第9話

「演算開始。戦闘継続じゃなくって、リソースを防御に回したら何分持つ?」


『――演算完了。上級デーモン5体を対象とした場合、永続的な機体維持が可能』


「んじゃなくって、あの上の方にあいつらに突っ込んだ時。相手方からの攻撃を受け続けたなら何分持つかって聞いてんの」


『――再演算完了。20分が活動限界と判断。20分経過後、当機体はオーバーヒートを引き起こし約2時間の冷却期間の後に再稼働可能であると推測』


「破壊されるんじゃなくってオーバーヒートでダメになるってか。流石は死にたくないがために強化した機体だね、防御力はバツグンだぜ……20分か。じゃ、少な目に見積もって10分かな――AI、戦闘停止。リアクターのエネルギーを『イヴ』のシールド及び修復プログラムに最大限回して。あ、あたしが機体動かせる程度のエネルギーは残しとけよな」


『――了承。エネルギー出力の98パーセントをシールド及び修復プログラムへと移譲。戦闘能力低下。オーバーヒートまで残り19分51秒』


 ミソギの脳内にのみ表示されるAIのその言葉の後に、『イヴ』の機体の表面に可視化出来るほどの密度でエネルギーの膜が張られた。

 大罪を司る悪魔達への攻撃を止め、ゆっくりとした速度でミソギは機体を上昇させる。目指すは『龍』に腰かける、彼の今カノを名乗るアンデッドの神、メヴィアの元へ。


 当然、ミソギが戦闘を中断しようとも悪魔達は攻撃を止めない。

 手にした武器で、扱える限るの魔術で、あるいは口から酸や火炎を吐き出して、ミソギへと襲い掛かり続ける。

 しかし、ミソギはそれらを一切意に介すことなくゆっくりと飛翔を続ける。


 悪魔達の攻撃は、『イヴ』のエネルギーによる障壁によってそのほとんどが阻まれ無効化され、それを突破した僅かなものも彼女の機体に備わった修復プログラムによって瞬時に回復されてしまう。

 斬りつけられ、殴りつけられ、火炎や冷気、酸、毒、電撃、精神汚染とありとあらゆる攻撃を受けつつも、『イヴ』は止まらぬ。止まることなく上昇を続ける。

 防御にリソースを割いている、その上攻撃を受けた際のダメージはともかく衝撃そのものを殺しきれている訳ではないために、その速度は遅々としたものだ。


 飛んで、昇って、しかし攻撃を受けた衝撃で僅かに落ちて。その繰り返し。

 三歩進んで二歩下がる。そのような調子で、しかし確実に彼女はメヴィアへと近づいていった。


 そして、数分後。


「よぉ、自称今カノさん」


「……随分とまあ、いい恰好になりましたね。自称元カノさん。降伏宣言でもしに来たのでしょうか?」


 悪魔達の猛攻を受けつつ、ミソギはその神の眼前へと辿り着いていた。

 機体そのものに損傷はない。だが、機体ではない衣服は既に炎によって焼け爛れ、酸によって解かされ、彼女はマネキンやビスクドールにも似た球体間接を露わにした、人外な、機械的な部分を見せる無残な姿となっていた。


 さらにはリアクターを全力で稼働させているためか、排熱処理が追い付いておらず全身からは蒸気にも似た白い煙が立ち上っている。関節部には赤熱し光を放っている個所すらあるほどだ。


「メカニカルかつクラシックなデザインでいいだろ? それに、全裸になろうが性器もねぇんだ、放送倫理協会からのクレームも受け付けねぇいい体だ」


「これはアニメではなくゲームなのですが。それに、年齢指定を受けるようなゲームですよ? モザイクこそかかるでしょうが、性器程度で恥じらうような人物はこの世界に相応しくないとワタシは思いますけれど」


