「文化祭」「告白」「一位」

私は篠宮香奈。


どこにでもいるありふれた高校2年生。


私はそこそこ良い高校に入って、そこそこに友人ができて、不自由ない暮らしをしている。



ただ一つ、問題があるとすれば。




「香奈~一緒に帰ろーや!」




水色の彼に恋心を抱いているということか。




____【銀木犀】________________



気が付いたら目で追っていた。


幼馴染の彼はいつも快活であった。



「香奈!今日帰りカラオケ行かへん?」


「香奈~。今日ゲームせえへん?新しいゲームがあってな!」



澄んだ水色を柔らかく細めて笑う彼に惹かれていた。


会うたびに好きになって、話すたびに恋をして。


姿を見るだけで嬉しいと思った。



けれどある日言われてしまった一言。



「いやぁ~ほんまに香奈と幼馴染やっててよかったわ!」



”幼馴染”



胸がチクリと痛んだ気がした。


その痛みを無視して、



「私も拓己と幼馴染で良かったよ。」



なんて作り笑いをする自分が嫌いだ。




そもそも平凡で魅力もない私に恋愛感情なんて抱いてくれるはずないのだ。


それでも私は、距離が少し近かったり、私だけに少し甘かったりする彼に、


期待をしてしまうのだ。


何度もあきらめようとした。


何度も違う人を想ってみようとした。


それでもいつでも帰ってくるのは彼のもとで。


諦めることができなくなるほどに愛してしまったことに、気が付いてしまったのだ。


そんな私の気持ちも知らずに、今日も彼は太陽のようにまぶしい笑顔をこちらに向けるのだ。



_____________________



「カップルコンテスト?」


「なんか意見にすごく多くてね…。」



そう言ってヘラりと笑う委員長。


その顔には疲れが出ている。


生徒会長という立場もあってか、最近は忙しいみたいだ。


なんていったって学園祭が近づいているのだ。


この学校の学園祭は規模が大きく、外部生徒もよく来る。


この辺の地域では大きなイベントだ。


そんなこともあってか色々と忙しそうである。



「じゃあ、私がアシスタントとして入ればいいの?」


「そう。今は何かと手が足りないんだ。猫の手どころか鼠の手もむしり取りたい。」


「うわぁ…委員長本当にお疲れだね……。」



相当疲労がたまっているのであろうか、目元に疲労が見える。


先生も少しは委員長を休めせてあげないのか。



「とにかく頼んだよ篠宮さん。僕はまだやることがあるから。」


「ん。わかった。ちゃんと休むんだよ。」



そう言って生徒会室を後にする。



カップルコンテスト…。


そのチラシのような紙には『優勝賞品はクラスポイント五〇ポイントにベール付きティアラ!』なんてファンシーな字体で書いてある。


さらにその下には、



『愛し合っているお二人ならだれでも参加可能!ラブラブをみんなに見せつけちゃいましょう!!』



なんて書かれている。


『愛し合っているお二人』。


私は拓己の事を好きだけど、拓己はどうだろう。


好き?それとも嫌い?


いや、嫌いならまず話しかけられないか、なんて自問自答する。



「(私と拓己が出れることはないんだろうな…。)」



大前提付き合ってすらいないのだから。


きっと私たちの関係は”友達以上恋人未満”。


どっちつかずのこの関係に安心している自分がいるのは確かだ。


もしも私が勇気を出して告白出来たら?


