第2話

「しっかし実際に生きてみるってなるとどうにも不便だよな、この世界って。あたしはまぁ、機械の体だしハイスぺだし、そういうのなくっても超優秀だからいいけどさ。メリケン国はまだ近世、ってか近代って感じでマシだったケド、このヤマト国なんてどこもかしこも終わってるじゃんか。マジ、何処の田舎だよって感じだぜ」


『――レーダーに該当個体反応アリ。種族、『ハーフアンデッド』である確率98パーセント。人類へと擬態している形態』


「おっと、マジかよ。ハーフアンデッドっていったらマジのモブじゃんか。シナリオにテキストがほとんど用意されてないし、ゲーム内でも難易度調整以外の意味なんて持ってないマジモンのモブオブザモブじゃん。続編とか外伝小説とか漫画とか、一切描かれてない上にプレイヤーキャラの進化先にもなってないヤツじゃんか」


 ま、本来ゲーム内には登場しないあたしがどうこう言えたコトじゃねえけどな。


 脳内に鳴り響くAIの機械的な言葉と会話をしながら、対アンデッド殲滅用人型兵器『メサイア』、そのプロトタイプにしてエース機である『イヴ』と呼ばれる機体の内部に転生してきた女はキョウの都を歩き回る。


 到着そのものは昨日の昼頃。だが、彼女の目的である自身の半身ともいえるもう1人の転生者へと向かおうと決心したのはつい先ほどのことであった。

 それまで彼女は、キョウの都の適当な場所を練り歩き適当な店をひやかしに行き、当ても目的もなくただただ歩き回っていただけであった。


 理由は単純に、彼に会う心の準備が出来ていなかったというだけ。

 それなりに気の強い性格であると自負してはいるものの、流石に殺した相手に気安く会いに行けるほどの度胸を彼女は持ち合わせていなかった。

 故の、逃避。それ故の適当な散策。どうでも良い理由をつけての先送り。前世からの悪い癖だなぁ、とは自覚しつつもそれが自分であると謳うのが彼女だ。『ミソギ』という名前の転生者はそういう人間であった。


『――北西約500メートル先、旅館と推測される建物内に対象を確認。当AIは対象の殲滅を推奨』


「いや、殺さねーし。久々に会うってのにいきなり殺しちまうとか、どんなサイコパスだよ」


 脳内の声と会話を交えつつ、ミソギが胸中に抱くのは期待と不安の両方だった。


 『イヴ』の外見は本来の天使を模したソレとは異なり、前世のミソギの外見を完全に再現している。

 愛らしいヤツには愛らしさでは敵わない。美しいヤツには美しさでは敵わない。カッコいいヤツにはカッコよさでは敵わない外見。だが、愛らしいヤツよりも美しいしカッコいい、美しいヤツよりも愛らしいしカッコいい、カッコいいヤツよりも愛らしく美しい。日本人としての美形、その頂点ともいえる彼女の容姿を『イヴ』は完全に再現していた。


 生前の彼は、前世での彼は自身の外見が好みであったハズ――というか、あの男も大概頭がおかしくて、顔が良い女にメチャクチャ弱かった。だから、ミソギがどんなワガママを言おうと喚こうと無茶を言おうと、ただ顔が良いという理由だけで許して来ていた。

 だから、今回もきっとこの自身の容姿をもってすればなんとかなるハズ。


 そう考える一方で、同時に。

 流石に無理矢理殺したのは悪かったよなぁ、と思う自分もまた存在する訳で。

 殺人という罪を――ゲームの中の行為ではない、そして命の価値が重んじられていた近代の日本において行った、それも彼自身に対する加害行為、殺人という行為をまで彼が許してくれるか、不安に感じている自分も存在する訳で。


