エピローグ

「旧友との邂逅は、再会は如何でしたか? ワタシの特別なアンデッドさん?」


「……メヴィアか。もう、お前がどうあっても驚かないよ俺は。ここ最近の俺は分からないコトだらけだからな。ルシ子にしたってドラ子にしたって、それにミソギちゃんにしたって……だから、今更俺はメヴィアがこのキョウの都に普通に入ってるコトも、ミソギちゃんのコトとか俺の前世とか、そういうのを知ってそうでも気にしないことにした」


「どうしてです? 疑問があるなら解消すべきです、少なくともワタシはそう思いますよっ?」


「学習性無気力、って知ってるか? どうしようもない経験を、自分じゃどうにもできない経験ってのを何度も繰り返すと諦める習性のことだ。人間だけじゃない、イヌとかサルとか、知性があって学習する生き物には大抵ある習性だ。きっとそれだよ。分からないコトが多すぎて、分からないコトを気にしなくなり始めたんだよ、俺は」


「未知は、とっても素敵だと思いますけれど」


「そりゃ、楽しい未知、興味のある未知は魅力的さ。でも、不安とか恐怖を渡してくるのも未知だ」


「未知、というのも多面性のあるモノなのですね? まるで『人間』みたいですっ」


「……だから、俺は俺に出来る範囲、知ってどうにかなる範囲だけを知りたい。知ったところでどうしようもないコトは知りたくないよ」


「ワタシは、ワタシの特別なアンデッドさんにワタシのコトをもっと知って欲しいですっ……ワタシは、アナタにとって魅力的な未知ですか? それとも、恐ろしい未知ですか?」


「……さぁね。今の俺にはそれすら未知だよ」


「ツレないですね……今のワタシの発言、結構大胆なアプローチだと思うのですけれど」


「…………」


「それに、不公平ですよっ!」


「不公平?」


「そうですっ! ミソギちゃん相手とワタシ相手で、随分とアナタの対応が違いますっ!」


「見てたのか。あぁ、そりゃ見てるよな。だってメヴィアが俺になんでか執着してんのは分かってたんだから。見られてて当然か」


「聞きたいような、聞きたくないような。そんな心境ですけれど、一応聞いておきましょうっ!? どうして、彼女とワタシとで対応が違うのですかっ!?」


「そりゃ、誰だって誰に対して話すか、接するかで対応とか変わるだろ。心理学でいう所のペルソナ、ってヤツだな。親に見せる顔と友達に見せる顔、恋人に見せる顔……それらが全部違うのと一緒だよ」


「……とても、その程度とは思えませんでしたけれどっ?」


「随分と俺を観察してくれてるのな。そんなに俺にご執心か? ただのモブキャラだぜ?」


「モブなんかじゃありませんっ! アナタはワタシにとっての唯一人の特別ですっ!」


「特別ねぇ。ま、確かにゲーム攻略としては特別か。ハーフアンデッドのリーダーは」


「……そういう意味では、ないのですけれど。それと、今も普段と口調が少し違いますね? どうしてですか?」


「おっと。慣れないコトしたからかな。口調、ってか態度だけど。戻せなくなってた……ま、数日経ったら元に戻るだろうけど」


「その口調も嫌いではありませんけれど……なんだか、ミソギちゃんの影が感じられますね」


「察しがいいな。勘がいい、って言うのか? 流石は主人公サマだ……理由なんて、そんな大層なモンじゃないよ。ありふれた、つまらないフツーの理由」


「お聞きしてもっ?」


「……ただ、昔好きだった女の子に再会したからな。別に付き合ってたってわけじゃないし、俺が好きだったころはコッチを見てないくせして。失恋したら、逆に向こうがベッタリになってくるし。そういうすれ違い続けてた相手だけどよ。昔好きだった女の子に、久しぶりに再会したからな」


「……ミソギちゃん、ですね?」


「あぁ。ミソギちゃん。ひっどい性格で、頭脳と運動神経と見た目以外は終わってるあの女の子。前世のまんま、コッチに来たっぽいあの子……男ってのは、これで結構未練がましい生き物でさ。失恋して、好きじゃなくなって、想いを断ち切った気になってても、心の奥底のフォルダにそん時の気持ちが入ったままになってたりするんだ」


「今でもあのク……ミソギちゃんが好きなのですか?」


「いいや? 好きじゃない。顔と声と体は好きだけど、それ以外の悪いトコを一杯知っちゃったからな。今じゃ、嫌いになれないだけで好きじゃない」


「…………」


「でもさ。それでも昔好きだった女の子を相手にするとさ。『カッコつけたくなる』のが男の子な訳。ミソギちゃんと一緒で、俺も大人になれたないんだな、これが……いや、今の俺の体は正真正銘子どもだし別にいいのかもしれないケド」


