第5話

 ヤマト国は文明文化が比較的進んでいない国である。そのため、当然のように施錠の類も原始的なモノ。ミソギがそれを解錠することは容易であった。


「ココか。中には……アンデッドが2体? どっちも弱っちい反応だな。片方の魂が2つ入ってる方がアイツとして……もう1体はなんだ? センサーの識別反応的には特異種らしいカンジがすんだけど、こんなに弱い特異種なんていたか?」


 内部の反応に疑問を感じつつも、彼女は解錠した部屋へと入る。


 結局、彼女は深く考えることは止めて彼に会うことにした。思考の放棄、と言えば聞こえが悪いがつまりは決断力を優先して恐怖を拭い去ったのだ。

 人間は無駄に知能が発達した影響で、時に考え込み悩みこみ、それによって発生した恐怖心によって行動できなくなる時がある。まして、今の自分を動かす頭脳は機械製のソレだ。しかも、前世基準で考えてもオーバーテクノロジーな知性を備えている。考えること、不安に感じること、恐怖することに関しては前世以上の性能だ。


 勿論、恐怖は大切な感情だ。危険を回避し、現状に留まり続けることが必要な場合もある。だが、停滞し続けるということは現実的ではない。世界は常に変化するし、自分だって変化する。その際、止まり続けることは良い影響を生まないこともある。


 結局は結果論、なるようにしかならないのが世の中だ。


 それを理解しているのは、はたまた理解せずに行動しているのか。

 それはともかく、ミソギは考えるコトを意図的に止め、とりあえず勢いに任せて彼に会うことにした。


「……でも、やっぱ怖いモンは怖いよな」


 ないはずの心臓が軋む感覚を覚えつつ、ミソギはその扉に手をかけた。自身の体を動かす動力は、今や心臓なんて生物的なモノではない。もっと無機質な、原子力エネルギーを利用した機械的なリアクターだ。当然そこには感覚を感じるようなセンサー――神経のような機構はない。だが、思考を止めてなおも溢れる恐怖と不安がまるで幻肢痛の如く早鐘を打つ心臓を彼女に想起させた。


 機械の体には不要な一呼吸。その前世の、人間だった頃の名残のような動作を行うと、ミソギは思考回路の性能を落とす。

 機械的に、感情を感じられなくする。エモーショナル機構と呼ばれる人の感情を模した回路を遮断する。再起動のタイマーは10秒。それだけの間、ミソギは何も感じなくなった。


 人は、容易に変われるような生き物ではない。人は死ななきゃ治らない欠点を持つ、というような意味の言葉もあるが、彼女のその性格は死んでもなお変わらぬものであった。恐怖し、不安を感じ、ストレスを感じる。何もせずとも自家中毒を起こす彼女の性格は今世においても不健康に健在であった。


 だが、今の自分は機械だ。だから、感情を失わせることだってできる。


 恐怖や不安といった、危機回避には必要で、しかし挑戦や変化への足枷ともなるその感情を捨て去ることが出来た。


 文字通り何も感じなくなった彼女は、その扉を開く。

 そして無遠慮に内部へと足を踏み入れ部屋の奥の障子を――アンデッドの反応があるその場所へと進む。そこまで約5秒。


「おわっ!? な、なんだっ!?」


「……また変なのが来たし。ウチのダーリンは変なのばっかり呼び込むような性質を持ってるし?」


「…………」


 エモーショナル回路切断直前に設定された行動、即ち対象への接近を終えた『イヴ』は当然活動を停止する。それ以上の行動が入力されていないのだ、内部に魂を内包しているとはいえ所詮その体は機械製だ。


「……え?」


 頭部に取り付けられた眼球状のメインカメラから取り込まれた外部の映像、そこにはこちらを見て困惑の表情を浮かべる小さな少年と、それに寄り添うように座り込む角の生えた少女が映っていた。


