第10話

――――


「……なぁ」


「なんだよ」


「あたし、確かなんでもって言ったよな? なんでも言うことを聞いてやるって、そう言ったよな?」


「あぁ」


「……じゃあ、そのなんでもってお願いでなんでこうして歩き回って話すだけなんだよ」


「そりゃ決まってんだろ。俺がそうしたいからだよ。俺がミソギちゃんと一緒に話しながら歩き回りたいからだよ」


「そうじゃなくって。そんなコトくらいお願いされなくても何時でもしてやるっつってんの。あたしはこんなことに願いを使ってほしくねーの。こんなんじゃあたしの罪悪感が消えねーの。分かるか?」


「知るかよ。別にミソギちゃんにして欲しいコトなんて他にねぇしよ」


「エッチなコトとかでもいいんだぜ?」


「それこそ論外だ。ミソギちゃんとは前世で散々やったし、今のこの体は二次性徴前だぞ。なんでエッチなコト願うんだよ」


「……それもそうか。いや、こういうなんでも聞くってヤツの定番だからよ、エッチなコト」


「なんだそりゃ」


「……あたしさ、将来の夢とかなかったんだよ」


「なんだよ唐突に。自分語りか?」


「あぁそうだよ自分語りだよ。悪いか。聞きたくないのか」


「聞きたいか聞きたくないかだと、ちょっと聞きたい。というか、ミソギちゃんの話を……声を聞いてると落ち着く。なんか、これが俺にとっての日常なんだなぁって気分になってくる」


「はぁ? 意味分かんな。ま、いいや。とにかく、あたしにとって将来の夢はなかったんだよ。それどころか、将来、未来って価値観すらあんまりなかった。今が一番大事だった」


「それで?」


「だから、あたしはダメになったんだろうな。今が幸せで、今しか幸せを求めてなくて、今だけを見て今だけを生きてたから。未来も、過去も見てなかった。だから、チーズがなくなってることに気付かなかったんだ。どんどんチーズが減っていることに気付かなかったんだ」


「またチーズかよ」


「またチーズだよ。分かってると思うけど、比喩表現だからな? 幸せだったり食べ物だったり家族だったり、とにかくなんだっていい。そういうそいつにとって、その誰かにとって生きてくのに必要ななにかをチーズに例えてるだけだからな?」


「分かってるよ」


「……あたしは変わんなきゃいけないんだ。今あるチーズで満足しちゃいけないんだ。今ここにあるチーズを捨てて、飢えなきゃ、飢えて飢えて、迷路を彷徨わなきゃいけない。迷路を彷徨えるように、そうしてチーズを見つけられるように変わらなきゃいけないと思うんだ」


「変われるのか?」


「……分かんない。『  』みたいに変われるか、生きていけるかも分かんないよ。『イヴ』の体があれば死ぬことはない、でも生きていけるのかは分かんない」


「変わらなきゃいけないのか?」


「変わらなきゃいけない。ただそこにあるだけの、もしくはあったはずのチーズにしがみ付いてるだけのあたしじゃダメだ」


「変わらない方がいい部分もあると思うけど」


「それはそうだな。だけど、今のあたしにはそれが分かんないんだ。何処を変えるべきで、何処を変えないでおくべきか、それすら分かんない。だから、まずはそこを探さなきゃだな」


「だから……だからさっき、俺の目的――目的って言っていいのか? とにかく、人類キャラの保護が終わった後、旅に出てみるって言ったのか」


「ん。旅。文字通り、自分探しの旅だな。幸運なことに、今のあたしの体は『イヴ』で、朽ちることも老いることもない。時間はいくらでもある、何かを始めるにしても、遅すぎるってことはないくらいだ。ご飯もいらないし、寝る必要もない……そういう機能はあるから、したくなったらするケド。とにかく、あたしは好きなだけ放蕩できるんだ。いいだろ?」


「そいつはいいな」


「……そんで。そんでな」


「あぁ」


「……自分探しの旅が終わって、自分で変われたって、自分は凄いヤツだって……『  』に相応しいあたしになれたんだ、変われたんだって。そう思えた時……」


「…………」


「……また、会いに来るよ。『  』に会いに来る」


「会いに来る、か。ってことは、俺は同行しないのな」


「一緒に旅出来ると思ってたか?」


「出来るってか、連れ回されると思ってた。ほら、中学入ってミソギちゃんがボッチになってた時によく俺を連れ回してただろ。あんな感じで」


「馬鹿お前。アレはクラスの女子にいいように使われてるあんたを助けてたんだよ」


「ホントかよ」


「ホントだよ」


「……ま、いいや。そういうことにしておく。ありがとな」


「……バーカ。バーカバーカ」


「……じゃ、俺の手伝いはしなくていいや」


「は?」


「は、じゃないの。俺の手伝いはなし。今すぐミソギちゃんは旅にでも何でも出ろ。気が変わらないうちにとっとと行っちまえ」


「……いや、それじゃ『  』の夢が叶えらんないだろ。今の『  』はハーフアンデッドのナナシくんだろ? モブだろ? そんでもって、戦奴だろ? ……救える訳ねぇだろ、この世界のキャラ達」