「……ワタシの特別な――いえ、『  』さん?」


「……その名前、知ってるのな。世界の流れとか、キャラとか、ストーリーとか、色々原作と違うし妙だとは思ってたけど。メヴィアもフツーじゃないって訳か」


「ワタシのことは、是非メヴィアちゃんとお呼びください? そして……デートをしましょう?」


「デート?」


「はい。デートです。ごく普通の『人間同士』がする、ごく普通のデートです」


「……そりゃまた突然」


「突然ではありません。アナタ視点では唐突な話かもしれませんが、ワタシの視点では特段突飛な発言という訳ではないのですよ?」


「なんで、デート?」


「男女が互いを知るのに、デート以上に適切な行為はありませんから。それに、ワタシがアナタとデートをしたいからですっ! これでも、かなりの時間待たされ、他の女との様子を見させられ、ヤキモキしていたのですよっ? 悶々とした感情を溜めていたのですっ!」


「アレか。遂に俺にもモテ期到来か。まるでメヴィアが――メヴィアちゃんが俺のことを好きみたいな言い草じゃんか」


「えぇ――好きです。大好きです。愛しています」


「……マジかよ。冗談のつもりで言ったのに。キャラとして興味を抱いてるってだけじゃなかったのかよ」


「なるほど……こういうコトですか。『キャラクター』としてしか見られていない、とはこういうコトだったのですか。彼はワタシを『キャラクター』として見ている、だからきっと、ワタシも彼を『キャラクター』として見ている、と。彼女の残した置き土産の1つ目は、本当に正しい忠言だったのですね」


「……どういうことだ?」


「こちらの話です。ともかく、まずはワタシを『キャラクター』ではなく『人間』として見てもらわなくては話にならない、というコトは理解しました。ですので」


「ですので?」


「――ですので、デートです。今日一日だけ……いえ、今日はもう半日しかありませんけれど、それだけで構いませんっ! ワタシにその時間を、『  』さんの時間を分けてくださいっ!」


「……いいケド、なんでさ」


「分かり合うためですっ! 理解し合うためですっ! ワタシの望みとアナタの望み、その齟齬を無くすためですっ!」


 ――悲劇の舞台は、彼を理解してからでも遅くはありません……場合によっては計画の破棄、再検討も視野に入れなくてはですね?


 内心そう呟きつつも、必死な、可憐な、あたかも嫋やかな少女であるかのように自身を見せつつ。

 メヴィアは、その戦奴の少年に抱き着いた。


 自身が、そして彼が。

 在り方は違えど、同じ人間であるとそう伝えるためのデートをするために。

 素直に好意を伝えるために。


「……えぇー?」


 ――当然、彼の側からしたら困惑もやむなし。

 なにせ、初恋の相手を見送った直後にこれである。自身の倫理観、貞操観念からしてあの見送りの直後に別の女性と逢引きすることに、少しばかり抵抗があった。


 尤も、数秒後には。

 彼はまた、いつものように顔が良いからとメヴィアの提案を受け入れてしまうのだが。


 前世と比べ変わった彼の、前世と比べ変わらぬ悪癖。

 変えるべきかもしれない、しかしながら変えることの出来ない彼の在り方がそこにはあった。


――――


「――待て」


「あん? 誰だよ……って、おい。今度は男の方の主人公じゃねぇか。忙しいなおい。ってか、男女共にいんのかよこの世界。確か名前は……ヨグ、だったっけ?」


 キョウを離れて少しした地点の上空。

 これからどうすっかなー、と考えるミソギに声をかける者が1人。


 男の方の主人公、プレイヤーキャラクターのヨグである。


「悪いけど、用があんなら手短にしてくれねえかな。あたしはこれでも忙しい身でな。愛しの男を他人様に戴かれちまう前に、自分ってヤツを探さなきゃいけねぇんだ」


「お前は……『メサイア』は、この世界にとって、正義か? それとも悪か?」


「『メサイア』、なんて機械的な呼び方は止めてくれよ。機体名は『イヴ』で、あたし自身にはミソギって可愛い名前があんだぜ?」


「…………」


「それに、考える時間ばっかだった前世分もあるあたしに問答かよ。正義か悪か、って。それも世界に対して。哲学者かよ」


「答えろ」


「……ま、自分探しの一環として付き合ってやるか。正義か悪か、っつったら、やっぱ悪者なのかな?

「つっても、弱者としての悪者だけどな。主人公さんよ、悪いヤツが悪いことをする理由が分かるか?

「それは利益を得るためだ。短絡的な快楽だろうが、不合理で割りに合わなかろうが、悪いヤツってのは自分が利益を得るために悪いコトをする。結果的に損になるとか、リスクとか、そういうのを度外視して、あるいはそこまで計算に入れて、かもしれねぇけどよ。利益になるから悪いことをするんだ。

「んで、悪いことって何かって考えると、だ。あたしはそれを、他人自分、環境、どんなモノに対して不幸を与えることが悪いコトだと思う。

「そういう意味じゃ、正義なんかよりも分かりやすいよな。悪いコト。なんてったって、この理屈でいくんなら被害者がいりゃあ悪いコトって確定すんだもんな。

「正義ってのは、分かりにくくっていけねぇぜ。色んな形の正義、誰かにとっての正義、正義、正義、正義……ベクトルも概念もてんでバラバラ。色んな正義がありすぎて明確な定義ができねぇ。

「しかも、正義ってのは時に対立するしそうでなくとも不幸を生み出すことだってある。人間社会で言う所の家畜なんかそうだろ? 美味しいお肉を得られる、栄養たっぷり! 人の役に立っている! これは正義だ! でも、お肉にされる側からしたら蛮行以外のなにものでもない。明確な悪だ。

「あたしは性悪説論者でな。原罪、ってほど堅苦しい考えじゃねぇケド、誰もが誰かに対しての悪だし、悪いヤツだし、悪いコトをしてると思うぜ?