「――対象識別。ハーフアンデッド、及び『龍』と推測される個体確認」


 機械的に、自動的に。

 その映像を解析したプログラムが前世での彼女と同じ声色でそう言葉を発する。その声に、少年の驚愕の表情は一層濃くなった。


「――エモーショナル回路、再起動開始……完了」


 そして、タイマーに設定された時間に従って彼女の感情が――ミソギ自身の自意識と思考回路、感情が復旧する。


「……あ、ヤバ。泣きそう。いや、この機体に涙を流すなんて機能ないんだけど、それでもちょっと泣きそうかも」


「……ミソギちゃん、なのか?」


――――


「マジか。俺ってお前に殺されてたのか……」


「本っ当にゴメンナサイっ! いや、殺しておいてゴメンナサイってなんだよって話だけど、今はもうマジで反省してるんだ!」


 唐突に現れたその女……前世と瓜二つの外見をして、それで中身も同じっぽいその女――ミソギは畳に頭を擦りつけるようにして俺に謝ってきていた。所謂土下座の姿勢。全面的に自分が悪うございました、って意思表示をする体勢。


「……いや。いやいや。突然そんな色んなコト言われても頭ん中こんがらがるし。ちょっと待ってくれよ。お前が本当にミソギちゃんなら、俺の頭の出来があんま良くないのも知ってんだろ? そんなに良いトコじゃなかったってのに、フツーに勉強した上で大学落ちるくらいだったんだから」


 俺がそう言うものの、彼女の姿勢は変わらず言葉も返さない。


 えぇー……? 突然の出来事だし、色々衝撃的なコト聞かされて俺も困ってんだけど……。


 『龍』……ドラ子は彼女の登場に際して騒いだ。それはもう騒いだ。しかし今の彼女は大した力がないし、どういう訳かアンデッドであると感知されない上に『知られても』成長しないみたいだ。本人曰く、世界がバグってるとかなんとか。なんじゃそりゃ。


 そういう訳で、色んな込み入った話がありそうだと察した俺はドラ子を部屋から追い出して鍵をかけた。少し悪いかな、とは思ったけど優先順位的にミソギちゃんが上かなと判断した結果だ。

 本来なら『龍』なんてアンデッドを野放しにしておくなんて危険極まりない行為だが、今の彼女は俺よりも少し強い程度のアンデッドだ。多分問題はないだろう。


 という訳で、今は目の前で丸くなっているミソギちゃんの相手をするべきなんだけど……。


「ええっと。一旦話を整理したいんだが、いいか? とりあえず話しにくいから顔上げて」


「……うん」


 おずおずとした所作で、不安げな、怯えたような表情を浮かべた彼女は俺の言葉に従ってやっと顔を上げてくれた。


 ……相変わらず、顔がいい。可愛くって綺麗でカッコいい。前世と変わらない顔立ちだった。小さかった頃に初めてこの顔が好きだなって思った、あの時の面影を僅かに残した美人な女の顔だった。

 髪も真っ黒。日本人特有の、って訳でもないけど日本人的な艶やかな黒髪。少しだけ癖のある、けれど綺麗で長い髪の毛だ。


 ……服装が普通の洋服なのが、この世界では違和感バリバリだけど。先進国、というか前世の日本で普通だった服装は、この長閑で田舎で古臭いヤマト国の雰囲気にはまるで合っていない。さながら、時代劇の最中にディレクターさんとかが映りこんでしまったNGシーンのような、背景と世界観から浮いた格好だ。冬場だからかモコモコフワフワした可愛い服装だけど、それはそれとして違和感は凄い。


