第2話

「……ねぇ、眠らないの?」


「寝ずの番がアタシの仕事だからね。昼間働いてるヤツの代わりにこうして夜中はアタシが働いてるってワケさ。睡眠なら日中に取ってるから、嬢ちゃんが心配するコトじゃないね」


「ふぅん。ま、どうでもいいけど。そもそも私に護衛なんていらないし。帰ってもいいよ、それで別に咎めたりしないから」


「そういう訳にゃあいかんさ。アンタの夜中の護衛がアタシの仕事だって言っただろ? ソイツを放棄したとバレちゃあアタシはこの家から追い出されちまう」


「バレないよ。たとえバレたとしても、私が何とかする」


「やけに今日は絡んでくるねぇ。アタシがこうして嬢ちゃんの護衛についてもう結構経つだろ?」


「邪魔だって言ってんのが分かんない? ナナシを助けてくれた恩人だから多少の無礼は許すけど」


 所変わって柳家本家、柳ユイの室内。

 護衛として配備されたヨダカとかいう蛮族紛いの風体をした女を前に、ユイは呆れたため息を吐いた。


「嬢ちゃんの方こそ、随分と寝るのが遅いじゃないか。いつものコトっちゃあそうだけれど」


「そもそも私は夜型なの。アンデッドハンターはそういう風に育てられるの。アンデッドは夜行性が多いから、それに対抗できるようにって」


「へぇ」


「へぇ、って。貴女、本当に無学なのね。こんなの常識でしょ?」


「生憎こちとら孤児上がりのならず者なんでね。天然物の聖人だからこうして護衛って形で雇ってもらえたけど、本来なら嬢ちゃんとは口もきけないほどの貧しい出なのさ」


「……コクラの街って、随分と酷い所なのね」


「アレがアタシにとっちゃあ日常だったから、酷いかどうかなんて分からないけれどね。まぁ、今のアタシの暮らしを思えば、それなり以上に酷い街だったんじゃあないかい?」


「そ。まぁ、それもコミコミで上は貴女を雇ってるんだと思うし、私から言うことはあんまりないかな。精々、鬱陶しいから消えて欲しいなーってくらい?」


「手厳しいねぇ。これでもアタシはアンタを守ってる立場だってのに」


「守る? 何から? 私にはそんなモノ必要ないよ?」


「強気だね」


「だって、私は強いもの。偉いもの。可愛いもの。そんな全て持っていて、『姉がいる限り誰からも害されない立場』すら持っている私を、何から守るの?」


 ま、こんな問答どうでもいいんだけどさ。

 そう言って、問いかけておきながらユイは答えを待たずに手に持っていた巻物へと視線を戻した。


「なぁ、さっきから気になってたんだけどよ。その巻物、何が書いてあるのさ」


「貴女にとっても私にとっても無価値なモノ、かな? ナナシが帰ってくるまで退屈で仕方がないから、暇つぶしに読んでるだけのただの巻物だよ。ヤマト国に昔いた神様とか、アンデッドについて書かれている……神話って言えばいいのかな?」


「神話ねぇ……」


「そ、神話。大抵でたらめの作り話。由来になったナニカくらいはあるかもだけど、より具体的に、より神秘的に、より刺激的に脚色された、無意味なおとぎ話」


 彼女が手に持っていたソレには、挿絵も描かれていた。


 ユイの背後から、ヨダカは覗き見る。

 それをユイは咎めない。なぜなら、彼女よりも自身の方が強いから。害そうと、そういった意思を持たれてもどうとでもなってしまうから。決して、彼女を信用、信頼しているからではなかった。


「コイツは……トカゲかい?」


「龍、っていう空想上の生き物だね。昔はヤマト国のいろんな所にいて、神様だとか悪魔だとかいって恐れられて畏れられてたんだって」


「龍……あぁ、名前だけならナンかのおとぎ話で聞いたことがあるね」


「バカバカしいよね。こんなおっきなトカゲ、いる訳ないのに。その上これ、空を飛ぶんだってさ。翼もないのにどうやって、って話だよ」


「神様とか悪魔だって言われてたんだろ? そりゃあ空くらい飛べるだろうよ」


「それもバカみたいな話だよ。自然崇拝って言ったら聞こえはいいけど、結局のところ神様とか悪魔とか、その本質は責任の押し付けだもん。自然環境、作物の豊作不作、災害、疫病……そういった、人間の力じゃどうしようもないいろんな事柄に神様だとか悪魔だとか、それこそ龍みたいな人格と象徴を作って、それの所為でこんな目に遭ってるんだ、ソイツの所為だっていい訳しているだけだもん。理由をつけて、理屈をこねて、理解できない原因不明の何かを理解できないけど分かりやすい象徴に落として、堕として、安心したいだけなんだよ」


