エピローグ

 巾着袋のその中身を手のひらに広げようとして――少しだけ考えて、3粒だけ摘み取った。


「んっ……」


 白湯でそれを喉へと流し込む。頭痛や耳鳴り、全身の倦怠感が和らいだような気がした。けれど、足りない。いつものような快楽もなければ、なんとも言えぬ奇妙な焦燥感と不安感も消え去っていない。


 欲しい。もっと、もっと飲みたい。足りない。


 けれど。


『ルシ子は友人として忠告します。ソレの過剰摂取はリンにとって悪影響しかありません。止めろ――とは言いません。少しずつ。そう、少しずつでも減薬してみてはどうでしょうか、とルシ子は提案します』


 ――尤も、行動の最終決定権はリンにあります。ルシ子は友人として、その責を肩代わりするほど優しくはありません。友人とは、対等な関係とはそういうモノであると、ルシ子はそう思います。


「……ルシ子」


 友の――自身に初めて出来た友のその言葉を思い出し、意を決してリンは巾着袋をしまい込んだ。

 本来その丸薬は1回の服用に当たって1粒。3粒であっても過剰摂取だ。そして、今彼女が行ったのは、ただ巾着をしまい込んだだけ。


 たったそれだけの行動。

 しかし、それだけの行動をするのにどれほどリンは意思を強く持たねばならなかったのだろうか。


「ダメね……アタシは、やっぱり弱い女なのよ……」


 他者よりも強靭な肉体を持つ聖人。武芸に秀でた天才。

 そう称されたことはあれど、その実彼女は人並みのことは何一つできなかった。

 戦う以外能のない、弱い女であると。リン自身そう思った。


「……寒いわ」


 季節は冬を迎えている。彼女の出身地がこのキョウより遥か南方であることを思えば――積雪すら珍しい温暖な地域であることを思えば、この部屋は少しばかり寒すぎた。

 火は焚かれている。旅館のその客室はとりわけ上等な部屋で、隙間風はほとんどないし、中央に置かれた囲炉裏では今もなお炭が燃え盛っている。

 それでもなお、彼女は寒さを感じていた。


 物理的な寒さだけではない。

 不安。寂しい。そういったリンの内面にて渦巻く感情が、彼女をより一層凍えさせていた。


 ルシ子は、初めての友は、アンデッドであった。


 正直リンにとって、アンデッドであるか人類であるかなどどうでも良かった。

 基本的にアンデッドは人類の敵だ。天敵だ。殺すべき敵対者だ。

 だが、リンにとっては人類も似たようなものであった。信頼できず、自身を殺そうとしてくる者も多く、そうでなくとも利用しようと、その欲望から近づいてくる者のなんと多かったことか。


 だから、リンの中の価値観では世界の全てが信用できず、信頼できず、敵であったのだ。アンデッドか、それとも人類か。そんなものは些細な差に過ぎない。


 だから、リンにとってルシ子が友人であることは変わらない。その程度では揺らがない。薬物によって異常な精神の中育まれた友情ではあったが、ルシ子が自身を友と呼び、自身も彼女を友だと感じている。

 それで十分だった。


 だが、アンデッドである彼女は――人化を解除してしまった彼女はこのキョウの都に入ることは出来ない。先日の襲撃、そしてルシ子が力を解放した際に発令された警報の影響で、都中はアンデッドに対し敏感になっている。


 ルシ子の、友の不在を思うと心の中が冷たく凍り付いていくような感覚に襲われる。

 ありもしないと思う――けれど、否定することの出来ない嫌な想像ばかりが脳内に広がっていく。


 友人だと感じているのは、アタシの方だけなのかも。ルシ子はアタシを捨てて、遠くに行ってしまうのかも。そうでなくとも、友人だと思っていても、アタシほどの思いはルシ子は感じていないかも。

