第8話
「……よく考えたらよ。俺って、ここでこうしてる場合じゃないはずなんだよな」
「どういう意味でしょうか?」
一応の友人関係? らしきものを築いたルシ子に対し、オレは頷いた。
「いやさ。ルシ子がこの国に来た理由は分かんねぇけど、ルシ子自身は人類に敵対している訳じゃないんだろ?」
「肯定します」
「んで、ルシ子がこうして俺を連れてきたのは、俺が未知のアンデッドだったからでメヴィアの仲間かもしれないと疑ってたから。この疑いは晴れて、今は友好的……で、いいんだよな?」
「再度、肯定します」
「だったら、俺の方にはこうしてお前と関わる理由なかったじゃんかよ……なんだよ、一晩中探し回ったってのによ。損から損だ。骨折り損のくたびれ儲けだ」
「……ルシ子はナナシの怒りの原因が理解できません。しかし、その原因はルシ子を発端とするものであると推測します。ルシ子は、謝罪すべきでしょうか」
「……いや、いいよ。ルシ子は別に何も悪くないし。それに、あくまで結果論だしな。堕天使の中には結構過激なヤツもいた訳だし。そういうヤツらが来てたらってことを考えると、やっぱ動くべきではあったのだろうし……そう、ただの結果論だよ」
あの時点では、堕天使がヤマト国に来ていると予想した時点では間違いなく動くべきだった。彼らは、デーモンやフォーリンエンジェルは危険人物と評すべき者達が多いのだから。
まぁ、原作におけるルシ子も大概過激だったけど。あと、めっちゃ強くて怖かった。
てか、そもそも論として悪魔も堕天使も基本怖い。ゲームだから美形揃い、美男美女ばっかりだけど、それでも性格面とか性能面で怖いヤツばっかり。むしろ美形だからこそより一層怖さが引き立つ感じがあった。
「しっかし、どうしてルシ子のような堕天使様がこんな極東の島国になんて来たんだ? 宗教由来ではないだろうし、気まぐれの観光か?」
俺の問いかけに、まさに今思い出したと言わんばかりの表情をルシ子は浮かべた。
「そうでした。ルシ子はあのクソ女に命じられて、この国に現れたという人類のユニットを処分するのでした」
「クソ女って……メヴィアのことがそんなに嫌いか?」
「大嫌いです。憎しみすらルシ子は覚えます。神である、というだけではありません。アレは文字通りのクソ女です。毒婦です。関わるべき存在ではありません。そんなクソ女に目を付けられているナナシをルシ子は哀れに思います」
「そこまで言うのか……」
めっちゃ嫌われてんじゃん、メヴィア。
そりゃあ嫌うか、とも思うが……嫌う理由が神、というだけでない?
なんだろう……ゲーム外の所でルシ子とメヴィアには何か確執でもあったのだろうか。
「命じられてって、嫌っていても命令は聞くのな」
ゲーム内でのルシ子は確率で命令無視した行動取ってたけど、この世界ではそうでもないのかな。
そう思った矢先、
「いえ。あのクソ女からのオーダーは対象ユニットの保護でした。ですから、ルシ子は対象のユニットを処分するのです。反逆です」
「……あぁ、やっぱりソッチなのね」
作中同様、ルシ子はプレイヤーキャラには従わないらしい。
と。
そこでくりゅぅ、と俺の腹から音がした。
「……そういえば、昨日の朝食べたっきり何にも食ってなかったな」
「おや。ナナシは食事を摂っていなかったのですか。アンデッドですから、やはり人類を戴くのでしょうか?」
「人なんて食わねぇよ。俺はあくまでハーフだからな。人間とおんなじモンで生きていけるんだよ」
「記憶完了。ハーフアンデッドとは便利な種族なのですね、とルシ子は感嘆します」
「フォーリンエンジェルはどうなんだ? 人間、食うのか?」
「ルシ子達堕天使は、基本的に食事を必要としません。天使であった時代の名残か、信仰心とも呼べる感情を人類から摂取しています。堕天しアンデッドとなった今では、信仰というよりも畏敬、畏怖の念と呼称するべきかもしれません」
「なんだよ、ハーフアンデッドより便利じゃんか」
「人類を捕食することも当然できます。そして、人類と同様の食事を摂ることもルシ子達には出来ます。ルシ子としては、後者の方が好みですね。人類はあまり美味しくありません、彼らの作る料理の方が美味しいです」
「うっわ、ズルい」
ってか、普通に食人経験はあるのな。そこは堕天使とはいえアンデッドなのか。食べる必要自体はないみたいだけど。
