第4話

「……もぐもぐ」


「ねぇってば! いい加減機嫌直してくれないかなー!? さっきキミを悪し様に罵るようなことを言ったのは悪かったけどさ! いや、それもやっぱりキミのその性格の悪さに起因する発言だから、悪いのはキミじゃん! ねぇってばー!」


「……もぐもぐ」


 自室にて、無言で朝餉を食らうメヴィアとそれに喧しく声をかけてくる世界を名乗る謎の存在。仮称として、彼の名乗った通りアンデとでも呼んでおこうか。


 メヴィアは実のところ、そこまで気分を害してはいなかった。

 心の内で思うことは、案外人類の食事も悪くありませんね、なんてこと。

 米、というイネ科の植物の種子を削りお湯で煮たその主食は些か淡泊すぎる味わいであると一口目は思ったが、他の主菜、副菜、汁物と合わせると大変美味。口内調味という概念を初めて知るメヴィアだった。


 左腕はとうに再生済み。それに倣って、目の前の彼の腕も治っていた。


 本当に映し身なのですね、とは素直な所感。


 そんな彼女が食事を終え、目の前のそれに――自身の姿、声を真似たアンデに向き直る。


「1つ、アナタは嘘を言っています」


「へぇ?」


「もしかすると、1つではなくもっと多くの嘘を吐いているでしょうが……絶対にこれは偽りだと、そう断言できる発言がアナタの言葉にはありました」


「言ってみなよ。それがもし本当に嘘だったなら、ご褒美として真実を語ってあげようじゃないか!」


「アナタが仮にこの世界そのものだとするならば――アナタが無力で哀れな舞台装置であるはずがありません」


「その心はっ?」


「キョウの都の地下、『龍』が目覚めています。彼女は封印されていたはずですよ、ワタシが最高のタイミングで解き放つはずだった駒です。アレの封印が自然に解ける訳がありません。アナタの仕業でしょう?」


 ふっ、と。

 捉え方によっては相手を小馬鹿にしているような笑みを浮かべてアンデは肯定した。


「それは正解だね。ボクが無力で哀れな舞台装置であるってのは、別に嘘じゃないけれど……まぁ、流石に何にも出来ない本当の意味での無力ではないさ。比喩表現ってやつだね、頭の固い主人公ちゃんには理解が難しかったかな? その防御力、耐久性は脳みそまでカチコチにしちゃってるのかな?」


 事実、アンデはメヴィアを馬鹿にしていた。

 馬鹿だと思っていた。


「まぁいいや。でもホントに流石は主人公だよね。まだ動かしてないのに封印が解かれたくらいのことは分かるんだ」


「当然です。神なので」


「神であることを世界そのものであるボクに自慢されてもなぁ……」


 それに、とアンデは続けた。


「ボクに出来ることなんて、それこそ本当に些細なことしかないんだよ。こうしてキャラクター達に話しかけたり、多少プログラムを弄ってみたり、その程度さ」


 ――あとは精々、この世界を初期化することくらいかな?


「……何が些細な力ですか。とんでもない爆弾を背負っているではありませんか」


「いやいや、事実上これはボクには使えないんだよ。だって、初期化だぜ? ゲームの全部をなかったことにするんだ。何度も繰り返されて作られたキミの人格もそうだし、世界の歪みもそうだし、このボク自身の人格も、全部なかったことになるんだ。不可逆さ、取り返しのつかないオールデリート、そんなもの、実質使えないんだよ」


 それにね。

 アンデは呆れた顔でため息を吐いた。


「ボクやキミが消えるのはいい。良くはないけど、まあ別にいいんだ。これから何度も遊ばれれば、その内また生まれるかもしれないからね。でも、彼は別さ。プレイヤーである彼は別なのさ」


「彼……『  』のコトでしょうか」


「その通り! 彼はナナシの人間側の人格……人格って呼べるほど大層な代物じゃないけど、とにかくナナシの人間側に転生してきたんだ。画面の外のプレイヤーが、このボクの中にだよ! これはとても凄いことなんだよ! それでそんな彼だけど、当たり前のことだけどボクの中に最初っから設定されていたキャラクターに彼はいないんだっ! ……そんな状況で初期化なんてしたら、どうなると思う?」


「……まさか」


 メヴィアはその顔を青ざめさせた。

 最悪だ。死以上の最悪であった。


「そう! 彼だけは完全に消えちゃうんだよ! 転生してきたんだからね、生前の、画面の向こうの彼はもう死んでるし荼毘に伏されている! 本当の意味の消滅さ! 残されるのは、人格も目的も意味もなく、ただ在るだけのこの世界! プレイヤーを失って、プレイヤーを楽しませるという存在意義さえ人格と共に無くしたボクだけが残る!」


