第2話

「あっ、気が付きましたかっ? 大丈夫ですか? 何処か痛いところはありませんか?」


「…………アンタ絡みかよ、一体何がしたいんだ」


 目が覚めると、目の前には物凄く顔の良い女の人がいた。

 ……いや、確かに女ではあるのだろうが。彼女を人扱いして良いものなのかは甚だ疑問の残る所ではある。


「こうして会うのはまだ2回目だというのに、開口一番にご挨拶ですね? 目が覚めて1番初めに見えたモノがワタシの顔なのですよ? ワタシ、これでも顔立ちには自信がある方なのですが。もっと嬉しそうにしてくれても良いと思うのですけれど」


「いや、確かに面の良い女は好きだが……」


「それに、ワタシ絡みとは何ですか。本当に失礼なアンデッドさんですね? 今回のコレ、本当にワタシは関与していませんよ。そんな力はワタシにはありません」


 彼女の指し示す方向を見やると、なるほど。これは酷い有様だ。

 地滑りか崖崩れでも起きたのだろうか、辺りは大量の土砂とそれに巻き込まれたと思わしき植物の残骸で溢れていた。


「……あぁ、思い出した。俺達は土砂崩れに巻き込まれたのか」


 意識を失う直前の光景を思い出す。

 本当に突然のことであった。山道を進む俺達の集団は、不運なことに土砂崩れに巻き込まれてしまったのだ。

 先進国であった本来の日本とは異なり、ヤマト国は所謂昔ながらの日本をモチーフに作られた国だ。故に、山道、田舎道は日本のそれとは異なり舗装も補強もされていない。文字通りの自然にただ道を切り開いただけのものがほとんどだ。


 そのため、自然災害はそれなりに多い。毎度の如く警戒すべき、とまではいかないのが厄介な所で、その頻度は運が悪ければ巻き込まれることもあるよね、といった程度。


 そして今回は、その不運にぶつかってしまったという訳か。


 周囲に俺達以外の人の気配はない。人も、馬も、生きている者の気配はまるでなかった。

 集団のリーダーを務めていた柳家の者は、そして彼に付き従う戦奴や使用人達は皆聖人ではなかった。この規模の災害に巻き込まれたのだ、一般人である彼らの生存は絶望的だろう。


 そして、目の前のこの女はまだグールでしかない。いや、ゲーム開始3年前であることを考えればもうグールであると呼称すべきかもしれないが、グールであることに変わりはない。

 グール程度では、この規模の災害を意図的に発生させることは不可能だろう。高位のアンデッドであれば化物染みた力を持つため可能かもしれないが、彼女がそれらのアンデッドを従えている様子もない。


「俺以外、全滅か」


「そうですね、アンデッドさん以外は全員死んでしまいました。自然災害って怖いですよね? 発生が予測しずらいですし、その規模も大小様々。かといって、発生頻度もそう多い訳ではありませんから、常に警戒し続けるというのも難しい話です」


 生者と死者の価値観の違いか。集団の被害について口にした俺に対し、彼女の返した言葉は自然災害という概念についてであった。

 人間の死を、それこそなんとも思っていない口調であった。


 いや、当然か。むしろアンデッドが人類を滅ぼすゲームの主人公である彼女が人間を悼むような思考をする方が違和感がある。


 ……かく言う俺も、心はともかく肉体的には死者側なのであるが。


「アンデッドのこの身に感謝することが相変わらず多いな。また運よく死なずに済んだ」


「ワタシにも感謝してくださいよ? 土砂に埋もれていたアナタを掘り起こしたのは他ならぬワタシなのですから。偶然ワタシが通りかからなければどうなっていたことやら……生き埋めならぬ、死に埋めですね? 文字通りの土葬です」


