第11話

 激闘、とはとても呼べない稚拙な攻防の末。

 ミソギとメヴィアは大の字になって、『龍』の背中に横たわっていた。


「ちょっとはすっきりしたケド、やっぱメヴィアちゃんのことは好きになれねえや。喧嘩して、殴り合って、そうやって友情が育まれるのは所詮少年誌の中のおとぎ話ってことか」


「少年誌、ですか。それこそちゃんちゃらおかしい話です。なにせこのゲームは、この世界は成人向けですから。少年誌を読むような層に向けた作品ではありませんから。熱い青春活劇も友情努力勝利も、この世界にはありません。あるのは残酷な、力こそ全て、勝利こそ正しさという、現実よりも残酷な真実だけですよ」


「……あたし、大人になってからも少年漫画結構読んでたんだけど」


「それはアナタが大人になりきれていなかったというだけの話です……とは、言い切れませんね。なにせ、最近の少年漫画は過激な描写も増えて想定される読者層の年齢も日に日に上昇する一方らしいですから」


「大人になりきれてないのは事実だけどな。あたしは大人でも子どもでもない、マージナルで中途半端で紛い物……まさにピーターパンそのものだ」


「いつまでも子どもの、ネバーランドの住人ですか。アンデッド、そしてアンドロイドには似合いの世界ですね。なにせ、どちらも永久に変わりません。老いることも、朽ちることも……ネバーエンディング、ですね」


「違いない」


 互いに、肉体的な損耗はない。精神は晴れやか。暴力と暴言をぶつけ合い、互いの全てを出し切った両者は共に、奇妙な達成感のようななにかを感じていた。

 尤も、彼女らの間に友情のような感情は一切存在しなかったのだけれど。


「……1つだけ、尋ねてもよろしいでしょうか」


「あん? なんだよ」


「何故アナタは彼に……『  』に固執するのですか。何故、アナタは彼に会いに来たのですか。何故――」


「……単純な理由だよ。そう、すっごく単純。それこそフツーで、つまらない。あたしはな……ちゃんとフラれに来たんだ。謝って、許してもらって、それで、突き放して欲しくってここまで来たんだ」


 自身の言葉に。その言葉に、ミソギ自身もたった今気が付いたかのような表情を浮かべて言葉を続けた。


「そうだ。あたしはあいつに……『  』に、さよならって言って欲しかったんだ。あたしなんかのことは見限って、捨てて、離れて、放り出して欲しかったんだ。大好きなあいつにあたしのことを、今のあたしを否定してもらって、変わるきっかけに……迷路を彷徨う最初の一歩、そのきっかけになって欲しかったんだ」


「随分とまぁ、他人任せですね。アナタ自身のコトであるというのに」


「あぁ、そうだな。他人任せ、あいつに言い訳を用意してもらって、あいつの所為でって、変わらなきゃいけない状況を作りたかったんだ。責任をおっ被せたかったんだ」


「……アナタ達の会話をワタシは把握していません」


「そりゃそうだ。誰にも邪魔されないようにジャミング張ってたからな」


「アレは意図的でしたか……それで、どうでした? 彼はアナタを突き放してくれましたか?」


「途中まではな。謝って、許してもらって、それでフラれた。今のあたしは本当に、正真正銘のただの元カノさ。でも……あいつは、突き放してくれなかった」


「……と、言いますと?」


「『昔はあたしのことが好きだった、でも今は好きじゃない。だから、また惚れさせろ』ってさ。残酷な言葉だよな……あたしのことをフッておきながら、あたしを縛るような言葉を残しやがって。これじゃ、あたしはずっとあいつを……『  』を好きでいるしかないじゃんかよ」


「……ワタシは、羨ましいです。妬ましいです。恨めしくって憎らしいです。彼に愛してもらっていた過去があって、愛される未来があって。今は愛されていませんが、過去と未来……かつての残滓とこれからの可能性。後者に関しては確定的なモノではありませんけれど。ともかく、どちらも彼に保証されたミソギちゃんが羨ましいです」