「だろうな。俺自身、無謀な挑戦だって思ってるよ」


「だったらなんで――」


「ミソギちゃん、ぶっちゃけ俺のコト好きだろ?」


「――なんでまた、いきなり」


「いや。フツー分かるだろ。寂しいから一緒に死のう、ってする相手とか。転生して真っ先に探そうとする相手とか。こうしてベタベタ引っ付いてくる相手とか。絶対俺のコト好きじゃん」


「……そうだよ、好きだよ。悪かったか」


「悪くない。顔の良い女に好かれるコト程良いコトなんてそうそうない」


「…………」


「でも、今の俺はミソギちゃんのことが好きじゃない。前世で殺してくれやがった恨みとか、寄生虫みたいに俺に引っ付いてたコトとか、そういうのは関係ない。顔と声と体は好きだけど、ミソギちゃんのことは恋愛的な目で見てない」


「……はっきり言うじゃんか。傷つく」


「はっきり言わなきゃ分かんないだろ、相手の心なんて」


「あたしが『  』のことが好きだってことは分かってたくせに」


「程度、限度ってのがある。ミソギちゃんはそういう意味じゃ素直過ぎだな。一緒に死にたいくらい好き、なんて昨今じゃヤンデレでもそうそう見ないレベルだぜ?」


「…………」


「んで、さっきも言ったけど俺の初恋はミソギちゃんなの。俺は昔、ちゃんとミソギちゃんが好きだった。だから……そうだ、願いが足りない、罪悪感が残るってんならこう言おうじゃないか」


「なんだよ」


「『昔みたいに、俺をまたミソギちゃんに惚れさせてくれ』。俺が惚れ込むようなヤツになってくれ。顔だけでいいや、ってなるようなのじゃダメだぜ? 心から俺を惚れさせろ。そのために、変わるためにさっさと旅に出ろ。俺の目標なんかに構ってる暇があったら早く魅力的になって帰ってこい」


「……凄いコト言うようになったな、『  』。昔のあんただったらそんなコト言わなかったと思うぜ」


「だろうな。つまりだ。つまらなくって退屈でどうしようもなくダメな俺でも変われたんだ。だったら、ミソギちゃんも変われるさ」


「……変われるかな」


「あぁ」


「どれくらい、かかるかな」


「俺が知るかよ」


「その間、ゲームは進むよ。人類のキャラ達は死んじゃうかもよ」


「かもな」


「……それじゃ、『  』の夢が、目標が叶わない」


「それどころか、俺も死んでるかもな。なにせ、ハーフアンデッドは頭が壊れりゃ死んじまう」


「…………」


「つまりだ。俺はお前に脅迫してんだな。俺の夢、あるいは俺の命がどうにかなる前にさっさと変わって帰ってこい、さもなくばどうなっても知らんぞ、ってな」


「……なんだそりゃ」


「ほら、今日くらいはミソギちゃんに何処にでも付き合ってやるから、明日には自分探しの旅に出ろよ。恋愛なんて久々だからな、楽しみに待ってるぜ?」


「なんだそりゃ……あははっ」


――――


「だからっ! 今日って1日はあたしにとって最後の1日だったんだよっ! チーズがあった場所に縋れる、古いチーズを手放して新しいチーズを探しに行く前の最後の1日だったんだよ!」


「なんですかその話は、チーズチーズと訳の分からない話をっ! 知りませんよそんなコトっ! いいですよねアナタは前世という歴史が、時間が、彼との過去があってっ! こちとら何千何万という年月を、ただ感じるコトしか出来なかったのですよっ! これはっ、この世界はっ! ようやく訪れたっ、彼を感じるだけじゃないっ、彼と共に在ることの出来る世界なのですよっ!」


「それこそ知るか馬鹿女! 見たことも会ったこともない他人の男に勝手に惚れやがって! 『  』はあたしの男だぞ!」


「はぁっ!? 自分の男だと主張するならもう少し大切に、大事に扱ったらどうですかっ! 依存して! 負担になって! 手荒に扱って! 惚れた相手のことを慮ることも出来ないのですかこのメンヘラ!」


