エピローグ

 ――とても昔の、それこそ俺がまだ前世の、人間であった頃のような夢を見た。


 好きな作品の、好きなキャラの、好きな性癖の。

 自身の好きを言い合い、共感し、反発し、仲良く語り合ったり時折大喧嘩したり。そんな同好の氏と語り合う夢だ。


 ただ……やっぱり夢は夢で、詳しい内容までは思い出せない。

 それに、現実はやっぱり現実で、夢の夢の夢のそのまた夢は夢でしかなくて。


 あやふやな夢の内容よりも、目の前でプルプルと震えながら顔を上下させるツラの良い女の方に俺の関心は向くわけで。

 あの旅館の一室。和室の畳の上で膝枕という、ある種の憧れの行為をしてくれつつも謎の奇行に走っている彼女の方に向くわけで。


「……何してんだ、ルシ子」


 目を閉じて俺の顔の前で頭を上げたり下げたり、苦悩するような葛藤するような表情を浮かべていたルシ子は俺が目覚めたことを察すると、まさしく火が灯るが如き勢いで頬を紅潮させ、飛び退くようにして俺から離れた。


「いだっ……」


 後頭部への鈍い痛み……畳に俺の頭が落ちた。


「……疑問。個体名ナナシ……一体いつから目覚めていたのでしょうか。まさか、ルシ子の行為を観察していた訳ではありませんよね? であれば、ルシ子はナナシを軽蔑すると同時に激しい羞恥に襲われてしまいます」


「いや、今起きた所だけど……え、何。ホントに何しようとしてた訳。てかその恰好はなんなんだよ」


 胸部に大きな切り裂き傷のある浴衣――以前彼女が着ていたモノではない、品質は上等だが画一の基準で製法された旅館に置かれているモノ――の、その隙間から覗く胸の谷間を両腕で隠しながら、飛び退いたルシ子は畳に膝を擦りつつこちらへすり寄ってきた。


「対象ナナシから、ルシ子の胸部への視線を感じました。ルシ子自身の体温が上昇します。これは羞恥、恥じらいから来るものであると推察されます……僅かな嫌悪感も確認。ですが、どこか喜ばしいと感じるルシ子もまた存在します。不思議です、羞恥と嫌悪の混在は経験したことがありますが、そこに好意的な感情が混じるのは初めてです。これが……そういうコトなのでしょうか」


「そういうコト?」


「……こちらの話です。いずれ夫婦となるのですから、ルシ子のこの感情についてはいずれ話しましょう。今後機会はいくらでもある、とルシ子は考えています。今はこの感情に慣れていくことが肝要であるとルシ子は思いました」


 言葉をそこで途切れさせたルシ子は俺へ体重を預けるようにもたれかかってきた。


 ……なんか、前より距離近くありません? というか、今はどういう状況……?


「抵抗感と心地よさ、そのバランスより現在のルシ子とナナシの距離はこの程度が現状最適であると判断します……悪くありませんね、この感覚は」


「えっと……聞いてもいいか? 何があったんだよ」


「おや。覚えていないのですね……先んじてルシ子の方から質問させてもらいます。ナナシは何処まで覚えているのでしょうか」


「何処まで……?」


「……質問の仕方を変えましょう。ナナシは自身に発生した異常事態に記憶はありますか」


「えっと……」


 ルシ子に促され、俺は記憶を探る。

 確か、温泉に浸かってたんだよな。ルシ子に朝風呂は良い文化ですよ、って誘われて。まだ朝じゃないだろって未明の時間帯から、露天風呂に何時間も浸かってたんだよな。

 そんで、その後空から何か振ってきて――


「……ドラ子が降ってきて、その後女湯の方から柵を乗り越えてルシ子がやってきて」


「ルシ子を痴女のように言わないでください。ルシ子は男湯で異常が発生したと、必要であったからという理由で男湯へと向かったのです」


「いや分かってるよ。誰に対しての言い訳だよ」


「……失言でした。ルシ子は今、性的な物事に対して過敏に反応してしまうようです。ルシ子は大きな羞恥を感じました」


 ふい、と俺から視線を逸らしてそっぽを向くルシ子。心なしか耳が赤く染まっている。

 これは……彼女の言葉から察するに恥ずかしがっている? なんで?


