第12話

「――だからよ。結末が違うだけで過程そのものは同質だと思うんだよな。筋肉を切るか、手首を切るか。自分を痛めつけて、苦しみと同時に快楽と安心を与えてくれる脳内麻薬がいっぱい出るからな。ランナーズハイ、とか聞いたことあるだろ? だからリスカも筋トレも一緒。最終的に傷痕だけが残るか筋肉が育つかって違いしかない。だからアスリートの本質はメンヘラのマゾ野郎だってあたしは思うぜ」


「いやいや。全員が全員マゾな訳ないだろ。それに手首切るよかどう考えても筋トレの方が健全だし健康的だ」


「そりゃそうだ。だって、今の話は今あたしがテキトーに考えた話だからな。正しい方がおかしい」


「テキトーって……前世からそうだけど、ミソギちゃんって大概変な子だよな」


「あたしを変な子、で済ましちまう『  』の方が、よっぽど変な子だぜ?」


「……だから、その名前は前世のだってばさ」


「いいや。あたしにとってあんたは『  』だよ。何時でも、何処でも、それこそ転生しても。あんたはあたしの大好きな『  』だぜ」


「好意隠さなくなったなぁ……」


「見た目はともかく精神年齢だけ考えりゃ、今更恋心云々で恥じらうような年じゃねぇしな。バレてんのなら隠す意味なんてねぇよ。それに、魚心ありゃ水心ってやつだ。好意的な相手を人間は好きになるんだぜ?」


「そいつは俺を惚れさせようってことか?」


「そうだぜ。考えてみろよ、何億、何十億という人間がいる前世でよ、運命の1人に出会って、そいつと仲良くなって、結婚して、幸せな家庭を築いて……そんな奇跡的な確率でしかその運命の相手とやらと出会うんだったら、そうそう人類は繫栄してねぇよ。みんなみんな独身ばっかの世界になっちまう」


「そうだな……何十億、異性って意味だけに絞っても30億人以上から運命の1人とか、それこそ出会える訳ないよな」


「異性だけって絞っちまうのは野暮だぜ? 昨今は同性愛だって寛容な世間じゃねぇか。ま、厳密には男色文化のあった日本は西洋文化が入ってくる前はその辺大らかだったらしいケド」


「俺もミソギちゃんも異性愛者じゃねぇか……あ、なんだ? ミソギちゃん実はバイだったりすんの?」


「馬っ鹿、あたしは『  』一筋だっての。異性同性とかじゃなく、あんたが好きなの」


「……カッコいいコト言うね。ミソギちゃんのダメな部分知ってなきゃクラっときてたかも」


「そりゃ残念。でもま、そのダメなあたしも含めて好きだって思わせてやれるくらい、その内魅力的なあたしになってやるからな。そんな軽口を叩けるのも今だけだ、覚悟しとけ」


「前から思ってたけど、ヘコんでる時以外は俺に対して強気だよなミソギちゃん」


「……ともかく。話を戻すぞ」


「リスカと筋トレ?」


「戻りすぎだ馬鹿。運命の相手どうのって話だよ……きっと、最初は誰もが誰かに対して、誰でもない誰かでしかないんだよ。それが出会って、おんなじ時間を過ごして、互いに色々知って行って、んで、気が付いたら特別になるんだと思うな。運命の相手がいるんじゃない。そいつが運命の相手なんじゃない。きっと、誰でもない誰かだったヤツが運命の相手になったんだよ」


「そういう意味じゃ、ミソギちゃんはいくら頑張っても俺の特別な運命の相手にはなれなくねぇか?」


「なんでだよ」


「だってよ。ミソギちゃんが変わろうと頑張って、努力して……チーズの話で言う所の迷路の中で彷徨ってる間、俺はミソギちゃんと一緒じゃねぇんだ。同じ時間過ごしてねぇじゃん。特別な運命になれねえじゃん」


「なれるさ」


「なんでさ」


「『  』があたしのダメな部分を知ってるからだ。前世の、どうしようもないあたしを知ってるからだ。だからあたしが魅力的になれば、あたしが変われたんなら、きっと『  』はその過程を想像してくれる。あたしと同じ時間を過ごした気になってくれる」