いや、多分振られて終わりだ。


その後に気まずい関係になって話せなくなるのは嫌だ。


それなら、この関係のままでいい。


弱虫かもしれないけど。



窓の方に目をやると運動部がグラウンドで練習していた。


空が茜色に染まって、太陽の反対を向けば自分の瞳の色の空に月が浮かんでいるのが見える。


嗚呼、太陽のような彼の反対はやはり自分か。


同じ場所をぐるぐると回ってその存在を掴むことすらできないのだ。


グラウンドにホイッスルの高い音が鳴り響いて運動部が一か所に集まる。


そろそろ終わりみたいだ。


拓己と一緒に帰るために、荷物を用意して教室を出る。


あのプリントは鞄の奥底にしまって。




_____________________



教室にはざわざわとした人の声。


黒板には大きく『学園祭の出し物について』と書かれていた。



「はい、じゃあ今年うちのクラスがやるのは喫茶店で決まりです。」



委員長がそういった後、教室中に歓声が響いた。



「やったぁ~!じゃあ拓己くんの執事服見れるの?」


「え、最高じゃん!喫茶店に投票してよかった~!!」


「笹木さんのメイド服姿絶対可愛い!」


「俺客として入りたい…!」



多種多様な声が聞こえてくる。


主に顔が良い二人についてだが。



「お~喫茶店か!ええなあ!」


「そうだね〜。拓己の執事服面白そうだから見たいな。」


「なんでや!俺イケメンやぞ?ビシッと決めたるわ!」



きっと自分の話をされているなんて微塵も知らないだろう。


拓己はそういうやつだから。


…執事服。


拓己は似合いそうだな~と考えながらぼーっとする。



「ところで香奈。」


「どしたん?」


「香奈はメイド服着ないんか?」


「ぅえ!?私!?」



唐突に言われて吃驚してしまった。


…メイド服を考えたときに、私はメイド服じゃなくて執事服をお揃いで着たいと思った。


幼馴染といえどお揃いは少なかった。


異性だったし‥‥。


まぁ今はそんなことどうでもよくて。


でも着るなら、



「可愛いって言ってくれるなら、着たいかもなぁ……。」


「え?なんて?」


「ううん。なんでもないよ。ていうか拓己厨房立っちゃダメだよねw」


「なんでやw!オレが裏方やったってええやろ!!」


「拓己ダークマター製造機だもんw入室禁止令しょっぱなから出されてるよ!」


「ア”ーーッッハッハッwww」



他愛もない話をして話をそらした。


お揃いをしたいなんて子供っぽいし。


結局、そのまま話は流れた。


しばらくみんなが駄弁っていると、ふと委員長が言った。



「そういえば篠宮さん。あのコンテストの告知をしてくれないかい?」



完全に忘れていた。


一人で勝手に落ち込んで忘れてしまっていた。


もしもこのクラスで出たい人がいたらそれは申し訳ない。


そう思って鞄の奥底にしまわれたプリントを取り出して前へと歩みを進める。



「香奈忘れとったやろ!」


「違うよ!違わないけど!!」


「どっちやねんw」



そう少しいじられながらプリントを見ながら話す。



「え~っと、『我々生徒会は多くの希望にお応えして、カップルコンテストなるものを開催します。優勝賞品はクラスポイント五〇ポイントにベール付きティアラ!愛し合っているお二人ならだれでも参加可能!ラブラブをみんなに見せつけちゃいましょう!!』だそうです。まぁ参加希望者は私のところに来てね~。」



