第8話

「大罪の権化たる我が眷属――現れよ」


 ルシファー――もとい、悪魔神サタンのその一声で、新たに5つの人影……5体の悪魔がその場に現れた。


 『嫉妬』を象徴する、下半身が蛇と化した美しい女性、レヴィアタン。

 『怠惰』を象徴する、小柄で貧相な体格の小男、ベルフェゴール。

 『強欲』を象徴する、金銀財宝の入った袋を背負った大男、マモン。

 『暴食』を象徴する、でっぷりとした腹の2対の羽を持つ虫、ベルゼブブ。

 『色欲』を象徴する、芳醇な色気を放つ妖艶な美女、アスタロト。


 無論、全員が本来の姿――悪魔としての姿を取っている訳ではない。そのほとんどが人類であるかのように擬態、あるいはエネルギーの損耗を抑えるために矮小なる形態を取っている。


 そして、『傲慢』を司り今は『憤怒』の化身と化したサタンに支配された彼らは彼女の指示によってミソギに向かって一斉に襲い掛かる。


――――


「カッコつけた登場、大物ぶった態度。ですが、アナタ自身は戦わないのですね」


「肯定します。脳内に付与された情報――推定、神の行動によるものだと思われるそれらを統合した結果、あの仮称機械天使には『負けません』。ですが、同時に『勝てません』」


「えぇ。チートコードの応用でアナタ方……というか、自意識を保っているアナタには情報を共有しておきました。対アンデッド殲滅用人型兵器、『メサイア』のそのまたエース機である『イヴ』……アレは、どうあがいてもワタシ達では勝てません。『そういう風に作られた存在』ですから、アレはアンデッドに負けることはないでしょう」


 本来の長大な姿を取り戻した『龍』の背に座りながら、その2人のアンデッドの神は語り合う。

 1人はアンデッドの神そのものであるメヴィア。そして、『ある宗教の零落』によって自身と同一視される悪魔へと貶められた元堕天使ルシファーこと、悪魔神サタン。


「では、ルシ子ちゃん。その『勝てない相手』、動力は無限、破損しようと即座に修復、疲労だって感じないあの機械の戦乙女をどのようにして攻略しましょうか?」


「破壊するだけであれば容易であるとルシ子は考えます」


「えぇ、ワタシも同じ意見です」


「動力炉……原子力を用いたリアクターを破壊してしまえば、彼女の活動は完全に停止します」


「そうですね……ですが、ワタシ達にその選択を取ることは出来ません」


「肯定します。神の情報が正しければ、あの世界――アンデと名乗る存在が修復できるのは世界の歪み、チートコード使用やバグによって発生した被害のみであるとルシ子は認識しています。そして、彼の存在は自身以外の存在、外部から混入したイレギュラーによる影響への干渉は不可能である、ともルシ子は推測します」


「その通りです。ワタシ達がこうして暴れまわっている被害は、まぁ彼がどうとでもしてくれるでしょうね。ですが、ミソギちゃん……『イヴ』がもたらした被害はきっとどうしようもありません。ワタシ達が殺して壊したモノはきっと元に戻ります、ですが彼女が殺して壊したモノはきっと取り返しがつかないでしょう」


「……原子力によるリアクターの破損は、周囲への大規模な放射能汚染が想定されます。アンデッドであるルシ子や神、それに準じた存在は影響を受けないでしょう。けれど……」


「えぇ。人類は、そしてその他の動物達にはきっとそれこそ取り返しのつかない規模の被害が出るでしょうね。それも、世界の修正力では元に戻らない類の深刻な。死ぬのであればまだマシです。ですが、遺伝子等へと影響が及び後世へとそれらが残ったら、それこそ悲惨な未来が待ち受けるでしょう」


 そして、彼もまた半分は人間です。


「個体名ナナシへの影響を考えると、ルシ子はリアクターの破壊を推奨できません」


「恋する乙女は扱いやすくて良いですね、ホント。ワタシと同じ思考を行い行動を選択してくださるので支配する手間が省けます。おっと、そもそもルシ子ちゃんを支配するコト自体が出来ないんでしたっけ」


「……助力はします。ですが、ルシ子の恋心への干渉、それに対しルシ子は抵抗感を覚えます。発言を慎みなさい、神」


「恋敵なのですから、そう仲良くは出来ませんよ。あくまで現状は一時的な助力関係、ルシ子ちゃんに対する軽口くらい許してくださいな」


 名のあるアンデッド達で周囲を固め、大罪を司る悪魔たちとミソギの戦闘を眺めつつメヴィアは嘆息した。


「強敵を相手にバトル、といったらもっとこうド派手な演出! 危機的状況! そして一発逆転の大きな賭け! なんて展開が一般的ですけれど。やはり地味ですね。まぁ、戦略シミュレーションの本質は実際の戦争と同じように準備、備蓄、補給線が本質であって戦場、現場そのものはフレーバー程度にしか過ぎないので当然なのですけれど」