「……どうだろうな」


「なんだよ、疑うってのか? この天才美少女だったミソギちゃん様の言葉だぜ?」


「いや過去形だし。それにさっき適当なコト言ったばっかの口じゃねぇか」


「それもそうか」


「……俺の命とか、キャラの命とかもだけどさ。それ以外にもミソギちゃんは急ぐべきだと思うぜ?」


「なんだよ。十分急ぐつもりだけど、他になんか理由でもあったか?」


「あのさ……ミソギちゃんは知ってると思うケド、俺ってすっげー面食いじゃん?」


「おう。ヤベーヤツだよなお前。顔がいいってだけでクソ女の面倒を見たり、好きなキャラのために奴隷の身になったりする、そんなイカれたぶっ飛んだヤツだよあんたは」


「自分で自分のコトクソ女とか言うのな」


「なんだよ」


「いや、自覚あったんだなって」


「張っ倒すぞこの野郎……んで、何が言いたい訳?」


「……自分で言うのもなんだけどさ。俺って面食いだからこの世界のキャラに絆されそうだなって。ミソギちゃんが戻ってくる前に他のキャラに本気で惚れ込んでたらマズいよなって」


「そいつはマズいな。あたしは『  』を独占したい。一夫多妻、多夫多妻、多夫一妻なんてクソ食らえだ。あんたはあたしだけのモンだし、あたしはあんただけのモン。そういうのがいい」


「一々言動が勇ましいなホントに」


「……でも、その辺は別に問題ねぇな」


「なんでだよ」


「そのあんたが惚れたキャラよかあたしが魅力的なら、それで解決じゃねぇか。略奪愛って魅力的だろ?」


「……そいつは怖いな。仮に誰かに惚れたんなら、ミソギちゃんには気を付けることにするよ」


「おう、十分に気張るんだな。ま、無駄だろうと思うけどよ。なにせあたしは天才だからな、そんなあたしが努力したら誰もあたしに敵う訳ないっつーの」


「やれば出来る子ってヤツか?」


「そ。やれば出来る子。そう呼ばれるのはやらねぇ子だけががな。それにあたしは子って年齢でもねぇし」


「……俺から1つだけ、聞いていいか?」


「なんだよ」


「昨日の昼頃から、俺って記憶がないんだよな。何があって、そんでなんで今日またミソギちゃんと出歩くコトになってんだよ。いや、後者に関しては別に不満あるって訳じゃないけどさ」


「…………知りたいか?」


「あ? そりゃ知りたいだろ」


「どうしても?」


「……いや、どうしてもってほどじゃない」


「じゃ、教えない。女同士の秘密だからな、どうしてもって言っても話す気はなかったけどよ」


「なんじゃそりゃ。女同士って、お前この世界で同性の友達でも出来たのかよ」


「はぁ? あたしに女の友達なんか出来ると思ってんのかよ。んな訳ねぇよ」


「自分で言うのか」


「自分で言うさ。他人に言われるよか、自分で言う方が傷つかねぇし」


「…………」


「…………」


「……じゃ、誰だよそいつ」


「秘密」


「……そうか」


「そうだ」


「…………」


「…………」


「……昼、だな」


「……あぁ、そうだな。もう正午だ。おてんとさんも真南だ」


「じゃ、迷路に出る時間だな」


「そうだな。もうそんな時間だ。まったく、楽しい時間ってのは何時だって過ぎるのが早くって困ったモンだぜ」


「楽しかったのか」


「……ん」


「このなんてことない、話して歩き回るだけが?」


「…………ん」


「前世だったらとんだクソデートだぜ?」


「……『  』と一緒の時間は、どんな時間でも楽しいさ」


「ふはっ、なんだよそれ」


「笑うなよっ……精一杯の、口説き文句だ」


「じゃ、またな」


「……………………」


「なんだよ……行かねぇのか?」


「……またな、なんだな。さよならじゃ、ないんだな」


「は? また会うんだろ。だったらまたな、で合ってるじゃねぇか」


「そっか……そうかも」


「そうだよ」


「……バーカ。お前の所為だからな。あたしがあんたの彼女とか、そういうのからあんたを奪ったりしたらお前の所為だからな。バーカバーカ」


「んだよ……さっさと行けよ」


「……ん。またね、『  』」


「おう。またな、ミソギちゃん」


――――


「……ワタシは一日貸す、と言ったはずですけれど。どうして昼に出立しようとしているのですか」


「流石は主人公サマだな、メヴィアちゃん。結構強めにジャミング張ってたし、メヴィアちゃんには夜に出るって言ってたのによ」


「流石もなにもありません。ワタシはただ、彼を眺めていたら突然アナタが離れたことに疑問を抱いただけです」


「こっわ。ストーカーじゃん」


「文字通り死ぬまで粘着し続けた実績のあるミソギちゃんには言われたくありませんね」


「……単純な話だよ。チーズの話に出てくる格言の1つさ。古いチーズを早く手放せば、それだけ早く新しいチーズに出会える。それだけのことだよ」


「またチーズですか」


「この場合の古いチーズってのは、今までの……前世から引きずってるあいつとの関係だ。んで、新しいチーズってのは魅力バツグンになったあたしとあいつとの新しい関係」


「早く、とはいえ半日程度ではありませんか。誤差でしょう?」


「誤差じゃねぇよ。気持ちの問題だぜ。あいつの……『  』の傍ってのは本当に居心地がいい。だから、たかが半日で弱いあたしの心は腐っちまうかもしれない。だから誤差なんかじゃない」


