二章『吸血鬼さんと7日間の鬼ごっこ』

第1話

「クソっ、なんでこんなド田舎にアンタのような大物のアンデッドが出てくるんだいっ!?」


「大物、ねぇ。あぁ、ヴァンパイアは一応上級アンデッドだったか。カミサマとばかりツルんでいた所為で忘れていたぜ。大物……随分と長い年月そんな呼び方をされていなかったな。久方ぶりだぜ。ありがとよ、オマエみたいな人間風情の言葉でも少しは自尊心が満たされた。案外嬉しいモンだな」


「……カミサマ、だって?」


「こっちの話だ。それこそカミサマの言葉でいう所の、オマエが知る必要のない話ってヤツだな。ええと、オレがここに出てきた理由だったか。それもまあ、カミサマからの命令でな。カッコつけて言うならば、天からの啓示、ってヤツか? 啓示とは違って、カミサマ本人から直接命じられたことなんだがよ」


「……アンデッドにも神様がいるのかい。そんでもって、アンタは随分と信心深いみたいだね」


「そうでもないさ。カミサマのために尽くしているつもりなんて毛頭ないからな。オレはオレの退屈を殺してくれる刺激が欲しいだけなんだ、それにカミサマの存在は都合がいい。カミサマもカミサマで、オレのような優秀な人材を好きに出来るんだ、お互いウィンウィンの関係ってこった」


「それで、結局なんでこんな辺鄙な所にそのカミサマはアンタを……?」


「目的はオマエさ。ヨダカ」


「……なんで、アタシの名前を」


「そんなことはどうでもいいだろ? 重要なのはこれからだ。オレは今からオマエをアンデッドに変える」


「なんだって!?」


「誤解するなよ? 下級アンデッドと違ってオレ達上位のアンデッドは繁殖欲求……所謂性欲ってヤツが薄いんだ。寿命なんて無いようなモンだし、死ぬ機会もねぇ、種を増やす必要性がほとんどないからな。フツーの生物と比べりゃ尚更だ。だから別に、オマエが気に入ったから、とかそういう気分だから、なんて下卑た欲望で行う訳じゃあねぇ。尤も、される側のオマエからすりゃあどうでもいいことだろうがよ」


「クソッタレっ! 放しやがれこの野郎っ!」


「おいおい、そう暴れるな。分かりきったことだろ? オレのようなヴァンパイアってのは繁殖力以外、全てにおいて人間を上回っているんだ。胸を杭で打たれるだとか銀の弾丸を受けるとか、弱点と呼ばれるモンも多いが、そんなことされりゃあ人間だって死ぬだろ? だから人間と比べりゃヴァンパイアってのは云わば上位種なんだぜ。そんなオレから逃れられる訳ないだろ?」


「……クソ。くたばりやがれ」


「存分に罵るがいいさ、それくらいしかオマエにゃできないからな。それに、オレはこれでも始祖なんだ。そのオレから直接ヴァンパイアにされるんだ、さぞかし強力な力が手に入るだろうぜ? デビルとかいうそこいらの三流アンデッドにされるよりも遥かにマシだろ? 感謝しろ、とまでは言うつもりはないがな」


「デビル……?」


「あぁ。カミサマ曰く本来の歴史の1つでは、お前はデビルになるらしいぜ。どういう経緯かまでは聞いてないけどよ。どういう訳か、カミサマはその本来の歴史とは違った未来をお望みらしくてな。たしか、『分かりきった結末はいくら出来が良くても楽しみが薄れてしまうものです。ゲームは初見プレイが最も楽しめるものですよ』だったか? 意味はよく分からんが、そんなことを言ってたぜ」