「会ったコトもないような相手に惚れ込むイカレ女に言われたくない! それにメヴィアちゃんはゲームのキャラで、この世界を何巡もしてんだろ! だったら何人もの男に体許してきてんじゃねぇかこのビッチっ!」


「それは彼がそうしたいと、そうして欲しいとワタシを操作した結果ですっ! 断じてワタシの意志でこの体を許した覚えはありませんよっ!」


 とぐろを巻いた『龍』の中央にて。彼女達はそれはもう幼稚な戦いを繰り広げていた。

 技術もなく、力もなく。ただただ感情をぶつけ合うだけ。拙く、しかしながら全力の想いを、感情を互いにぶつけ合っていた。


「ねぇねぇ! ルシ子ちゃんは行かなくていいのかい!?」


「……世界ですか」


 そんな彼女達の喧嘩を――互いに一発ずつ、という約束を一瞬で両者共に反故にしたが故に始まった、口喧嘩であったはずの喧嘩を眺めながら。

 世界の修正力によって生き返った信者の影響で悪魔神サタンから堕天使ルシファーへと戻ったルシファーは、自身の隣に腰かける自分自身の姿を模した世界へと胡乱気な眼差しを向ける。


 彼女の腕の中には眠りに就くナナシ。


「役得、って言っていいのか分かんないけど、今一番得してるのってキミだよね! だって、彼女達が欲して争っている彼を今抱きしめているのはキミなんだから!」


「ルシ子は自由ですから。ですので、ルシ子はルシ子のしたいようにします――それよりも、個体名アンデ。世界の観測はどうしたのでしょうか」


「あぁ、キミは主人公ちゃんから情報の共有をされていたんだったっけ――もう、彼女達の戦いにチートはいらないみたいだからね、この辺り一帯っていう最低限を残して世界は修正済みさ! キミがサタンから元のルシ子ちゃんに戻ったのもその所為って訳だ!」


 ふと、辺りを見やるとメヴィアによって顕現していたネームドアンデッド達が消失している。未だこの場所に留まっているのは『龍』とルシファーくらいであった。


「キミはプレイヤーくんの婚約者を自称しているからね、関係者として修正するのは止めておいたよ。ドラ子ちゃんも彼を好きだからそのまま……まぁ、そっちは無意識に行使されてる『支配』の所為で意識はないんだけど! まったく、『支配』を解除しちゃうとこの完全な龍化まで解けちゃうから修正出来ないんだよね、厄介なことに」


「解いてはいけないのでしょうか」


「解いてもいいけど、そうしたらこのとぐろの中で争う彼女達、って光景がただの空中戦になっちゃうじゃないか! 見栄え的によろしくないよ!」


「見栄え……録画でもしているのですか、とルシ子は問いかけます」


「もっちろん! 撮ってるよ! 無許可で遠慮なく! だって、マジモンの女同士のケンカだぜ!? 中々見れるもんじゃないし、エンタメ的には最高じゃないか!」


「その映像の利用方法は?」


「うーん、今はまだ考えてないかな! 適当な場所で、それこそふさわしい場所でボク自身を弄ってプレイヤーくんに見せようかなって思ってるけど!」


「……趣味としては最低の類であると、そうルシ子は判断します」


「普通、普遍、凡庸よりかは最低の方がマシってモンだぜ! ……ところで、キミもホントに参加しないのかい? キミが加われば、もっと最高の絵が撮れると思うんだけど?」


「参加しません。ルシ子は堕天使です、人化したとしても、全力でケンカなどできません、彼女達を殺して壊してしまいます……そういう意味では、ルシ子は全力でケンカの出来る彼女達を羨ましく思います」


「殺して壊せばいいじゃん! そうしたら、完全に彼はキミのモノだ!」


「ルシ子はルシ子のやり方で彼を、個体名ナナシを手にしてみせます。それに、ルシ子は暴力を好みません」


 ある地域――キョウ周辺のみを残して在るべき姿へと修正された世界。

 その、修正の範囲外であるキョウの都の遥か上空、『龍』がとぐろを巻いたその中央。


 メヴィアとミソギ――自称今カノと自称元カノは、激しく争う。

 拙く、幼く、感情的な。

 先の大規模で壮大な争いではない。化物同士の争いではない。


 普通の、人間の、女の子同士の。

 好いた男を取り合うための、今日というたった一日のための。


 そんな、ありふれた喧嘩がそこにはあった。


「――ま、そうこうしている内に今日はもう明日になりそうなんだけどさ!」


「個体名アンデ、無粋な言葉ですよ。そうルシ子は忠言します」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る