 ほら、とメヴィアは背後を見やるよう俺に促す。


「……よくこれだけ掘ったな」


「他ならぬアナタの為ですからっ! ねっ、ねっ? 感謝してくださいっ?」


 俺の背後には、すり鉢状の大穴が広がっていた。

 ……これ、どう考えても堀ったってよりも魔力で吹き飛ばした、って感じだよな。


 埋まっていた俺ごと吹っ飛ばされていたかと思うと少しゾッとした。この威力だ、普通に死にかねないだろ。


「あ、ありがとよ……」


 それでも、彼女に助けられたのは事実であるようだ。

 内心ビビりつつも、なんとか感謝の言葉を口にした。


「えぇっ、どういたしましてっ! ……えへへ、感謝されてしまいましたっ」


 アンデッドはアンデッドの気配を察知することが出来る。

 だからこそ、俺は普段アンデッドに襲われるようなこともないし、今回は彼女にこうして助けられた。

 人類にとって辛いこの世界では、アンデッドでいる利点……意外と多いのかもしれない。


 しかしそれにしても、埋まっていた俺の気配すらも分かるとは流石は主人公様だ。

 俺は目視で確認しなければアンデッドの気配なんて分からないというのに。


「それで、だが」


「はいっ、なんでしょうかっ?」


「この土砂崩れがオマエの所為じゃないってのはいいが――」


「オマエ、なんて他人行儀な呼び方は嫌ですね。メヴィア、と。そう、しっかりと名前で呼んでください? そちらの方が親しみが出るでしょう?」


 ……前世からのことを思えば、とっくにオマエには親しみを覚えてしまってんだよな、コッチは。

 だからあえて。人類滅亡の回避のために、彼女の側へと入れ込まないように、あえて他人行儀な呼び方をしていたというのに。


「どうしました? そんなにワタシの名前、呼びたくないのですか?」


「……いや、そんなことはないが」


「では、呼んでみてくださいっ! ほらっ、ほらっ、ほらっ!」


「……メヴィア」


「――――っっっ! はいっ、アナタのメヴィアですよっ!」


 メヴィア、と。小さくそう口にしただけで、何が嬉しいのか彼女は満面の笑みを浮かべた。


 しかし、ああ。だから嫌だったんだよ。


 俺はゲームをする時、デフォルトネームがあったならば変えない派のプレイヤーであった。

 だから、実に馴染むのだ。馴染み深いのだ。この、彼女のメヴィアという名前が実に馴染み深い。


 俺はまだ――いや、きっとこれからも心は人間のままだ。体はアンデッドではあるが、その精神は人間なのだ。人類を滅ぼす気もないし、滅ぼしたいとも思わない。

 かつて何度も人類を滅ぼしたことはあるが、それはあくまでゲーム内だから出来たことだ。戦争ゲームが好きなヤツが全員戦争に行きたい訳ではない。格闘ゲームが好きな奴が全員暴力を好む訳でもない。それと同じことだ。


 だから、目の前の彼女とは。

 人類を滅ぼすゲームの主人公、人類を滅ぼすために存在するアンデッドの神とは絶対に相容れないのに。


 だから、なるべく親しみなんて持ちたくなかったんだが――


「……いや、何故だ。どうして今、俺は彼女の名前を――」


 彼女の言葉通り、名前を呼べば親しみが湧く。親近感を得る。それは、俺自身分かっていた。だから避けていたことなのに――


「アンデッドさん? どうかしましたか?」


 その声に、今まで抱いていたはずのその疑念が霧散する。

 そして彼女は、俺が思考するよりも早く次の言葉を繋いだ。


「ワタシに何か、聞きたいことがあったのではありませんか?」


 ……そうだ。そうだった。俺は彼女に、メヴィアに聞きたいことがあるのだった。


「メヴィア。メヴィアはどうしてこんな所にいたんだ? こんな田舎の山道に。人間もほとんど通らないような山道だぞ、オマエ達アンデッドにとって何か意味のある場所とも思えないんだが」


 俺のその問いかけに、メヴィアはコテンと可愛らしく首を傾げた。


「オマエ達アンデッド、ですか。アナタもアンデッドであるのに、不思議な言い回しですね? ふふっ」


 一歩、二歩とメヴィアはこちらに近づいてくる。その度に、グール特有の濃厚な血の匂いが濃くなっていった。

 不快なはずのその匂いは、俺の食欲を、獣欲を刺激してくる。それは自身がアンデッドであることを、半ば強制的に自覚させてくるかのような匂いであった。


「偶然です。偶然。偶々ここを通りかかっただけ、ですよ? 先ほどもそう言ったではありませんか。偶然通りかかったワタシがアナタを助けた、って」


「……いや、偶然こんな道を通るかよ普通」


「疑り深いですねぇ。では、はい。少しだけ目的を話しましょうか。この道を、このタイミングで通っていたのは本当に偶然ですよ? ただ、この道の先にある街へと用事があったのです。ワタシ達アンデッドにとっても、森の中や山の中を進むよりも普通に道を通った方が快適ですからね。グールにはヴァンパイアやデーモンのような飛行能力もありませんので」