「そうか? ……そうかもな。でも、あたしはメヴィアちゃんの方が羨ましいぜ」


「そうですか?」


「あぁ。だってあたしは、あいつが惚れ込むような女になるまで『  』に会うことも出来ないんだ。過去も未来もあるかもしれないケド、今がない。今、自由に『  』に会える、関われる、触れ合えるメヴィアちゃんが羨ましい」


「きっと、隣の芝生は青い、というやつでしょうね」


「だろうな」


「……1日だけです」


「あ?」


「だから、1日。明日1日だけ――いえ、もう今日になってしまっているかもしれませんけれど。ともかく、ワタシの彼を貸してあげます」


「……そいつはまた」


「勘違いしないでください。殴り合いの喧嘩で友情が芽生える、なんて出来事は馬鹿な思春期の少年か、あるいは少年漫画の中だけの出来事です。ここは少年漫画どころか成人向けゲームの世界です、そんな馬鹿馬鹿しい出来事なんて起きませんし、ワタシは今でもミソギちゃんのことは嫌いです」


「あたしもメヴィアちゃんのことは嫌いだけど、少年漫画も好きだからな……そこを否定されるのはちっと辛い」


「メンタル弱すぎでしょうミソギちゃん。といいますか、自身への否定よりも少年漫画への否定の方が傷つくのですか……。大体、殴り合って友情が芽生えるなんておかしいではありませんか。そういう彼らはきっと元々友情が合った上での諍いであったか、あるいは頭がおかしいかのどちらかでしょう。殴り合った相手ですよ、敵対者ですよ、自身を害した相手ですよ。それに好意を抱くなんて、頭がおかしいとしか思えません……ともかく、これはアナタに対しての呪いです。決して情に絆されたから、なんて理由ではありません」


「へぇ?」


「合理的で論理的な、嫌いな相手を苦しめるための手段です。キャラクター的な、機械的な、人間らしくないワタシの思考回路に基づいた提案です。1日彼と共に過ごせば、きっとアナタの彼への執着は増すでしょう。今よりもっと、彼のことを好きになるでしょう。元カノ、という立場を拗らせて一生変わることの出来ないアナタになるかもしれません。ざまあみろクソ女、バーカ、というヤツです」


「ふははっ、なんだよそれ。メヴィアちゃんの感情面的にはいいのかよ。それに、その中身ってか思惑をあたしにしゃべっちまってもいいのかよ」


「良くありません。不本意です。1日とはいえ彼をアナタに貸すことも、ワタシの心情を語ることも、不合理で不条理で不本意です」


「じゃ、なんでわざわざ語った? なんでわざわざあたしに1日くれるんだ?」


 決まっているでしょう?


 隣で倒れこむ機械の戦乙女に――人間の少女に、アンデッドの神は――人間の少女は精一杯のイヤな笑顔を浮かべて吐き捨てる。


「それが、そういうのが。感情に振り回されて馬鹿な真似をするのが、人間だからですよ」


――――


 彼女達の肉体には、事実として大した損傷はなかった。

 ただの殴り合い、蹴り合い、引っ張り合い程度の喧嘩だ。女同士の、当人以外にとっては下らない喧嘩だ。大げさな怪我なんて起こり得るはずもない。

 それに、人間程度に性能を引き下げて人間らしく争っていたとはいえど彼女らは機械の戦士とアンデッドの神だ。そう容易く重傷を負うはずがない。


 しかし、精神的な疲労か。あるいは何かしらの奇妙な満足感故か。

 龍の背中に倒れこんでいた彼女達は、気が付けばどちら共なく眠ってしまっていた。


 本来睡眠を必要としないアンドロイドの『イヴ』。そして数日の不眠程度ものともしないアンデッドの神たる『メヴィア』。在り方が人間らしく寄せられていたこともあってか、彼女達は眠ってしまっていた。