そう言って席へと戻る。


またクラス内がざわざわとし始める。


するとクラスのムードメーカーのような人が「うちのクラスから一組だそうよ!五〇ポイントはおいしいじゃん!」といった。


その一言でより一層クラスが騒がしくなった。


誰にする?や、~くんと行ったら?などの声が飛び交う。



「はいはい、一回静かにしよっか。いいね名案だね。じゃあ指名でも立候補でもいいし、仮カップルでいいから一組だそう!」


「は~い!拓己君が良いと思いまーす!」


「確かに!うちのクラス一イケメンだし!!」


「笹木さんいいんじゃね?」


「めっちゃ可愛いもんな。ありあり!」



次々に顔が良い二人の名前が挙がる。


拓己の顔をのぞき込んでみたら、どうでもよさそうな顔をしていた。


様子をうかがっている間にもどんどんとクラス内が盛り上がっていく。



「もう拓己と笹木さんでいいんじゃね?」


「確かに美男美女だしな~。」


「私拓己君狙ってたけど美紀が出るならやめるわ~勝ち目ないし。」


「あ、あたしもそれ思った!美紀めちゃめちゃ可愛いもん。」



クラス内がその二人にするべきだという雰囲気になってきた。


私は、それに同意することも否定することもできなかった。



「じゃあ多数決するまでもなさそうだね。カップルコンテストは拓己くんと美紀さんにお願いしよう!」



お願いできるかな?二人ともと、そう委員長が言った。


クラス中が二人の事を見る。


慌てて拓己のほうを向いた。



「まぁ、本当のカップルやないんやしクラスのためやしな。ええよやったるわ。」



は、



「クラスの役に立てるなら全然問題ないよ。よろしくね拓己君。」



あ、


嗚呼、


勝手に拓己は断ってくれると思った。


勝手に期待していた。


女子に興味があまりなくて、友達と一緒に笑いあっているのが好きだと思っていたから。


…クラスのためだから。


拓己は優しいから、期待されていることがわかるから、了承することわかっていたはずなのに。


私、またひとりで勝手に落ち込んでる。


この癖、直さなきゃな…。


周りは歓声が広がっていたようで、拓己が少しうっとおしそうだった。


私はそんな雑音が気にならないほどに絶望していた。


一人で落ち込んで一人で失望して。


いつからこんなにも弱く女々しくなったのだろう。


いつもの私はどうしていたっけ。


こんな時、拓己になんていっていたっけ。


頭が真っ白になっていた。


すると拓己に声をかけられる。



「なぁーに黙っとんのや!なんか反応せえ!」


「ぅえ!?ごめん拓己!ちょっと意外過ぎて…。」


「意外ってなんやねん!あの状況で断るかぁ!!」



そう、それだけ。


状況が悪かっただけ。


それだけだよね…?