「……ま、なんとかなるか。なるようにしかならねーしな。ひとまず謝ることは確定として、言うコトの1つでも聞いてやりゃ許してくれんだろ」


『――対象の殲滅を要請』


「だから、今世では殺さないっての。あんまりうるせーとAI落とすぞ」


『――否定。対象たる『ハーフアンデッド』ではありません。推定『フォーリンエンジェル』の人化個体と推察されるユニットの接近を感知。当AIは該当ユニットの殲滅、排除を推奨』


「……あ? 堕天使だ? このヤマト国にか?」


 首を傾げるミソギ。

 はて。『アンデッド・キングダム』は彼のお気に入りの作品だった。だからこそ、話のネタとしてミソギ自身もプレイしたこともある。ゲームのやりこみに関しては彼に劣ると言わざるを得ないが、その暗鬱とした世界観にドップリとハマった彼女は彼と違って外伝作品にも手を出していた。それも、ほとんど全てともいえる作品群全体を履修していた。

 そんな彼女の知識には、ヤマト国に堕天使関連のイベントがあったという記憶がない。


 そして、存在しない記憶を探りながら歩く彼女の元にAIの宣告の通り、1人の堕天使が近づいてきた。


「……やっぱりアナタでしたか。『イヴ』の外見まで生前のモノに変えて、一体どういうつもりですか」


「……あぁ、誰かと思えばプレイヤーキャラじゃんか! なるほどな、確かにそれならヤマト国に堕天使がいることも納得だ。性別を女にした時のデフォルトネームは確か……メヴィア! そう、メヴィアちゃんだ! いやぁ、こうして生で見ると本当に凄いな、ゲームの中に転生してきたって実感が湧くってモンだぜ。あ、いやでも名前は変更可能だったからな、別の名前って可能性もあるのか……?」


「メヴィア、であっていますよ。『イヴ』の中の誰かさん」


「うわっ……これはもしや、あたしが誰か分かってるカンジか? 外から、ってか前世からゲームの中に転生してきたとか、そういうアレコレが分かってるカンジのヤツな訳?」


「全部、とはいきませんけれどある程度は。そしてアナタが彼を殺したクソ女であることも、ワタシは知っています」


「えっ、クソ女ってあたしか? そんでもってなんでアンタそんな怒ってる訳? 意味分かんねぇ、こわ」


 その堕天使――否、堕天使の姿を取ったアンデッドの神を前にして、ミソギは首を傾げた。


「あーっと、設定上は確かアンデッドの神様なんだっけ。そういうので世界を把握できてる的なヤツ? てか、彼って誰のことだよ」


「いえ。確かにワタシはアンデッドの神ではありますが、世界全てを掌握するほどの力を持っている訳ではありません。そして、彼は彼です。アナタもよく知るであろう彼ですよ」


「彼、彼って二人称じゃ分かんねぇよ……いや、転生云々の話から察するにあいつか?」


 無表情かつ平坦な声色。そうでありながらどこか怒りと憎しみを向けられるミソギはメヴィアに対し困惑する。

 自身はアンデッドを殺す兵器の体を持っている。というか、その体に転生してきた――厳密には、『メサイア』を作るロボットの内部に意思のみという形で転生し、完成させた『イヴ』に人格を丸ごと移植した――のだが、その転生自体は彼女の意思ではない。単なる偶然だ。とういか、死んだときは転生云々なんて考えていなかった。

 だからこそ。メヴィアに。プレイヤーキャラに。その愛らしく美しい主人公から。

 自身の強力無比な性能故に警戒され敵意こそ向けられるかもしれないとは思っていたが、ここまでの憎悪を受けるような心当たりなどなかった。


「えっと、『メサイア』と『イヴ』については知ってるカンジ? それが原因なら安心してくれよ、あたしは別にアンデッド全部を滅ぼそうって訳じゃないんだぜ?」


 そう口にしてみるものの、彼女からの視線は一切変化がない。

 これは信用されてないかな、と思った矢先。メヴィアの口からミソギの想定外の理由が飛び出してきた。


「そんなコトはどうだっていいです。アナタが『メサイア』で『イヴ』であることなんで、どうだっていいコトです。重要なのは、アナタが彼を、『  』を前世において殺した、という事実です。好いた男を殺した相手……恨むには十分な理由であると思いますね」