空腹を訴える腹部を撫でつつ空を見る。太陽はやや東寄りの南に位置していた。
「結構な時間経ってるんだな。腹も減る訳だ……今戻って、食事まだあるのか不安だけど、旅館に戻るか」
「食事があるのか不安、ですか。どういう意味でしょうか」
「戦奴なんだよ、俺は。柳家お抱えの戦奴。アンデッドと戦うための奴隷。分かるか?」
「検索――戦奴、該当例あり。なるほど、人類は愛おしい存在であるながら同時に愚かでもあると、そうルシ子は思います。死に逝くことを求められる奴隷、ですか。その概念はルシ子の敵ですね。合点がいきました。ナナシとの接触時、何故呪いが刻まれているのかルシ子は疑問に思っていましたが、そういうことでしたか」
…………あぁ、うん。そうなるよね。
奴隷自体、支配、隷属の概念そのものみたいなものだしな。その上戦奴はその中でも酷い扱いをされているからな。
「個体名ナナシ。ルシ子に救いを求めるのであれば、その隷属から解放される手助けをしましょう。ルシ子は、ナナシにも自由であってほしいと願います」
「申し出はありがたいんだけど、悪いな。この立場は今は必要なんだよ」
少なくとも、柳家の戦力――いや、ヤマト国の人類側戦力がアンデッドに対抗できるようになるまで。
それまでは、戦奴としてでも柳家に関わって人類滅亡を食い止める手助けをしたい。なにもせずに人類が滅んでいくのをただ眺めているだけというのは、あまりにも目覚めが悪い。
……ヤマト国の戦力が整う日なんて来ないかもしれないけれど。
「……理解不能。自ら隷属を求めるのですか?」
「出来ることなら俺も戦奴なんかなりたくなかったさ。でも、これくらいしか思いつかなかったんだよ」
せめて、モブでも人類側の誰かであればまだ何とかなったかもしれないけれど。アンデッドだからなぁ、俺。
「この立場が要らなくなったら、その時に頼むよ。もしその時が来たら、助けてくれ」
「――了承。その隷属には事情があるものとルシ子は推察します。ナナシの友人として、戦奴からの解放をナナシが求めた場合にはその助けとなることをルシ子は約束します」
ところで、と。
ルシ子は小首を傾げた。
「柳家の戦奴、ですか。柳家……つい最近聞き覚えのある家名ですね。ナナシの主の名を窺ってもよろしいでしょうか、とルシ子は尋ねます」
「……殺しに行くなよ?」
「事情があると理解しています。そして、戦奴という存在が人類にとって必要であると、ルシ子は理解しています。気に入りませんが、その制度、存在自体は許容しましょう。ルシ子がナナシの主を害することはありません」
――ですが、目の前で支配する姿を見れば、その限りではありません。
そうルシ子は付け加えた。
こっわ……目がマジのヤツだ。そういう存在であると、自由を愛する彼女の背景も把握した今だからこそ許容できるがそれでも怖い。
ゲーム内ではプレイヤーキャラがアンデッドの神様だったから、ルシ子はいつもこういう表情ばっかりだったっけ。怖いけど、なんだか馴染み深い懐かしい眼差しだと感じた。
戦奴だけでなく、ペットとしても扱われていると。そう彼女に漏らしたらどうなるのだろうか。
戦奴は必要な存在だからリンの方はともかく……ユイはルシ子に殺されそうな気がする。絶対に話せないな、これは。
そう俺が考えていた刹那。
「――ナナシ。緊急事態が発生しました」
唐突に、ルシ子は人化を解除した。
背から広がるは漆黒の6対羽根。衣装も軽やかな浴衣から、夜の帳のような衣へと変化していた。
感じる気配も、人類のそれからアンデッドのものへ。抑え込まれていた最高位のアンデッドとしての力が彼女の全身から漏れ出していた。
「ルシ子の友人が――リンが、助けを求めています」
そして、ルシ子は今し方俺が彼女へと告げようとしていた主の名を友人と呼び。
「ルシ子は救援へと向かいます。ナナシは、ルシ子に同行しますか?」
――――
頭痛と吐き気が酷い。
今自分がどこにいるのか分からない。それどころか、自分の体の感覚すら分からない。
「ぅ……はぁはぁ……げほっ」
空えずきを繰り返しながら、柳リンは森の中を走っていた。
死にたくない。痛い。血がいっぱい出てる。死にたくない。痛いよ。嫌だよ。
頭の中はそれらの言葉でいっぱいだ。自分が何から逃げているのかすら、既に分からない。けれど、逃げなくてはならない事だけは確かだった。