「……ま、別にどうだっていいですけれど。ドラ子ちゃんは旅館でお留守番、ミソギちゃんがいなくなれば彼がフリーになります。遂にワタシのターンですね」


「精々頑張ってイチャイチャすることだな、メヴィアちゃん。あんたからあいつを奪うことを考えりゃ、今からでも喜びに震えそうだぜ」


「おっと。これは意外ですね。そもそもワタシには彼は靡かない、とでも捨て台詞を吐かれるものかと思っていましたけれど」


「あたしは元カノ、メヴィアちゃんは今カノ。メヴィアちゃんの中じゃ、それが真実なんだろ?」


「真実も何も、事実ですが。彼はワタシを愛していますし、ワタシも彼を愛していますから」


「……んじゃ、元カノからの忠言を再びだ。今回は2つ」


「あら、ミソギちゃんは大嫌いなはずのワタシにもお優しいのですね。なんでしょうか」


「1つ目は、あいつにちゃんと『人間』らしい面も見せろよな、ってコトだ。綺麗で可愛くてカッコいい、そんな『作られたかのように不自然な魅力』じゃ、あいつにとって何時までもメヴィアちゃんはキャラクターのままだぜ? 汚い面も見せてこそ恋愛だ」


「……ご忠告、痛み入ります。それで、2つ目は?」


「はっ。安心しなよ、ソッチは単純かつあたし達女じゃどうしようもないコトだぜ?」


「単純かつ、女ではどうしようもないこと?」


「男って生き物は元カノって概念が大好きらしいぜ? ネット知識だし、あたしは男になったコトないから正しいかどうかは知らねぇケド」


「……元カレに執着するミソギちゃんが言うと、重みが違いますね。それはワタシに対する宣戦布告と受け取っても?」


「何馬鹿なこと言ってんだ。恋は戦争だぜ? 宣戦布告もなにも、既に開戦状態じゃねぇか。停戦だって既に解除されてんだろ」


「それはそうでした。ワタシとしたことが、ついうっかり。可愛げがあってごめんなさいね?」


「うっわ。美形なだけあってマジムカつく顔……あたしが同性から嫌われる訳だぜ、美人ってのは辛いな」


「ミソギちゃんのそれは性格面に問題があるからでしょう?」


「うっせ。じゃあメヴィアちゃんには友達いんのかよ」


「……いませんけど」


「ほらみろ。メヴィアちゃんもあたしと同じクソ女だ。ざまあみろバーカ」


「……アナタ、初対面の時より知性が下がっていませんか?」


「これは砕けてきたって言うんだよ。『ゲームのキャラ』には難しい概念だったか?」


「イヤな女ですね、ミソギちゃん」


「そりゃお互い様だ、メヴィアちゃん」


「…………」


「…………」


「……では、今カノのワタシは彼とデートでもしてきます。元カノさんはさっさと自分を探しに行ってくださいな」


「あぁ、そうするさ。精々あたしに攫われないようあいつを鎖にでも繋いでおくことだな」


 その言葉を最後に、ミソギは空へと飛び去った。

 きっと、当てなんてないのだろう。明確な目的地などないのだろう。


 彼女は古いチーズを捨て、迷路の中へと入り込んだのだから。


「……本当に嫌な女ですね」


「……ホントにイヤな女だな」


 離れた場所で、彼女達は。

 奇しくも同じような言葉を紡ぐ。


「嫌いです。大嫌いです」


「ああ、嫌いだ。今まで出会った誰よりも嫌いだ」


「「でも」」


 ――語り合うのは、罵り合うことは、不思議と悪い気分じゃなかった。


「それはそれとして、『  』はワタシのモノですけれど」


「それはともかく、『  』はあたしの男だけどな」


 正反対で、でもどこか似ていて。

 彼女達は、メヴィアとミソギは。


 恋敵でなければ出会うコトがなかった2人は、恋敵でさえなければ。

 あるいは、きっと。


 初めての友人同士になれたかもしれなかった。

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