 『  』。その名前には心当たりしかなかった。

 なにせ、ミソギ自身の目的の人物でもあったのだから。


「…………そういう理由かよ。マジかあいつ。つまらなくって退屈で、あたしを受け入れてくれるトコくらいしか良いトコないあいつのことがメヴィアちゃんは好きな訳? うっわ、あたしが言えた義理じゃねぇけど最高に男の趣味悪いぜメヴィアちゃん。もう少しマシな男選ぼうぜ? あたしと違ってメヴィアちゃんは世界に用意された男がいっぱいいるんだからさ。てか、ゲーム外の現実のコトも分かってんのかよあいつ殺したコトとか。第四の壁越えて来てんじゃん、何時の時代のセカイ系作品だよマジで」


「黙りなさい。アナタの言葉は全て不快です」


「うぉう、正面切ってそういうコト言われたのは久々だぜ。ま、陰でコソコソ悪口言われるよか全然マシ……いや、普通にマシじゃねえわ。傷つくわ。そうかぁ、不快とまで言い切られるかぁ。リアルの人間だけじゃなくって、ゲームのキャラにまで言われるのか……」


 軽い挨拶代わりに放った言葉に想定外のダメージを受ける彼女に、メヴィアは少々毒気を抜かれた表情を浮かべた。

 曰く、なんだコイツ。思ってたのと違うぞ、と。


「……随分とメンタルが弱いのですね、イヴ。本来の機械的なアナタとは大違いです。外見も内面も、随分と人間的ではありませんか」


「おうよ、これでも前世ではメンクリにお世話になってた身でな。こう見えて弱者側なんだよあたし。見た目が良くって運動出来て頭の出来もパーフェクトだけどそれだけしかない女だなって、あいつにも正面切って言われて一週間近く寝込んだコトもあるくらいメンタルよわよわな女の子だぜ?」


 例えるなら機体の性能がめっちゃ良くってカッコいいロボットにポンコツな子どもが乗ってるようなものだな。

 そう自身をミソギは評する。


「それと、イヴってのはこの機体の名前だろ? あたしは『ミソギ』って名前もあるんだぜ、出来ればそっちで呼んでほしいんだけど」


「…………まぁ、いいでしょう。ミソギちゃん、とでもお呼びしましょうか」


「あ、ちゃん付けは止めてくれ。そうあたしを呼んでいいのはあいつだけって決めてるんだ」


「ミソギちゃん」


「……いい性格してるなぁ、メヴィアちゃん。ゲーム内じゃ無色透明の人格だったし外伝作品もほとんど男の方が神様だったからよく知らなかったケド、こんな性格だったのかよ」


「いえ、この人格は後天的に獲得したものでワタシにプログラムとして設定されたものではありません。ヒロイックなダークヒーロー気質な人格を後付けの物語で与えられた男の方と違って、原初のワタシは文字通りの無色透明、誰でもないただのプレイヤーキャラでした」