 ルシ子は大丈夫かしら。都の人たちに襲われたりしてないかしら。人類はアンデッドを敵視しているから、今は平気でもルシ子もその内殺されてしまうかも。


 冷え切った感情は、彼女の心を苛む。氷の茨でその柔らかな精神を締め付ける。


「……ナナシ」


 部屋の片隅に敷かれた、今もなお目を覚ますことのない己の戦奴に向かってリンは声をかけながら近づいていく。

 返事はない。ただ、規則的かつ穏やかな寝息が聞こえるのみ。


 毛布をめくり、それに埋まっていた彼の頭部を外気に晒す。

 安らかで、穏やかな寝顔であった。


 温もりを求めて、安心感を求めて。

 自身にはやや小さいその布団へと体を滑り込ませ、その貧相な体躯の少年をリンは抱きしめた。


「……あったかい」


 そこには、命を感じた。

 絶対に裏切らない、逃げ出さない。過去の経験に裏付けされた温もりと安堵があった。


 それでも、リンは彼を信用しきることは、信頼しきることは出来なかった。

 どうしても不安なのだ。どうしても寂しいのだ。彼が、ナナシが離れていくかもしれないと考えると、それだけで苦しくなってしまうのだ。


 理屈ではない。彼がいなければ、柳家から逃げ出した後に生きていけない――そんな理屈など関係ない。

 ただ、ただただ不安だった。怯えていた。怖かった。

 このキョウの都で、彼がいなくなったあの瞬間に感じた底冷えするかのような感覚を、リンはもう2度と感じたくなかった。


「ごめんね……ナナシ、ごめんね……」


 涙を流し、懺悔をしながら。

 彼の体に、眠りに就いたままのその少年の体に呪いを刻んでいく。


 いくつも、いくつも。逆らえない呪い。離れられない呪い。従わせるための呪い。

 そういった、多種多様な呪いを彼の体に刻んでいくたびに、安心感と罪悪感が同時に膨らんでいく。


 リンは、笑みを浮かべながら涙していた。


 皮肉なものだった。

 柳家からの支配と束縛から逃れようと、自由を得ようとしている自身が。

 この何の罪もない小さな少年を、立場で、呪いで、鎖でつないで、支配し束縛している。

 そうしなければ、安心できないから。そうしておかないと、自身から離れて行ってしまうのではないかと不安で仕方がないから。

 だって、彼がリンに尽くす理由など、戦奴であるというその立場を捨て去ってしまえばどこにもないのだから。


 依存している。

 愛情や友情ではない。ただ、依存していた。


 その自覚は、リン自身にも存在した。


 故に、懺悔しながら。

 故に、安堵しながら。


 いくつもの呪いを刻み終えたリンは、その少年の体を強く抱きしめる。

 温かい。暖かい。安心する。


 薬の力ではない心の平穏がようやく訪れた気がした。


 歪んでいた。淀んでいた。壊れていた。

 きっと、この関係性は間違っているのだろうと、リンは思った。


「ごめんね……ありがと……」


 それでも、リンはナナシを手放すことが出来ない。

 なぜなら、彼女にとっての幸福はそこにあるのだから。


「いつか……いつか、ナナシのことも自由にしてあげるから……それまでは、お願い」


 その強い女は。

 その弱い少女は。


「少しだけ……もう少しだけ、こうして一緒にいて……?」


 いつの間にか自身の中で、自由のための手段でしかなかったはずの少年の存在が大切になっていたことに気付きながら。

 彼の熱を感じながら、安からか眠りへと落ちていった。


 久方ぶりの――それこそ、何年も前からとることの出来なかった、穏やかで自然な眠りへと落ちていった。

 罪の意識と引き換えに、寒さはもう感じなかった。


――――


「やはり、結婚しましょう」


「何がやはり、なんだよ」


 唐突に妄言を言い出した目の前の堕天使を相手に、俺は渋めに煮だされた紅茶を一口飲んだ。


 うん。美味い。目の前の彼女はより薄味、かつ砂糖を入れてそれを嗜むのが好みであるようだが、俺にとっては苦みと渋みの強いストレートこそが王道だ。口の中が引きつるような感覚……この渋みが美味いと思う。


 尤も、嗜好はそれこそ自由。以前彼女自身が言っていたことだ。俺もそう思う。TPOに応じたマナーとかはあると思うけど、好きなモノを好きに飲むのがお茶を嗜む上で一番重要だと思うな。