「なんだと、この道の先の街……」


 まさか、そこは。


「はい、きっとアンデッドさんの今想像している、まさにその街ですよっ。詳しい内容までは話すことが出来ませんが、ワタシはその街に少しばかり用があるのですっ」


 ふむぅ、と。そう小さく唸ってから、メヴィアは周囲を見回す。


「この行列、そして、アンデッドさんが柳家に所属していることを考えれば、どうやらこの皆様も目的はあの街であったみたいですね?」


 俺を掘り返していた――というよりも魔力で土砂を吹き飛ばしただけであろうが――際に周囲に広がった、土砂に埋もれていた人や馬、荷物の成れの果てを見やりながらメヴィアはそう口にした。


「さて、そういう訳でどうでしょう? 目的地がアナタとワタシで同じなのです。ですから、ワタシと一緒にあの街――コクラまで共に行きませんか?」


 コクラ――その名の通り、北九州のとある地域をモチーフに設定されたその街こそが、今回俺達が向かっていた街であった。


 既に亡くなったであろう柳家の何某――ゲームでも見たことのないキャラクターであった。本当に誰だったのだろう――が、その街を管理する柳家分家へ挨拶へ出向く。今回の旅路の目的はそれであった。


 柳家は現代日本でいうところの九州地域全域を管理する対アンデッドの名家である。その本家は南方に位置する場所に存在する。当然、その分北方地域ほどその管理はどうしても難しくなってしまう。

 そのため柳家は、本家ではどうしても管理が困難となる地域――北方や諸島――にいくつかの分家を設置することでアンデッドの発生やその被害に対応していた。

 コクラはその分家のある街の1つであった。


「……どうして、コクラなんかに向かう?」


「ですから、目的は話せませんってば。アンデッドさんがワタシの仲間になってくれるというのであれば、話すこともやぶさかではありませんが……そういう訳にはいかないのでしょう?」


「…………」


「そう怖い顔をしないでくださいよ、傷ついてしまいます。簡単に察することは出来ますよ、だってアンデッドさんはヒトを食べることなく柳家で暮らしているではありませんか。そう、まるで人類の味方でいるみたいに」


「……………………」


「ああ、誤解しないでください。責めている訳ではありませんよ? それに、アナタの邪魔をするつもりもありません。むしろ、ワタシはアナタの応援すらしているのですからっ!」


 ニコニコと上機嫌に。

 それこそ親しい友人とでも、あるいは恋人と語らうかのように朗らかに。


「現に、この前の墓所でも手助けをしてあげたでしょう? ああいえ、感謝の言葉はいりませんから。ワタシはワタシで、目的があっての行動ですからね? あ、でも褒められる言葉と感謝の言葉は貰えるなら貰えるだけ嬉しいものですから、下さるというのであれば、存分に下さいな?」


「……1つ、いいか?」


「なんでしょうか? アンデッドさんからの問いかけであれば、1つと言わずいくらでも答えますよ? 勿論、答えられる範疇で、という前置きはさせてもらいますけれど。乙女は秘密が多い方が魅力的ですものねっ」


「気前がいいな……じゃあ、2つにしておく」


「どうぞっ!」


「何故、俺に付きまとう?」


 彼女が俺に興味を示していることは明らかだ。今回助け出されたこともそうだが、今の言葉であの墓地で彼女の干渉があったことが確定した。

 しかも、干渉の理由は柳ユイでも柳ラサダでもなく、この俺だ。


 初接触の際に、珍しいアンデッドであると興味を惹かれたか? 先ほどの発言から察するに、特段仲間に入れたい、という訳ではなさそうなのだが……


「それは勿論っ! アナタが特別なアンデッドさんだからですっ!」


「どういう意味だ」


「意味もなにも、それだけですよ? 本当にそれだけです。アナタがアナタだから、ワタシはアナタに惹かれるのですっ!」


「……意味が分からない」


「ミステリアスで魅力的、と。そういうことですね? 嬉しいですっ!」


「何故そうなる……」


 いや、ゲーム内最推しであったのだから、確かに彼女は俺にとって魅力的な存在ではあるのだが。そして、意味不明な言動とその動機もミステリアスと捉えられなくもないのだが。

