第2話 騎士の剣

 これで私は終りを迎えることができる。

 だけど、遠くからだけかが叫ぶような声が聞こえる。

 身を投げだした私を目撃して慌てているのだと……目を開けることもなく、ただこの落下に身を任せていた。


「うっ」


 テラスから飛び降りた私の体は地面にぶつかることもなく、耳元では誰から息遣いを感じる。

 荒々しく、何度も何度も大きく息を繰り返していた。

 落ちた衝撃ではなく、何が起こったのかを理解して自然とため息が漏れる。


 閉じていた目を開け、落ちてきた所を見上げる。

 あの高さからなら大丈夫だと思った。でも、この世界は私の知る世界ではない。


 あり得ないことがあり得るのかもしれない。だから、私はこの人に受け止められ無傷だった。


「はぁ、はぁ、はぁ。ご、ご無事ですか?」


 不幸なことに、この青年の手によって妨害されてしまう。

 軽々と体を持ち上げられ、地面に立たされてると裸足のため小石が刺さり痛い。

 赤い髪をした青年は、胸に手を当ててホッとしている。


 胸には金属の鎧。小説の表紙などでよく見たことのある姿。その記憶のせいか、彼が騎士だと思うのにそう時間はかからなかった。

 だけど、この人が邪魔をしたことで私は死ぬことができなかった。私が助かったことでホッとしている顔を見ていると腹が立ってくる。

 背の高い彼は、膝をついて目線を私に合わせている。


 私は彼を睨みつける。

 それなのに彼は、目を細め作り笑いを浮かべている。


 小さな手を握りしめ、小さな体でも届くその顔面を目掛けて拳を繰り出す。

 生まれて初めて人を拳で殴った。

 細い腕に痛みを感じるが、私には腹立たしか残っていない。


「痛いです。お止めください」


 何度もポカポカと殴っていると、私は良い物を見つけた。

 自然と口角が上がり、笑みがこぼれる。私はソレに手を伸ばした。


 騎士、腰にある剣を掴んだ。

 金属がこすれるような音が聞こえ、包丁とは全くの別物だった。


「お嬢……様?」


 しかし、なんとか踏ん張りつつも、剣の先端は出てこない。

 それどころか、持つのだけですらもはや精一杯だった。


「危険です。お止めください」


 剣身を掴まれて鞘に押し込まれる。体重を載せて引っ張るが……ビクともしない。

 掴んでいた柄から手がすっぽぬけ尻餅をついてしまう。


「大丈夫ですか? お嬢様、その様な真似はお止めください」

 

「お嬢様? 私が?」


「はい、その通りにございます。貴方様は、このシルフォード公爵家のご令嬢なのですよ? アストレイナ様、一体どうされたのですか?」


 公爵家……この城が公爵家だって言うの? 石造りの城だから、てっきりどこかの王族かと思っていたわよ。読んだ小説やゲームにはいろんな設定があるけど、公爵家って王族に近い血筋というものもあったわね。


 それでいて私は公爵家の令嬢。なんともよくありそうな設定よね。

 そんなことよりも、この人はこの城に仕える騎士みたいね。


 だとするのなら……


「公爵家の令嬢として命令をするわ」


「はっ!」


 頭を下げ、右手の拳を地面につける。命令という言葉に、騎士は絶対に逆らうようなことはない。

 その姿勢から見ても、私の命令を受け入れてくれるようだった。


「その剣で、私の首を刎ねなさい!」


 そう言い放ち、私は両手を広げた。

 この体の持ち主がどうであれ、私が憑依したことがそもそもの間違いなのよ。

 新しい世界で生きていくつもりなんてサラサラない。


「さぁ、早く!」


 しかし、騎士は動こうとはしなかった。

 命令は絶対だと思ったのだけど……


「どうしたの? 騎士である貴方が、公爵家の令嬢である私の命令に逆らうと言うの?」


「申し訳ございません。そのご命令には従えません」


 さすがに無理だったか、当然とも言える話よね。

 どうやらこの人はこれ以上言っても無駄のようだし、別の方法を考えるしか無いわね。

 城壁もあるから、外の様子はわからないし……歩いて確かめるしか無いわね。


「そう、分かったわ。だったら貴方はもう用済みね」


「お、お待ち下さい」


「あら、気が変わったの? 殺してくれるのならいつでもどうぞ」


 手を首にトントンと当て、首を斬るようなジェスチャーをすると、騎士の男は首を横に振っている。


「そのようなことは出来ません。ただ、どちらへ行かれるおつもりなのですか?」


 それは考えていないと言うよりも、ここが何処かということも分からない。

 ここで生きていくよりも、さっさと死にたいのに。面倒なことになる前に、さっさとここから立ち去るしかないわね。


「貴方はそのままじっとしていなさい、これは命令よ。私はこのまま城から出るわ」


 ペタペタと裸足のまま、歩き出す。

 しかし、十歩も歩かないうちに私の足は地面から離れる。


「離しなさい、令嬢である私が命令しているのよ!」


 さっきの騎士に後ろから抱きかかえられ、足をばたつかせたり彼を殴ろうとしたがその金属の鎧に当たって手がすごく痛かった。


「それは出来ません。どうか、大人しくしてください」


 こっちにはそんな事をしている余裕がない。

 ここで逃げられなければ、きっと最悪なことが待っているに違いない。


「はなせーー!!」


「アストレイナ! 何をしているんだ!」


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