「今すぐ、という話ではありません。ルシ子は柳リン……ナナシの主とは友人関係を築いています」


「……さっきそれは聞いたな。それで?」


「だからこそ、ナナシと結婚すべきでは、と。そうルシ子は考えました」


「意味が分からん……」


 最高に意味が分からなかった。


「察しの悪いナナシに、ルシ子は説明しましょう」


「え、俺が悪いのか? 今の話だけで結婚云々になる意味が理解できなかった俺の方が悪いのか?」


 キョウの都から少し離れた森の中――あの野点を行った川のほとりで、俺とルシ子は再度のお茶会を行っていた。

 俺の目的は、把握できていない様々な事柄――リンの異変やミスターKが死にかけていたこと、その他多くの事柄――を彼女から聞き出すため……だったんだけど。

 気絶していたり、あるいは現場に居なかったりと、そういった理由で把握できていないあれこれを聞くために、彼女の呼び出しに――堕天使の使えるテレパシー的なモノによって俺はここに呼び出された、そんなのが使えるなんて設定原作ではなかったぞ――応じてこの場所に来たのだけれど。


 リンとルシ子がいつの間にか友人になっていた。その経緯を一切語らない彼女にその話を聞いた直後、今の結婚すべきとかいう妄言が出てきた。


「この国には、未だ戸籍というモノがありません。概念自体は存在しますが、国の文明が未発達である故に人口を把握できていません、故に実質無いようなモノであるとルシ子は判断しています」


「ヤマト国の文明レベルは低いからな」


 なにせ、長閑な昔ながらの日本がモチーフだし。


「そして、ルシ子は欧州出身のアンデッドです。堕天使です。ルシ子は人化……短期間であれば、人類に成り済ますことが出来ます」


「知ってるよ」


「で、あれば。ルシ子がヤマト国において社会的地位を手に入れるには……公的にルシ子の友人であるリンの傍にいるには、ナナシとの婚姻が最適であると、そう考えます。ナナシとの友誼も深めることが可能、正に一石二鳥の名案であると、ルシ子はルシ子を称賛しましょう」


「……いや、やっぱり意味が分かんねぇ。そもそも、エッチなの無理だから恋人とか夫婦とかはナシって話だったんじゃねぇのかよ」


「仮面夫婦、という概念があるそうですね」


 そう言って、砂糖をたっぷりと入れたその紅茶をルシ子は喉に流し込んだ。


「……美味しいです」


 前回の焼き直しのように、そこには穏やかな空間が広がっていた。

 日差しは暖かく風はたおやか。小鳥のさえずりが時折聞こえてくるその空間は、実に平穏そのものだった。

 ……キョウの都から聞こえてくる警報の音さえなければ。


「……なぁ、その姿はどうにかなんないのか?」


「人化には約1週間のクールタイムが必要です。今のルシ子は堕天使の姿でいることしかできません」


 フォーリンエンジェルは最上位のゴースト系統アンデッドだ。放つ気配もまた強烈である。先のアンデッド襲撃、そして先日のルシ子のキョウ横断によってさらに強化されたキョウの都の警戒網に容易に引っ掛かってしまう程度には。


 この平穏な空間が維持されているのも、単にルシ子のアンデッドとしての格が高すぎるが故に野生動物や他のアンデッドが近づいてこないため、といった側面もあったりする。


 ……さえずりって、たしか異性への求愛の他にも縄張りの主張の意味もある鳴き声だったよな。

 そう考えると、鳥達もルシ子にこっちくんな、とでも言っているのかもしれない。この辺は俺達の縄張りだから、来ないでくれ、と主張しているようにも聞こえてくる。


「人類もそこまで愚かではないと、そうルシ子は判断しています。ルシ子ほどのアンデッドの気配ですから、下手に手を出すよりも都には近づかないでくれと、そう防衛的な対策を講じるでしょう、とルシ子は思います」


「そりゃそうだろうけどよ」


 ルシ子相手じゃ、この都にいる『巫女』が全力を挙げても分が悪いだろうな。その上、リンはルシ子の友人ときている。どう足掻こうと、その気になってしまったらキョウの人類はルシ子には立ち向かえない。


 ……しっかし、リンも凄いヤツだよな。アンデッド相手に友人関係を築くなんて。それに、支配や束縛を嫌うルシ子が戦奴を保有する――所謂上流階級的な柳家を許容するなんて。

 プレイヤーとして、『アンデッドの神』としての視点以外では見えなかった世界は意外と多いモノだ。コクラでのヨダカの一件もそうだし、こうして穏やかでリンと友人関係を築いてしまうルシ子もそうだし。


