アカツキノレコード

 レコード屋は酷く疲れきっておりました。


「あゝもう、こうさ。ぐいーっと一杯やりたいもんだね」

「呑んだらいいじゃない」

「だめだめ、おれはしごとがあるからさ。めいてい、、、、なんてしちゃいられないのさ」

「そうか、それならしかたがないのだね」


 蜂飼いは、必死に蓄音機や集音機を扱いながらあちらこちらの音を聴いているレコード屋に、パリオンでできたソファに座るように勧めました。


「あゝ忙しい、忙しい。どうしてこんなに忙しいのだろう」

「忙しさを捨てるという方法もあるけれど」


 蜂飼いの言葉に、レコード屋は「莫迦を云っちゃあいけないよ」と顔をしかめました。


「我がアカツキ・レコードは創業以来、ずっとその稼働を止めてはいない。止めるということは止まってしまうということだからね」

「うんうん」

「たまにさ、思うんだよこれでも。べつにおれが仕事を放棄したって、きっと、何にも変わらないんだってさ」

「そうかもしれないね。でもレコード屋はがんばっている、すごいことさ」


 蜂飼いはそう心の底から云いました。


「けれども、すごいことっていうのは止まるまで……いや、止まったって気がつかない奴らの方が多いものなんだよ」


 アカツキ・レコード。宇宙のレコード、レコーダー。

 ずっとずっと、この世界の記録をひとりで書きとめ、録音しているレコード屋。


「たまにはさ、ちょっと気をぬく日があってもいいかもしれない」

「それは……許されるんだろうか」

「違うよ、許すんだ。自分自身がね」


 そう言って蜂飼いは、ホッピーの栓を勢いよく開けました。


「割りものは……天の川焼酎なんてどうさ」

「いいのかい? そんな贅沢なものを」

「いいに決まってるさ、レコード屋」


 自分に厳しいレコード屋。

 責任感が強すぎるレコード屋。

 けれどもきっと、彼はやめることができないのです。


 蜂飼いは焼酎とホッピーをとくとくとグラスに注ぐと、飴をひとつ取りだしてはぽとんと中へ落としました。


「なんだいそれは?」

「無関心、の飴さ」

「むかんしん……?」

「そう、今のレコード屋にほんの少し、必要なもの」

「そっか」

「そうさ」


 ふたりはこつんとグラスを合わせ、ぐいっと中身を飲み干しました。


「ああ、久しぶりになんだか気分がいいぞ」

「そうかい、それはよかった」


 気づけばレコード屋はパリオンのソファにどっかと座っておりました。

 座ってはいけないと自分自身を戒めていたのは、なにを隠そうレコード屋自身でもあったのです。


「じゃあ、そろそろ行かなきゃ」

「うん、毎度あり。レコード屋」


 空の向こうへと再びいそいそと歩き出すレコード屋をおくりだしながら、蜂飼いは口笛をひゅうと吹きました。

 蜂飼いの肩には感情蜂カンジョウバチが2匹、静かに止まっております。


「さてと」


 蜂が少しばかり持ってきたのは『せきにんかん』と『しめいかん』の蜜です。もう一度蜂飼いが口笛を吹くと、蜂たちは自分の巣箱へと静かに飛んでいったのでした。

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