「戦場そのものは派手であると、そうルシ子は認識していますが」


「何が派手ですか。ただ戦って、撃ち合って、斬り合って、殺しあって壊し合っているだけではありませんか。地味ですよ。チープな演出ですよ。サメなんかが出てくる映画の方がよっぽど派手です。なにせ、こちらに危機感なんてモノがありませんから」


「…………」


「結局のところ、彼女の攻略法なんて簡単なモノです。なにせ……なにせ彼女の身体は『イヴ』であっても、中身は『ミソギちゃん』でしかないんですから。人間……そう、ただの人間なんです。弱くって、不安定で、キャラクターのように一貫性のない、そんなつまらなくってありきたりで普通で、壊れてすらいない才能があるだけの人間なんですから」


「……つまりは、どういうコトでしょうか。ルシ子は神に問いかけます」


「ルシ子ちゃんは、実際今どの程度戦闘を継続できますか?」


「そうですね……慣れない肉体であることを考慮して、『約3年間』。無補給かつ全力で稼働するとなれば、それが限界であるとルシ子は想定します」


「全盛期であれば?」


「……熾天使ルシファーであれば、稼働限界はありません。完全に破損するまで戦闘続行が可能です」


「精神面でも?」


「当然です。悠久の時を生きるルシ子には、永遠という概念は些事です。ですので、戦闘継続中に精神が摩耗する、なんて現象は起こり得ません」


「そうですか。当然ですね、なにせワタシ達は『キャラクター』ですから。『ゲームのキャラクター』でしかありませんからね」


「神は、一体何を言いたいのでしょうか」


「皮肉なコトですね。戦闘能力は明らかに『イヴ』が勝っていて、そしてワタシが求めてやまない『彼と同じ人間の脆弱さ、不安定さ』を持っているのがミソギちゃんです。ですが、それ故に彼女はワタシに勝つことが出来ません。それどころか敗北するのです」


「ルシ子は簡潔な説明を要求します」


「彼女は前世でただ想い人の負担になり続けていた程度のストレスで死を選ぶほど心が弱い『人間』なんです。そんな彼女がいくら痛覚と疲労がなく、エネルギーさえ無尽蔵であるとはいえ……正常な精神を宿した人間が、何時間も、何日も、それこそ何年間にも渡って休息も補給もなしに戦い続けることが出来ると、そう思いますか?」


「……理解しました。神は、神を名乗るよりも悪魔と呼称されるに値する精神性を持っているとルシ子は判断します」


「『悪魔神』である今のアナタがそれを言いますか、ルシ子ちゃん」


――――


 内心、ミソギは焦りを覚えていた。


 『イヴ』の性能には自信があった。原作ではあの神――男の方ではあったが――をも滅ぼして見せた『メサイア』のエース機にして外伝小説『アンデッド・キングダム・ラグナロク』の主人公だ。どれだけのアンデッドを相手取ろうと、それがゲームの範疇である以上負けるわけがない。

 なにせ、その小説の世界は原作のゲームクリアから数千年後の世界だ。ゲーム内と比べアンデッド達もより強力な個体ばかりになっていたし、彼ら自身本来以上の強さを持ち合わせていた。そんなアンデッド達を滅ぼしたのがこの『メサイア』だ。


 だからこそ、何体で来られようと負けるわけがない。

 そも、この『イヴ』はミソギの天才的な頭脳を持ってして本来以上の性能と燃費を発揮できるように改造を施してある。

 その理由は、死にたくないからだ。


 自殺は、死んだことがない者のみが行える蛮行である。

 本当の意味で死の恐怖を感じたことが無いから、死ぬということを知らないから出来る凶行である。


 一度死んだ――睡眠薬をアルコールと共に摂取した上に、想い人を抱きながらの穏やかな死であったにも関わらず、ミソギは死を経験し、そしてそれを恐れ、恐怖するようになっていた。


 だからこそ、『メサイア』のエース機である『イヴ』を開発し、改良し、絶対に死なない体を、絶対に朽ちない体を、絶対に老いぬ体を作り上げたのだ。


 改造されたが故に、改良されたが故に、メヴィアも知らぬことではあるのだが。

 この『イヴ』の動力炉、リアクターは破損しても平気なように設計されている。


 リアクターが損傷すれば、核爆弾規模の爆発と放射能汚染は発生する。だが、『イヴ』本体はその爆発に耐えられるように設計してある。そして、リアクターそのものを修復するためのサブユニット――小型かつ堅牢な設計をされたもう1つのリアクターも搭載されている。


 『イヴ』に弱点はない。

 この星、この世界からリソースを吸収する機構によって弾薬は無限に生成できるし、破損した箇所も瞬時に修復できる。痛みも疲労も感じぬ機械の体だ。どこまでも戦え、誰よりも強い。究極のアンドロイドだ。


 だが、それはあくまで『イヴ』の性能でしかない。


 メインカメラ――眼球から受信した映像、遥か上空で『龍』の背に座りつまらなさそうな視線をこちらに投げかけてくるメヴィアに対し、ミソギは心中で歯噛みした。


 ――あの女、自分じゃ戦わないつもりかよ。


 いくら性能が優れているとはいえ、『イヴ』の稼働能力には限界がある。今は大罪を司る悪魔達を相手取ることで精一杯だ。

 どういう訳か倒そうと、殺そうと何度も再生するその悪魔達との戦闘から離脱することは容易である。だが、彼らから逃げ出せば彼が、『  』が彼女の手元に残ったままとなってしまう。