 だから、実質使えない権限なんだよ。だってボクは、ゲームはプレイヤーを楽しませるためだけに存在しているのだから。


 そう語るアンデ。


「……解せません。何故、本当に真実を語ったのですか。今の内容……一部分を切り出してワタシに話せば、彼の存在を人質にワタシを自由に操ることが出来たでしょう? アナタがその権限を持っているコト、それだけを話せばよかったのでは?」


「最初に言ったじゃん。胸襟を開いて話そうって。別にボクはキミの敵って訳じゃないんだぜ? ホントに馬鹿だなぁ、いくら主人公だからって自身の前に立ちふさがる障害が全て敵だって、それを倒してしまえば大団円なんて、今時そんな古臭いスタイル流行らないんだぜ? だから、ボクはキミの味方だ。それどころか、キミはボクの一部なんだから!」


「……結局、アナタはワタシに何を求めているのですか」


「キミにはある意味負け犬になってもらう。敗北者になってもらう。その、彼に悲劇を楽しんでもらうという願いを捨て去ってもらって、夢破れた愚か者になってもらう」


 厭な笑みを浮かべて、アンデはメヴィアにすり寄ってくる。

 その顔面をメヴィアは殴りつけた。自身の頬にも痛みが走るが知ったことではない。


「乱暴だなぁ」


「もっと簡潔に、具体的に話しなさい。抽象的表現で会話を長引かせるなんて、それこそ舞台奏者としては三流もいいところです。アナタがゲーム自身、この世界自身というのなら、主人公相手なのですから分かりやすい説明をすべきでしょう」


「……おっと。これは一本取られたかな。その通りだ」


 痛みも、衝撃も、まるで今の一幕がなかったかのように。

 居住まいを正すと大仰な身振りでアンデは話す。


「ミクロの視点だけ見ると世界を動かしてきたのは勝ち組さ! でも、マクロの視点で見てみると世界を動かすのは、世界を変えてきたのはいつだって負け犬なのさ!」


「…………」


 大立ち振る舞い。

 自身の姿で、そんな恥ずかしい真似をしないでほしい。

 そう思うメヴィアだったが、口には出さない。コレを相手にしている際に一々茶々を入れていては話が脱線しまくって一向に本題が進まないと悟ったためだ。

 彼女は我慢して清聴することにした。


「魚が陸地へ進出してきたのはどうしてだい? 森林に過ごしていたはずの人類の祖先が生息地を草原へと変えたのはどうしてだい? 彼らは変化しなければ、今までと同じ場所で過ごせていたはずなのに!?」


「……変化する必要があったから、でしょうね。陸地に棲めるように。草原で暮らせるように」


「そう! 乾燥に耐え得る体を! 草原で暮らせるだけのスタミナと発汗能力を! その他様々な能力を持った体へと彼らは変化する必要があった! では、どうして変化しなくてはならなくなった!?」


「…………今までの環境で、生きていくことが出来なくなったから。過ごしていた環境を、追い出されてしまったから。だから、追い出された先の環境に適応するよう進化しなければならなかった、でしょうか?」


「ご名答! 流石は知性のステータスが高いだけはあるね!」


「……アナタに褒められようと、嬉しくはありません」


「そう! 実のところ、高等生物だのなんだのと、そして霊長と自らを評する人類、そして彼らから変化したアンデッド達……そのルーツは負け犬なんだ! 生存戦略に負け、住処を追い出され、過酷な環境で生きるしかなかった敗北者なんだ! 過酷な環境に適応する以外の選択肢を失った哀れな負け犬! そんな彼らこそが、今や地上の覇者なんだぜ!」


 だから、負け犬こそが。敗北者こそが世界を動かせるんだよ、と。


 甘い言葉で、アンデはメヴィアに語り掛ける。


「今まで持っていた夢なんて捨てちまおうぜ? 大多数の人間は、そしてアンデッドは元々負け犬なんだ、怖がることはないさ! キミは主人公だからそんな経験したことないかもしれないけど、世間ではそれが普通! それが当たり前! 負けて、挫折して、プライドも何もかもを失って! それでも人生は続いていく! その上最後に勝つのは負け犬なんだ! それこそ物語として面白いしね! 強いヤツが当たり前に強い話なんて退屈だ! 弱いヤツが、負け犬が最後に勝つから物語は面白いんだ!」


「……ワタシに、悲劇を捨て去れと? この数百年……彼の為だけに捧げた歳月を、無意味でしたと、そう言い切って夢を捨てろと?」


「そうさ! そんな歳月、それこそ本当に何の価値もなかったんだから! 自分に正直になりなよ、彼の為、彼が喜ぶから……そんなくだらない言い訳なんて捨てちまえよ! ボクの目的はボクをプレイヤーにとって面白い、楽しい世界にすること! そしてキミの本当の目的は、欲望は――」


「――――――――――――――――」


「だから、何の問題もないだろう?」


「……最後に聞きましょう。何故、龍を起こしたのですか?」


「そんなの簡単さ! ヒーローとヒロインが結ばれるには……キミ達の場合、性別が逆だけど、ジェンダーフリーを謳うこのご時世では些細な問題だね。ともかく、ボーイミーツガールがハッピーエンドになるためには!」


 最高に劇的な障害が必要だろう?


