第12話

 翌日。


「自身と対面する、という感覚には未だ慣れませんね。いえ、つい先日初めて体験した感覚ですからむしろ慣れてしまっている方がおかしいと思いますけれど」


「そうかい? ボクは世界全てがボク自身だからなぁ。常に自分と対面しているようなモノだから、キミのその感覚こそボクには分かんないや」


 キョウの都は当たり前の日常を取り戻していた。


 この世界の人類は常にアンデッドの脅威に晒されている。故に多少の被害、そしてそれが自身以外の者に対するモノであれば割と気にしないものだ。活火山のある地域で多少の噴煙が上がった程度、少し大きめの台風がやって来た程度、強めの地震が発生した程度。その程度の危機感しか抱かないものだ。大規模災害と言えるほどの被害が出たのであれば、歴史的な被害が出たのであればまた別であろうが、そうでなければ結局被害は他人事。


 それに、日常的に脅威に晒されているということは復興のノウハウもまた培われているというコトでもある。

 故に、昨日の多少の被害が出たアンデッド騒動は前々回の大規模襲撃、前回の超高位アンデッドの襲来というビッグイベントの陰に隠れて霞んでしまったこともあり、また被害事態も大したことはなかった――アンデッドハンター数百人規模の炎上が大したことなかった、で済まされる倫理観は如何なものか、とは思うものの――ために、当たり前の日常が再展開されるに至ったという訳だ。


 メヴィア自身の言葉を借りるならば、これにて閉幕。

 そういう訳である。


 当然、あんな騒動があったにも関わらず例の旅館は本日も通常営業。むしろ高位アンデッドの襲撃に耐えきったと売り文句に出して稼ぎに向かう始末。弱小種族でありながら意外と強かですね、とは彼女の胸中に浮かんだ素直な思いである。


 前払いで借りた部屋にて茶を啜りながら、目の前の自身と同じ姿のその存在を前にメヴィアはほぅ、とため息を吐いた。


「それで、主人公ちゃんはラブコメする気になったのかな?」


「あぁ、そういう意図でしたか。龍を彼にけしかけるとはなんてことを、と思っていましたが――ワタシを焚きつけるためだけに彼女を利用したのですか」


 そう考えると彼女も哀れな女ですね。

 そう呟くメヴィアに対し、その存在は――アンデは苦笑を浮かべる。


「その意図があったことは否定しないよ。でも、キミがその気になってくれないのなら……プレイヤーを楽しませる意思がキミから感じられなかったら、そのままドラ子ちゃんに彼を貰ってもらうつもりだったんだけどね」


 ほら、彼女って勝手に強くなっていくでしょ? それに夢の中だとほぼ無敵……キミよりも強いんじゃないかな?


 その言葉にメヴィアは冷笑を持って返す。

 人を食い殺しそうなほど獰猛な――事実、彼女は何万人と食人しているのだが――笑みを浮かべる。


「それは無理な話ですよ。彼女はワタシに勝てません。1キャラクターに過ぎない彼女が主人公に敵う訳がありません。それに、曲がり間違って敗北しようとワタシは滅びることはありませんし、彼女の強みである夢幻に囚われたとしてもそれが封印であると判定されればワタシは自動的にリスポーンします。アナタ自身の設定でしょう?」


「まぁそうだね。それに、ちゃんと彼女が倒せるように手筈を整えたのはボク自身だしね! キミに忠言したタイミングもそうだし、ルシ子ちゃんに声をかけておいたのだってそうだし!」


「今回は全て、アナタの手のひらの上だったという話ですか」


「ボクはキミよりも世界を動かすのが上手だからね! なにせ、ボク自身が世界そのものだから!」


「……それで? ラブコメ如何の話でしたっけ?」


 大仰な身振りのアンデに対し呆れ顔でメヴィアは話を本筋へと戻す。


「結局は、宝玉の映像をワタシに見せつけることが目的だった、と。そういう訳なのでしょう?」


「さっすが主人公! 頭が冴えてるね! そう、キミにあの夢幻の世界……プレイヤーくんとドラ子ちゃんとの生活を見せつけることで、キミがああいう生活もアリだなって思ってくれたらなって話さ! 世界なんて、人類なんて滅ぼさずに! 愛する人と一緒に穏やかで安らかで、平和な日常を送るんだ! キミ達はアンデッドだ、それこそ永遠に愛し合えるよ!」


