三題で書くSS

@gamugamusan

「影」「メトロノーム」「最強の城」

カチコチ……カチコチ……。しんと静まり返ったこのあたり一帯に響くのは無機質な音。窓から差し込む光があるはずなのにも関わらず、辺りは灰色グレイのフィルターがかかっているようだ。それは見慣れた光景であり、さほど気になることではない。カチコチ……カチコチ……。自分の手元で鳴るそれはもう何年もその音を刻み続けている。それはまるでフーコーの振り子のように等間隔で、一寸の狂いもなく動き続けている。これがどんな仕組みなのかはわからないが、これが自分のすべてだということだけを知っていた。


《ジジッ……今日ノ……天気ハ……。》


「あぁ、わかってるよ。昨日と同じなんだろ?わかってる。」


カチコチ……カチコチ……。対話などできないラジオに対して一方的に話す。もう何回も聞いたさ。言わなくたって明日がどんな天気か、明日は何がトップニュースなのかさえ知っている。もう聞き飽きたんだ。カチコチ……カチコチ……。狂ってしまうんじゃないかと思うほどに聞き飽きた内容を、ラジオはまだ自分に刻み込むように記憶させようとしてくる。そろそろ一字一句すべて覚えてしまいそうだ。


《ジジッ……マダ……戦イハ……続イテイマス……。》


「あぁ、とうの昔に終わってるよ。こんなことを始めた馬鹿どもによってね。」


カチコチ……カチコチ……。生き物の気配は自分だけで、鳥やネズミ、ましてや虫すらいないこの場所は、生気など一切感じられない。自分はただ椅子に座って呆けているだけ。机の上に転がるのは埃被った本とティーカップ。まだ生きる気力があったときに持ってきたモノは、もう戻す気力すらなく放置している。


《辛抱スレバ……必ズ勝テマス……。》


「勝つも負けるもなかったよ。みーんないなくなったさ。」


カチコチ……カチコチ……。空は雲しかなくて、植物も枯れ果てている。もう何年間ぐらいずっとこの態勢でいただろう。ここにはどうやら頑丈がカギがかかっていたらしい。もう遠い記憶だが、確か出れなかった気がする。今では立ち上がる気力など起こらず、自分から根が張って椅子に寄生しているんじゃないかと思うときだってあるほどずっとここのままだ。もう何もしなくたっていいのだから、当たり前か。


《明日モ……生キマショウ……。》


「……さっさと死にたいよ。」


カチコチ……カチコチ……。この答えも、何回目か。死ねたらどんなに楽だろう。もう何年生きているのが、自分が何者だったか、自分が何をしていたのかさえも分からなくなって生きている。ただ一つだけわかるのは、自分がこうなったのは、この世界が滅んだ原因の奴らによってこうなったということ。運悪く実験が成功してこうなってしまったということ。そして壊れることのないこの場所に閉じ込められたこと。カチコチ……カチコチ……。もうそんなことはどうでもいいのだけれど。目を閉じても落ちることのない意識になれているのは、自分が人ではない何かに成り下がってしまった証拠か。ラジオは24時間後の明日に向けて、眠るように音を無くした。カチコチ……カチコチ……。より一層静かになったこの場所に響くのは自分の呼吸のみ。



……だった、はずだった。


突如鳴り響く轟音。何百とこんな場所で過ごした自分の耳は、処理をうまくすることができずに、狂ったように脳に信号を送る。頭痛と耳鳴りが止まない。なんだこれは。なんなんだこれは!とっさに窓を見れば、一つの、大きい大きい影。それは何とも懐かしい姿かたちをしていた。…あぁ、あれは。あれはよく見たものだ。


「なんでこんな場所に……いや、何故動いている……!?」


失われたはずの文明。自分しか残っていないと思っていたこの世界。どうやら自分以外にもいたらしい。あの懐かしい機体はそれを表していた。ごうごうと未だ爆音をあたりに一体にまき散らすそれは、自分の、僕の生きる意味になる気がした。太陽を背負うそれはとても輝いたものに見えた。それほどまでに高鳴っていたのだろう。手元の等間隔の音はかき消されていた。否、止まっていた。その時の自分は気づいてなどいなかったが。

____そんなことなどどうでもよいのだ。ああ、楽しみだ。久しぶりに沸き上がった感情が、回り出した脳が、自分の感情のすべてを表していた。僕はいつの間にか窓を破っていた。座っていた椅子で一突きすれば割れるような劣化の激しい窓など、僕を止めるには不十分すぎる。窓から投げ出した身は、僕の明日を彩るだろう……!!





ぐしゃり



……なんだ?なんなんだこれは?血……?何故……?


「僕は……死ねなかったんじゃないのか……?」

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