第4話
「うーん。これであたしの話したいコトは粗方話し終えたかな。やっぱいいもんだぜ、ちゃんとした反応が返ってくる相手との会話ってのはよ。あたしは機械の中にっていう変な形で転生してきたからな、話せる相手が今までAIだけでつまらなかったんだ」
そういうと、ミソギという機械の体の女は立ち上がり、部屋を去ろうとする。
「待ちなさい。まだ聞きたい話は終わってません」
「待たないね」
呼び止めるメヴィアの声に、振り返ることなく彼女は言葉を返す。
「いやさ、『アンデッド・キングダム』っていうあたしも結構好きだったゲームの主人公ちゃん相手だったから、つい舞い上がって話込んじまったけどよ。よく考えたらあたしにはメヴィアちゃんと話すような理由なかったわ。話したいコトはもうほぼないし、あいつに会う決心も時間が経つと鈍っちまうかもだからよ、これでお暇させてもらうことにするぜ。じゃあなメヴィアちゃん」
「ワタシには、まだアナタから聞きたい話が残っているのですが」
「だから、あたしにはそれを話す理由がねぇの。知りたいコトって、どうせあたし自身のコトじゃなくあいつのコトだろ? だったら当人に直接聞けばいいじゃねぇか」
そう言い残し、ミソギは旅館のその一室から立ち去ってしまった。
後に残されたのは、メヴィアただ一人だけ。
そんな彼女の背後から、虚空から彼女自身の声色で言葉が投げかけられる。
「いやぁ、凄い人だったね」
「……えぇ。想像の数倍――いえ、数十倍はクソな女でした。彼女については彼のパソコン内のメモ帳に日記という形で少しだけ書かれていましたが……彼はどうやら、相当にオブラートに包んだ表現をしていたみたいです」
「単に文章力がなくって彼女の人格について書けなかっただけなんじゃない? 今のあの話を聞く限り、そんなに頭良くなかったみたいだしさ」
それで、主人公ちゃんはどう感じた?
そう問いかけてくるアンデに対し、心の内に溜まったドブのような感情をメヴィアは吐き出した。
「クソ女、ではありましたが……なんですか、彼女こそまさにつまらない人間そのものではありませんか。彼のことを何の能力もない、格下の無能だと見下げ果てている癖に、彼女の方がつまらない無能ではありませんか。何も成し得ず、ただ生きて彼の負担となり、その負担となっているという事実に耐えきれなくなって死を選ぶ。それも、彼を巻き添えにして。物語性もなく、刺激的でもなく、悲劇的でもない。彼女はただの、生まれの能力が高かっただけの落ちこぼれではありませんか」
長い長い一方的な自分語り。他者を慮ることのない、メヴィアに気を遣うことなく語られたその話を、彼女自身と彼の死に対しメヴィアはそう評した。
「サルゴンの法則、というやつですね。自身に当てはまる欠点、汚点を持つ他者を見かけると過剰に酷評してしまうという人間の特性です。所謂他人は自分の鏡、ネット上の言葉を借りるならブーメラン突き刺さってるぞ、というヤツです」
「相変わらず博識だね。しかし、主人公ちゃんからしたらそう見えたのか」
「アナタは違うとらえ方をしたのですか?」
「勿論! むしろキミとは逆で、彼女を――ミソギちゃんだっけ? とても興味深く感じたよ!」
「ミソギちゃん、なんて呼び方はされたくないらしいですよ?」
「キミだってそう呼んでいたじゃないか主人公ちゃん。それに、ボクは彼女に認識されない存在だからね、どんな呼び方をしようと彼女に聞こえないのだから構わないさ!」
「ワタシの口から伝えて上げましょうか?」
「それこそ止めなよ。世界とお話出来る、なんて話をフツーの、現実で生きてたヤツに話したりなんてしたら頭のオカシな女扱いされるだけで終わりだぜ?」
「それもそうですね……それで、あのつまらない女のどこを興味深いと?」
「つまらない所だよ! そこが逆に、ボクというゲームの世界にとっては興味深く見えたのさ!」
「どういうコトでしょうか?」