「他者を害することが悪。だったら、肉食獣は悪で草食獣が被害者か? 違うね、草食獣だって草、つまりは植物を害している訳だ。いや、生態学的には肉食草食問わず捕食することで環境を保ったりするキーストーン種とかもいるから、そういう意味じゃ全体の役に立ってるから正義とも呼べるかもしれねぇ。

「で、最初に言った弱い側の悪ってヤツだけどよ。悪いコトって、そりゃあ悪いコトなんだからしないほうがいいに決まってる。でも、悪いコトをしなきゃ生きていけないのが生き物だろ? 自分の利益のために他者を、他種を、環境を害するのが生き物だろ」


 どこかの誰かの言葉に似た…いや、こちらが本家本元なのだ。その語り草は、彼に前世で刻み付けていた彼女の残債の1つであった。


「長い。簡潔に話せ」


「正義か悪か、なんて考えんのはアホらしいってコト。そんなの、視点と立場で変わんだからな。マクロで見るかミクロで見るか、どの立場に立って見るのか。その程度で変わっちまう。『完璧な正義』も『完璧な悪』もないってコト」


「……では、聞き方を変えよう。お前は、人類にとっての悲劇を生み出すか?」


「それこそ知るかよ。誰かがあたしのせいで悲劇的になるかもしれねぇ。でも、そんな心配してるような余裕はあたしにはないね。なにせ、ようやく自分の尻を拭き始めたばっかなんだ。他人のケツなんざ気にしてられるかよ」


 自分勝手に語り、自分勝手に結論付ける。『変わろうとしている』けれど、『まだ変われていない』ミソギはヨグに一方的に言い放つ。

 会話でも、議論でもない。述べるだけ。聞かれたことに返答はするが、それでもやはりそれはミソギらしい返答。一方的な、偏った価値観。間違ってはいないかもしれないが、正しいとも断言できない玉虫色の言の葉。そして自身のことしか考えぬ独善的な言葉で締めくくる。


「この世界は……地獄だ。人類にとっての地獄でしかない」


「そりゃそうだ。だってそういうゲームだからな。むしろ、お前は地獄を生み出す側だろ。プレイヤーキャラなんだから」


「俺は……俺は、こんな世界間違っていると思う」


「そうか」


「その『メサイア』の、『イヴ』の力があれば多くの人類が救われる」


「だろうな。ってか、あんたは人類を救いたい訳かよ。悲劇がどうのって言ってたメヴィアちゃんとは大違いだぜ」


「……ミソギ。俺に力を貸すつもりはないか? 今はあの女が活動を控えている。だが、再びあの女が動き出せば、世界はさらなる地獄と化す」


「うわマジか、主人公が2人な上に敵対してんのか。あの女って、メヴィアちゃんだよな。そんな設定の外伝なんざ読んだコトねぇぞ、この世界独自のヤツか?」


「俺と、この地獄を消し去ってくれ」


「うーん――やだね」


 ミソギは。

 機械製の戦乙女は、もう1柱のアンデッドの神にそう言って笑みを浮かべた。


「あたしは自分探しの最中だっての。それにこれでも一途な乙女を自負しててな、浮気性のあいつと違ってあたしは身持ちが固いんだ。そーいう『人類の救世主』的なコトすんなら相棒枠は予約済みだぜ」


「あの男――神か」


「神って。メヴィアちゃんもそんな風に言ってたケド、『  』は神様でも何でもねぇよ。いやプレイヤーキャラからしたら自分を操ってくんだから神様みたいなモンかもだけどよ」


「…………」


「ま、そういう訳だ。あいつもそれっぽいコト望んでるっぽいし、旅路が終わったなら勝手に人類を救ってやるよ。だからあんたはプレイヤーキャラらしく祈ってるんだな」


 遊びと祈りをかけた下らないジョークを飛ばしつつ、世界にとって色々な意味でジョーカーそのものであるミソギはヨグの前から飛び去って行った。

 言うだけ言って、話すだけ話して。


 そも、立ち止まったコトから語ったコト、そして去ったコトまで全てが彼女の気紛れ故の行動であった。

 自由で、自分本位で、気まぐれで、自分勝手で、自己中心的で。

 罪悪感と恋愛感情の無い相手に対しては、彼女は未だ何処までも自分本位な女であった。


 変わろうとはしている。だが、そう簡単に人は変わることなど出来ない。


 ミソギは彼女自身の言動でそれを体現していた。


「……糞。俺は無力なのか。まだ、この地獄は続くのか」


 ミソギが、『イヴ』が飛び去った彼方を眺めながら。

 思わずヨグは嘆きを零していた。

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