________________________



あっという間に月日は過ぎて行って、とうとう学園祭の日になった。


メイド服を身にまとい、襟元を正す。


表のほうに行けと言われたため、結果的にメイド服を着ることになった。


執事服は結局無理だった。


だけど…。



「は~!執事服って案外動きづらいんやな!!もっとアニメみたいに動けるもんやと思っとった!」


「そりゃそうでしょ。現実はこんなもんだよ。」


「現実は厳しいなぁ!」


「ふふ、そうだね。」



拓己は執事服を着ている。


しかも一緒の時間帯で店番をやることに。


しかし時間帯は同じであれど、あの笹木美紀さんと拓己は同じエリアを担当している。


一緒なのが嬉しいと思う反面、彼女が一緒なのが気に食わなかった。


スピーカーから学園祭の始まりを告げる放送が流れる。


始まる。


始まってしまう。



「じゃ、今日は楽しもうな!香奈!」


「うん。そうだね。」



《北高校学園祭、開催です!》










「つっっっっっっっっかれた…!」


「なんやこれ忙しすぎるやろ…!」



喫茶店は大繁盛。


メニューもだいぶ凝ったからか、料理がおいしいという観点でも人気があるそうだ。


それに加えて顔が良い人がいるから当たり前のように人が入ってきた。


そんなこんなで昼まで休憩なしで人を捌いていた。


お腹もなる時間で休憩もなかったため、さすがに変わってもらった。


が、服は宣伝のためそのままでと念を押されてしまった。


かわいいとは思うが動きづらいのが難点だ。



「とりあえず昼飯…。なんか買いに行くか?」


「弁当あるから大丈夫だよ。」


「俺の分は?」


「もちろん作ってきたよ。」


「ナイスゥ!」



いつも作っている弁当。


中学の時に弁当を作ってもらったことがないって拓己が言ったのがきっかけだったっけ。


今では当たり前のように二人分作るようになった。


…もしも拓己に彼女ができたらこれを作ることもなくなるのかな。


こうやって二人でお弁当を食べることもなくなるのかな。


そう思うと、少し寂しくなった。



「お、シャケやん!さすがやな香奈!!」


「でしょ?」



いつものような話をして、いつものようにふざけあって。


嗚呼、この空間が好きだな…。



「そういえばコンテストって二時からやったっけ?」


「あ、ああ。そうだよ。二時から講堂。」


「どっこも回られへんやん!前半組に不親切やな~!」


「まぁ生徒会は生徒会で色々考えがあるんじゃないかな。」


「じゃあこれ食い終わったら行くか!」


「うん。」



この弁当が食べ終わったらあのコンテストだ。


決して自分が出るわけではないけれど謎に緊張してしまう。


…まだ弁当が食べ終わらないで欲しい。


そんなのは無理だとわかっているけれど。


今この時間だけは永遠に続いてほしいと思った。








楽しいときは一瞬ですぎてしまって私たちは講堂に集まった。


他のクラスのカップルに拓己と笹木美紀さん。


聞いたところによるとほかのクラスのカップルは仮なんかではなく、実際に付き合っているらしい。


…もし拓己と彼女が結ばれてしまったら。


考えたくもないけれどその可能性があるのだからどうしても考えてしまう。


それぞれ私服に着替えたり衣装に着替えたりしてカップルらしさを出していく。


二人はそのままの格好で行くらしい。


なんでも、執事とメイドは萌えるとかなんとか。


拓己の隣にいる彼女はなんだか満更でもなさそうで。


いつもならその場所にいるのは私なのに。


羨ましい。


そうこうしているうちに講堂に人が入ってくる時間となった。


扉が開かれ、雪崩れるように人が入ってくる。