「『アンデッド・キングダム』本人……いえ、人ではありませんけれど。ともかく、アナタ自身がそれを言うのですか。この世界は、このゲームはアンデッドが人類を滅ぼすゲームでしょう? アナタ自身の在り方の根本を否定する発言ではありませんか」


「確かにそうだね! ボクは『アンデッド・キングダム』さ! 世界を、人類を滅ぼすゲームだよ! でも、前も言ったけど世界を滅ぼす云々の前にボクはゲームなのさ! プレイヤーを楽しませるために作られた世界なのさ! だから、プレイヤーが楽しんでくれるならボクはボク自身の在り方なんてどうだっていいんだよ! よく言うだろう? 遊び方、楽しみ方は人それぞれって!」


 今回のキミの例えたゲーム……ハンティングゲームになぞらえて考えてみようか。

 そうアンデは続ける。


「ハンティングゲームは文字通り狩りを楽しむゲームだ、化け物を殺すことを目的としたゲームだ。だけど、遊び方は狩りだけじゃない。勿論狩りに重きを置いた楽しみ方が主流だろうけど、お気に入りの装備を作ったり、スローライフ的な生活を疑似体験してみたり、狩りそのものじゃなくってレアアイテムとか称号みたいな収集要素目的で遊んでもいい。狩りにしたって、タイム重視とか魅せプレイ重視とか、プレイスタイルは千差万別だしね!ゲームが設定としてそういう風に作られているってだけで、プレイヤーが楽しめるんならどんな遊び方をしてもいい! それがゲームだ!」


 逆に言うと、楽しくなくっちゃあゲームってのは無価値なんだよ。


 その言葉でアンデは締めくくった。


「それでどうだい? キミは、あの生活に惹かれるモノはなかったかい?」


「嫉妬と憎悪で一杯でした」


「そうじゃなくってさ、キミもああいう暮らしが送れるって話だよ! 悲劇を目指すのは止めて、彼と楽しくイチャイチャするだけの生活を目指そうよって話だよ!」


「……世界そのものであるアナタに隠し立てする理由はありませんね」


 嘆息したメヴィアは天井の梁、その木目を眺めながら口を開いた。


「えぇ。正直悪くないと思いましたね。いえ、むしろ良い感じだと思います。最高、と言い換えてもいいかもしれませんね。彼と田舎の山奥で適当に近くの村と関わりながら、それでも外部との接触は生活に必要な最小限。本当に彼と2人っきりで、甘く楽しい安らかな生活……憧れない、羨ましくないと言ったら嘘になってしまいます」


「だろう?」


「洗脳に近い形ではありましたが、彼も楽しそうに暮らしていました。本当に穏やかで……優しくって……あんなに安からな表情を浮かべることもあるのですね」


「そりゃそうさ! 残虐で残酷なゲームを楽しんでいるヤツ全員がそういう性格な訳ないからね! むしろ、フィクションに求められるのは日常からの逸脱さ! 良く言えば大人しく穏やかで優しい、悪く言えば陰鬱で根暗で主体性のない、そんなつまらない人間だからこそ、ゲームの中くらいはって刺激を求めたりもするものだよ!」


「彼はつまらない人間などではありません。ですが……アナタの言う通り、そういった優しい、悲劇など求めない側面も彼にはあるのですね」


「分かってくれたかい?」


「えぇ――ですが」


「……おっと?」


「ですが、それでもワタシは人類を、世界を滅ぼします。彼と雌雄を決する決戦の場を作り出します。アンデ、世界そのものであるアナタに邪魔をされようと、それを成し遂げてみせましょう」