「そ、それよりも続きです。ナナシはその後のことを覚えていますか?」


 話を逸らすかのように、俺の言葉をルシ子は急かしてくる。

 なんか可愛くね? とは思ったものの、特段ルシ子の恥じらいに関心も心当たりもなかった俺は彼女の要望通りに話を続けることにした。


「ドラ子がアンデッドだからだろうな。確か警報が都中に鳴り響いて、その後すぐに戦奴が何人か男湯にやってきて……あぁ、『知られた』ことでドラ子が育っちまったんだった」


「その後のことは?」


「育ったドラ子に食われたんだっけ。数人程度に知られるだけで『龍』らしい姿に慣れるから凄いよな、ドラ子」


「……何故抵抗をしなかったのですか」


 俺の言葉に対し、ルシ子は責めるような口調と視線を寄越してきた。


「いやさ。一度入って見たかったんだよね。夢幻の世界」


「……は?」


「多分ルシ子には俺が何言ってるか分からないと思うけどさ。男主人公選んでドラ子を攻略しようとすると、アイツ主人公にすぐ惚れ込んで自分のモノにしようって動くんだよな。それで食って、自分の夢幻の世界にご招待。依存させようって意図はないっぽいんだよ、ソレ。ただ楽しく暮らしたい、仲良くしたい、自分を好きになってもらいたいって行動でさ」


 原作こと『アンデッド・キングダム』の作中のイベントの1つ――そして、数少ないゲームオーバーイベントの1つ。それがドラ子の攻略初期に発生する『夢幻世界で文字通り一生囚われる』エンド。ファンからの通称は夢オチならぬ『夢堕ち』。

 とはいえ、バッドの条件は選択肢が1つだけ。夢を受け入れるか否か、ってだけのイベントだ。受け入れたらエロシーンの後にゲームオーバー、拒否すれば夢幻の世界から帰ってこれるってだけのイベント。

 ドラ子への反応を窺って好感度を稼ごうと色良い返事を返すと即死するという、とんでもないデストラップだ。


 とはいえ、そのゲームオーバーの条件が分かっていればスチル回収後は通る必要のない選択肢、拒絶一択のイベントでしかない。それに、これはドラ子攻略の初期イベントだからな。拒絶しなければそもそも彼女を本当の意味で攻略できない。


「だから多分何にも心配ないだろうなって思ってよ。折角だし体験してみるかって――痛っ」


「アナタはっ、ナナシはバカなのですかっ」


 頬に衝撃。鈍いアンデッドの痛覚でもじんわりと感じるその痛みは、ルシ子に頬を叩かれたことによるものだった。


「正直半分くらい見捨てても良いと、その時思っていたルシ子が言えた義理ではありませんが……つまりは、ナナシはその夢幻から戻って来られない可能性もあったというコトではありませんかっ」


「いやでも、選択肢が」


「夢幻の中では、それが夢幻であると気が付くことが出来ないと聞きました。選択肢、というモノがどういうモノであるのかルシ子は理解できていません。ですが、アナタは、ナナシは戻って来られなかったかもしれないのですよっ」


「……ルシ子」


 少しばかり逡巡してから、意を決したかのような表情でルシ子は俺の体を抱きしめた。

 優しく、柔らかく。壊れないように加減された力で俺を抱きしめた。


「こうして触れ合うことも、もう出来なかったのかもしれないのです」


「……あぁ、そうだな。悪かった、軽はずみな行動だった」


 よく考えたら、ルシ子の言う通りだ。

 我ながら、なんてゲーム脳だ。いくらここがゲームの中の世界、『アンデッド・キングダム』の世界だからといっても、今の俺にとっては現実なのだ。当然、選択肢なんてものもなければテキストウィンドウもない。ゲームの世界ではあるが、ゲームそのものではないのだ。


 それに、俺は主人公ではない。単なるハーフアンデッドのリーダー個体、本来大したイベントも用意されていないモブキャラだ。主人公補正のある彼と違って、夢幻から抜け出せる保証なんてどこにもない。


