第1話 死にたいご令嬢

 思えばあの頃から、何もかも間違っていたのだと思う。

 一人残された私には、何も残ってなんかいない。


 私は、全てに絶望していた。


 毎日毎日、睡眠時間を削り残業をして身を粉にして働いた。そんな生活をしても、唯一の支えがあった。

 こんな私にも彼氏が居たから、休みの殆どなくても月の数回会える彼氏との時間が何よりも心地よかった。

 体を重ね、愛を囁かれるだけで満たされた気分だった。


 ブラックとは言え、残業代も出るのでそれなりの給料があり彼の生活費にその半分を手渡す。

 その度に聞かされる「愛している」という言葉が私の唯一だった。


 その頃の私は、彼に会える時間のため必死にしがみついていたと思う。


 湿っぽい生暖かい風にさらされるが、頬に伝う筋だけは冷たさを感じる。

 空に浮かぶ雲の裂け目から月の明かりに照らされる。だけどその明かりだけで、辺りには人工的な光もなく静けさが広がっている。


 こんな所に、私以外誰一人いない。


 積み重なる過労に、とうとう体が耐えられなくなり私は体調を崩した。

 これまで懸命な努力は報われることはなく、二週間休んだというだけで会社をクビになった。

 すがる思いを彼氏に打ち明け、助けを求めたがあっさりと切り捨てられる。

 私には最初から元々何もなかったのだ。


 その事実がわかった……


「ごめんなさい」


 言葉に出した謝罪は、両親に向けたもの。

 私を守ってくれたのに、ごめんなさいとしか言えなかった。

 もし、これでまた会えるのなら……その時はちゃんと二人の前で謝りたいと思う。


 そして、私は両足で、何も見えない暗闇へ飛び込んだ。



   * * *



 人生とは、本当に辛いもの。

 何もかも絶望した……何もない空っぽな人生。


「うっ……」


 心霊スポットと呼ばれるホテルの廃墟。

 その周りには家もなく、道には街灯すら無い。

 それだというのに、私はまだ息をしていた。


 誰かが言った、生きれいればきっと良いことがあるからと。

 誰かが言った、死ぬ覚悟があれば何だってできると。

 誰かが言った、命を粗末にするな、生きろと。


 生きているから絶望する。

 生きているから虚無感に覆われる。

 生きているから……死にたくなってくる。


「ううっ……」


 あれだけ死にたいと願い、私は誰も居ない場所を選んだ。

 私一人で、あの場所から身を投げだしたと言うのに、私はまだ生きていた。


 私は手で顔を覆い隠し、生きていることに、自然と涙が溢れてきていた。

 なんで私は死ねなかったのかと、再び絶望する。


 助けて貰った感謝などありえない。


「まさか……泣いておられるのですか?」


 そんなの見れば分かるでしょ。

 鼻をすすり、溢れる涙が頬を伝っていた。

 私に声をかけた看護士は、バタバタと足音を立てて部屋から出ていったようだ。


 ベッドの布団に潜り込み。

 体を丸め……る。


「ここは? 病院じゃない?」


 あの高さから落ちたというのに、私の体はどこにも痛みを伴うところがなかった。

 助かったとしても、体が無傷というのはありえない。

 何よりも、手から伝わってくる感触に大きな違和感を感じていた。


 涙を拭き取る小さな手?

 これが私の手?


 布団を蹴飛ばし、目の前には、天井付きのベッド。

 脇に備えられた花の匂いはさっきと一致するが、花瓶がどう考えても豪華すぎる。

 ベッドのサイズはダブルなんて小さなものではなく、クイーンもしくはキングかと思うほど大きい。


「ここは一体……あれ?」


 そればかりか、聞こえてきた私の声がいつもと違うように……聞こえる。

 慌ててベッドから降りて、鏡を探すが何処を探せば良いのかが分からない。

 見慣れない部屋の様子に困惑するも、大きな窓ガラスが目につく。

 窓のガラスを利用し自分の姿を確認すると、髪は銀髪で、瞳の色は青い色をしていた。


「もしかして……転生した?」


 窓の外に広がる光景。その何もかもが異質な物に感じる。

 私が居る場所や、ここから見える町並み。そして、私の小さな体。

 読んでいた小説のような出来事が自分におきていた。

 窓を開け放ち、テラスから広がる世界。


「ここからなら、次こそは逝けるわよね」


 年齢も幼い少女に転生をしたため、椅子を動かすのも一苦労だった。

 持ち上げることもなく、ズルズルとテラスまで引きずり、椅子を踏み台にして手すりに立つ。


「よし! 高さは十分」


「きゃゃゃぁぁぁぁぁぁぁぁああ」


 と、すごい悲鳴が後ろから聞こえてくるが、私にとってそれはどうでも良かった。

 そのまま外へと足を踏み出す。

 落下していく体、それでこのまま私は死ねるのだと確信する。


 落ちていく感覚に身を委ね、広がる見たこともない景色から、目を閉じた。

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