7

 授業はこれといったことはなく滞りなく進んでいく。私も凝視することをやめ、授業に集中するとあっという間に一時間は終わり、チャイムが鳴った。

 そこからが、勝負だった。

 チャイムが鳴るや否やフェリア様がこちらに駆けてくるではないか。当然逃げた。

 そうして適当に走っていたせいもあって、ここの道がよくわからない。生徒手帳に地図があるので迷っても心配は無いんだけど。


「はぁ、私のせいとはいえ、大変な目にあった。それにしても、この学校って広すぎるなぁ」


 五階建ての学校。それなのに広い敷地内。王族や貴族がいるのだからそれくらいあって当然ではあるけど。


「あれ、アリスちゃん?」

「あ、リリ! 今何してるの?」


 リリは私と同じ平民出身らしく、メガネをかけて桃色の髪の毛はおさげにしている。なんとも優等生みたいだ。クレアも優等生みたいだし、平民のみんなは選ばれるだけあって真面目そうだ。


「生物室がこっちにあるからそこで授業を受けてたんだよ〜。あれ、アリスちゃんってこのあたりの教室使うっけ?」

「ええーと、」


 私は手短にさっきの出来事を伝えた。リリは苦い顔をして、でも真摯に話を聞いてくれた。


「フェリア様かあ。悪い噂はよく聞くけどね。使用人に暴行を加えたとか、我儘お嬢様だ、とか」

「そうだよね……やっぱり怖い人なのかぁ〜」

「でも私はその現場も見てないから、ね。あくまで噂だよ。そうだな、された嫌がらせとか教えてくれない? 私も力になれるかも」

「そうだな……。じゃあまず、入学当初の授業で道を間違えられて教えられたこと、かな。それで遅刻寸前になったの。確かリリもその時教室にいたんじゃないかな?」

「えー思い出せるかなあ。一ヶ月も前の事だし」

「ほら、古典の授業で」

「あ、クレアちゃんと息切らして来たやつ? 思い出した、度胸があるな〜って思って笑ってたやつだ」


 ん、さり気なく笑われていたのか、私は。はずかしい。

 くすくすと結構長く思い出し笑いをするリリ。別にいいんだけど、そういう人なんだ。結構笑うね。


「あれ、私も大変でね。二階への階段が綺麗に掃除されて滑りやすくなってたの」

「え?」

「それだけならいいんだけど、ふざけ半分でそこに氷魔法を使った悪質ないたずらっ子がいてそこで転けた人もいるの。階段だから落ちて全身打撲〜みたいな。氷漬けになっていた階段から降りれなくて、みんな四苦八苦してたよ。結局遠回りしていたし」

「そうだったんだ……」

「ある意味幸運かもね。治療魔法で治せるからいいけど、落とされて頭から血を流す人もいたからね」

「え……治安悪くない?」

「まともに教育されてなくてお金持ってる人はみんな我儘だよ。やさぐれてるっていうのかな。ガラの悪い人には近付かないほうがいいんだよ〜。ヤバい人には近付かないって知ってるから、大きな問題は起こさないけど」

「忠告ありがとう。でも、そっか、階段……」


 まさか、私に気を遣って……。でも、遅刻しそうになったんだし。でも、階段を使ってたら怪我をしていたかも……?

 そもそも、道を間違えられて教えられたとはいえ、遠回りになるけど教室には着くルートだ。それも階段を使用しない際の最短だろう。それにも関わらず気付けなかった理由を今思い返せば、私達はこの辺りだろうと教室をその場で探していて、地図を見なかったこと。

 まさか。まさか……。


「他には何かある?」

「うーん、今日の授業の話でもしておく? 席を開けろって言われて席を譲ったのに座らず他の人にフェリア様は座ってたんだよね」

「真ん中の前から一番目の席?」

「え、そうだけど。なんで分かったの?」

「そこはリマンダ様の特等席だから。そこに座って取り巻きにぼこぼこにされた平民の子を見たことあるよ。でもあの人、自分より権力が上の人には手を出さないけど。面白いよね」

「そ、そうなんだ」


 じゃあやっぱり、フェリア様の一連の行動には意味があるのだろうか。意味のないと思われていた嫌がらせ。他にも何かヒントが得られるかも。


「あと、飲み水を全部溢された話とか!」

「うーん、それは……なんだろう。あっそろそろチャイムなっちゃうけど大丈夫?」

「げ……確かに。やばい、急がなきゃ!」


 そう言ってリリから離れようとしたが、リリは話を始めた。


「そうだ、ちょっと前に生活用水に薬物が入ってたみたい。幻覚が見えたり、操られたり?」

「……なるほど」

「副作用は不明だって。フェリア様のお父さんが見つけたらしいよ」

「……そうだったんだ」

「ごめんごめん。時間もないしワープ魔法使ってあげるね」

「ほんと、ありがとう! ……………えっ!?」


 ワープ魔法。イメージだけど並大抵の人間では使えないと思うんだが。というか魔法を使うこと自体この世界では難しいイメージがあったのに。


「リリって意外と天才児?」

「ふふ。そうだよ〜」


 笑ってリリは杖を翳して私の下に魔法陣を作り上げた。

 瞬く間に光に吸い込まれ、飛ばされた先は次に行く予定の教室だった。そして目の前にはクレアが。

 周りには席につく生徒達。いきなり飛ばされ立ちっぱで浮く私。


「クレア……」

「え!? アリス!?」


 突然隣に現れた私に驚くクレア。

 その声と共に振り向く人々。


「うわ、つい大きい声出しちゃった……」

「……どうしたの?」

「いや、急に……ここに、」

「気の所為じゃない?」

「なわけ無いでしょ……!」


 全面に困惑した顔を出していて少し面白いかも。


「実はリリがここまで飛ばしてくれて。凄いよね」

「はぁ……」

「授業間に合ってよかった。にしてもワープ魔法は凄すぎるけど」

「私だけ魔法が遅れてるのかな……」


 不安そうにするクレア。そんなクレアを置いていくように、授業は始まった。

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