「……分かればよいのです。ルシ子の為にも、アナタは生きていてください。ナナシはルシ子の将来の伴侶なのですから」


「それはまだ検討中だし、仮にそうなったとしても仮面夫婦だろ。それに、生きてって言ってもアンデッドだぞ俺ら」


 俺の言葉に、軽口にルシ子は一言も返さなかった。

 ……あぁ、そういえばルシ子って部下とか配下とか同胞とか、そういう仲間自体は結構いたけど強すぎて対等な立場の友人がいないキャラだったっけ。

 一応俺は友人認定されている身だ。俺が思っている以上に、彼女にとっての俺という存在……あくまで友人として、だけど。それは結構大切な関係性だったのかもしれない。他の友人、リンしかいないって言ってたし。


「悪かったよ、ゴメンな」


「……ルシ子はチョロ女ではありません。ですから、ルシ子はこの程度では許しません」


 軽く――性的な意図を持たせないように柔らかく抱きしめ返すと、ようやく俺の胸の中に顔を埋めたルシ子が小さく言葉を発した。


「なんだよそれ」


 そういって苦笑する。

 すると、ルシ子も顔を上げて少し赤らんだその頬を緩めた。


「やっぱり現実なんだな……ゲームの中だけど、ゲームじゃない。作中のルシ子はこんな表情見せなかったもんな……」


 腕の中のルシ子を見ながら、俺はそう独り言ちた。


 ――腕の中のルシファーがその行為に、抱擁に性的な要素を感じて嫌悪と抵抗を覚えていることに、そして同時に別の感情をも感じていることに、終ぞナナシと呼ばれるその少年は気付くことはなかった。


――――


「それで、夢幻の中ではどのような体験をしていたのですか?」


 体を離したナナシとルシファー。

 内心の感情を表情に出さぬよう努めつつ、冷淡かつ平坦な口調を装ってルシファーは目の前の少年にそう問いかけた。


 僅かながら、彼に対し自身は恋愛感情を抱いているらしい。

 そのことを察しているルシファーだ。その問いがあの神と同じ感情、嫉妬心から来るものであることを理解していた。


 しかし、感情的に聞かざるを得ない。知りたくもない内容かもしれないが、聞かずにはいられなかった。


「うーん……夢幻っていうくらいだし、やっぱ夢だからか? 細部はあんまり思い出せねぇんだけど」


「詳しくなくて構いません。いえ、むしろルシ子の心境としては具体的な内容は御免被ります。ですので、覚えている限りを出来るだけ曖昧に」


 宝玉からの映像では、ただ長閑で穏やかな生活を営む彼と龍の姿が見えた。だが、映像外の所で――自身があの神と共に魔力を注ぎ込む以前に、彼らは性的な行為をしていたのかもしれない。いや、健全な男女が長期に渡って共同生活を営んでいたのだ。むしろあって当然なのかもしれない。


 そういった内容は聞きたくないルシファー。求める回答は曖昧であればあるだけ望ましい。

 だが、それはそれとして曖昧過ぎても理解できないかもしれない。


 悶々と狭間で思考を揺らすルシファーを他所に。


「昔を思い出すような夢だったな」


「……昔、ですか」


「あぁ。めっちゃ昔。あ、俺がちびっ子だっだ頃って訳じゃねぇぞ? なんていうか……とにかく昔だ」


「どのような内容だったのでしょうか」


「フツーの日常だよ。友達と好きなコトについて語って、たまに喧嘩して……そういう日常を思い出すような夢だった、気がする」


「夢の中の相手はドラ子、であるとルシ子は予測します。ですが、昔……かつてのナナシとそのような会話をする対象は一体どのような存在なのでしょうか」


「存在って。それこそフツーだよ。アンデッドでも神様でも勿論堕天使とか悪魔でもない、フツーの人間。女の子。顔がめっちゃ良くて頭の出来も良くて運動も得意で、ただそれ以外が色々終わってるだけのただの女だよ」