 そして、メヴィアが意識を失ったことによって『龍』への『支配』が解け、またキャラクター達に一切気を使わない世界ことアンデが世界の歪みを修正したことで、ドラ子は元のチビッ子へと姿を変える。


「――おっと」


 落下する彼女達。それを、魔力を用いて空中で受け止めたルシ子は非難がましい視線をアンデへと向けた。


「一声くらいかけてはどうですか、とルシ子はアンデを批判します」


「いやいや。これはキミへの信頼もあっての行動さ、ルシ子ちゃん。キミなら彼女達をしっかりと受け止めてくれると信じてたぜ!」


 ゆっくりと降下しながら、アンデへ鋭い視線を変わらず送り続けながら。

 ルシ子は地上のキョウの都を見やる。


「……修復を確認。多数の人民の生存も確認。ですが、一部修復されていない、とルシ子には認識できます」


「そりゃそうさ。ボクに直せるのはチートコードによる不正な世界の歪みだけさ! ミソギちゃんだっけ? 彼女の乗った『イヴ』による被害はボク自身じゃないから、ボクにはどうしようもないんだよ! ……それにしても、彼女は凄いぜ」


「凄い、ですか。この被害の規模について、でしょうか」


「いいや、いいや! むしろ逆だね! あれだけの大規模な戦闘を行って、森だったり山だったり川だったり、都の中の建物だったり! そういう所にこの世界どころか現実世界でもオーバーテクノロジーな実弾兵器とか光学的な熱線だとか、そういうのをぶちこみまくっていたのに! 彼女はなんと誰一人として殺してなかったんだよ!」


「……それはまた」


「凄いだろ!? あんな派手な、ともすればありきたりで陳腐にも見えるほどの大規模戦闘を行っておきながら! 彼女は人を殺さないように気を使って戦ってたんだよ! 主人公ちゃん自身じゃないけど、キミの眷属……いや、今のキミじゃなくって悪魔神サタンの方のキミの眷属の悪魔達が盛大に被害を出して地上の人達を殺しまくってたってのに、ミソギちゃんの方は誰一人殺してないんだ! いや勿論、家屋だったり木々や山々とか、そういった人以外にはめっちゃ被害出しまくってんだけどさ!」


「つまりは、今回の戦闘の被害者は全員蘇生したと?」


「そうだね! あ、ちゃんと主人公ちゃんが『不死王』になった時の衝撃で死んだり頭がおかしくなったりしたヤツらも元に戻しておいたよ! いやぁ、久々に大仕事だったぜ! バグの修正だからドラ子ちゃんの封印を解くほどの手間じゃなかったけど!」


「……個体名アンデ。アナタも大概な存在ですね、とルシ子は驚嘆します」


「いやいや。今回の被害がチート行為によるモノだったから直せただけさ。ちゃんとした、ルールに則った、ゲームとしての範疇の被害はボクにはどうしようもないんだぜ。それと、ボク以外の存在の影響もボクには修正出来ない。こんな大規模な被害を一瞬でなかったことにしたから凄く見えるだけで、その実ボクの出来るコトってのはメチャクチャ限定的で不便なモンなんだぜ?」


「なかったこと、ですか」


「そうさ! なかったことにした! 全部全部、今回のこの争いはなかった! ボクの中ではそういうことになった! あ、安心してよ。キミ達当事者の記憶まで消去するほどの無粋な真似はしないからさ! その方がゲームとして面白くなりそうだしね!」


「個体名『イヴ』――もとい、ミソギちゃんの攻撃による被害はどのように処理したのでしょうか。人的被害はなくとも、家屋、自然環境への影響は大きいとルシ子には思えるのですが」


