5

 教室に戻るとにやにやした顔をしてクレアがこちらを見つめてきた。


「どうだった? この国の第一王子様との密会」

「からかわないで。でもどうして私なんかに関わってくるんだろう。嬉しいけど、謎だな」

「そりゃもう、アリスのことが好きだからでしょ」


 恋バナが好きなのか、いつもは落ち着いてるクレアの声のトーンは高い。

 ロイド様は入学して間もない頃から私に声を掛けてきた。当時も今も、それは謎。いつか解ける日が来るといいのだが、クレアは好きだから、としか答えない。


「それで、何話したの? ああ、二人だけの秘密にしたいなら聞かないでおくけど」

「茶化さないで。そもそも平民と王子って格が違いすぎるから。なんかフェリア様のこと勘違いしないでねって話されたかな」

「勘違い……?」

「うん。よくわかんなかった」

「勘違いもなにも、ないと思うけどねえ……」


 そうやって私達が言葉をなくしていると、怒号が聞こえた。


「平民、私の机を拭いておきなさいと言ったでしょう!?」

「す、すみません……。でも仕事はちゃんと……」

「ここ、汚れてるんだけど」


 薄ら笑みを浮かべるその貴族の女性はリマンダ・ガーデマン。何かと平民平民といびっているイメージだ。現代で言うところのいじめっ子。目をつけられたくない、そう思うけど──。


「クレア……」

「本当の金持ちなら、召使いの一人でも雇うのにね。お金がないのか、ああやって苛めるのが楽しいのか」

「…………」

「アリス、間違っても助けようなんて思わないでよね」

「フェリア様に睨んでるクレアがそれ言う?」

「手を出さなきゃいいの」

「…………」


 クレアは私の手首をぎゅっと握って、私が動くのを阻止している。


「……黙って見過ごすのも、同じ悪でしょ」

「別にそういう話をしてるわけじゃないのよ。アリスが何かあって傷つくのが嫌ってだけ。権力差とか、どうしようもないでしょ。退学だって、それ以上もあり得る」


 エスカレートする口論。それはその貴族と平民の子も同じようで、ついに貴族は手を上げた。


「言い訳は聞きたくないのよッ」


 ──ここから動かなくたって、出来ることはある。


「っ凍てつけ──」

「煩いわね。なんの騒ぎ?」


 私が魔法を唱えようとしたところで、凛とした声が教室中に響いた。


「休み時間は、煩わしい声をまき散らす時間じゃなくってよ」

「……ふふ、あら、フェリア様」

「いくら長い休み時間でも、直ぐに授業は始まるのだから、席にくらいちゃんとついて大人しくしたらどうです? ここは学ぶ場ですわよ」

「……そうですわね。はしたないところをお見せしました」


 両者笑顔で。そして何事もなかったようにリマンダ様は席についた。

 フェリア様は私と目が合うとこちらに近付いてきて、耳元で私にだけしか聞こえないような声で囁いた。


「っフェリア様?」

「アリス。いくら苛立っても貴族に手を出してはいけませんよ」

「…………」

「それがどんなに弱い魔法でも、最後に負けるのは貴方です」


 それから人差し指を唇にあてて、不敵に微笑んだ。

 フェリア様の意図が分からなかった。私を助けるような行動、そしていつもならしないような“名前呼び”。

 生徒は席につき、いつものように授業を受け始める。しかし、私の脳裏はフェリア様でいっぱいだった。

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