「……アタシにもアンタの言ってることが分からないんだがね」


「だろうな」


「――っ!?」


「……意外と美味いじゃねぇか、オマエ。カミサマの命令がなけりゃ吸い付くしてぇくらいだ」


「そうかい……コッチは結構痛いモンだね」


「意外と冷静だな、オマエ。吸血されたんだ、じきにその体はヴァンパイアになるんだぜ?」


「これでも結構な数の修羅場は潜ってきていてね……流石に今回ほど酷いのはハジメテだがね。まったく、諦めるしかないって状況だと察しちまったのさ」


「取り乱されずに何よりだ、コッチも面倒自体はゴメンだからな」


「……それで、どうしてアタシをアンデッドに変えるんだい? 殺しに来たってんならまだ理解できるけれど、態々どうしてそんな面倒な真似を? 面倒はゴメンなんだろ?」


「実験らしいぜ。詳しくはオレも知らん……ほらよ」


「おっと――なんだい、コレは」


「ソイツは欺瞞の砂時計っていってな。効果があんのはこの砂が全部落ちきるまで、およそ10日だ。10日間だけ、ソイツを身に着けていりゃあオマエは絶対にアンデッドだと気付かれない」


「…………」


「いいか、10日間だけだぜ。その期間が終われば……分かるだろ? オマエが選べる選択は2つだけだ。ヴァンパイアとして生きていくか、それとも人間に殺されてやるか、その二択だけだ」


「……アタシとしちゃぁ、ドッチもゴメン被りたいトコなんだけどね」


「だろうな……それが嫌だってなら、3日後を待ちな」


「3日後……? そん時に何かあるってのかい?」


「あぁ。3日後、この街に1人のアンデッドがやってくる。ソイツはアンデッドでありながら人間の中で暮らしているような変わったやつでな。食人もしねぇホントに変わったやつだ。ソイツに助けを求めてみな。オレ達のカミサマはそれを望んでいるらしいぜ?」


「……オレ達の神様って、勝手にアタシを身内に入れるんじゃあないよ」


「既に身内さ。もうじきオマエはヴァンパイアになるんだからな」


――――


 この前は衝動的に殺そうとしてしまったけれど。よく考えてみれば、自分にとっては姉が生きている方が都合が良い気がする。


 そんなことを考えつつ柳ユイは部屋で1人、パラパラと書物をめくる。

 彼女の周りには既に読み終えた書物が山のように積み重なっていた。


 その内容は、動物の飼育、調教について。

 あるいは人間というものを一種の動物として研究した結果が記されたもの。

 そのいずれかであった。


「……読み終えたよ。次、持ってきて」


 部屋の外に待機させていた女中へと声をかけ、そして彼女はため息を吐いた。


「ううん、分かんないな。どうすれば、ヒトって懐くんだろう? ペットとしてヒトを飼った、って内容の本はないみたいだし……」


 彼女が調べているのはヒトの――ナナシの懐かせ方について、であった。


 朧げな記憶でありながら、彼女は覚えていた。

 ペットは初めから主人に懐いているわけではないと。そうナナシが言っていたことを。


 なので、なんとか懐かせようと。

 そう思っての調べものであった。


「……生きてた方が都合がいいよね、やっぱ」


 柳家において、あくまで自分は長女である柳リンのスペア、保険である。

 その待遇に、彼女は今まで不満を覚えていた。


 その不満が完全に消えたわけではない。

 だが、スペア、保険であるという立場は、今となっては意外と悪くないものかもしれないな、と。彼女はそう考え始めていた。


 なにせ安全。そしてある程度の自由と贅沢が出来る。


 姉に対するコンプレックスさえ度外視するならば、決して悪い待遇ではないのだ。

 そう、ナナシを飼い彼と暮らしていく上で、決して悪い待遇ではない。


 何故かあの頭のイカれた姉は今でもナナシを自分の戦奴であると思い込んでいるみたいだが、アレは頭がおかしいのだ。勝手に言わせておけばいい。ナナシは自分のペットなのだから。