「嫌……もう嫌……っ」
繰り返される言葉に意味などなく、ただ己が頭の中で響く言葉が漏れ出すのみ。
逃げる。逃げる。走る。走る。
頭が痛い。吐き毛がする。最悪の気分だ。全身が気だるく腹部には鈍い痛みがあった。腕が、足が、頭が重い。まるで細胞全てが鉛にでもなってしまったかのようだ。
さらには首元の裂傷。未だに出血が治まらない。痛い。痛い。熱い。辛い。
逃げなくては。走らなくては。
死から、脅威から、痛みから、現実から。
それらから逃れようと、リンは懐から巾着を取り出した。
丸薬の入った袋だ。残量僅かとなったそれを口に押し当て、その中身全てを口内へと流し込んだ。
鈍くなった味覚と嗅覚でも感じられてしまう強烈な苦みと激臭。だが、それらはいつものことだ。分泌された唾液で無理矢理その丸薬をリンは喉奥へと押しやった。咽頭反射を能動的に押さえつけ、口腔内の異物を無理にでも胃の腑へと落とし込む。
「はぁ……はぁ……ふぅ……」
――その丸薬は即効性の薬物だ。数分もすれば彼女の脳はその薬効に侵され、犯され、冒され、不安や恐怖を麻痺させていく。
理性や知性と共に、負の感情を消し去ってくれる。
「――なんで、アタシが逃げなきゃいけないのよっ!? あんなよく分からないヤツなんかからっ!」
そして、思考を激情と殺意が満たしていく。
先ほどまでの不安も、恐怖も、今も感じるこの痛みも。
あのよく分からない男の所為だ、と。
そうリンは怒りを滾らせていく。
オーバードーズを繰り返してきた彼女の身体には、丸薬に対する耐性が付いていた。残り少なくなっていたその量では、彼女の知性を、理性を吹き飛ばしてしまうには足りなかった。
故に、不幸にも彼女は先ほどの恐怖を、不安を、痛みを覚えてしまっている。
消え去ったそれらを感じていたことを、覚えてしまっている。
だからこそ、その足は先ほどまでとは逆の――必死になって走ってきた、逆方向へと向かってしまう。
自身を不快にさせた、自身を傷つけた誰かに、その殺意をぶつけるために。
そして、進む内にソレと遭遇してしまう。
「――向かってくるのか。此方としては好都合だが、逃げるのは止めたのか?」
「殺してあげるっ、殺してあげるわっっっ! よくもっ! アタシに傷を――」
リンのその言葉が、最後まで紡がれることはなかった。
彼女の喉奥から上がってきたソレに――溶け切っていない丸薬の混じった胃酸に喉を塞がれてしまったからだ。
「――ぉえっ!?」
強烈な催吐感。頭痛。全身が重い。
薬物によって感じなくなっていたはずのそれが、再び彼女の身体を苛んでいた。
「……例の神とやらは、柳リンの正当な攻略法を物量で押し殺すものだと思っていたようだがな。お前を相手にする際の正しい攻略法はコレだ。ゲームなのだ、物量で押し切るなど、単純で強引な策が正攻法である訳がないだろうに」
――――
ヨグが目の前の女――柳リンへとかけた魔術は、所謂治癒魔術である。
それも、かなり高位のモノだ。怪我や呪い、病の治癒――そして、あらゆる毒すら無効化してしまう高等魔術。
ゲーム的に言えば、体力を全開させた上であらゆる状態異常を解除する、万能回復魔法だ。
そう――柳リンというユニットに常時発生している『狂乱状態』というデバフを解除してしまえるほどに、強力な魔術であった。
「ボスユニットには、弱点として設定されている一部の者を除けば基本的に状態異常は効果がない。だが、回復は、治癒は状態異常ではない。それに耐性を付与されたユニットなど、この世界には存在しない」
なにせ、治癒だ。回復なのだ。本来であればメリットしかない魔術なのだ。
そう――毒物ともいえる量の薬物をもって、狂気によって正気を保っている例外を除けば、メリットでしかない魔術だった。
そして、その例外を攻略するための、物理特化型のその強力な人類ユニットを攻略するために用意された、正攻法でもあった。
そも、治癒魔術はアンデッドには必要のない能力である。
なにせ死者だ。大抵の場合、弱点ヵ所以外の傷など致命傷足り得ない。その上人類を食らえば傷は回復する。アンデッドに治癒魔術など、ゲームとしては必要のない要素なのだ。
――特定のユニットを攻略するためだけに用意された魔術であったのだ。
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