「ソッチはどうしようもないから、適当な理由を『あったコト』にしたよ。隕石が落ちてきた、とか急な自然災害が起こった、とか。それこそテキトーに! ま、それで問題はなさそうだしね。なにせこのヤマト国は文明レベルが低い! 自然災害が発生しやすい地域――元の世界風に言うと、大陸とかのプレートの境目で自身が起きやすく、活火山も多くて、さらには台風の通り道で、年によっては豪雪にも見舞われるとんでもない地域だから、災害には慣れっこなのさ。人的被害さえなければ誰も大して気にしない――おっと、この世界の倫理観じゃ誰彼が死のうと身内じゃなけりゃ気にも留めないかもね!」


「なるほど。理解しました」


「それでそれで! キミはこれからどう動くのかな!? 彼の、プレイヤーくんの楽しい生活のコトを考えると、正直この恋愛ごっこにおいて恋心が芽生えたキミがボクにとっての大本命なんだけど! なにせ主人公ちゃんは主人公とはいえ妙な思い込みで彼を不幸にしようとするし、ドラ子ちゃんは全然マシだけど愛が一歩的過ぎるキライがある! そんでもって新規参入してきたミソギちゃんは前世で彼を殺した実績のある上にボクじゃ制御できないジョーカーだ!」


「……ルシ子、ですか」


「そうさ! 原作のキミじゃあとても持たなかった恋愛感情を抱き始めたキミが、ボクにとっての大本命! 恋のダービー単勝1点買い! 性生活は不安だし、情緒だったり人間的な感情は育ち切ってないけど、それはそれで成長する余白が存分に残ってるってコトでもあるからね! ……いやまぁ、他のキャラ達がみんなして癖が強すぎるから、消去法的にキミが本命になったっていう部分も正直あるんだけどさ」


「…………」


「おっと、気分を害しちゃったかい!? だったら謝るよ、ゴメンね! でもボクにはこういう言い方しかできないんだ!」


「……はぁ。世界の、アンデの思惑など、正直ルシ子にはどうでも良いです。何故ならルシ子は自由、誰にも縛られることなくルシ子自身の意志と感情のみで動くのがルシ子だからです」


 堕天使ルシファーの気配を検知して、ただでさえ『謎の被害に突如見舞われたことになっている』キョウの都には警報が鳴り響く。

 その音を煩わしく感じながらも、ルシファーは降下し都近辺の森の中――ナナシと野点を行っていたあの川のほとりへと舞い降りる。


「1週間後にまた来ます……元カノ、今カノを主張する愚か者などに、ルシ子は負けません。彼は、ナナシはルシ子の婚約者なのですから」


 全員を地面に横たえると、胸の中に抱いていた彼――ナナシに対し、意を決したような表情で。

 その頬に、軽く口づけをした。


「……今のルシ子には、これが精一杯の愛情表現です。これ以上の行為は、嫌悪が勝ってしまいます」


 どこからともなくルシ子は長椅子を取り出すと、その上に彼を横たえた。河原の石ころの上に放置された他の面子と比べるとその扱いはそれこそ雲泥の差であった。


『――あーあ。今回ボクらにとっての得は何もなかったね、プレイヤーくん。キミはほとんど寝たきりで、ボクは世界の修正に大忙し。損ばっかりだ……ま、お互い先行投資みたいなモンだって割り切ろうぜ?』


 ルシファーが飛び去った直後。

 警報の鳴り止んだ頃合いになって、陽炎のような姿に変わったアンデは、この世界そのものは、『アンデッド・キングダム』は自身を遊ぶプレイヤーにそう声をかける。


『しっかし、人間ねぇ。キャラクターってのは人間をモデルに作られてるからそういうのに執着するのかもしれないけど、ボクには分かんないや。ま、分かろうとも思わないんだけど。ただ、どういうモノであるか知ってればいい、ただ、どうすれば彼らが楽しんでくれるのかさえ分かっていればそれでいい』


 ――だって、ボクはゲームなんだから。『アンデッド・キングダム』だから。

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