 ――お姉様が生きている限り、私とナナシは安心安全、平穏に楽しく暮らしていけるね。


 そう、柳ユイは考えていた。

 尤も、殺せるような機会さえ訪れたのであれば容赦なく姉を殺す腹積もりではあったのだけれど。


 しかし、ナナシがいないと退屈だ。


 女中が手渡してきた新たな書物――犬の生態、繁殖、及び飼育時に必要となる躾に関する研究が記されたモノ――を受け取りながら、彼女は再度ため息を吐いた。


「早く戻って来ないかなぁ、私のナナシ」


――――


 バカなことを言ってきた所為でこの前は衝動的に殺そうとしてしまったけれど。よく考えてみれば自分にとっては妹が生きている方が都合が良い気がする。


 そんなことを考えながら、血に塗れた頬を柳リンは手拭いで拭った。


 周囲にはかつて人間、あるいはアンデッドであった者達の肉が山となって広がっていた。

 彼女はアンデッドの征伐へと赴いていた。


 今回の現場は南方の諸島の1つである。柳家本家からは遥か南方。船舶を用いて数時間ほどの位置するその島にて発生したゾンビの討伐が、今回彼女に与えられた任務であった。


「そうよね、なにせアタシが世話せずとも彼が育ってくれるならそれが一番だものっ! アタシバカだから、ちゃんと彼を育てられているか自信なかったのよねっ!」


 彼女は1人、誰に聞かせるまでもなく話す。

 そう、誰もいない。

 アンデッドも、連れてきた戦奴も、誰もそこにはいなかった。世話係の女中達は船舶内で待機中。本当にそこには彼女しかいなかった。


 ナナシが育ち、学び、生活力や技術を身に着けること。それは彼女の悲願の成就に一歩ずつ近づいていくことに他ならない。

 だが、自身は頭も心も弱い。その自覚はあった。彼をしっかりと育てられているのか、その自信が彼女は持てずにいた。


 それを、妹が勝手にやってくれるのだ。

 妹は己よりも賢い。流石にそれはリンも理解していた。

 その妹が、自分に代わって彼を育ててくれる。

 なんと都合の良いことか。


 何故か妹はナナシを自分のペットであると思い込み、事あるごとに彼の体に刻んだ呪いを払っていくが、それはきっとどちらも彼女の頭がおかしいことに起因する行動だろう。異父とはいえ、頭のおかしな自分の妹なのだ。きっと彼女も頭がおかしい。ナナシをペットと呼称するのも多分そのためだ、勝手に言わせておけばいい。


 ――あの愚妹、あれで器量は良い方みたいだからね。アタシよりも上手にナナシを育ててくれるわよね、アタシのために。


 そう、柳リンは考えていた。

 尤も、最終的に彼女は柳家の者を全員斬り殺すつもりだ。妹も例外ではない。だから、感謝などするつもりはさらさら無いのだが。


 しかし、ナナシがいないと退屈だ。


 今回の征伐に、ナナシは参加していない。周囲の者達はどうしてか、全員斬り殺されている。不思議だ。

 故に、今彼女は1人きり。いつも隣にいるあの戦奴の少年はここにはいない。

 ちょっとだけ、寂しい。


「早く帰って来なさいよね、アタシのナナシ」


――――


「えぇ……? 流石にこういった事態は想定外なのですけど……」


 柳家本家より遥か北方。

 その山道を上空から眺めつつ、とある神は――メヴィアは困惑を隠せないでいた。


 彼はよく死ぬ少年だ。

 あの頭のオカシな柳家の姉の方に殺される。食事が足りずに飢えて死ぬ。衛生環境が終わっているために病気に罹って死ぬこともあった。

 それらの死因は、彼が柳リンの戦奴という立場を選んだ時点で彼女にとって想定内の死に方だ。

 彼本人が苦しむことはあまりしたくはないが、彼がやりたくてやっている戦奴だ。まあ、沢山死ぬのは仕方ないことだ。その度に自分が生き返らせてあげればそれで済むことであるのだし、問題はない。


