第7話 愛して哀し、藍に染まる頃

「なぁ、女神さん……」


 やぁ、みんな俺だぜ。山形次郎だ。ここまで俺の話しを聞いてくれて、ありがとうな。


 ところでなんだけどよ……やっぱり、ラーメン作るのは簡単じゃねぇぜ!なんせ中国四千年の歴史だもんな!四千年を俺一人で作るのは無理ってモンだぜ!


 でもま、俺一人だったら本当に無理だったかもしれねぇけど、俺には4人の娘達とアリスがいる。俺を含めたら6人だ!四千を6で割ったら666くらいだろ?それくらいだったら、なんとかなりそうだろ?えっ?ならない?それ以前に意味が分からない?

 大丈夫だ、問題ねぇよ!だって、俺にも意味が分かってねぇから!

 大事なのは、考える事じゃなくてだな……感じる事さッ!



-・-・-・-・-・-・-



「母さん、おかえりなさい。今日は早かったのね……あれ?お客様?」


「貴女がマシマシマシマッシちゃんね。アテクシは女神ラ・メン。ところで、あの野菜ってマシマシマシマッシちゃんが作ってるんですって?一体、どうやったら、あんなに芳醇なマナをたくさん得られるの?」



「ジロウ……やっぱりアレ……強がって現実逃避してるようにしか見えないわよね?」


「そうか?俺にはけっこう楽しんでるようにしか見えねぇけど?」


 家に着くなり、女神さんはマシマシマシマッシと楽しそうに話しをして盛り上がっていた。まぁ、マシマシマシマッシの本体じゃあねぇが、そんな事はお構い無しの様子だ。

 家に着くまでの女神さんは、俺が望みを言わない事に対して、何やらブツブツ言ってたし駄々っ子のように抵抗していたが、女神像から余り離れられないらしくて、結局引き摺られるように付いて来たって訳だ。




「凄い!凄い凄い凄い!何これ美味しい!これも!それも!あれも、全部美味しい!!あぁ、口の中に広がる濃厚で芳醇な香り……喉を突き抜けて頭を揺れ動かす清涼感……身体が次から次へと欲しがっても尚、満たされない高揚感……あぁん、なんて、なんてッなんて事ッ!こんなにも身体が欲しがってるなんてッ」


「まま、女神様って普段から美味しい物を食べてないんだね?」


「とんこっつ……多分、ここの食事が特別なだけよ?こんな料理、私だって王都でも食べた事ないし、恐らく女王陛下でも食べた事ないと思うわ。‒‒ぱくっ。あぁん、トロけちゃうぅん。やっぱり、最高よぉん」


「お袋!それ、あたいが貰っていいか?」


 なんだろうな、この絵面……。恍惚としながら貪ってる2人。黙々と一心不乱に食べてる1人。そして、黙々と食べてる2人。マシマシマシマッシは今日はこの場で一緒に食べないって言ってたが、蔓だけは食卓に付いてる。でも何も話さねぇから蔓がいるだけって感じだ。

 恍惚としてる2人はラリってんのか?って思える感じだし、それは娘達では見られなかった現象だから新鮮って言えば新鮮なんだが、毎度毎度食べるたんびにラリっちまうのはどうかと思うぜ?