結構このイベントは人気があるようだ。


続々と人が入ってきてどんどん席が埋まる。



《まもなくカップルコンテスト開催のお時間となります。今しばらくお待ちください…。》


そんなアナウンスがあった後に出場者が準備をする。


私は前半6組の司会を担当するため、マイクの確認をする。


マイクOK。服もOK。


あとは気持ちだけ。



深呼吸をして気持ちを落ち着かせる。


大丈夫。今日はただの仮カップルだ。


大丈夫、大丈夫。




《お待たせいたしました!カップルコンテスト、開催でございます!!》



『みなさんどうも~永遠のJK篠宮美紀だよ!彼氏いない歴イコール年齢!なんでこのイベントの司会者になったのかわからないよ!!』


どっと笑いが起きるのがわかる。


出だしは良好だ。


『今からご紹介しますは~数々のカップルの方々!皆さんとくとご覧あれ~!』




勝負方法は簡単だ。


一分間のアピールタイムでラブラブっぽさを出す、それだけ。


一組目から順番にアピールしていく。


観客はそれを煽ったり祝福したりする。


意外にも大盛り上がりで、特に3組目のピュアっぷりにみんなが溶けていた。


どんどんと終っていくアピールタイム。


自分が司会の前半6組は終わって、あとは袖で見ているだけになってしまった。





司会が終わって袖幕へと入る。



「じゃ、交代ね。この蝶ネクタイと帽子落ちやすいから気をつけてね。あとマイク。」


「ありがとう美紀ちゃん。じゃあ交代で、後は袖幕から見るか下の観客席のほうで見てね!じゃ、行ってくる~!」



そう言って交代した司会は行ってしまった。


観客席からは途絶えることなく歓声が響く。


薄暗い視界で袖の状況を確認する。


袖に待機しているのは7から12組目。


自分のクラスは一番最後の12組目だ。


出番はまだだが、すでに準備をしている二人が見える。


袖の出入り口のほうまで行き、拓己の後ろ姿を見つめる。


嗚呼、行ってしまうなぁ。


ずっと見てきた背中は自分よりも先に旅立とうとしている。


そう考えたら、また胸がジクジクと痛くなった。


どうして私は可愛くないんだろう。


もしも彼女みたいに可愛かったら彼女の位置にいれたのかな。


もしも、なんて考えても無駄だけれど。


着々と出番が迫る。


ちょうど9組目のアピールタイムが終わったようだ。


準備のためにと二人が腕を組む。


笹木さんは後ろからわかるほどに楽しそうだ。


それが、なんだか許せなかった。


嗚呼。


私の水色をとらないで。


私の光をとらないで。


待って。


待って。



「待って。」


「?どうしたん香奈。」


「どうしたの篠宮さん。」



思わずシ拓己の手を掴んでしまった。


キョトンとする二人。


そんなことも関係なしに拓己の手を掴んで走る。



「篠宮さん!?」


「香奈!?」





私を呼ぶ声を無視して走る、走る。


すると講堂の外へと出てしまった。


講堂のすぐ裏にある棟は普段から使われている教室が少ない。


一番近い教室に入る。


太陽の光のみが差し込む教室はとても静かだった。


走ったからか息が切れて肩で息をする。


そんな自分に対して拓己は運動部が故か全くつかれていないようだった。


拓己がこちらを心配するように覗き込む。


拓己が話すまで私の呼吸だけが教室に響いていた。



「な、どしたん香奈。ちょっと前からなんかずっと変やで?」



確かに変かもしれない。


最近はずっと上の空だった。


話を聞いていなかったり、何をしていたかも覚えていなかったり。


戸惑って声が裏返ったり、上手く返事できなかったり。


その理由は明確だ。




好きだ。


拓己が好きだ。


あふれるほど、胸が張り裂けるほどに好きだ。


