宙吊りブランコ

「おまえたち、それはじぃっと直視するものではないよ。目を灼かれてしまうからね」


 蜂飼いは、やけに大きくて派手な音がどぉんどぉんと響くその先の紅蓮のような火焔かえんを見てそう呟きました。

 どうやら、宇宙を巡るクレナヰサアカスが久方ぶりにおでましのようでした。


「血の紅や灼熱に囚われてしまった者、激情に焦がれてしまった者、光の真下に取り憑かれてしまった者……過激な炎に狂ってしまった、彼らはそういう者のなれのはてさ」


 蜂たちはその言葉をきちんと理解しているのかはわかりませんが、あまり近付くものではないと判断をしたようです。そっと、辺りを飛ぶ蜂たちがおとなしく、何匹かは蜂飼いの後ろへと隠れるような動作をいたしました。


 さあ! さあ! 寄ってらっしゃいみてらっしゃい! あまりの輝きに目が眩んでしまうあなたには、遮光グラスをお渡ししよう! 今宵の演目も、永久の無限に燃え続ける熱いものばかりでございましょう!


 じりじりと押し寄せる熱に、川底の星屑たちが「あついよう、あついよう」とべそをかきはじめました。蜂飼いはふうと息をはいて、火焔を吐き続けるドラゴンに引かれたサアカス団のテントの方へと歩んでいきます。


「どうもお久しぶりですルサンチマン団長。せっかくお越しいただいたところなのですが、川辺の星屑たちが熱さにやられてしまいます。どうか、演目は太陽や火星のお近くにしてはいかがでしょうか」

「やあやあ蜂飼い。今回はめぼしい者は流れ着いては来なかったのかい?」

「火吹き男でしたら、以前そちらへ流れ着いたはずでしょう」

「いやはや全く、最近の者はすぐにガソリンを被りたがるから芸がないという者だね」

「はあ、そういうものなのでしょうかね」


 蜂飼いはつとめて平静に、そう答えることにしておきました。

 あんまり話してしまって、うっかり蜂たちが興味津々に近づいてしまえば、灼けてしまうからです。


「いやはやどうにも。しかし先日には本物のヰカロスやプリンシパルの卵が流れ着いたという話を聞いたがね、その子たちはどうしたというんだい」

「さあ、ぼくは道を少しだけ見せるだけしかできませんから」

「鎮火してしまったんじゃあないだろうね?」

「そこまでの力、ぼくはしがない蜂飼いですよ。できるはずもないでしょう」

「そうかそうか、そうだったなぁ。蜂を穏やかに飼う蜂飼いには、激情の炎が消せるはずもなかった」


 団長がにっこり笑うと、その口や鼻から炎がじゅっと吐き出されました。

 少しばかり遅れて、ドラゴンに引かれたテントからは燃え盛るような悲鳴が、ギャアギャアと響いて聞こえてくるかのようです。


「新しい演目があるんだ、きみはどうやらグラスも使わなくていい素質があるから、今回も特別に見せてやらんでもない」

「それは光栄なことですね」


 蜂飼いははるか昔に眺めた串刺しショーも、大爆発の爆弾演舞も、そんなにお気に召さなかったのですが、今回もそれはぐぐっと飲み込んでみせました。


 ぎゃああ、きゃああ、と響く悲鳴のような声は歓声であるのでしょうか。燃えさかる炎に狂い上がる声では、それはもはや判別もつき難いなと蜂飼いはいつも思います。


 燃え上がる空中ブランコが、いえ、もはやそれは宙吊りブランコなのでしょう。太縄は一本しかありませんし、燃えたままの人がゆーんゆーんとばかりに大きく下弦の半円を描いておりました。演者は愉悦の表情を浮かべては、ワハハとばかりに高笑いをしているのです。


 ゆぅん、ゆぃいん、ごおごおと、燃え盛っては灰になり。その黒から再びヒトガタの炎へと戻るのです。熱に浮かされた演者の目には、もう理由は残っておりません。いかに凄惨に燃え続けるという行為にのみ夢中になってしまっておるかのようでもありました。


 あゝ、なんと凄まじくて、目を見開くような光景でしょうか。

 けれども蜂飼いはそれに心を奪われることはありませんでした。狂うことも、目を灼かれることもございませんでした。


「ああなってしまえば、もう救うことはできないのだよ……」


 無言の蜂飼いの表情を、圧倒圧巻と受け取ったのでしょう。ルサンチマンは鼻高々に、意気揚々とサアカス団を引き連れては、太陽の方へと去ってゆきました。

 その後ろ姿と火焔の名残を見送りながら、そっと蜂飼いは蜂たちに語りかけ、ポケットに忍ばせていた氷飴をひとつばかり、口に含むのでした。

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