 まぁ、いつもの食卓が更に賑やかになったと思えばいいか。ってな感じで、次は風呂にGOだ。

 女神さんは裸の付き合いに抵抗があるらしかったが、豚骨トンコッツ達の物理的説得で服を強制的に脱がされると、そのまま湯船にダイブしてた。

 その後はいつも繰り広げられるアリスの痴態を見ながら微笑んでいたが、それ抜きにしても風呂を満喫してたみてぇだったわ。




「ねぇ、山形次郎……。貴方って不思議な人ですね」


「女神さん、どうした?のぼせたのか?」


「アテクシは貴方にのぼせてますよ」


「俺は女だぜ?口説いても何も出ねぇよ……でもま、本来なら何も出ねぇが、今日は女神さんがこの家での居候記念って事で特別な一杯を出してやるよ」


マシマシマシマッシいるか?」


「なぁに、母さん?」


「ちょっと手伝ってくれないか?」


「ぶぅ……。全く、無粋な男……。でも……」


 こうして俺はマシマシマシマッシと一緒に作った塩ラーメンを女神さんにご馳走する事にした。

 それは俺がゼロから作り上げていったモノ達……切り身節と椎茸からとった出汁、ネギの風味を凝縮させたネギ油、色々と試行錯誤して作った塩ダレ、そして散々悩みに悩んだ挙句に偶然出来た生地を1日寝かせた中華麺。


 それらを手早く調理して出来上がったのは、この世界に初めて降臨したラーメン。器の中には他の具材はなく、スープと麺しか入ってねぇが、それでも今の俺が出せる唯一のラーメンだ。



「待たせたな。これが今の俺が出せる至高の一杯だ。ちゃんとマシマシマシマッシの分もある。さぁ、2人共……喰ってくれ!!」


ずるッ


「「ッ?!」」


ずるッずるッずるずるずるずるずるるるるるる、ずる


「「ぷはぁッ」」


「いい喰いっぷりだったな」


「母さん……これが、ラーメンなんだね?」


「あぁ、そうだ。俺が求めた最高の一杯には程遠いが、これがラーメンだ」


 俺は今にも泣きそうだった。テレビで見た番組の企画から始まった俺のラーメン造り。

 家族も、日本人である事も、性別も、生活も何もかもが変わっちまった俺が、この世界でゼロから創り上げる事が出来た一杯。それを2人は声にも出さず、無言のまま愛し合う夫婦のように……ただただお互いを求め合う恋人のように……そして純然と惹かれ合う宇宙に漂う星々のように、口の中が麺とスープで満たされていくのが、さも当然であるかのように最後まで無言のまま、スープの一滴、麺の一欠片を残す事なく完食してくれたんだ。

 俺の心は感動が満ち溢れ、今にも零れ落ちそうな程に涙目になっていた……と思う。



「感想はいいぜ。2人が完食してくれた事が、俺にとっての最大の褒め言葉だからな。でも、まだまだ俺が求める至高には程遠い……。じゃあ、俺は寝る。おやすみ、2人とも。そうだ、女神さん、部屋はどこでも好きな部屋を使ってくれ」


 俺はその言葉を残して部屋に帰っていったのさ。どうだ?キマってるだろ?カッコいいだろ?俺に惚れんなよ!




「食べ物は美味しいし、お風呂は最高だし、仕事はしなくていいし、あぁ、ここでの居候も悪くないですね……。でも、1つだけ足りないわ」


「女神様、食器は片付けておくので、女神様もお休みになって下さい」


「そぉ?ありがと、マシマシマシマッシちゃん。おやすみなさいね」




「ねぇ、山形次郎……アテクシは物足りないの。だから、特別に貴方を今だけ男にしてあげる。それも若々しくて精力に溢れていたあの頃に」




「んあ?あぁ、今……何時だ?って、そうだったな、この世界には時計が無いんだっけか……。いつもより早起きしちまったな。みんなはまだ寝てる時間だよな?それなら水飲んでもう一眠りすっか」


