第96話 笑い話三連発
○いち
十八歳の僕は父親に都内にある私大、総合大学の経済学部に行けと命令された。学校の教師には本当に実の父親か? と言われてしまうほど接点が少ない人だった。現役時代は、仕方なく全部言われるまま、それを受けた。
今は分からないのだが、当時は受験願書というのは書店で売っていて、冬になると紙袋に入った願書が書店の平台に並んだ。ばらつきはあったが一部千円程度だったと思う。それを四、五校分買ってきて、記入して、高校の調査書を同封して各大学の入試課に送るのだ。
僕は本当は経済学部に行きたくなかった。その年は玉砕、散々父親に馬鹿にされまくった。浪人したので、真面目に予備校に通った。やがて翌年の受験シーズン、この時は学科のことは何も言われなかった。これ良いこと幸いである。前年に願書記入の勝手は分かっていたので、ほぼどの大学も学部に丸をつける欄があって、そこを今回は文学部に○つけて、惚けて提出した。離れて暮らしていたせいもあるのだがそこまでうるさく監視は無かった(笑)。
送られて来た合格通知。人並み程度のランク、一般的な大学に三校ほど引っかかった。全て文学部。気分屋で、勝手で、頑固な父親。合格しているのが全部文学部とこの時初めて知る。渋々承諾させた。後にも先にも怖い存在だった父親に、生前、一泡吹かせたのは、この時だけだった。まさしく、してやった感は爽快だった。
その数年後、年の離れた
監視されるように父親から進路助言をされまくった当時の妹君に、僕は散々文句と嫌みを言われたのはいうまでもない。だが僕のような三流私大では無く、妹君は超一流の女子大をご卒業になっているので、それぐらい大目に見なさい、と兄の権限で言ってみたが、返り討ちにされた。二十歳ごろの妹君は小うるさくて敵わなかった。我が家において、当時も今も長男の権限など微塵も存在しないのはいうまでもない(爆)。
○に
まだ僕が祖父母の家に行く前年の話。中学校時代のバレンタイン。僕は凄く好きだった女子からチョコレートをもらった。人生の運気を全て使い果たしたんじゃないかと思うくらい嬉しかった。もう夢心地だ。その子からもらったチョコレート、半分だけ食べて、半分は賞状が飾ってある額の背面にそっと差し込んでおいた。
うちの母親は婿取り長女だ。良く言えば大らかである。悪く言えば、その反対なのでお察しもつこう。数週間後に僕は楽しみにしていた残りのチョコレートを、楽しもうと額の後ろに手を入れるのだが、あるはずの箱の感触が無い。入れておいたチョコの箱がないのだ。椅子を持ってきて、額の背面を覗いてみる。額の後ろは空洞で向こうがそのまま見えている。やはり箱など無い。
「ねえ、額縁の後ろにチョコ入れておいたんだけど、知らない?」と僕。
「あんなところにあったんだもん、食べちゃったあ」と母。
「箱は?」
「食べた後、捨てちゃったあ」
『こいつ、馬鹿だろ。ふつう食べるか?』と僕の心は土砂降りだった。箱すらも残らなかった人生初めてのバレンタインにもらった贈り物。本気でやるせない気持ちになった青春の一ページ。脳天気な母親に踏みにじられた初恋の話(爆)。実話である。
○さん
大学時代。バイト先のオーディオ売り場で、仲良くなったデモンストレーターの女性がいた。彼女は某キーボードメーカーで電子ピアノの案内をする係だった。メーカーさんから派遣されるバイトさん。結構美形だった。
ある日、彼女から一通の手紙を渡された。
「これ、お願い」と彼女。
可愛い封筒に入った手紙。女性らしいなあ、などと想いながらも少し照れている僕。
「あの、隣にいつもいる先輩に渡してくれるかな?」とおまけの言葉。
違うメーカーのオーディオを案内する係の人に渡して欲しいという橋渡し役を頼まれた。
『何だ、このマンガの様な展開は!』
お人好しの僕はちゃんと渡してあげた。その後二人がどうなったのかは、知らないし、どうでもいい。いまでもそのメーカーの電子ピアノを見ると、たまにだがその時のことを思い出す。
さて笑って頂けただろうか。それほど面白いことの無い僕の人生でも五十年以上生きていると、そこそこネタになりそうな馬鹿話はあるものだ。格好良い話があれば良いのだが、馬鹿話と情けない話ぐらいしか僕にはないのである。小説やドラマに出てくるような二枚目の人生を送れないのが現実である。まあ、そんな窮屈な人生を望んでもいないけど。ではまた。
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