「嬢ちゃんは難しいコト考えてるんだねぇ」


「人間が愚か、ってだけの話だよ、こんなの。私は賢いし愚かじゃないけど」


 そう言うと、その巻物に描かれた龍の絵をユイは手のひらでなぞった。


「だから、こんな『龍』なんて架空の存在は無意味で無価値……私にとっては、って前置きは付くけどね。おとぎ話に夢を見る愚か者にとっては価値あるモノなんじゃないかな、こういう空想も」


「……嬢ちゃんにとって、価値あるモノって何だい?」


「私自身。それと私が自由に生きていけるこの環境、立場。それと、後はナナシくらいかな。それ以外は等しく無価値だよ。無意味だよ。私にとっては、ね?」


 自身を愚者ではないと言い放つユイは、そう言い切った。

 それは、完全なる差別主義であると同時に完全なる平等でもあった。

 自身の埒外の物事は、善悪貧富好嫌問わず平等であると、彼女はそう言い切った。


「もう1つ聞いてもいいかい?」


「退屈凌ぎになるようなヤツなら、いくらでもいいよ? あ、でもつまんない質問はいらないから」


「もし、この『龍』ってのが本当にいたら、嬢ちゃんはソイツに価値があると思うかね?」


 問われた彼女は絵巻物に目を落とす。

 『龍』。天候を操り、作物の豊作不作を操り、疫病もを操る。まさに、人類の支配下に置くことの出来ぬ自然の擬人化そのものだ。いや、龍は人ではないことを思えば擬獣化、あるいは擬神化とでも言うべきだろうか。

 時に人柱や供物を要求し、気まぐれで人助けをしたり逆に地上を荒らしまわったり。そんな彼らの鱗は武具や工業加工に使用されたり、血液や血肉は薬品になったり、腱なんかも様々な用途で利用できる、と書かれていた。


「……こんな都合のいい存在、いる訳ないじゃん。もしいるなら、こんなに力を持っているのにどうして今いないの? どうやってこれだけの力を持った龍を殺して、加工して、血肉を薬にしたの? 人類が、そんな神様とか呼ばれてる存在をどうにか出来る訳ないのに。空想だよ、『龍』なんて」


「だから、もしもの話さ。夢を語るようなものさ、現実の話ばかりじゃ退屈だろう?」


「……そうかも」


 そうして、ユイは少しだけ考えて結論を出した。


「やっぱり、私にとっては無価値だよ。だって、私爬虫類嫌いなんだもん」


――――


 キョウの都、地下深く。


『やあやあおはよう! 起きてー! 別に今が朝って訳じゃないけどさー!』


「……んぅ? ウチ、寝てたん? 今、いつなん?」


『あ、ようやく起きてくれたね! まったく、ネボスケな龍もいたものだよ。あぁ、ボクの中ではキミはもう龍……ドラゴンじゃなくなってたっけ。設定上は確か、ドラゴンゾンビだよね? 文字通りの人外! 災害と疫病の化身! 謂れのない誹りや恨みを纏めて人格化された、人類による哀れな被害者!』


「アンタ、誰? ウチを起こしたの、アンタ?」


『ボクが誰かなんてどうでもいいだろ? ひとまずおはよう! いやぁ、大変だったねキミの封印を解くのは。ボク自身、この世界にはあんまり手を加えたい訳じゃないんだけど、でも仕方ないよね? プレイヤーはまともに遊んでくれないし、主人公達も変な方向に向かおうと好き勝手してばっかりだし。ここいらで、ボクが軌道修正してあげなくっちゃあ……まったく、管理者ってのも大変だぜ』


「何言ってんのかわかんないし。つか、ヤマト語で話せし」


『ヤマト語……方言程度の違いはあるはずだけど、この世界の言語ってたしか日本語に統一されてたよね? ええっと……あ、やっぱり設定は日本語になってる。そりゃそうだよね、プレイヤーに何ヶ国語も要求するようなゲームってクソゲーだとボクは思うし。あ、でもコンセプトとしては悪くないかもね、色んな言語が必要になるゲームって。だって、プレイヤーのいいお勉強になるからさ!』


「……ウチ、眠いから寝る。用がないなら帰ってほしいし。なんか、体が怠いんよね」


『ああ、ゴメンゴメン! 体の怠さはボクが無理矢理キミを目覚めさせたことが原因だ、いやホントゴメンね! でも寝ないで! 寝ちゃったらまた封印が発動しちゃうかもしれないよ! 起きてる方が世界は楽しいよ!ゲームなんだから、やっぱり世界は楽しくなくっちゃ! だからほら、起きて!』


「……うるせーし。マジうるせー。ウチ、寝起き悪い方なんだけど。騒ぐと殺すよ?」


『アハハ、殺す? ボクをキミが!? それは無理だね、それはアリンコが宇宙に立ち向かって太陽を滅ぼそうとするのと同じくらい無謀さ! 無理難題だし、たとえ叶ったとしても太陽の無くなった地球じゃアリンコは生きていけないよ!』