 さて、これ以上の立ち話もなんですし、旅館のワタシの部屋で話しましょうか。


 少し先の、ミソギの目的地でもあった旅館を指し示しながらメヴィアに促され、ミソギはようやく周囲の人間の、自身を見つめる多くの視線に気が付いた。


「……あぁ、前世のイヤなコト思い出す視線だなぁ。いいぜ、ちょうどあたしもその旅館に用事があったからな」


「その用事とやらにも関係してくる話です」


 そう言ったっきり無言で背を向け歩き始めるメヴィア。


『――対象は無防備。攻撃を推奨』


「うるせー。AI、オフ。以後再起動までスリープ状態に移行」


『――承認。当AIはスリープ状態に移行します。おやすみなさい、ミソギちゃん』


「おいこら、アンインスコされてぇのかポンコツAI。ちゃん付けは止めろって話した直後だろうが」


 スリープ状態に移行したAIはミソギの言葉に何も返さない。呆れとも諦めともつかぬため息と共に、ミソギはメヴィアの背を負うように歩きだした。


――――


「――と、まぁそんな所です。ワタシは彼を愛していますし、彼もワタシを愛しています」


「……うっわ、重。愛重すぎて怖いんだけど。いやまぁ、その経緯を聞いたあたしとしては共感を覚えざるを得ない面もあるんだけどさ」


 所変わってメヴィアの部屋。旅館の一室。畳の敷かれた和の雰囲気漂うその空間。

 居住まいを正したメヴィアに対し、ミソギは適当な姿勢で彼女の話を聞いていた。


 曰く、世界の外に神がいる。

 曰く、神は自身を愛して自身もまた神を愛している。

 曰く、神は悲劇を求めている、だから自身がその悲劇を用意する。


「あたし的な視点で見たら、あいつの欲しいのは悲劇じゃなくて刺激だと思うんだけど」


「……ワタシから話せることは、以上です。嘘偽りない本音を語りました。ですので、次はミソギちゃんの話を聞かせてください」


「だからミソギちゃん言うなっての……で? 何が聞きたい訳? あたし嘘とか付けないタイプだから話は全部信じてくれていいけど、メヴィアちゃんが何を聞きたいのかを言ってくれなきゃ話せないぜ?」


「そうですね……まずは、何故このキョウにやって来たのですか」


「最初の質問それかよ。もっとこう、今の時代になんで『メサイア』があるんだー、みたいな問いが来るもんだと思ってたぜ」


 長い黒髪を弄びつつ、ミソギは答えた。


「多分察してる通り、あいつに会いに来たんだよ」


「この世界でも彼を殺すつもりですか?」


「いやいや、違うっての。むしろ逆。前世で殺したこと謝りに来たんだよ、殺しちゃってごめんなさいってな」


「……どういう意味ですか」


「意味もなにもねえぜ。ただ、あたしが生きるためにはあいつが必要なんだよ、あいつにゃあたしはいらないかもだけどな、悲しいことに」


「つまりは、アナタも彼を愛していると……ワタシの恋敵であると?」


「違うね。いやまぁ、前世じゃキスだったりエッチだったりいろんな初めてを交換し合った仲だったしあたしの初恋の相手でもあったし、付き合ってたって言えなくもない関係っていうかあたしはそう思ってたんだけどさ。告白みたいなことはお互いしてねぇし、あたしも向こうも好きだ、なんて言ったこともないんだけど。だから好きだー、付き合ってるんだーって思ってたのはあたし側だけって可能性もなくは……あ、やば。言ってて悲しくなってきた。まあともかく、今は別に恋だとか愛だとか、そういうアレコレじゃないんだよな」


「…………」


「そう睨まないでくれよ、いや今のあたしの発言がメヴィアちゃんの嫉妬心を煽るようなコトってのは分かるけどさ。ホントにそういうのじゃないんだって。ただ必要だから、受け入れてくれるのがあいつだけだからあたしはあいつに会いたいんだよ」


「……理解できません。アナタは頭がおかしいのですか?」


「前世でもよく言われたよ。面と向かって言ってくるヤツはほとんどいなかったけどな」


 ミソギはそう言ってため息を吐いた。自身もそうだが、この女も大概ため息が多いなとメヴィアは思った。


「次の質問です――では、何故彼を殺したのですか?」


「あー、聞いちゃうか。いや、気になるよな。好きな男を殺したヤツが目の前にいるんだもんな。どういう状況だコレ、って思うけど。あたしとしてはホントに人生の汚点というか、話したくない内容なんだけど……それでも聞く?」


「アナタの内情など知ったことではありません。話しなさい」


「……じゃあ、あたしの前世についてから語ろうかな」

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