この想いは止まってくれない。



「ねぇ拓己。」



いっそ当たって砕けてしまえ。


この痛みも全部砕けてしまえ。



「私ね、私。」


「香奈?」



大好きだ。





「好き。好きなの。拓己の事が。ずっと前から。」


「…え?」


「引いてくれてもいい。でも、私は拓己の事が好きなの!」



自分の顔に熱が集まるのがわかる。


同時に鼻の奥がツンとして目頭に雫がたまる。



「愛してるんじゃないの。好きなの。友愛でも家族愛でもない。恋。好き、大好きなの…。」



一心に自分の思いを吐き出した。



「こんな時にごめん。でもこれだけは伝えたかった。ずっと、ずっと前から好き。」



拓己の目をまっすぐ見つめて言う。


胸がどんどん苦しくなる。


風船みたいに気持ちがどんどん大きくなる。


私の気持ちを、受け取って。



拓己は驚いて目を見開いている。


当たり前か。


今まで友人だと思ってた人に告白されたんだ。


驚かない方がおかしい。


何も言わない拓己。


慌てて、



「あ…ご、ごめんね、コンテスト出る前なのに。」



とヘラりと笑って取り繕う。


拓己に背を向けて扉へと足を向ける。



「ごめん。忘れて。」



さっきまで我慢していた雫が堪えきれずに頬に伝う。


講堂には戻れないなぁ。


他の空き教室に行って心を落ち着かせようと思い、扉を開けようとする。



しかし、それはとある手によって止められた。



「待てや。」



腕を掴まれて引き止められる。


振り返ることができなかった。


もしも返事が望んでいないものであれば。


私はこれからどうすればいいのだろう。


その返事を聞きたくなくて答えることもできずに背を向けたままになる。



「こっち向いてくれんか。」


「…。」



多分今酷い顔をしている。


悲しみと嫉妬と色々な感情が混ざって溢れる。


それに呼応するように次々と涙がこぼれる。



「〜〜っあ“ー!もう!!」



肩を掴まれて強制的に振り向かされる。



「オレの話聞け!」


「っ…!」



返事を聞きたくない。


それを聞いてしまったら戻れない気がする。


そう思っていた。


だけれど、





「オレも、香奈が好きなんやけど。」


「ぅえ…?」


「やから!オレもずっと前からお前のことが好きやったって言っとんの!!」



顔を真っ赤にさせながら言う拓己。


返事が想像していたものと全く違ったので、腑抜けた声が出る。



「ずっとずっとオレやって好きやった!まさか香奈に先越されるんとは思わんかったけど。」



その言葉に先ほどまでとは違う涙がこぼれる。



「…ほんとに?」


「好きやで。」


「っいつから…。」


「香奈より前からの自信あるで!」



ああ、私はどうして今までずっと悩み続けていたんだろう。


今まで悩んでいたのがバカみたいだ。



「俺は香奈と両思いやったの嬉しいけど、香奈は嬉しくないん?」



そうまた陽だまりのような笑顔で笑いかけてくる。


どんどん涙が溢れる。



「嬉しい…!嬉し過ぎて、幸せすぎてどうかなりそうだよ…!!」


「お!そうかそうか!!」



ぐしゃぐしゃと頭を撫でられる。


その手から体温が伝わってくるようだった。


人は本当に幸せで溢れると涙が出てしまうことを今日知った。


嬉しすぎると胸が苦しくなるのを知った。


今まで知らなかった感情を教えてくれるのが、心臓が刺されるほどに嬉しかった。



「じゃ、行くか!」


「え、どこに?」


「決まっとるやろ!コンテストや!!」


「え!?」


「強制連行や〜!!」



そのまま手を引かれて教室を飛び出す。



「え、え!?拓己!?コンテスト出るってどう言うことなの!?」