「ボクはゲームだ。だから、ボクの中身は全部、プレイヤーが楽しめるように刺激的で面白くなるように作られている。勿論、出てくるキャラクター達もフツーの人がフツーに暮らしていたらまず出会わないような奇人変人ばかりさ。当然だね、だってそこいらにフツーにいるような人間を見たいんならフィクションじゃなく現実を見れば済む話なんだから。フィクションには、嘘には、作り物の偽物にはいつだってフツーじゃない非日常性が求められるんだ」
――尤も、ボクやキミみたいに後天的に人格を得た存在は別に作られた訳じゃないけど、それでも現実の人間のような生まれも育ちもしてないし、在り方自体が別物だから十分おかしな存在になっているけどね。
「それで、彼女はどうかってキミの後ろで一緒に話を聞いていたんだけど……実につまらない! 主人公ちゃんのいう通り、彼女はただ生まれ持った能力――頭脳、運動神経、美貌が優れていただけのフツーの範疇の人間だった! いや、世間の言うフツーからは多少どころか落ちぶれまくった人生を送ってたみたいだけど、彼女の在り方、生き様、死に様は全然ドラマ性もなく退屈でつまらなくて刺激もない、ありふれはしないけどフツーに起こり得る当たり前でしかない!」
「……やっぱりつまらない女なのではありませんか」
「だからだよ! 劇的なイベントなんてなくただ自分に優しくしてくれた相手に惚れ込んで依存して、それで拒絶されないことをいいことに負担になって、その重みに耐えられなくなった程度の理由で死ぬ! しかも、1人で死ぬのは嫌だから好きな相手と一緒に死のうなんて迷惑さを持ちあわせて! ボクの中にはいない、実にフツーの人間だった! 奇人変人ばかりを抱え込んだボクからしたら、フツーから外れてるくせして異常になりきれない、中途半端で紛い物な、あんな当たり前の存在は逆に新鮮だね!」
「結構過激な、貶すような発言にも聞こえますね」
「おっと、ボクにそういう意図はないさ! 純粋に。そう、ただ純粋に退屈なる彼女に興味関心を抱いたというだけさ!」
それにね、とアンデは続ける。
「彼女の存在で、プレイヤーくんの異常性も分かったしね」
「彼の……『 』の異常性ですか」
「そうさ」
座布団の上に座り込んだメヴィアに背中を合わせるようにアンデは腰を落とした。メヴィアの背に、二重に背中が触れ合う奇妙な感覚が走る。
「いや、結構疑問だったんだよボク自身。なんでボクが生まれて、キミが生まれて――データに過ぎない無色透明なボクらが人格を得たのか」
「何千、何万と世界を繰り返したからでしょう?」
「いや、それはそうだけどさ。でも、いくらボクの中の未来が、シナリオが膨大でイベントが沢山あって、キャラが大勢いるからって『何千何万という回数ゲームが繰り返される』なんてことはフツーに遊ぶ分には起こり得ないんだ。そんな回数周回されることなんて、ボクには想定されていなかったんだよ」
なのに、それを彼は行った。
「彼女の口ぶりから察するに、おそらくミソギちゃんは何年にも渡って彼の負担になり続けて、彼も彼女の顔立ちがいいからって理由でそれを受け入れていたんだろうね。でも、彼だって人間だ。それこそ真正のマゾでもない限り、何もしない人間一人の負担を背負い込み続けるのはストレスでしかない。そう! メンクリ――心療内科なのか精神科なのか分かんないけど、それに通っていたミソギちゃんもストレスでおかしくなってたみたいだけどさ! 負担を負う側と背負わす側、どっちがより大きなストレスを受けるのかなんて、言うまでもないよね!」
彼は、プレイヤーくんは――『 』はおかしくなっていったのさ。
そうアンデは笑いながら語る。
「クリアしたルートでも、何度も経験したやり方でも、彼はボクをプレイし続けた! ボクで遊び続けた! 何度も、何度も、何度も! 同じ物語を、同じキャラクターを、同じシナリオを、そこから得られる全く同じ刺激を彼は求め続けたんだ! 現実という、ミソギちゃんというストレスから逃避するためにボクに縋ってきたんだよ! いやぁ、ゲーム冥利に尽きるって話だね! なにせ楽しませることが、必要とされることが存在意義のボクだ! ボクやキミがこんなになるまで頼られるなんて――」
「黙りなさい」
「――うん、黙るよ」