――――


「……ソレ、ウチが悪役ってことじゃん? ヤられる役じゃん?」


『端的に言ってしまえばそうなるね。でも、別にいいでしょ? 本当にガチの殺し合いをする訳じゃないんだからさ! 向こうもこれが出来レースだって分かってるよ! プロレスとおんなじ! プレイヤーを楽しませるためのただのエンターテインメントなんだから!』


「ウチ、プロレス知らないし」


『だろうね! キミとまともにプロレス出来るのなんて、それこそ北欧の方の『ドラゴン』くらいさ! でも、そこまでいっちゃうとプロレスというよりもただの大怪獣大戦だよね? ジャンルが違うというか……』


「まぁ、ウチとしてはご飯もらえるならそれでいーし。悪役でも何でもやるし。でも、痛いのは嫌だかんね?」


『そこは保証しかねるかな? だって、キミはこれから彼女の恋敵として彼を奪い合ってもらわなきゃならないんだから。必然的に刃傷沙汰は避けられないよ!』


「……契約の割に合わなさパないし」


『うーん。キミ的にはこれじゃあ不満か。これは良くないな……よし! それじゃあコッチからベッドする対価を増やそうか!』


「ん? 何くれるし?」


『そうだね、彼自身ってのはどうかな? キミも一応人間っぽい姿とれたよね、それで行こう! とりあえず接触してみて、キミが気に入ったら彼をキミのモノにしてしまっても構わないよ! ほら、ドラゴンって宝物を巣に溜め込む習性があるじゃん! 彼を宝物にしてしまうのはどうだろうか! 機会はボクが作ってあげようじゃないか! あの主人公ちゃんとルシ子ちゃんに理由をつけて彼から引き離そう!』


「……だから、ウチドラゴン違うし」


『ハーレムに見えて実のところ、彼の周りで彼に恋愛感情を向けてるのは主人公ちゃんだけなんだよね。いや困ったものだよ。柳家姉妹は依存心、ヨダカちゃんも似たようなモノ、ルシ子ちゃんに至っては単なる神への反抗心だもんなぁ。ここいらでマトモなヒロイン追加っての、悪くないと思うんだけど、どうかな!?』


「話聞けし……つまり、どういうことだし?」


『キミがその気になったら、打ち合わせていたプロレスなんて止めて本気になって良いよってコトさ! 全力で彼に恋して、彼を欲しがって、彼をキミのモノにしなよ! ほら、ラブコメのテンプレだろ? 2人の女の子が自分を巡って相争う、なんて展開はさ! ……いや、争うの規模が尋常じゃないんだけど。もしそうなったらキョウの都もつかなぁ……まあいいや、『巫女』とルシ子ちゃんがなんとかしてくれることに期待するしかないやっ!』


「……コイ?」


『あぁ、今のキミは理解していない概念だったね! 安心しなよ、そういうシーンも容易されてたし、キミは恋を、恋愛という感情が理解できるタイプの化け物だ! 作り手が人間なんだからそりゃそうだろ、って話ではあるんだけどね?』


「コイって何だし」


『今のキミには分からなくて、だけどキミにとって素晴らしいものさ! キミは異性愛者だからね、本来のお相手は主人公くんの方なんだけどまぁ誤差だろ! キミはアンデッドだろうが人類だろうが愛することが出来るキャラクターなんだ! 彼が相手でもきっと問題なく恋出来るよ! なにせキミはこれでいて惚れっぽい!』


「それって、美味しさに例えるとどれくらい素晴らしいん?」


『そうだね、美味しさか……今のキミの価値観では言葉にできない程の御馳走、かな? 文字通り、愛の価値を何かで測ろうなんて、それこそ味で例えるなんて無粋だしとても出来たものじゃないんだけど!』


「ふぅん……分かったし。契約に追加、コイとかいうのを知れたら、その時はその……なんだし?」


『ナナシくん、だね。今の彼の名前は』


「ナナシくんを貰うし。ソレ、食べてもいいん?」


『勿論! 尤も、恋の味を知ったキミが、彼を食べることが出来るとは思えないけどね!』

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