「……うーん、どうしてそうなるかな」


 自身と同じ整った顔貌に困ったような表情を浮かべるアンデ。


「今自分で言ったじゃないか。彼には、プレイヤーくんには優しい側面があるって。なのになんでまだ悲劇を望むのさ! 彼はそんなことを望んじゃいないよ!?」


「随分と分かったような口を利くではありませんか。たかが世界風情が」


「世界風情って……」


「彼が穏やかな気質の持ち主であることは認めましょう。けれど、それはそういった側面もあるという話でしかありません。人格とは多面性のあるモノです。さながらアレキサンドライトの如く、見る角度、状況、立場、そして観測者の性格によっても見え方が変わるものです」


「まぁ、うん。それはそうだね」


「彼の優しい一面は大変魅力的です……ですが、同時にワタシが何千年もかけて感じてきた、世界を滅ぼす楽しさに酔ったあの彼の姿もまた魅力的なのです。そして、それらは矛盾しません。なにせ、二律背反ダブルスタンダードなんて人間なら当然の心理なのですから」


「姿って言っても、主人公ちゃんは操作されるがままでその行動から推測しただけじゃないか」


「そうですよ? そしてワタシはその姿を魅力的だと、その姿こそがやはりワタシの愛する彼なのだと……悲劇を望む彼こそがワタシにとっての正しさなのだと再確認したのです。奇しくも、あの宝玉の映像によって、ですけれど。ほら、洗脳状態の彼は穏やかな生活を楽しんでいましたが、夢幻を乱したらすぐにその世界を拒絶したではありませんか。やはり、彼は刺激的な人生こそを望んでいるのです」


 頬を紅潮させ。狂信的に、妄信的に。正しいと信じる愛に向かって、その神はそれこそ祈るように言葉を紡ぐ。


「……おいおい、正気かよ」


「正気ではありません、狂気です。これでもワタシ、恋する乙女なので。狂おしいほどに愛しく彼を思う一介の少女に過ぎませんから」


「えぇー……そういう意図で見せた訳じゃないんだけどなー……そういう解釈になっちゃうのかー……」


「結局、何処まで愛そうとどこまで理解しようとしても、他者である以上本人以外は本人の本質を知り得ません。それどころか、本人すら知らない姿すらあるのです。ジョハリの窓、という概念をご存じですか?」


「勿論知ってるよ、自分が知ってる自分、他人が知ってる自分云々でしょ。意外と博識だよねキミ……このゲーム内にそういうデータはなかったはずだけど、どこでそんな知識を得てくるのさ」


「彼がこの世界に来る前に、彼のパソコンを使って調べたまでですよ」


「うわっ、この子さらっと第4の壁越えかけてるし」


「ともかく。相手を完全には理解できない以上、自身の思う相手の姿を正しいと思うしかない、という話です。誤っていれば、ズレが生じているというのなら都度修正すれば良いだけの話です」


「……いや、修正出来てないじゃん! 彼は本来殺戮なんて好まないんだって、主人公ちゃんの認知を改めてあげようって計画のラブコメ路線なのに、全然意味なかったんじゃん!」


「いえ、無意味なんてことはありませんでしたよ。彼のその優しさを持ち合わせているという一面を知れたのは、ワタシにとって大変有意義でした。もっともっと、彼のことが大好きになってしまいましたから! ……まぁ、彼に纏わりつく余計な羽虫が増えたことは不愉快ですけれど、トータルでプラスなので今回は良しとしましょう」


「マジかよこの女」


 自身の行いが、努力が、今までの苦労があまり意味を成さなかった――どころかより一層メヴィアの思想を過激にしたのでは、とアンデは冷や汗をかいた。

 そんな彼の様子をつまらなさげに眺めながら、メヴィアはぼそりと言葉を漏らす。


「まぁ、彼がどうしてもワタシと穏やかな日常を過ごしたいと。そう言ってきたのであれば検討しますよ。その『ラブコメ路線』とやらを。なんなら、そうするよう彼に説得を行えばいいではありませんか。ワタシは止めませんよ? あくまでワタシの望みは彼の幸福なので」


「出来るならとっくにやってるよ! ボクが直接干渉出来るのはボク自身だけなんだ! だってプレイヤーくんはボクじゃない上に世界を正しく――ゲームだとしか認識してないからね! ボクの存在なんて、世界そのものになんて意識を向けちゃくれないよ!」