「そのまんまの意味や!ごちゃごちゃ言っとらんとはよ行くで!!」


「えぇ!?」



私の声も気にせずそのまま先ほど来た道を進む。


メイド服のままでしかも少し泣いてしまったことを思い出す。


少しばかり恥ずかしい。


幸い人の目はなく、私が羞恥心で死にそうになることはまだなさそうであった。


それに拓己がお姫様を助け出す騎士のようで。


いつもよりもずっとキラキラしていて、かっこよくて。


私、こんなに幸せでいいのかな…。


幸せすぎて死んでしまいそうだ。


いつの間にか頬をつたっていた雫は止まって。


心の底から、好きだと改めて思ったのだ。


講堂の入り口が見えて、入り口付近にいた生徒がこちらを見て驚く。


そんな生徒すらも無視して拓己はどんどん歩んでいく。


袖に入ると、ちょうど11組目のアピールタイムが終わったようで笹木さんが焦ってこちらに駆け寄る。



「拓己くん!篠宮さん!今までどこに行ってたの?もう始まるから行くよ!」



笹木さんが拓己の腕と自分の腕を絡めて言う。


ああ、また胸が痛んでしまいそうだ。


だけどそれを拓己は払ってくれた。



「悪いんやけど、オレ香奈と出るから。」


「え!?そんなっ!拓己くんは私と出るもんね?そうしろってクラスのみんなに言われてたじゃない!!」


「あー…せやったな。でももうどうでもええわ。オレはこいつと以外出る気ないし。」


「ちょっと待ちなさいよ!クラスで決定したことなのよ?従うべきだわ!」


「お前は馬鹿かぁ?出場条件は《愛し合っている二人》。お前に一ミリも興味ないわ。」



そう言って笹木さんの言い分を一刀両断する。


それでもまだ彼女は食い下がって俺たちを引き止める。



「なによ!拓己くんには私みたいな美女が隣にいるべきなのよ!!それなのにこんな女がいるなんて!」


「あ“ー…。もうお前黙れや。オレはオレの好きなやつを選ぶ。お前に決められる筋合いはない。」



拓己が圧をかける。


流石に少しばかり動揺して笹木さんは口を紡いだ。


その隙にと言わんばかりに拓己がこちらを向く。



「おし!行くぞ香奈!!」



急に視界が変わる。


いつの間にか拓己の腕の中にいた。


いわゆるお姫様抱っこなるものをされていた。



「拓己!?」



そのままスポットライトの当たるステージへと上がる。


ライトが少し眩しくて思わず目を細めてしまう。


それと同時に今の自分の状況を理解して、顔が熱くなった。


いつの間にか居た司会の人がこちらにマイクを向ける。



『なんとも熱いご登場です!では軽い自己紹介をお願いします。』



拓己は私を降ろしてマイクに向かって話し始める。


降ろされたときに少し寂しかったけれど、拓己は降ろした後すぐに腰を抱き寄せた。


自然と距離が近くなる。


嬉しさで少しほおが緩む。


そんな私の感情とは裏腹に、多方から「意外じゃんw」や「笹木さんじゃないのかよ。」などの声が飛んでくる。



『二年六組の間宮拓己と篠宮香奈や。』


『ありがとうございます。それでは皆さんお待ちかね、最後のアピールタイムです!』


「ちょい待てや。それ寄こせ。」



拓己が司会のマイクを奪い取る。


司会は驚いているがそんなことを気にすることもなく話し始めた。



『ええか!?よく聞け!!今ここにいるオレと香奈は本当に恋人同士や!!』



そういった瞬間、講堂内の声が止まった。


しかしまた先程よりも多いブーイングが飛んでくる。


それを受けてもなお、拓己は話し続ける。




『お前らの価値観なんかどうでもいいんやわ。オレは香奈が好きだから、香奈はオレが好きだからここに立っているんや。顔?何言うとんの。香奈はいっちゃん可愛くていっちゃん優しいやつや!』



