第16話
「で、現実問題どこで寝るんだ?」
「それは蒼人くんが決めてください」
いや、俺が決めるのか。まぁ、ここは一応俺の家だからそれが妥当ではあるが。俺は一旦逡巡してから話し出した。
「流石に俺と畑山の部屋は無理だろ…。そうなると他の空き部屋かリビングだけど…本当に一緒に寝るならリビングが一番いいか?」
「リビングでお願いします」
「オッケイ、じゃあ、ちょっとテーブル、端に避けといてくれない?俺は布団持ってくるから」
「はい。分かりました」
俺は押し入れから二人分の布団を取り出してきて並べてひいた。
「ずっと使ってなかったやつだからちょっと古いけど」
「いえ、ありがとうございます」
「…」
時間がきたことを悟った俺は一応、最後の確認として儀式的に彼女に尋ねた。
「…本当に、後悔しないんだな」
彼女は笑って、さも当然のように答えてきた。
「ええ、もちろん」
俺は電気を消した。すると、部屋は何も見えない暗闇に包まれた空間になった。時計の針の動く音が室内に響き渡るほど異様に静まり返った。
聖女様の隣の布団にくるまっている俺は、結局依然として寝られていなかった。この漆黒の恐怖に耐えるのが精々だった。ただ、俺は俺のその状況を隣で寝ている彼女に気付かれないように俺は歯を食いしばり堪えていた。
そうしていると突然聖女様が俺に声をかけてきた。
「ねぇ、蒼人くん」
「…」
俺はそれに対して寝ているふりを装い何も返事をしなかった。
「起きているのは知ってますよ、蒼人くん」
「…」
それでも俺が返事をしないでいると聖女様は体を起こした。
まずいと思った俺は目をぎゅっと閉じて体を更に強ばらせたが、彼女は何故か部屋を出て行った。そして、玄関の鍵が開錠される音とともに彼女は家から出て行ってしまった。
俺は慌てて布団から跳ね起き、玄関まで向かい、ドアを開けて外に出た。
玄関の軒先に月の明かりに照らされるようにして聖女様は俺に背を向けて立っていた。
彼女はゆっくり振り向きそして、儚げに笑った。
「私じゃ駄目なんですか?」
「えっ?」
「私、蒼人くんに気を遣わせてばっかりじゃないですか」
「…」
俺はなんと言えば分からなかったので何も答えることができなかった。聖女様は泣きそうな顔になりながら続けてきた。
「もっと頼ってほしいんですよ。これじゃあ、私だけが蒼人くんに助けられてるみたいじゃないですか」
いや、違う。俺も助けられた。さっき俺に過去を吐き出させてくれたじゃないか、俺を慰めてくれたじゃないか、そう言おうとしているのに何故か俺の口からは声が出なかった。
「もうなんか…、虚しいんです。…私がなんでいるのか分からないんですよ」
彼女がそう言って何かを手放しそうになったのを俺は感じ取った。この瞬間、急に俺の体は躍動し始めた。俺は彼女を逃さないように抱きしめ、彼女に声をかけた。
「畑山、ごめん。そしてありがとう」
「…」
俺の言葉に何も聖女様は返してこなかったが俺はそれに構わず続けた。
「あのさ、俺も畑山には助けてもらってる。この前の屋上の時から今日の夜まで。畑山がいなかったら俺はもうこの世にはいないんだ。それに、俺も一方的にやってもらうというのは申し訳ないし情けなくなるんだよ。畑山だけじゃないんだよ。そういうのは」
「…」
「端的に言うぞ。俺も頼るから畑山も俺を頼ってくれ。これに拒否権はない。だから、教えてくれ畑山…、お前は一体何を抱え込んでるんだ?」
なんで俺なんかに依存しかけているのか、それには絶対に事情があるのは分かっていた。それを俺は亘さんから聞いた聖女様の事情に結びつけた。だが、亘さんから聞いた彼女が自殺しようとしていたことについて知っていることは彼女を傷付ける可能性もあるため、明かすつもりはなかった。
彼女はそこで俺の胸に彼女の顔を押し付けて泣きながら笑った。
「…蒼人くんって強引ですね」
「強引でもないとなんか手放しそうだからな」
「…ずるいですね…蒼人くんって…」
「それはお互い様だ。だから、話してくれ。俺にも畑山を手伝わせてくれ」
「…明日話します。だから、私に勇気をくれませんか?」
「…俺は何をすればいい?」
悪戯っ子のように笑って彼女は言ってきた。
「私と手を繋いで寝てください」
なかなかのことを言ってくる彼女を俺は見つめた。彼女は俺を俺の胸の中で見上げるように見つめ返してきた。
「分かった。いいよ」
俺は彼女の目を見て手を繋いで寝ることを決めた。俺はそう言って彼女と家に入り、布団に戻った。
俺は布団に入ってから薬を飲むのを忘れたことに気付いた。ただ、繋いでいる手を離すのもまずいので畑山が寝るまで待ち、寝たら手を離して薬を飲みに行こうと考えていたが、それは意外な形で崩された。
彼女の手はとても温かかった。人の暖気を俺に確実に感じさせた。それは俺の暗闇や孤独に対する怖さを打ち消した。
「おやすみなさい、蒼人くん」
俺は聖女様のこの言葉を最後に、眠りの淵へと誘われて行った…。
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