群青フリヰクス
すきま讚魚
はじまり・396Hzの星と飴
「あゝ絶望と憎悪の巣箱がまたあっという間にいっぱいになってしまった」
蜂飼いがそうなんとも言い難い表情でぼやきながら、どっこらせと集めた蜜を壺に入れては川岸へと運んでおりました。川には星の屑たちがたくさん流れていて、そのキラキラした水と混ぜて飴を作ります。それでもいつも、その真っ黒な飴だけがたくさん出来上がってしまうので、それをたまたま見かけた星たちは「仕方がないなぁ」とその真っ黒な蜂蜜を口に含んではそらへと旅立っていくのです。
黒い飴ははるか昔の星の光で温められて。すっかり溶けてしまう頃には、ニンゲンたちはそんなことをもう忘れてしまっておりました。
蜂飼いが口笛を吹くと、蜂たちはまた世界へと感情の蜜を集めにとんでゆきました。川岸では役目を終えた巣箱がごうごうと音を立てて、けれども静かに燃えています。
「ニンゲンたちは、こんな感情を溜めて溜めて、さぞや重苦しいだろうね」
「星になってしまえばきっと楽しいよ」
「そう。だってつらいことも忘れてしまうのだもの」
「けれども」
「だけど」
「そうだね」
「そうだ、そうだ」
「一生かけてあつめた蜜が、真っ黒だなんて。蜂はどんな気持ちでいるのだろうか」
「……なんとも。だってそれが蜂の生きざまでシゴトなのだから」
星屑たちは巣箱と一緒にその一生を終えてしまう蜂たちを見ては、哀しそうな声をもらしました。巣箱が蜂の蜜で満たされると、彼らの羽は役目を終えてその命と一緒に燃えてしまうからです。
けれども星屑たちは知らないのです。
飛べない星屑、名もなき小さな光たち、自分たちで羽ばたくことすら知らずに、そのぶくぶく会話する長い長い一生を蜂たちが憐れむこともあるのだということを。
世界の向こうから『ヨアケノヒグレ』の音が聴こえてきました。
それは始まりで終わりで、実は毎日起こるとるに足らないものだとされているもの。アポカリプティックサウンドだとか、終末のラッパだとか、ヘカトンケイルのめいめいの挨拶だとか、「ニンゲンたちはほうぼうに好きなように呼んでいるらしい」と、はるか昔に此処へ流れ着いた旅人が語っていたのを蜂飼いは思い出しておりました。
あゝ今日は何人しんだのだろう。ぶくぶくと星屑のひとつがそう呟いたのが聴こえてくると、川底はしんと一瞬静まり返りました。
蜂飼いはその昔、『楽団』にいたそうです。
けれども、今はせいぜいこの星屑たちや蜂に聴かせるために、時折ハーモニカを出しては吹いてみせる程度なのでした。
楽団、は煌びやかで、空も世界も旅をして。あらゆる名誉と羨望に溢れた集団です。今もこの星空のどこかを巡っては、連日連夜演奏会を開いておりました。
けれども蜂飼いは、ぼろの外套と帽子をまとって、蜂や星屑の相手をしながら、虹のように色とりどりの飴を作っては日々を暮らす方が好きでした。
『ヨアケノヒグレ』の音がする。
ワカレとデアヒの音が鳴る。
さあおいでませよ『クレナヰサアカス』。
夜のカアテンを引く頃に、空には楽器の音が鳴り響く——。
川底に沈んだピアノの鍵盤に、沈んだ星屑のカケラがぴんとふれては離れてゆきます。
「さて、しごとしごと」
空の向こうに視えたある色に、蜂飼いは腰をあげました。
今日はなんだか、たくさんの飴が必要になる気がしていたからです。
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