「とりあえず、またこうして会えて良かったよミソギちゃん。いや、良かったってのはマズいか……? なにせ転生してきてんだもんな、ミソギちゃんも死んでんじゃんか」


「その……ホントにゴメン」


「あぁ、いや別にいいよ」


 やけに殊勝な態度な彼女に違和感を覚えつつ、ふと。そういやコイツはメンクリ――心療内科に通う程度にはメンタル弱かったんだっけ、と思い出した。

 普段は勝気な態度で傍若無人な振る舞いなワガママな女だ、ってたいどだけど。前世でもふとした時にヘコんで弱った姿を見せてきてたっけ。


 ……困ったな。どうも調子が狂う。いや、彼女に調子を狂わされなかったことなんて今までほとんどなかったんだけど。


「別にいいって……ちゃんと分かってんのかよ、あたしはおまえと……『  』と無理心中したんだぞ……? 怒ってたり、しないのかよ……?」


「分かってるよ。んでもって、怒ってない」


 うん。それについては――不可解なままであった俺の前世での死については、ちゃんと理解したつもりだ。理解しているつもりだ。

 なんか突然死にたくなった彼女にお酒と薬を飲まされて、そんで意識を失ったまま練炭自殺に巻き込まれたって。


 ……言葉にしてみたら、前世の価値観のままだったら壮絶なことされてるな俺。怒る、なんて規模じゃない感情を彼女に抱くべきだよな、流石に。


 まぁ、でもそれはあくまで前世の価値観の俺だったらの話だ。今世では、この『アンデッド・キングダム』の世界では俺は今まで何度も死ぬような目に遭ってきたし、それこそ俺を殺そうとしてきたヤツなんて大勢いる。アンデッドの体じゃなきゃとっくに死んででも……アンデッドでも滅んでいておかしくない場面も何度もあったな、そういや。


 だから、うん。

 今の俺の価値観だと、殺されるコトなんて大したコトじゃなくなってんだな。我ながら随分とイカした価値観になったモノだけど。

 むしろ、苦しまないし痛くもない死に方を選んでくれて良かった、とすら感じる頭のぶっ飛び具合だ。

 ……この世界に随分と馴染んだなぁ、俺。もう10年以上になるからそれも当然なんだけどさ。


 でもそうかぁ。

 ……そうかぁ。ミソギちゃんも死んだのかぁ。

 死にたかったのか、ミソギちゃん。それだけ辛かったんだな、一緒に暮らしてたけど、全然気づかなかった。

 俺は、彼女のことを全然分かってなかったんだな。


「それよりも、アレだ。悪かったな、俺の方も。お前がそんな死にたくなってるなんて気づかなかったよ。大変だったのな」


「……『  』」


「その名前は前世のだろ。今はこの通り、俺はナナシだ。そっちで呼んでくれよな。それで、ミソギちゃんは……なんで前世の姿のままなんだよ」


 俺の言葉に陰鬱な表情だったミソギちゃんは少しだけ頬を緩ませてくれた。


「あたしは……一緒に死んだからかな、あんたと同じくらいの時、つまりは10年ちょっと前にこの世界に転生したんだよ。それで、転生先がアンデッドでも人類でもなくって、なんでかは分かんねぇけど機械だった。メリケン国……前世でいう所のアメリカで開発されたロボットを作るロボットに転生してきたんだ」


「なんだそりゃ」


「あぁ、あんたは原作ばっかりで外伝は読んでなかったんだっけ。原作後のアフターストーリーに、アンデッドを殺すロボットが出てくるんだよ。人類が滅んだ後も兵器の開発を進める、ロボットを作るロボットがいてな。あたしはそいつに生まれ変わってきたって訳」


「へぇ……そんなのがあったのか。ハーフアンデッドに転生してきた俺なんかよりもけったいなヤツになったもんだ」


「んで、そんなロボットに生まれ変わったアタシはやっぱり天才だったからな。本来だったら人類が滅んでから何千年って期間をかけて作られるはずだった兵器、『メサイア』を10年ちょっとで作り上げた訳」


「すげぇ」


「いや語彙力。すげぇ以上にもっと言うコトあるだろ。まぁとにかくだ、その開発した『メサイア』のプロトタイプ、初号機の『イヴ』にアタシは自分の意識を移植したんだよ。機械、データの存在だから出来たことだな。それがいまのこのアタシって訳。あたしが作ったから、前世のあたしと同じ外見にしたってコト」


「すげぇ」


「だから語彙力。すげぇ以外の言葉を発さないbotかよ」


 俺の拙い言葉にミソギちゃんは少しだけ笑った。

 やっぱ可愛いなコイツ。そんでもって、沈痛な表情なんかよりも明るくって快活な笑みの方が似合う。


 性格は……まぁ、多分変わってないんだろうけど。この世界がいくら悲惨だからって、彼女が機械ってことは俺みたいな価値観が変わるような経験なんてそうしてきてないだろうし。見た目と能力以外は相変わらずダメダメなんだろうなぁ。

