第5話 侍女のシーラ

 どうやって、ここを切り抜ければ良いのだろうか?

 そう考えてしまうのも、私が使うべきであろうベッドの隣にもう一つベッドが用意されている。

 そして、部屋から出ていく気配のないメイド。

 というか……あの格好のまま寝ようとさえしている。


「あ、あの……こ、ここで寝るのですか?」


「もちろんです」


 ベッドに潜り、彼女に背を向けて瞼を閉じる。

 これ以上問題を起こせば、更に対処を強めてくる可能性は高い。

 次のチャンスが有るのなら、それが最後だと覚悟したほうがいいのかもしれない。


 あの騒動から三日。私としてはさっさと終わらせたいのに、ここでの生活はやることがない。

 壁に頭を打ち付けようと思ったが……壁には既に対策が施されている。

 この部屋は至る所にマットレスのような柔らかいもので覆われているため、ここでは本当に何もできなくなっている。

 そんな行動をしようものならあのメイドがいるため、簡単に妨害されるだろう。ここから出ることも何かを使って死ぬことは許されない。


 そこで思いついたのが、何も食べないということだ。


 私はベッドの中で丸くなり、顔は出したままにしている。

 そうでもしないとあの侍女に邪魔をされるから。


「アストレイナ様。朝食ですよ」


「猛毒が入っているのなら食べる。そうでなければ食べない」


「そうは申されましても、何も食べなければお体に障りま……」


 ベルを鳴らし、扉が開かれる。

 面倒なのがあの扉。一度抜け出そうとしたため、今では向こう側からしか開かないようになっている。

 そこまで徹底されると呆れすら感じてしまう。


 たとえアレを突破できたとしても、きっと廊下に騎士が待機している。


 朝食が終わった後には毎日毎日、母親が様子を見に来る。

 今まではそれほど長い時間でなかったが、今日に限ってなかなか戻ろうとはしない。

 私と同じ髪の色と目。このまま成長すれば目の前にいる美人になれたとしても、私の意志が変わることはなかった。


「貴方のことを教えてはくださいませんか?」


 そう聞かれ、私がどんな生活をしここに来るに至ったのかも全て淡々と話した。

 私の出来事を話したことで、私が別の世界の人間ということをようやく理解してくれる。しかし、我が子であることに変わりはないと、ギロチン計画はあっさりとなくなる。

 この部屋では、シーラの監視もあり打つ手がなくなってしまった。


「もしかしてとは思いますが、アストレイナ様。このまま何も召し上がらないおつもりですか?」


「ええ、そうよ」


「わかりました」


 やっと理解してくれた?


「それでは、私もお供致します」


「ん? どういう事?」


「アストレイナ様がそのようなお考えになられたのも、私の責任でもあります」


「いやいや。貴方も隣で聞いていたでしょ? 私はスドウ ユキナ。アストレイナって子ではないのよ? 恨むのであれば、私であってこの子ではないの。それに、もしかしたら私が死ぬことで奇跡が起こるかもしれないでしょ?」


 そう言っても、ただ首を横に振るだけ。

 両親がなぜ、中身が入れ替わっても私に執着をするのか? この体に乗り移る前、アストレイナは階段を踏み外して意識不明の重体だった。そして、あの場所から飛び降りた私。


 よくあるようなパターンと、頭によぎったが……失うはずの娘が言葉を交わし、生きているという実感があるから私を娘と思う他ない。

 そんなことを知れば知るほど、少からず迷いも生まれてくる。


 私が私を失うことに未練はない。

 だけど、ここにいるアストレイナの両親は……スドウ ユキナがいなくなるとは考えない。

 そして、彼女も……何もかもを知っても、シルフォード公爵家の令嬢として接している。


「アストレイナ様。私はお仕えできて幸せです」


「あっそ……」


 誰かに仕えて、幸せに感じるなんてありえない。

 あんな事がなかったら私だって……過去のことで苛立ちを思い返してしまい頭までシーツを被せた。



 そのまま寝てしまった私は夕焼けをただ眺めていた。

 少し離れたところにシーラも座り同じようにしている。

 扉からノックの音が聞こえ、ため息が漏れる。


「夕食をお持ちしました」


「アストレイナ様?」


「私はいらない」


 部屋の中は料理の匂いが漂い。私のお腹がソレを欲するように小さく音を立てる。

 膝を抱え、できるだけ匂いを嗅がないように顔を埋めて抵抗するしかできない。


「いらない!」


「かしこまりました。下げてください」


 私がいらないと言えば、彼女に用意されていたものも一緒に片付けられる。

 こんなワガママを言っても、彼女はただ隣で微笑んでいる。

 太陽が沈み、明かりすら付けられないこの部屋は床に寝そべり僅かに見える夜空が唯一の明かり。


「シーラ」


「なんでしょうか?」


「一人にしてくれない?」


「アストレイナ様の申し出でも、それはダメです」


 そう言って、同じように寝そべっている彼女はいつもの笑顔を見せている。

 シーラから私に話しかけてくることはない。だから私は彼女のことをよく知らない。

 二人して窓の外を眺めている。


 何を考えて一緒にいるのか、全く理解できなかった。

 朝になればいつも先に起きていて、私を起こすこともなくただ見ている。

 目を覚ませば「おはようございます。アストレイナ様」と、笑顔を向けてくる。

 私はこの世界のことを何も知らないし知りたくもない。だから、彼女のことも知る必要がない。


 だけど……彼女が、死ぬことしか考えていない私の側を離れようとしない理由が少しだけ気になっていた。


「今日も召し上がりませんか?」


「いらないけど……貴方は食べてもいいのよ?」


「そうですか。では、下げてください」


「っ!」


 突然部屋に鳴り響く音にびっくりして音のする方を見てしまう。

 何があったのかわからない。シーラが、朝食を持ってきたメイドを叩いたということだけ分かった。


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