「まま……?ふわぁ……」


豚骨トンコッツ?起こしちまったか、悪りぃ」


「まま……食べる……」


ずりゅ


「お、おいおい、豚骨トンコッツ……俺を食べる時はみんなで一緒にだろ?って……えっ?なんで、俺のムスコが?」


ぱくッ


「や、やめ……豚骨トンコッツ……それは食べ物じゃねぇ……そんなに激しくしたら……我慢が……」




「はっ!?夢……か?まさかだよな?俺が男に戻った夢なんて……」


ずりゅ


「えっ?白湯パイタン?どうした、寝ぼけてるのか?」


ぱくッ


「な、これは俺のムスコの感覚……白湯パイタン、咥えたらダメだッ!我慢が出来な……く」




「はっ?!夢……か?そんな訳ねぇよな?俺は女だぜ?俺のムスコはもう無ぇんだよ」


ずりゅ


「おいおい、またか……今度は誰だよ?って、アリス……?それにワンタン?」


「母さん、わーもいるよ?」


マシマシマシマッシまで?一体、どうしたんだ?」


「男に戻った母さんの味をみんな求めているんだよ?だから、いつもみたいに気持ち良くしてあげるから……そうしたら、わー達を今度は気持ち良くしてね」




「はっ!!夢……だったのか?俺は一体、どうしちまったんだ?なんで、娘達にあんな事を?これじゃ俺が幼女趣味みてぇじゃんか!」


「待ってましたよ、山形次郎……」


「女神……さん。そうか、これもアレもそれも全部、夢なんだな?」


「えぇ、夢よ。起きたら貴方は忘れてしまう全ては夢。だけど、忘れてしまう夢でも、今のこの時だけは全て現実。さぁ、山形次郎……アテクシをあの娘達と同じように気持ち良くして?」


 俺はこの時、何を考えていたか分からねぇ。ただ、無我夢中で女神さんの求めるままに求められた行為をしていた。

 そうして求められるまま何回も何回も果てて、女神さんの豊満な胸に包まれて俺の意識はゆっくりと堕ちていったんだ。



「なぁ、女神さん……俺の望みを……聞いて……くれ」




「ねぇ、あなた。あなた起きて。こんな所で寝てたら、風邪をひきますよ?ねぇ、あなた!‒‒もうッ!一度寝たらホンっとにテコでも起きないんだからッ!こうなったら仕方ない、最後の手段を…………次郎さん、ラーメン伸びますよ?」


「うわッ?!ラーメン?どこどこ?」


「うっそぴょーん。てへッ」


「へぁ?あぁ、なんだ……嘘か」


「もうッ!コタツでテレビ付けたまま寝たらダメっていつも言ってるでしょ?」


「あぁ、なんか、毎度毎度申し訳無ぇ」


「あなた、お仕事いつも大変なの分かってるけど、風邪をひいたらみんなが困るんですからね」


「あぁ、悪りぃ、綾乃。そうだ、琴音はどうした?布団蹴っ飛ばしてねぇか?」


「あのはあなたに似て直ぐに布団を蹴っ飛ばすから、2時間起きに布団を掛けに行ってますよ〜だッ!」


「そっか、いつも世話掛けてすまねぇな」


「ねぇ……どうしたの、あなた……?」


「何がだ?」


「何がって……あなたらしくないじゃない!あなたって、テレビばっかり見てて、いつも話し掛けても上の空だったし、テレビ見てなくても興味ある事以外話さなかったのに!ねぇ……一体どうしたの?」


「そうか?俺は変わってねぇと思うぜ?」


「もう、ホントにどうしちゃったの?今日は雪になったらどうしようかしら?」


「その時はその時だろ?でも、ホントに雪が降っても、俺のせいじゃねぇからな?」


「へへへ。そういう事にしといてあげる」


 俺はコタツから這い出て立ち上がると、窓に近付いていった。窓から見える空はまだ暗い。月も星も空には輝いている様子は無ぇ。

 壁に掛かる時計が指している短針は5時だった。あと数十分もすれば薄らぼんやりと空は明るくなってくるだろう。


 豆から挽いたブラックコーヒーのいい香りが、リビングに充満して来ていた。妻の綾乃が鼻歌交じりにコーヒーを淹れてくれてるみてぇだ。何かいい事があったんだろうか?



「はい、目覚めのブラックよ」


「さんきゅー。でも、珍しいな?綾乃がコーヒー淹れてくれるなんてさ」


「何を言ってるの?いつもはあなたが起きて来ないからでしょ?」


 俺の寝起きの頭はぼんやりとしていたが、口に含んだ熱めのブラックは舌と喉を少しだけヒリつかせながら、胃の中に染み渡っていく。



「あぁ、早く起きたから、朝ラーも悪くねぇな」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る