 俺を殺したコトをズルズル引きずるようなメンタルのままだし。


 そんな精神のままじゃ、普通だったらこの世界じゃ生きていけないよな。なにせすぐに人が死んでアンデッドになって、また人が死ぬ世界だ。外から娯楽として眺めてる分にはいいけど、中で生きるってなったらそれこそ地獄だ。人1人死んだ殺したでどうのこうのなってたら、本当に生きていけない。

 俺のご主人のリンなんて、それこそアンデッドどころか人間も何人も殺してるしな。いや、あの女も大概ヤバいヤツだから比較すんのは良くないだろうけど。


「それで、どうして俺がここにいることが分かったんだよ」


「うーん……勘?」


「勘って……」


「イヤ、マジで最初は勘だったんだよ。折角一緒に死んだのにさ、気が付いたらあたしはまだ意識があったから死ぬのに失敗したかなー、あいつだけ殺しちゃったかなーって思ってたら、機械になってんだもんなあたし。んで周囲の状況的に、あぁここ『アンデッド・キングダム』だって察したの。結構小説っつーかラノベとかアニメとか見てたからなあたし。もしかしたら転生したのかもなって思って、したら一緒に死んだ『  』もこの世界にいるかもって思ったのだな」


 判断力と適応力はや。

 俺がこの世界に生まれ変わってきたと気付いたのも早かったけど――なにせ、墓場からアンデッド化した妊婦の死体の腹を破って生まれてきたのだから――ミソギちゃんすげぇな。機械に転生したって受け入れるのもそうだけど、そんな状況で『アンデッド・キングダム』内に生まれ変わってるなんて分かんねぇだろ普通。


 しかも、勘で俺がこの世界にいること当ててるし。


「この『メサイア』はアンデッドを殺すためのロボットで、しかもアンデッドの上位種の能力だったりを科学に応用して作られてるんだぜ。前世でもあっただろ? 蚊の口吻から注射針を改良したりとか、そういうのと一緒でアンデッドの生態……生きてないのに生態ってのも変な話だけど、そういうのを参考に作られた兵器なんだ、こいつは。だから、フォーリンエンジェルみたいに魂を見ることが出来るレーダーが付いてる、しかも何千年もの未来の技術だしアンデッドを上回るように設計されてるから、本家本元よりも強力なヤツ。それで魂を探って『  』を探し当てたって訳だぜ」


「だから、『  』じゃねぇっつーの。今の俺はナナシだって」


「あんたの体がハーフアンデッドのナナシだろうと、あたしにとっては『  』なんだって」


 それでさ、とミソギちゃんは続けた。


「『  』は怒ってない、許すって言ったけどさ」


「許すとはまだ言ってねぇよ。まぁ、許すけど」


 顔が良いしな。


「それじゃああたしの気が治まらない。殺して悪かったなーって感情を、あたしはこれからもずっと背負っていかなきゃならないんだぜ。それはイヤだ」


「イヤだじゃねぇよ、それくらい背負えよ。実際俺のコト殺してんだし」


「だからよ」


 この女、俺の言葉を無視しやがった。相変わらず勝手なヤツ。慣れてるけど。


「1つだ! 1つだけ、このあたしがなんでも言うコトを聞いてやる! ネット上の『アンデッド・キングダム』最強キャラ論争で最終的に1番になったこの『イヴ』の体を持ったこのあたしが、なんだっで叶えてやるぜ!」


「……えぇー?」


 これまたメンドくさいことを言いだしたよミソギちゃん。


 俺は知っている。

 彼女の言うなんでもが、本当になんでもな訳ではないことを。


 ……これで俺、人類の存続のために結構頑張ってる身なんだけどな。

 なんでこんな厄介ごとばっかり舞い込むんだよ。しかも原作シナリオとは外れた流れで。せめて原作通りなら良かったのに。


 内心そう思って、勝手なことを言いだした彼女の前で俺はため息を吐いた。

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