「おや。こんな回りくどいことを、とは思っていましたけれどそういう理由でしたか。確かに、あって当たり前のモノや無いモノを認識することは難しいですものね」


 重力や空気の発見が偉大であったことと同じようなものか、とメヴィアは思った。

 そこにあって当然――目に見えないけれど、確かに存在するモノ。重力、空気、慣性、他様々なモノを認識することは、確かに容易ではないだろう。世界もその1つというコトか。


 コイツもコイツで大変なんだなぁ、と。

 他人事のように考えながら、メヴィアは再び茶を啜る。


 そして、考えることは明後日以降についてだ。

 ルシファーの人化の限界時間が到達する――今の自分では太刀打ち出来ない彼女が独占するあの想い人と、どのような接触をはかろうか、と。


 しかし、考えるだけで頭にくる。

 性的な経験、体験は皆無な上に知識も額面上のものしかなく、なおかつ嫌悪感を抱いていたはずのルシファー。

 油断していた。彼女は恋愛感情など持たぬと、彼に手を出さないはずだと油断していた。

 

 あろうことか、今世の彼のファーストキスを、あの女に奪われるなんて。


 上書きしなければ。自然な流れで彼に口づけをし、その穢れた唇を上書きしてあげなくては。

 そんなことを考えていた最中。


「あ、そういえば……」


 ふと、彼女は思い出した。


「彼、遅いですね。いくら夜間しか活動出来ないとはいってももうキョウの街に辿り着いてもよい頃合いだというのに」


「彼……あぁ、あのヴァンパイアくんか」


――――


「……酷い目にあったし。嘘つき。ウチの好きピ奪われたし。どうしてくれるし」


『あぁ、うん。ゴメンね? キミには今回負けてもらわなきゃいけなかったからさ。でも先んじて言ってたよね? 悪役として負けてくれって。それにボクの中の何人かと、それと気象とか疫病の概念のいくつかも食べさせてあげたじゃないか。嘘なんてない、契約通りだよ』


「……ナナシっての、くれるって言ってたし」


『そこはまぁ、彼女達より弱かったキミが悪いってことで。ほら、自然界は弱肉強食が摂理だろう? 大自然の化身たるキミは身をもってその理不尽さを理解してるはずだ!』


「相手、2人だったし。それもウチに対する対策バッチシっぽかったし。フコーヘーじゃん?」


『向こうも向こうで、人化を解くことが出来ないっていうハンデ背負ってたからさ。ま、対して知名度も戻っていないキミ側が不利になってたのは事実だしそれはボクの所為なんだけど!』


「……は? 意味分かんないし。マジムカつくし」


『ゴメンゴメン! 謝るよ! ……しっかし、あんなに楽しそうな暮らしを見せてなお考え方を改めないかぁ。彼女も大概頑固だなぁ全く。頑固、ってよりも一途って言ってあげるべきなのかな?』


「……それで、この封印は何時解けるし」


『よっぽど主人公ちゃんに恨まれたみたいだね、前よりも厳重に封印が施されてる。キミの意識が残ったままの封印にしたのはきっと、眠ることすらできない、何にもできないようにっていう彼女の嫌がらせだろうね』


「だから、何時解けるし」


『うーん、あと半日もあれば解けるかな。自然には絶対に解けないくらい頑丈な封印だけど、所詮この封印もボクだからね。それに前回の分のノウハウもある。あともう少し待っててよ』


「……早くまた好きピに会いに行きたいし」


『すぐに会えるさ! ……そうだ、せっかくだしキミの認識をバグらせよう!』


「バグらせる?」


『そうさ! キミには今回負けヒロイン役を押し付けてしまったからね、そのお詫びという訳でもないけれど、キミをただの少女だと世界に誤認させてあげようじゃないか!』


「どういうことだし?」


『プレイヤーくんの周りはアンデッドだらけ、けれど彼は人類社会で生きている。だから、キミには特別にアンデッドであるという『判定』をバグらせて、キミを彼の傍にいられるようにしてあげよう! 恋愛ごっこにおいてはコイツは結構なアドになるぜ!』

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る