「いや、確かにエロゲだけどよ……それに多少は恥じらいがある方が男受けがいいぜ? そいつの趣味にも合うしな。元カノからの忠言ってヤツだ」


「……ご忠告どうも。今後は恥じらう練習でもしましょうか。それで、ミソギちゃんはどうしてここまで昇ってきたのでしょうか」


「――神。聞き捨てならない言葉が聞こえました。元カノ、今カノとはどういう意味でしょうか。ルシ子は神に説明を要求します」


 自称元カノと自称今カノ――事実として、どちら共に想い人である彼からは交際の事実を認識されていない文字通りの自称――の会話に、空気を読まずに口を挟むものが1人。


 悪魔神サタン、もとい彼の婚約者をこれまた自称するルシ子ちゃんである。


「……アナタまで介入するとなると、それこそ話が面倒になるのですけれど。今回のアナタには戦力としての役割しか期待していないのですけれどね、ルシ子ちゃん」


「状況、そして神の恋愛感情から察するに、先の発言はルシ子の婚約者たる彼の今カノ、元カノであるという主張であると、そうルシ子は判断します。であれば、ルシ子も無関係ではありません。彼は、ルシ子の将来の伴侶なのですから」


「うっわ、マジかよ。主人公ちゃん――メヴィアちゃんだけじゃなくってルシ子ちゃんまでオトしてんのかよ。その上出会い頭のあの感じからして、『龍』にも好かれてるっぽいし。前世と違ってモテモテじゃねぇか『  』」


「はぁ。まぁ、話に混じるくらいなら別に構いませんか。どうせ状況に変わりはありませんし。それで、ミソギちゃんは本当に何故ここまで昇ってきたのですか? その様子だと、結構な無理をなさって頑張ってここまで辿り着いたみたいですけれど。先んじて言わせてもらうとすれば、降参、降伏の類の要求なら受け付けませんからね?」


「やっぱ、目的はあたしを壊すコトって訳か。んでもって、その根っこにあんのは『対抗心』、『嫉妬』、『羨望』、そんでもってあたしに『  』を取られたくないっていう『独占欲』と『恐怖心』ってトコか」


「……話くらいは聞いても良いでしょう。それで、何が言いたいのでしょうか」


 メヴィアは悪魔達に攻撃の中止を命じる。それに素直にサタンは応じた。

 悪魔達の攻撃が止む。そして、その他のアンデッド達が襲い掛かってくることもなかった。それでもミソギはシールドと修復プログラムを停止させない。

 当然だ。何時目の前の存在が気まぐれで攻撃を再開するのか分かったものではないためである。


「AI、オーバーヒートまでの猶予は?」


『――オーバーヒート、活動限界まで残り7分36秒』


「……若干物足りないけど、まあ無いモンはしゃーないか」


 呟くと、ミソギは空中で足を組んでメヴィアへと言葉を投げかけた。


「メヴィアちゃんよ。あんたは自分で自分をキャラクターだ、人間じゃないって言ってたけどよ。あたしから見たメヴィアちゃんは、あいつとかあたしとか、そういう色んなモンに振り回されて感情を揺さぶられてるように見えたぜ?」


「それはそうでしょう。誰だってそうでしょう。想い人のコトであれば、誰であろうと感情を揺さぶられるでしょう。恋する相手のコトで揺れ動かない心、その程度の恋心は恋とは呼べません」


「そいつは人にもよるとあたしは思うけどよ……んで、あたしはこうも思ったわけだ」


 シールドに覆われた、艶やかで少し癖のある黒髪を指で弄びつつ、親しい友人へと語り掛けるようにミソギは語る。


「些細なコトで揺れ動いて、感情的に行動して、不合理で不本意で不条理な行動をしちまう……そういうコトをしてしまうヤツのコトをなんていうか知ってるか?」


「……本当に、何が言いたいのですかアナタは」


「そいつはな。『人間』って言うんだよ。合理的でも論理的でもない、無駄に知性が発達したせいで豊かになった感情に振り回されるどうしようもなく愚かな存在。そいつが『人間』ってヤツだぜ。だからよ、メヴィアちゃん。あんたはキャラクターだって言ってたけど、それでも十分に『人間』してたんだぜ?」