「……寝るし」


『あぁ待って! ゴメン、謝るよ! すぐ本題に入るから許して! 寝ないで! キミを起こすの結構大変だったんだ! もう一回同じことをしたくはないんだよ! キミがボクを殺せないのと同じくらいに、ボクは自分一人じゃ何にも出来ないんだ! それくらい弱いんだ! 頼むよ! このボクの、弱者の助けになってくれよ!』


「……………………」


『ホントに寝たよこの子!? 起きて! 起きてよー! あと何分もしたら、また封印が発動しちゃうんだよ!?』


「……マジうるせーし。寝れんし。なんか用あるなら早く話せし」


『あぁ良かった、起きてくれた! ――世界の危機なんだ、助けてくれよ『ドラ子』ちゃん!』


「ドラ子ちゃん? ウチ、ドラ子ちゃん違うし。『龍』だし」


『そんなこと知ってるさ! 『ドラ子』ちゃんってのはキミの愛称だよ、ファンからの呼び方の1つだよ! 安直だよね、でも安直って分かりやすくっていいと思うんだボクは! だってこのゲーム、キャラ多すぎだもんね、分かりやすいくらいの安直さがないと、1人1人一々キャラ名なんて覚えてられないよ!』


「……ウチ、バカだから難しいこと分かんねーし。アンタが何言ってるか、半分も分かんねーんだけど」


『あぁ、キミはそういうキャラだったね! 知ってたけど! じゃあ、キミにも分かりやすいくらい簡単に説明するよ! 学歴の無い、知識のない、低俗で底辺の愚か者にも分かるくらい簡素で簡潔で簡単に説明しようか!』


「……ウチのコト、バカにしてる? マジムカつくし」


『キミが今自分で自分のことをバカだって言ったんじゃないか――あぁ拗ねないで、ゴメンゴメン! こういう喋り方しかボクには出来ないんだよ! そういう風に作られちゃってるからね、責任はボクじゃない、世界の外側の、画面の向こう側の、あるいはエンドロールに流れてくる製作陣にでも言ってくれ!』


「……もういいし。早く本題に入るし」


『世界の危機なんだよ! このままじゃ、どう動こうと、どんなルートに入ろうと楽しくないんだよ! ゲームはプレイヤーを楽しませるためのものなのに、いくら主人公だからって自分が楽しいように世界を動かすのは間違ってるんだよ! だから、僕はこの世界を元の在り方に、プレイヤーが楽しめる世界に戻したいんだ!』


「全然簡単じゃねぇし。意味わかんないし」


『じゃあもっと簡単に言うよ! ボクが無力だからボクを助けてほしい! 対価として、ボクの中の何人かを、何ヵ所かをキミにあげてもいい! 契約しよう! キミは、封印を解いて対価に見合った契約だったらなんでも叶えてくれる、そういった素晴らしいドラゴンだっただろう!?』


「……ウチ、『龍』だし。ドラゴンとかいうのとは違うし……契約は、果たすケド」


『龍もドラゴンも似たようなモノさ! 少なくともボクにとってはね!』


「……それで、契約内容はどうするし?」


『ボクを助けてくれるのかい!?』


「眠いケド、ウチお腹空いてるし。ご飯くれるなら、少しくらいなら願いを叶えるし。ウチはそういう龍だから」


『ありがとう! キミは世界を救うまさに英雄だよ!』


「そういうのは別にいいし。それで、ウチは何をすればいいし。そんで、アンタはウチに何を差し出すし」


『キミに求めるものは、たった1つ! この世界を楽しい世界にしてくれ! ボクが差し出すモノも1つ! この世界の、なんでもさ!』


「……メチャクチャな内容なのに、ちゃんと契約が結ばれてるし」


『わーい! これでお仕事も一歩前進だぜ! やったね!』


「アンタ、何者だし?」


『キミにはボクが誰だって構わないだろう? ボクは、誰でもあって誰でもない。キミでもあるし、キミじゃない誰かでもある』


「……意味分かんないし」


『だろうね。だから、無粋だけど一応ちゃんと名乗っておこうかな! なにせキミはボクの願いを叶えてくれる大切なキャラクターだ! ボクを、ボク自身を楽しい存在にしてくれる大切なボクだ!』


 ホログラムのような、陽炎のような。

 そんな不安定な姿をした少年は、その龍に名乗る。

 

 テキストボックスに書き込まれる、0と1の羅列を文字に、日本語に変換して彼女へと自身の名を告げる。


『ボクの名前は『アンデッド・キングダム』! 最高に楽しく最高に残酷な神ゲー! 最低な描写で最低な表現を繰り返すだけのクソゲー! いわば、この世界そのものさ!』

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