報だよ。分かったんだよ。全て」

「はあ……」

「フェリア様は私達のために教えてくれてたの」

「ふーん。それがこのメモ、ね。なるほど、後でちゃんと話は聞くけど──」


 納得してないようなしたような真剣な表情だ。


「ま、アリスが言うなら、取り敢えずはそれでいいや。私も勝手に色々と調べてみるし」

「うん」

「そっか、じゃあフェリア様に教科書を燃やされたと思ったけど、それは別の授業で使う教科書だったから運が良いねと話していたところ、たまたま机の中に前の人の忘れ物があって、それが次の授業で使うものだった幸運も、フェリア様のおかげか」

「結局あの教科書の持ち主が分からなくて、名前欄に拾った人差し上げますと書かれていると思ったら、下駄箱に燃やされた教科書の新品とラブレターに見せかけた『あげます』という紙が入ってたのは、クラスの誰かに私が好かれてたんじゃなかったの?」

「……あれ、王子だと思ったのにな」

「……それは、ちょっと……」

「うん、アリス、あまりにも不自然よ。今までのストーカー疑惑だった助けてくれる人」

「…………そうだよね」

「フェリア様のお陰かもね」

「…………」


 フェリア様のお陰だな。

 フェリア様へのお礼にやりたいことリストとか作ってみようかな。これは後ろのページに書いておこう。


 ・フェリア様に感謝をする。


 なんだか、フェリア様が怖くないなら、誰とでも話せる気すらしてきたな。

 さて、思い出す作業に戻ろう。伏線とやらがあるらしいが、発言を注意深く聞いておいたほうがいいのだろうか。

 野薔薇がフェリア様を褒めているところしか思い出せない。何か、有力な情報は……。


『──そうだ。でもフェリア様はね』


 どくり、嫌な音が胸の奥でなった。 


『私それで泣いちゃって──』

『は? なんで』

『あのね、冤罪にかけられて死んじゃうんだよ』


 そうだ、そこでこのゲームに興味を持ったんだ。

 一体、野薔薇を泣かせるゲームはどんなものなんだ、と。結局やれることはなくてここにいるわけだけど。


「……助けないと」


 一つの目標が決まった。

 そのためにはまず、この世界について色々と知る必要がありそうだ。

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