 それにしても、リン……なんか最近、雰囲気変わったんだよな。


 先日の一件――飛行中にルシ子に気絶させられた、リンが危機に陥ったというあの一件以来、どことなく物腰が柔らかくなったというか、落ち着いたというか。

 快活で明るい姿はそのままなのだが、時折陰りのある表情を見せたりするようになった。今朝なんて、都の外に少し出ると言ったら泣きながらごめんね、ごめんねと繰り返されてしまったし……そんなキャラだったかお前、とめっちゃ驚いた。


 そのことをルシ子に話したら鈍感のアホと罵られた。なんでさ。


 ちなみに、体に刻まれた呪いはその謝られている最中にリンの手によって解かれたため、こうして彼女から離れても平気なのだが……あの時のリンの錯乱ぶりはどういう訳なのだろうか。絶対に帰ってきてね、と念押しされたし。

 そりゃあ帰ってくるに決まってるだろうに。なにせ今の俺は柳リンの戦奴なのだから。その立場はやっぱり面倒な時もあるけれど、ただのサブキャラでしかない『ナナシ』がシナリオに関わるには必要な立場だし。まぁ、その事実はリンが知る由もないことなんだけど。

 それでも、戦奴だから帰ってくるに決まってるだろうに、リンは何を心配しているのだろうか。戦奴は普通、主を裏切れないからな。この世界の常識で考えれば、それは無意味な心配であると俺は思った。


「ナナシは、柳リンの戦奴です。ルシ子の友人であるリンの戦奴です」


「おう」


「不本意ながら、その支配関係は両者にとって必要であると――合意の上の支配であるとルシ子は判断しました。ですから、ルシ子はその支配を今は許容しましょう」


「ありがたいね」


「ですが、リンが自由となりその上でナナシが戦奴でいる必要が無くなったその時――その時、ルシ子はナナシと婚姻します」


「なんでさ」


「戦奴でなくなったとしても、ナナシはリンの傍を離れない……ルシ子はそう認識しています」


「…………うーん」


 俺が柳家の戦奴でなくなった時、か。

 それって、人類が、ヤマト国がアンデッドに対してまともに抵抗できるようになった時ってことなんだよな。

 一体何時になるやら、という話ではあるが、仮に数年……原作開始時点から数年でそれが成されたと仮定して、だ。


 俺がリンから離れるか、否か。


 ……ヤマト国の他の地域、あるいは別の国に行ってそこを救うべく動くかもしれないし、リンやユイに情が湧いて離れないかもしれない。

 そも、柳家から関わろうと思ったのが、前世の故郷が柳家周辺の地域だったから、って理由が大きかったし。勿論、柳家関係にネームドユニットが多いってのも理由の1つだったけど。


「……離れないと仮定して、それがどうして結婚になんだよ」


「その時、リンの性格上彼女はナナシに対し深い罪の意識を感じているでしょう」


「そうか?」


 あの柳リンが、俺に罪悪感?

 特別扱いされているとはいえ、1戦奴でしかない俺に、最悪感?


「ですから、今後柳家当主となったリンはナナシに相応の待遇と地位を与えると予想されます。シミュレーションの結果、84パーセントの確率でそれが行われるとルシ子は算出しました」


「16パーは違う結末なのな」


 16って、結構怪しい数字だよな。信用出来るか出来ないか、その中間くらいの絶妙な数字だ。


「そして、それは柳家に――当主であるリンに近しい立場となるでしょう。故に、婚姻です。結婚です」


「……それで、ルシ子はリンの近くに居ようって訳か」


「肯定します。ルシ子はリンの近くで――友の傍で暮らしたいと、そう考えています。人類の寿命は短いです。数十年ほどしか彼らは生きていられません。ルシ子にとっては瞬きする程度の、そんな一瞬の時間です。その時間を彼女の傍で暮らしたいと、そうルシ子は考えています」


「……いやさ、別に俺と結婚する必要ないじゃんそれ」


「再度ルシ子は肯定します。ですが、ナナシもまたルシ子にとっての友人であると、ルシ子は認識しています。そんなナナシと、そしてリンと共に暮らすにはナナシとの婚姻が最適であるとルシ子は判断しました」


「妙な判断してんじゃねえよ。脳みそポンコツかよ」


「ルシ子は個体名ナナシよりも知能が高いです、ポンコツという評価の撤回を求めます」


「別にお前がリンと結婚してもいいじゃねぇか。この国では同性婚認められてるんだし」


「否定します。ルシ子はアンデッドであり、人化出来る時間が限られています。アンデッドハンターの家柄上、ルシ子が柳家へ入ることは困難であると考えられます。また、リンは当主であることからも世継ぎが求められるでしょう。ルシ子には同性との繁殖能力がありません」