「……そういう設定、という可能性はないのですか?」


「ないね。メヴィアちゃん自身が言ってたじゃねぇか。自分は最初無色透明、この人格は後天的に得たものだってよ。だから、在り方だったり出来方だったりはフツーじゃないかもしれない……ってか、全然フツーじゃねぇけど、それでもメヴィアちゃんは『人間』だよ。キャラクターなんかじゃない」


 そもそも、フツーの人間なんてどこにもいねぇのさ。つまらない、特別でもなければ優秀でもない退屈な人間ってのはいるけどよ。

 そう言ってミソギは自嘲するように笑った。


「だから、残り約5分くらいか? ……キャットファイト、なんて化け物染みた暴力的なことは止めにして、ここからは女の子らしく、人間同士らしく口喧嘩といこうぜ。ジェンダーがどうの、って言ったばっかのあたしが女の子らしく、なんて言っても馬鹿みてぇだがよ」


「……お互い、中身は女の子なんて年齢でもないでしょうに。それに、アナタは乙女ですらありませんし。彼と前世でシたのでしょう?」


「そりゃそれこそお互い様だ。この周回じゃどうか知らんけど、エロゲの主人公さまが未経験な訳ねぇモンな」


「……結局、ルシ子は蚊帳の外ですか。そうですか」


 意味不明な、それでいて互いには理解し合えているらしい言葉を交わす2人を前にして、サタン――ルシ子は結界にて保護された意識不明のナナシを抱きしめると、不貞腐れたように『龍』の背の上で寝転がった。


 客観的に見た場合、彼女達が争い求める彼に現状最も近しいのが奇しくも、皮肉なことに、その口喧嘩に参加することすら出来ないそのルシ子であった。


――――


「それで。口喧嘩、と申されましても。ワタシとしてはミソギちゃんの話に付き合う義理はないというか……そもそも何故、口喧嘩なのでしょうか。罵り合いであれば、先ほど殴り合いながら行ったではありませんか」


「あー、その辺の説明から必要なのか……時間足りるかなこりゃ」


「時間、ですか?」


「そ、時間。戦い、戦争、スポーツでもなんでも、そういうマジなヤツなら存分にズルいコトとか卑怯なコトとかすべきってのがあたしのポリシーなんだけどさ。だって、勝つために全力になるのが、勝つために出来ることをなんでもやるのが真剣さ、ってヤツだと思うからな。それはともかく、そういうのじゃない人付き合いってのはやっぱフェアな精神でやるべきだとあたしは思う訳。コミュ障って言ってもいいあたしが言えたコトじゃないケド」


「殊勝な考え方ですね。ところで、人付き合いとはいえどワタシもミソギちゃんも人ではないと思うのですが」


「『人間』だよ、お互いにね。アンデッドとかアンドロイドとか関係ない、お互い人間同士だとあたしは思うぜ……で、だ。そのフェアな精神に則ってバラしちまうけど、この今の『イヴ』のシールドと自己修復による所謂『無敵モード』だけど。あと5分くらいしかもたないんだな、これが」


「おやまぁ」


「んで、5分後どうなるかっていうと『イヴ』はオーバーヒート起こして動かなくなる。再起動までクールタームが2時間くらい。その2時間は何にも出来ない、壊すも封印するも簡単なスクラップ同然になるんだぜ」


「それはそれ……何故、それをワタシに? その発言を受けたワタシが5分間アナタを攻撃し続けオーバーヒートを待つ、という選択肢を取らないとお考えなのですか?」


「賭けっちゃ賭けなんだけどよ。メヴィアちゃんがちゃんと『人間』してるなら、そんな覚悟をしてきたアタシの話を真剣に聞いてくれるって、マジで喧嘩してくれるって不合理な選択肢を取ってくれるって思ってね。逆にメヴィアちゃんが『キャラクター』なら、合理的にあたしを壊すって。そういう賭け」