 悪魔達を振り切ったとしても、そしてメヴィアの元に辿り着けたとしても、彼女の周囲には『鵺』や『ペイルライダー』、『吸血姫』のような強力なアンデッドが大勢いる。さらにはあの『悪魔神サタン』まで。その上振り切ってきたということは、背後からはあの悪魔共も追いかけてくるということだ。


 冷静に考えて、合理的に考えて、明らかに勝ち目がない。

 負けはしない。だが、絶対に勝てない。


「……世界がどうの、とかって声が聞こえたっけ。あとチートとかなんとか。ズルしてるって訳か。最高の逆境じゃねぇかよ」


 ミソギは天才だ。

 だが、それは裏を返せば努力をしたことがないということだ。

 逆境に立ったことがない、ということだ。


 客観的に見れば落ちこぼれかもしれない。

 社会的に見ればダメ人間かもしれない。


 それでも、それでもだ。


 彼女自身の自意識では、働かずとも、メンタルが弱くとも、それでも自分は最高に賢くて運動神経もバツグンで、世界最高峰に可愛くて綺麗でカッコいいミソギという人間であったのだ。


 小さすぎる自尊心と大きすぎるプライド。その両天秤によって成り立っているのがミソギという人間であった。


「……これは試練だぜ、ミソギちゃん。あたしはまだ、チーズを手に入れていなかったってことだ。これくらいの逆境……天才でも特別でもないヤツらはとっくに経験済みなんだろうな……この迷路を、何処にあるのかも分からないチーズを求めて歩き回って、彷徨って、そうやって生きて来てたんだろうな……『  』も」


 折れそうに……逃げ出しそうになる精神に喝を入れる。そして、AIでは判別できない部分を――人間的な精神でのみ判断できる、この状況の打開策を考える。


 大罪の悪魔達は問題ない。僅かながらこちらが優勢。AIの学習機能のおかげで、時間経過と共に被弾は減り逆に有効打は増えている。

 だが、彼らの傷はどういう訳か瞬時に再生する。魔力の流れを観測してみると、彼らは世界全域から、他のアンデッドから魔力を強制徴収することによって自身の傷を癒しているらしい。

 なんてことはない、『イヴ』の自己修復と同様の原理だ。


 『勝てない』。だが、同時に『負けない』。

 ならば、自身が行うべきはなんだ。


 今の自分に、AIに戦闘を任せて内部へと籠ったミソギに出来ること。それは考えることだけだ。

 では、何を考える。


 現状の打開策、なんかではない。

 そんなものはない。あるとすれば戦闘に特化したAIが既に導き出しているはずだし、仮に未だ導き出せていないとしても自身よりも機械製の電脳回路の方がより早く導き出すだろう。


 考えるべきは合理性の部分ではない。合理、道理に関しては人類は電脳には適わない。より人間的な、感情的な、不合理、不条理についてだ。


 そもそも、何故、メヴィアがミソギに戦いを挑んだのか。

 何故、ミソギから『  』を奪ったのか。


 彼女の言葉を信用するならば、メヴィアが『  』に惚れ込んでいるからだろう。

 だが、それだけではない。それだけであれば、彼女は彼を奪った後に適当な場所へと去れば良いだけだ。


 であれば。彼女の目的は『彼の奪取』ではなく『イヴの破壊』である。

 彼女には、『イヴ』を殺さなくては、壊さなくてはならない理由があるはずだ。


 不合理でいい。不条理でいい。不本意でいい。

 彼女は自身のことをキャラクターでしかない、と評していた。だが、ゲーム内での主人公メヴィアはそれこそ無色透明なキャラクターだった。彼女の人格は後天的なモノであるはずだ。

 在り方は人間とは異なるだろう。しかし、彼女のその後天的に獲得した人格は『設定のない』不安定なモノであるはずだ。全く同じ、とはいかないだろうが普通のキャラクターと比べより人間的で、より脆弱で、より不安定なはずだ。


「……なんだよ。人間になりたい、人間でありたいって言ってる割にはもう持ってるじゃねぇか、メヴィアちゃんよ」


 で、あれば。

 人間が諍いを起こす理由などたかが知れている。

 人間同士が争う理由など、数えるほどしかない。

 原因なんて、天才であるミソギには容易に推測できる。


 欲しいモノ――『  』の奪い合い。

 持っていないモノ――人間性への羨望。

 そして――


「――大抵の場合、争う根本には誤解、すれ違い、認知の不一致があるんだよな。あーあ、結局はあたしがメヴィアちゃんとしっかり話さなかったことが原因かよ」


 戦闘の最中。世界を終わらせるアンドロイドの中で少女は嘆く。


 どんなに大規模だろうと。

 どんなに壮大なお題目を掲げようと。


 結局、『人間』が争うのは何時だって、資源の奪い合いか考え方の相違か。


 ――あるいは、誤解が原因でしかないのだと。

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