「……普通に近くに住むとかじゃダメなのか?」


「ルシ子はより良い生活を求めます。人類はルシ子にとって不愉快なことではありますが、社会性を持ち秩序立った生活を営んでいます。その中で生活するにあたり、より良い生活を営む――そのために必要な社会的地位を手っ取り早く確保するには、既に地位を手にした者との婚姻が最適であると、そうルシ子は判断しました。この国は、異邦人にはどこか厳しい風潮があります。ルシ子自身の力のみで社会的地位を確保することは難しいでしょう。故に、社会的地位を手にしたナナシとの婚姻です」


 妄言かと思ったら、意外と理屈だった意見だった。


「そして、ルシ子は立場があれどルシ子と親しくもない対象との婚姻には抵抗があります。その点、ナナシの存在はルシ子にとって大変ありがたいとルシ子は考えました」


「……都合がいい、って訳だ」


「ナナシと暮らし、リンの傍で暮らせる。そして、ある程度の社会的地位も見込まれる。ナナシはルシ子に好意を抱いており、リンはルシ子がアンデッドであることを許容しています。何も問題はありません。なんと都合の良い展開であるのだと、ルシ子はこのルシ子の提案に驚愕します」


 1つだけ、注意点を。

 ルシ子はそう続けた。


「婚姻とは言いましたが、あくまで仮面夫婦です。ナナシがルシ子以外の女性と関係を持とうと、ルシ子は一切構いません。ですが、ルシ子とは繁殖行為……エッチなことを行えないと、そう思っていてください」


「……考えとくよ」


 その傲慢で自由な堕天使様は俺の返事に満足げな吐息を吐き出すと、また一口紅茶を啜った。


 その後結局、彼女は先日の一件について。

 それを俺に明かすことはなかった。


 曰く。乙女は秘密が多い方が魅力的ですから。将来の伴侶とその友人は、魅力的である方が、ナナシにも良いでしょう、と。


 まるで訳が分からない数日だった。


――――


「ナナシ……ちゃんと帰ってくるかしら……」


「心配することはないさ、レディ。彼は約束を守る男さ、このミスターKが保証しよう」


 甘味処にて団子と茶を嗜みながら、ミスターKはリンと共に語り合っていた。


「しかし随分と雰囲気が変わったものだね、レディ」


「そうかしら? お薬の量を減らしたことが原因かもしれないわね? ……でも、その所為でいつも胸の内になんだかモヤモヤが溜まってるの」


「どこら辺かな?」


 そう言ってリンの胸元に手を伸ばすが、その手は簡単に払いのけられてしまう。


「おっと」


「気安く触らないで欲しいわね」


 その反応に、ミスターKは驚いていた。

 自身の手が振り払われたことではない。暴力を伴った反撃が来なかったことに対して、だ。


「……本当に変わったね、レディ」


「エッチなコトをしようとした直後にそう神妙な表情を浮かべないでほしいわ。どう返していいか分からないじゃない。それに、そもそもアナタ誰なのよ」


「……おっと」


 どうやら、リンはミスターKが誰であるのか認識していなかったようだ。

 それも無理はない。なにせ、今の自身はミイラ男さながらの包帯グルグル巻きだ。あのリンを狙っていた襲撃者にボコボコにされた結果だった。イケメンが、ハンサムが台無しである。