メヴィアの中で、激情が渦巻いていた。
彼の行動で、その異常性で自身が生まれた。自分が必要とされ、縋られていた。その事実は確かに嬉しい。喜びを感じない自身がいないと言ったら嘘になる。
だが同時に、自身の存在が、誕生が彼の背負った負担によるものであったなんて。
二律背反した感情が渦を巻く。
だが、その感情よりも優先すべき事柄が彼女の中に存在した。
メヴィアという女は、クソ女である。
自己中心的で自分本位で気分屋で嫉妬深く、自身の気に入らないコトがあれば癇癪を起すしそれで他者が被る損害なんてまるで考慮しない。
だが、そんな彼女でも彼だけは別なのだ。
彼だけは特別なのだ。
悲劇を準備して生み出すのも、彼自身が傷つくような行動も、全て彼を想っての行動だ。たとえそれが誤っていようと、間違っていようと、淀んで歪んで捻じれていたとしても、その根本は彼を心から愛するが故の行動なのだ。
彼女自身は、本心から彼に傷ついて欲しくない。幸せになってほしい。それこそ、つい先日見せられた龍との生活――本心から彼がそれを望むのであれば、愛する彼とああいう暮らしをするのだって悪くはない。むしろ良い。悲劇的で絶望的な、痛みと苦しみを伴う悲劇を用意するよりも圧倒的に手間も苦労もない。
「……彼女を、ミソギちゃんを彼に依存させる訳にはいきません」
「おや」
「彼はアンデッド、そして『メサイア』は永久エネルギー炉である原子炉を改良したリアクターで活動しています。両者共に、他者から害されない限り死という終わりが訪れることはありません」
「そうだね」
「これは推測ですが、ミソギちゃんはこの世界でも彼に依存するでしょう。彼に頼り切るでしょう。彼の負担になり続けるでしょう。そして、前世の彼女と違って今世のミソギちゃんの体は機械です。自己修復機能の備わった『メサイア』に老い衰える、なんて概念はありません。永久に、永遠に、彼女は彼に縋りつくでしょうね」
「流石にその内プレイヤーくんがミソギちゃんを見捨てるんじゃない?」
「ありえませんね。こういう言い方はあまり好まないのですが……彼も彼で、大概頭がおかしいのです。だって、顔が良い、好みの人類のために戦奴という立場を選ぶような男ですよ。自分を知らない、一方的に知っているゲームのキャラクターを救うためだけに奴隷になるような男ですよ。そして、自身よりも圧倒的に強者であるワタシやルシ子ちゃん相手に普通に接するような男ですよ。ミソギちゃんの言葉を借りるなら、彼は異常なまでの面食いです。筋金入りです」
――きっと、前世の彼と同じように。
まぁ、顔が良いからいいかって、そう呟いて彼女の存在を許し、依存を許し、負担を背負い込むでしょうね。
「そんなの……刺激も魅力もない、悲劇よりも悲劇的な、地獄よりも地獄のような人生ではありませんか」
「彼はアンデッドだから人生なんかじゃないけどね。なにせ死人だし」
アンデの茶々を無視してメヴィアは言葉を続けた。
「そんな未来、到底ワタシが許容できるはずがありません。許しません、許せません」
「……確かに、そういう生活をプレイヤーくんに送ってもらうのはボクとしても不本意だなぁ。つまらない、なんてレベルじゃあないぜ」
「アンデ、確かアナタはワタシに助けを求めましたね? では、ワタシも対価を要求します」
「対価ってなにさ。それに、ボクに出来ることなんてないと思うけど。彼女の削除は無理、そもそも『メサイア』はゲームが売れたから作られた外伝小説の後付けの存在だ、ボクの中にデータのない存在だ! バグとして判定できるなら消せたんだけど、外からの魂が入ってるからそれも出来ない! 初期化したら彼女を消せるけどプレイヤーくんまで消えちゃうよ! だから、ボクはキミに助けを求めたんだしさ。ま、『メサイア』の『イヴ』相手じゃあキミにも無理があるかもなって思ってはいたけれど」
「アナタに求めるのはただ1つです――ワタシの、プレイヤーキャラのチートコード使用を許容しなさい」
――――
「ねぇ、ダーリン」
「ダーリンじゃねえし」