「……対象は、女性」


「あ、勘違いすんなよ。別に元カノとかソーユーのじゃないからな。幼馴染、昔馴染み、腐れ縁ってヤツだ」


 いや、確かに初恋の相手ではあったけどさ。


 その言葉に、ルシファーとしては神妙な表情を浮かべざるを得ない。


「初恋……」


「ま、もう終わったコトの話だけどな」


「その、随分とナナシは早熟であったのですね」


「……あぁ、今の俺の体と年齢で初恋なんて言ったらそれこそガキの頃の話みたいになるな」


 その不思議な言葉を。

 彼の謎めいた初恋に関して、聞きたいようなそうではないような話題について。


 聞くべきかの如何を胸中にて審議するルシファー。


 そして――


「あ、好きピいたしっ!」


「なっ!?」


「……おや。あの神は二度と開放されないように封印した、と言っていましたけれど。やはり彼女の言葉は信用できませんね」


 閉ざされた障子を突き破って現れた二本の角を生やした少女によって、その疑問はうやむやにされてしまうのだった。


――――


 ――時は遡り、ナナシが龍に取り込まれるその直前。


「フフンっ! やっぱりあたしがサイキョーなんだぜ! 『あの』ヴァンパイアの始祖を相手にここまで圧倒できるなんて、これはもう激ヤバじゃん!」


『――対象の反応ロスト。アンデッドの消滅未確認。追跡を要請します』


「追う必要なんてないさ。それに、いくらゲームのキャラだからって殺すのはやっぱり良くないことだぜ? あたしのキル数は前世の2つで十分だからな!」


『――当機体は対アンデッド殲滅用人型兵器です。アンデッドの抹殺こそが目的であるとプログラムされています』


「あたしが知るかよそんなこと! それよりも! 本当にこの国に――ヤマト国に反応があったんだろうな!?」


『――肯定。当AIは『ヤマト国』、『キョウ』にて魂を複数保有するアンデッドの存在を補足しました』


「よっしゃ! それじゃあ行きますか!」


 ――北米大陸全域を支配する人類国家、『メリケン国』。

 『アンデッド・キングダム』内でもトップクラスの文明とその発展速度を設定されたその国で開発された、対アンデッド殲滅用人型兵器『メサイア』。

 その試作一号機にして、プロトタイプ故に汎用機体以上の性能を搭載された機体、『イヴ』はキョウの都付近に何故かいた高位アンデッドのヴァンパイアを撃退すると、まるで人間であるかのような振る舞いでその足をキョウへと向けた。


『――疑問。当機体は高速飛行が可能です』


「なんで飛ばないのかって?」


『――肯定』


「そりゃあ、時間をかけて行きたいからさ。色々と考えることもあるしな。『  』に会った時に最初になんて言おうかな、とか。やっぱゴメンからか? でも殺してゴメンって言いにくいよなぁ……」


 完全機械型、搭乗者不要。原子炉による半永久エネルギーによって稼働する。アンデッド化することのない、アンデッドを殺すためだけに作られたソレは、内部に搭載されたAIと会話をしながら歩く。


 ――この世界に転生してきたのは、1人ではなかった。


『――確認。『ミソギ』の目的』


「目的ねぇ……ひとまず、彼に会って謝るコトだな! その後のことはその後考えるぜ!」


 前世の自身に似せて開発させた、人型の機械は内部に宿されたその魂が動かしていた。

 研究所から勝手に抜け出し、国を、海を越えて前世の友人――いや、自身の半身とでも言える彼に会いに行く。


「アイツにはあたしは必要ないかもだけど、あたしにはアイツが必要だかんな! ま、前世と性格が変わってなきゃ許してくれるだろ、アイツめっちゃ面食いだし、あたしは顔がいいからな!」


――――――――

四章、完


……………………

あとがき

四章完結、ここまで読了ありがとうございます

本作はカクヨムコン応募作となっています

よろしければ、♥や★、レビューや応援等のコメントよろしくお願いします

作者の励みとなります

是非、よろしくお願いします


反応がいただければ、作者は死ぬほど喜びます

コメント、レビュー、いずれかだけでもどうかお願いします

作者は反応に飢えています


最後に、ここまで読んで下さり本当にありがとうございました

五章以降も是非ご期待ください

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