第3話 アストレイナの家族
血相を変えてやってきた人物は、見るからに他の人とは違う服装からしてシルフォード公爵家の当主。そして、この体の持ち主の父親。
騎士に向かって今度はビンタをあびせるが、一向に手を離そうとはしてくれなく。
頭突きをすると後頭部に激痛が走る。
「いだい!」
父親に叩かれたことを理解しても私は暴れ続けた。騒ぎによって駆け付けた騎士たちが父親の命令によって縄で縛られた。
手足を縛られて暴れる事もできず、抱きかかえられたまま運ばれていく。
私の命令を聞かないのに……。
縛られたまま、椅子に座らされてあの騎士は部屋から出ていった。
正面に居る二人は、この体の両親なんだろうけど……小説のように元の人格や記憶がまったくないから、他人にしか思えない。
それでも、事情を知らない娘の奇行に母親は顔を青くしている。
「アストレイナ。一体どうしてあんな事をしたんだ」
「飛び降りただけです。死ぬために」
私の言葉に落胆するのも無理はない。
この子がどうなろうと私の知ったことではないのだけれど。この人達からすれば自分の娘が自殺をはかったことに変わりはない。
この二人を憐れむ気持ちはあっても、私は考えを曲げるつもりはない。どういう状態なのかはもはやどうでもいい。転生によって第二の人生を歩むよりも迷わず死を選ぶ。
この子の意識がまだ残っていたとしても、私の知ったことではない。
「なぜそのようなバカなことを」
「馬鹿なのはもう理解しています。私の意識と記憶は、アストレイナとは違う別の世界の人間です。私は死ぬために飛び降りたのですが、気がつけば見ず知らずの少女になってました。なのでもう一度、飛び降りたまでです」
「まさか、いや、しかし」
父親はきっと、悩んでいることでしょうね。
自分の子供の姿をした赤の他人だということが分かってのなら、いや、まてよ……だとしたら、私がやらなくても、ここにいる誰かが始末してくれるんじゃ?
「というのは冗談で、私は暗黒魔道士。この娘の魂を喰らい……ええっと、あ、そうだ。本当の娘を返して欲しかったら、私を殺せば良いのです……だ」
父親は頭を抱えて深い溜め息をついていた。
さあさあ、その腰につけているものでスパッとやっちゃってください。
私は挑発するように、顎を上に向け首を晒していた。
「にわかには信じがたい話だが……それでも、お前は私の娘のアストレイナなのだな」
「違う違う。わたーし、あんこくまどーし。娘の体を乗っ取った悪い人なのです」
「アストレイナ。なんてことなの……」
後ろから抱きついてきたのは、母親なのだろうか?
貴方達がいくら泣こうとも、私には何も思わないわよ。私の両親にはなれない、この子に罪はないのだろうけど、私がこの子の代わりをして生きていくつもりは全く無い。
「アストレイナ。お前は何を望む」
「とりあえずギロチンかな?」
「ああぁ……」
母親は再び泣き崩れ、父親はがっくりと項垂れている。
次こそは、ちゃんと死ねると良いのだけど……。
しばらくは、あの部屋で色々と話しをさせられていた。私の意志は変わることはなく、互いに平行線が続く。
私のような人はまれにいるらしく、二人はアストレイナとしてここで暮らすように勧めてくる。
だけど、私の意見は聞こうともしない。
縄が解かれると、暴れていたこともあってくっきりとあとが残っていた。
「アストレイナ様。今日からここが、アストレイナ様のお部屋となります」
案内された部屋にはあっても良さそうなものが何一つ無い。机もテーブルもソファすら無い。
部屋の真ん中に大きな絨毯があり、あの天井付きベッドだけあった。
窓の内側には、黒い鉄製の格子があり……手を伸ばしてもガラスの破片を手に入れるのも難しい。
そもそも花瓶のようなものもないので、それを利用することもできない。
「まるで監禁部屋ね」
部屋の中にはメイドが待機している。
時間ごとに変わり、私が一人になることが難しい。
トイレやお風呂はこの部屋に用意されて、もちろん一人になれるはずもなかった。
とはいえ、アストレイナである私は、テラスから飛び降り、騎士に暴行を加えて別世界の人間だということも伝えた。
さすがにこのままってことはないとは思う。
今頃私の処分と、一人娘って言っていたから代わりとなる人を探し回っている頃よね。
後数日もすれば、私の役目は不要となってこの世界ともおさらばよ。
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