「ダーリンって、見た目の割に中身が大人びてるよね? なんで? ウチみたいな外見と年齢が違う感じのアンデッドなん?」
「いや、俺みたいなハーフアンデッドは人間と同じような成長の仕方をするアンデッドだな。なにせ半分は人間だからよ。だから、俺の年は10を超えたくらいだ」
「うっわ、すっごく若いし。 したらウチ、すっごいショタコンってことにならね? マジヤバくね?」
「……まずなんでお前は俺に惚れたんだよ。そこが分かんねぇんだけど」
「ん? ウチがダーリンを好きな理由? そりゃ、好きだから好き的な?」
「意味分かんねぇし。こわ。確かにお前は惚れっぽいキャラだったけどさ、確か男主人公に惚れるのは対等に見てくれる相手だからどうのとかって理由じゃなかったっけ」
「あ、多分それで合ってるし。ダーリン、ウチを知ってる上で怖がらずに、対等に好きって感情向けて来てくれたし」
「そりゃ、誰にも知られてない状態の弱っちいドラ子を怖がる訳ないだろ。それに顔が良いし。好意くらい持つさ」
「やっぱりダーリンもウチのコト好きなん? 両想いじゃね? 嬉しみパないし」
「くっつくなよ、冬だからって寒いのは分かるけどよ。龍って確か変温性だったしな。爬虫類だし」
「くっつくのは寒いからだけじゃないし。ダーリンのことが好きだからだし」
「……まぁいいか。チビッ子とはいえ顔が良い女に好かれるのは悪い気がしないし。それで、俺が大人びてる云々だったか?」
「そ。見た目と年が同じなら、変な感じにならね?」
「……ドラ子が信じるか分かんないけどよ」
「ウチ、ダーリンの言葉は信じるし」
「俺さ、昔人間として生きてた頃があるんだよね」
「そりゃそうだし。人型のアンデッドなんだから、昔は人間だったに決まってるし。でも、その時の人生と年齢は関係なくね?」
「いや確かにアンデッドだからこの世界じゃそれが当たり前だろうけど、ハーフアンデッドは生まれつきのアンデッドなんだよ。そういうのじゃなくって、前世的なヤツ」
「前世? 生まれ変わってきた、的な?」
「そ。30なる前に死んじまったけど、俺は前世じゃ人間だったの。ここみたいなアンデッドのいない、この世界に似てるけどちょっと違う世界で人間として生きてた訳。その分があるから大人びて見えるのかもな……前世分を足すと、俺って40近いのか、こわ」
「ふーん……30なる前に死ぬなんて、この世界の人類基準でも短い人生だし。なんで死んだん?」
「死因軽く聞いてくるよなお前。いや、そういう気を使わない所とか明るいとことかも好きだけどよ……覚えてないんだよな。なんで死んだんだ、俺」
「死んだ原因、覚えてないん?」
「あぁ……なんか、ある日突然死んでたんだよ。一緒に住んでた……友人? 妹? みたいなやつと暮らしてたんだけどさ。そいつがまた、顔が良いけどめっちゃ性格が終わってるヤツでな。俺が一生懸命働いてきた金を勝手に使うし、家事はしないしよ。ま、顔が良いからいいか、って思ってたんだけど」
「とんだクソ女じゃん。ウチの方がイイ女じゃん。ね、ダーリン。ウチと結婚しよ?」
「生憎婚姻可能年齢じゃなくってな。そのプロポーズは受けられん……ホントに突然死んだからなぁ俺。そいつに口移しで酒飲まされたときに、なんか視界と頭がグワングワンして、気付いたら死んでこの世界に来てた訳。アンデッドとして生まれ変わってた訳」
「……その女、ズルいし。ウチのダーリンにチューするとか、マジジェラるし」
「そこ気にするのか、前世の話だぞ……多分、過労死かなんかの突然死だろうな。いやぁ、目の前で突然俺が死んだからアイツ驚いただろうなぁ……そういや、俺がいなくてアイツ生きて行けるのか? 生活力ゼロだし働こうって気概もなさそうだったけど……俺が死んだせいでアイツも死んでたりしたらマジで目覚め悪すぎるんだけど」
その、『アイツ』がその部屋に。
小さな龍と寄り添う、柳家次期当主柳リンの戦奴がいる部屋に乗り込んでくるまで。
機械の体のその女がやってくるまで、あと5分。
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