 けれど、目の前のコレは流石に想定外であった。


「なんでよりにもよって、彼の集団が通るタイミングで土砂崩れが起きるんですか……」


 アンデッドの神とはいっても、流石の彼女であっても自然災害による死は予想出来ていなかった。

 こんな所で彼が死ぬことは、彼女の予定には入っていなかった。


 柳家の何某――柳家の人間ではあるものの、ゲーム内ですら名前の出なかったメヴィアも知らぬアンデッドハンター――に連れられ、北方のとある街へとナナシは向かっていた。

 そう仕向けたのはメヴィアだ。

 目的は柳家分家に対する挨拶。彼が連れられる理由は勿論戦奴としてもしもの事態に死ぬためだ。彼である必要はなかったが、あの鵺に無理矢理意見を通させた。

 その際あの姉妹から物凄い反発を受けていたが、メヴィアの知ったことではない。


 そしてその目的は、実験。

 今回は悲劇の舞台を用意した訳ではない。実験を行うためであった。


 『アンデッド・キングダム』には様々な人間のユニットが存在する。そして、プレイヤーの行動によっては彼ら彼女らをアンデッド化させることができた。

 柳リンをデュラハンに。柳ユイをリッチに。

 そういった遊び方も想定されたゲームであった。


 では、彼はどんな反応を示すのだろうか、と。

 人類のユニットが、ゲーム開始前にアンデッドと化していたら、どの様な対応を取るのだろうか、と。


 その反応を確認するための実験であった。


 妹は基本的に家にこもりきり、問題はない。

 姉は南方へ征伐へ向かわせた。当然、ナナシ抜きで。問題はない。


 あとは、アンデッド化させたあのユニットをナナシに会わせるだけ。

 そのはずであったのに。


「……生意気です。自然如きが、神であるワタシの計画を邪魔するとは。人類に神格化されることはあれど、所詮はただの自然現象でしかありませんのに。本当の神であるワタシの邪魔をするなんて。許せません」


 土砂崩れの発生した地点へと降り立つ。

 周囲は土砂とそれに流された木々で埋め尽くされていた。


「掘り起こすのも面倒ですね……」


 メヴィアは地面に手のひらを向け魔力を放った。

 土砂はその衝撃で吹き飛ばされ、覆い隠していたそれらを晒す。


「ああ、やっぱり死んでいます……可哀そうに」


 土砂崩れに巻き込まれた人々や馬、荷物の中に彼はいた。

 無残にもひしゃげた体で土砂の中に埋もれていた。落石にて砕かれたのか、頭部もぐちゃぐちゃだ。アンデッドとはいえ、死んでいた。


 彼以上に悲惨な死体も周囲に存在した。それどころか、まだ息のある者すら存在していた。

 だが彼らに一切の興味を示すことなくメヴィアは、自身の血を彼の体へと注ぎナナシの蘇生を行う。


「妹の方が呪いを払った直後であったのは好都合でした。あの逃走防止用の呪印は、払うのに些か苦労しますからね。まあ、ワタシは神ですから出来ないということはありませんけれど」


 さて、それではどうしようか。


 メヴィアは彼が意識を取り戻すまでの時間に考える。

 既に予定していた計画とは、どうあっても違った形になりそうだ。


 少し考え込み、彼女は自身の刹那的欲望を優先することにした。


「そうですっ、彼とワタシの2人旅をしましょうっ! きっと、楽しい道中になりますよねっ!」


 偶然を装って。

 災害に巻き込まれた集団の唯一の生存者である彼を自身が助けた、と。

 そして、柳家が災害に巻き込まれたことを分家に伝えに行くべきでしょう、とやんわりと誘導しよう。

 疑念を抱かれるかもしれないが、きっと彼は従ってくれるだろう。最悪無理矢理暗示にかけてしまえばいい。


 偶然の自然災害に苛立ちはしたが、そう考えてみればむしろ感謝したいほどの気分になった。


「では、その前にお掃除といきましょう。なにせ、生存者は彼だけでなければいけませんからね?」


 これからの旅路を思えば気分が上がる。


 ウキウキ気分でメヴィアは、周囲に存在する辛うじて息のあった者達を殺しに向かった。

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