 これでは彼女が自身を認識出来ないというのも無理はない。


 そう思った彼は、高らかに名乗りを上げる。


「ワタシはミスターK! キミを命懸けで救った英雄であり勇者さ!」


「……誰?」


 ――リンの中では、ナナシが戻ってきた事とルシ子に救われた事。その2点の衝撃のあまり、自身がミスターKに救われたことは完全に忘れ去られていた。


 ミスターK。彼は『アンデッド・キングダム』におけるコメディリリーフにして、外伝にてその勇者たる姿から多くのファンを得た『偽勇者』。

 この世界で、この残酷な世界で唯一ともいえる人類に対する善性を持った彼は、英雄であると同時に道化師でもあった。


 その事実は。リンを救ったという事実は、とある神ととある堕天使の胸の内を除いて、誰にも知られることがなかった。


――――


 とある国。とある地域。とある墓所。


「――リスポーンする羽目になるとはな。大きく力を失ったか……あの堕天使め、これでまた俺自身も人類を食わねばならなくなった」


 ゲームにおいて、プレイヤーキャラが死亡した場合、どの様な扱いになるだろうか。


 ゲームオーバーか。ステージセレクト画面へと戻るのか。セーブポイントからやり直しか。ある地点から、あるいはその場でコンティニュー可能であるのか。

 ゲームによって、その扱いは様々であろう。


「人類を救うべく俺は動いているというのに……糞。なんという皮肉だ。俺自身がアンデッドであるが故に、救う力を得るには人を食わねばならない」


 『アンデッド・キングダム』では、プレイヤーキャラが死亡――アンデッドに対し死亡という表現が適切であるのかは不明だが――した際は、ランダムに設定された世界各地のいずれかの墓所にて、ステータスを弱体化された状態でリスポーンするように設定されていた。


 この世界でも、その設定は同様に反映されているらしい。


「……許せ、人類よ。そして恨め」


 その言葉を口にしながら。

 土葬文化のあるその地域の墓所にて、地面から右腕が飛び出す。


 瘦せ衰えた、男の腕だった。

 腐りかけた肉を纏う、細い腕であった。


「お前達の犠牲は無駄にはしない……ゾンビゲームは、俺が終わらせてやる」


 男は――ヨグは土の下から這い出すと、そう決意を新たにした。


――――


「ようやく――ようやく、到着ですね」


 太平洋横断は流石に不可能と判断し、ベーリング海峡を経由して北アメリカからユーラシア北部の大地を通り、彼女は――アンデッドの神であるメヴィアはヤマト国へと辿り着いた。


「だけどよカミサマ。もう朝日が昇るぜ?」


 時刻は未明。冬は日の出が遅いとはいえ、東の空は既に白み始めていた。


「……我慢できません。ワタシ単身で向かいます。アナタは夜間のみの活動で構いません、後からワタシを追ってきてください」


「おいおい、いいのかよ。あの『天使様』にゃあカミサマ1人じゃ敵わないからオレを連れてきたんだろ?」


「1度目の接触で即戦闘、といった事態にはなりませんよ。軽い偵察……確認程度だけにしておきます。その間にアナタは追いついてください」


「場所は分かってんのか?」


「えぇ。彼は今もキョウにいます。そしておそらく、あのルシファーもまだいるでしょうね……忌々しい」


 朝日から逃れるために入り込んだ洞穴に青年を残し、嫉妬深い神は単身空へと飛び出した。

 例の堕天使に対抗してか、こちらもまた堕天使の姿。しかし翼は4対。6対の翼を持つルシファーよりも力の劣るその姿は、己と彼女の力量差を明確に表していた。


 そも、原作開始からまだ3年も前なのだ。作中では成長補正でもかかっていたのか、人類を捕食することで容易に進化を進めることが出来た彼女だが、時期の問題か、あるいは世界の修正力か。どういう訳かこの世界では成長速度が格段に鈍い。


「ワタシの『  』に手を出すなんて……」


 そうジェラシーを滾らせる彼女だったが、同時に幸福感も感じていた。

 数日ぶりだ。数日ぶりに、愛しの彼に会うことが出来る。


 そう思えば、この嫉妬心程度許せてしまえそうなほど心が踊った。


「……いえ、普通に許せませんね。まったく、ワタシ以上の性能のユニットとは、厄介な存在があったものですよ」


 メヴィアは単身空を駆ける。

 目指すはキョウ。

 大陸側から回り込んだ――ヤマト海側からヤマト国に上陸した彼女から見て、キョウは東。

 皮肉にも向かう先にはあの『明けの明星』が、金星と呼ばれるその星が明るく輝いていた。


――――――――

三章、完


……………………

あとがき

三章完結、ここまで読了ありがとうございます

本作はカクヨムコン応募作となっています

よろしければ、♥や★、レビューや応援等のコメントよろしくお願いします

作者の励みとなります

是非、よろしくお願いします

切実に

最近ランキングが落ちつつあります、よろしければどちらかだけでもお願いします


最後に、ここまで読んで下さり本当にありがとうございました

四章以降にも是非ご期待ください

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