抱き寄せてくれている拓己がとてもたくましく見えた。


話している間も輝く水色がとてもきれいで。


スポットライトに照らされる黒の髪がブラックオパールのようで。


胸がとくん、と鼓動するのがわかる。


___やっぱり、大好きだ。



『これから香奈を狙ってるやつらは覚悟しとけよ!絶対渡さへんからな!!オレは香奈のもんで、香奈はオレのもんやから。よぉ覚えとけよ!!』



拓己の声に聞き惚れて、その姿に見惚れていた。


すると、おもむろに拓己がこちらに向かって話しかける。



『よし香奈、改めて言うな。___大好きや。この世の何にも代えられない、香奈ただ一人が大好きや!!』



拓己はパッと向日葵が咲いたような、暖かい笑顔をしていた。


拓己が答えを促すようにこちらにマイクを向ける。


それを緊張で震える手で取って、震える喉をおさえて声を発する。



『私も。私も拓己が好き。ずっとずっと前から、それでこれからもずっと拓己の事が大好き!!』



まだ手は震えていた。


それをわかったのかマイクを持つ手に拓己の手が重なる。


手が暖かくなるのと同時に心臓もあったかくなった。



『香奈。オレと恋人になってくれてありがとな。』



心底幸せそうに言う彼があのずっとつかめなかった太陽のようだった。


だけれど手に入れられない、届くことがないと思っていた太陽はもうすぐそばにあったのだ。


幸せの海に溺れそうだ。


幸せなのにこんなに息ができなくなるほど胸が詰まるなんて。


言葉で形容しがたい感情だ。


また胸が鼓動する。


嗚呼、今日の日はもう忘れられない。


この日は二度と忘れられない。



目が眩むほどの眩しい光の隣に、今日私は立つことができた。



_______________________



「よかったの?」


「…委員長」



袖のほうで幸せそうに笑いあう二人を見る。


ほかのどのクラスよりも幸せそうで、嬉しそうで。


見ているこっちまで幸せになるようだ。



「いいんですよ。あんな二人を見たらどうでもよくなっちゃいました。」


「ん、そっか。」



私__笹木美紀は好きな人がいた。


でもその人は私の手の届かない存在で。


ステージの水色の彼と笑いあう青色の彼女を見た。


今まで見たことがないような笑顔。


私ではあの笑顔を出すことはできない。


彼だからできたのだろう。



「あ~あ。やっぱり悪女役は苦手だ~。」



二人はクラスで見るからに両片思いだったのだ。


クラス中はなかなかくっつかない二人にもどかしさを感じていたのだ。


それにしびれを切らした委員長がカップルコンテストを生徒会に提案して、クラスのみんなで署名をして。


私もそれに協力した。


…彼女に幸せになってほしかったから。


好きになったときにもう既に気が付いていたのだ。


私では彼を超えることができないことを。



「委員長になにか奢ってもらおっかな。今回は私が一番の功労者でしょ。」


「ふふ、勿論だよ。どんなことでもできる限り対応してあげる。」


「委員長太っ腹ー!楽しみにしてますね~。」



嗚呼、さようなら愛おしい人。


さようなら篠宮さん。



「篠宮さんのこと泣かせたら許さないからね。拓己くん。」



届かない声で言った。



「ん。お疲れ様。また素敵な出会いがあるといいね。」


「余計なお世話ですよ委員長。」



そんなことを言いながら講堂を後にした。



________________________




『さて皆様お待ちかね!カップルコンテストの優勝者は~~~~~~』



ドラムロールの音とともにライトがせわしなく動く。


優勝しなくても幸せだ。


だけれど少しドキドキしてしまう。


そう思っているとまた拓己に肩を抱き寄せられる。



「大丈夫や。」



その声に安心した。


ドラムロールはまだ終わらない。



「ありがとう。」



聞こえているかわからないけど小さな声で答えた。



そして、ドンという音とともにドラムロールが止まる。


目の前が眩しくなった。


おもわず目を細める。


せわしなく動いていたライトは私たちにあてられていた。



『優勝者は二年九組!間宮拓己さんと篠宮香奈さんです!!』



多くの拍手と歓声が私たちを包む。


同時に紙吹雪が上からひらひらと舞う。


それが私たちを祝福するフラワーシャワーのようで。


目の前が眩しすぎてなにがなんだかわからない。



『おめでとうございます!優勝者のお二人には優勝賞品のクラスポイント五〇ポイントに、こちら大目玉のベール付きティアラが贈呈されます!』



そう言って司会者が五十ポイントと書かれた板を持ってきた。


それを拓己は近くにいた九組のアシスタントに渡す。


同時に司会者はベール付きティアラを持ってくる。



「ちょい香奈。こっち向いてくれんか。」



おとなしく拓己のほうを向く。


向かい合わせで目が合う。


少し恥ずかしいけれどずっと見ていたいと思った。


拓己がティアラを司会者から受け取ってこっちに向かってくる。


目の前まで来て、拓己が私の頭に手を伸ばす。


スッと何かを頭に載せられる感覚。


気がはやいけれど、結婚式のようだ。



「ん、似合っとるで。」


「ふふ、ありがと。」


「おん。ここの誰よりも可愛くて綺麗や。」





そう話していると頬に何かが触れる。


小さいリップ音とともにその感覚はなくなる。


数秒経ってからようやく頭が追いついた。


__キス、された。


頬ではあったけど、それでも顔が徐々に熱くなる。



「ぇ、え…?え、なん……?」


「香奈かわええな~!」



頬を撫でられる。


まだ感情の処理が追い付いていなくて、頭が混乱する。



「今は頬っぺたやけど次は口にしたるからな。」


「ぅえ!?」



追いつかない頭にさらに爆弾を落とされる。



『さあお二方が講堂中心のカーッペトよりご退場されます!皆様お手持ちの花びらをご用意ください!』



司会者の声が講堂に響く。


と同時に爽やかなBGMが流れ始める。



「よっしゃ香奈!行くか!!」



拓己にまた急に横抱きにされる。


重くないのか、とか少し恥ずかしいな、とか考えたけど。


それ以上に多幸感があった。


そのまま赤いカーペットの上を歩いていく。


つけていたベールがなびく。


降ってくる花びらとたくさんの歓声。


私たちを祝福してくれるそれらに目がくらんだ。



今日は心臓が持ちそうにない。


色々なことがありすぎた。


いっそ今日死んでしまって明日が来なくてもいいほどに幸せだ。


…まぁでも、まだこれから先も拓己と一緒にいたいから、明日は来てほしいけれど。


もう既に幸せに溺れていた。



「拓己、大好きだよ。」


「俺も好きやで。香奈。」



嗚呼、本当に今日は忘れられそうにない!!




銀木犀___花言葉 《初恋》

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