「……アナタはワタシが『人間』であると?」


「だからさっきからそう言ってるじゃねぇか、時間を無駄に使わせるなよ。メヴィアちゃんは『人間』だよ。あたしと同じ、在り方生まれ方はフツーじゃねぇかもしれないけど、不安定で揺れてブレる、不合理で不条理で不本意な、そんな『人間』だぜ」


「……………………挑発に乗って上げましょう。ワタシは紛い物、あくまでキャラクターですけれど。アナタのいう通り『人間』らしく、不合理で不条理で不本意な選択をしてあげましょう」


「ありがたいね」


「覚悟しなさい。ワタシを、キャラクターを、神を。それを『人間』へと貶めたのです。口喧嘩とはいえ、遠慮も手加減もしません」


「へぇ。貶められた割には嬉しそうな表情じゃねぇか」


「……アナタではなく、彼に『人間』であると認められた方が素直に喜べたでしょうけれどね」


「そりゃそうだ。『人間』に成れた神様、キャラクターだったメヴィアちゃんに『人間』のセンパイからありがたい忠告をしておくぜ」


「なんでしょうか?」


「同じ女を愛した男は友人になれるかも知れねぇけどよ。同じ男を愛した女は嫌い合うしかないんだぜ?」


「でしょうね。ワタシはアナタが嫌いです」


「あたしも、前世の画面越しじゃ結構好きだったケド今のあんたは大っ嫌いだ」


「ふふっ……」


「ははっ……」


「……残り時間を気にするのは無粋です。その状態を解除しなさい。神の名に誓って、口喧嘩の最中は一切の攻撃を行わないことを誓いましょう」


「おっとこいつは僥倖。とはいえ、口喧嘩中だけなのな」


「当然です。ワタシはミソギちゃんが嫌いですから。ワタシを『人間』であると、そう言って下さった温情でこの口喧嘩中だけの停戦を認めましょう」


「終戦じゃなく停戦なのがいい味出してるぜ。やっぱメヴィアちゃん、人間らしいじゃねぇか」


「……とはいえ、お互い感情的なだけの口喧嘩は望まないでしょう?」


「お? ……『不死王』を解除して、ソイツはハーフアンデッドか」


「えぇ。文字通り、『最も人間に近い』アンデッドです」


「……そういうコトか。じゃ、あたしも人間に近い出力にするか――シールド、修復プログラム並びに痛覚遮断、解除。機体性能を『人類』程度まで低下」


『――了承』


「いいですか?」


「何時でもいいぜ。ただ、お互い一発ずつだけだからな?」


「勿論です。無駄な暴力など互いにとって不利益ですから。それに、感情をぶつけ合うのに一撃以上は不要でしょう」


「そうかよ」


 そして、2人は近づき合い。

 互いの頬に右の拳を叩きこみ合った。


 ――直後、両者共に左腕で殴りかかる。


「なんですかっ!? 一発ずつと言ったではありませんかっ!?」


「そりゃお互い様だぜこの大嘘つきのクソ女!? あんたに対する感情が拳の一発で抑えられるわきゃねぇだろうがボケっ! こちとら折角の再開を途中で邪魔されてんだぞ!」


「それを言うならワタシだってそうですっ! 今日からっ! あの厄介な堕天使がいなくなる今日からワタシが彼と共にっ! そのはずだったのにっ! 『龍』といい、アナタといいっ! どうしてワタシの邪魔をするのですかっ!」


「あたしが知るかっ!」


「コチラの台詞ですっ!」


 互いに殴り合い、蹴り合い、髪を引っ張り合い。

 殴る拳にも、殴られる頬にも、互いに痛みを感じつつ。


 ただ、『人間』同士の醜い喧嘩だった。

 彼女達は、それこそただの『人間』だった。


 少なくとも、今この瞬間だけは。

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