 その2つを並列してそう語られると、なんか違う気がする。


 彼女が、メヴィアが分からなさすぎる。


 ……だが、彼女の性格、行動原理が想定していた最悪ではないようで安心した自分もいるのも事実だった。


 彼女の言動から、理由こそ定かではないが俺に対して友好的であることは既に確かだ。そして、俺の活動を邪魔するつもりはない……つまり、少なくともしばらくの間は人類を滅ぼすつもりがないことも。


 俺は『アンデッド・キングダム』で人類絶滅RTAをしたことがある。バグ技なしの理論上最短日数絶滅も成し遂げた。だから、彼女がその気になってしまえばものの数ヶ月で世界が滅んでしまうことを知っている。


 その最悪のシナリオだけは、きっと起きないのだと。

 メヴィアの振る舞いを見て、そう俺は安心したのた。


 尤も、彼女の考えが今後変化しないと言いきれないのが怖いところではあるのだが。


「2つ目だ」


「なんでしょうっ!?」


「…………」


 少しだけ悩んでから、俺は口を開いた。


「……何故いつも全裸なんだよ。アンデッドだって、服くらい着てるもんだろ」


「あれ? ……この姿、お気に召しませんでしたか?」


 皮膚の捲れた自身のその赤黒い全身を見渡して、メヴィアは首を傾げる。

 彼女はゲーム内では普通に服を着ていた。だが、この世界の彼女は何故か全裸。まだ遭遇したのは2回目だが、どちらも全裸であったことから、おそらく彼女は普段から服を着ていないのだろう。

 

 何故、と。前から疑問に思っていた。


「男の方は女の裸を好むと、そう聞いていたのですけど。違うのでしょうか?」


「それは……違わないけどよ……えぇ……?」


「……?」


 返答は、まさかの理由だった。

 裸族だ、というのなら価値観の差ということでまだ納得できたかもしれない。

 だが……まさかの男の視線を意識しての全裸だったとは。

 彼女には羞恥心という概念がないのだろうか? まさかの痴女なのか? いや、原作がエロゲなことを考えれば、彼女が痴女であってもおかしくはないのだが……


「……同行するなら、服くらい着てくれよ」


「なんとっ、アナタはまさかの着エロ派でしたか! これは驚きですっ!」


「なんでそうなる。刺激が強すぎて目の毒だって言ってんだよ。あと、人にその肌を見られると俺までアンデッドだと疑われる。グールは分かりやすいからな」


「あ、そういう理由でしたか。なるほど、確かにそうですね魅力的すぎてごめんなさいっ! あと、普通に同行は認めてくれるんですか! 嬉しいですっ! 実質デートですねっ!」


 どうせ、彼女の方が能力が高いのだ。

 提案がメヴィアからだったことからも、同行を拒んだところで無理矢理付いてくることが目に見えている。拒絶するだけ無駄だ。


 俺に彼女の意見を拒絶する力などない。


 それに……人類を滅ぼすゲームの主人公だからと、そう警戒していたが。

 自身が、ハーフアンデッドというゲームの難易度を落とす存在であるからと、そう警戒していたが。


 どうにも彼女は、思っていたほど悪い存在じゃないように思える。

 色々とズレているし、グールになっている時点で何百人と人間を食らっていることは確かなのだ。人間の価値観で善悪を定めるなら、まさしく悪であろう。

 だが、想像していたほどの悪ではない。


 少しくらいは歩み寄っても、仲良くしてもいいのでは?


 そう俺は思い始めていた。

 だって、彼女は俺の推しだし。最推しだし。人類の滅亡云々がなければ、そりゃあ推しと接したいに決まっている。


 警戒自体は解くつもりはないし、彼女が人類を滅ぼすのだというのなら敵対せざるを得ないのだけれど。


 周囲の土砂に埋もれた死体や荷物から、自身に合う服を探し始めた彼女の背を眺めつつ俺はそんなことを考えていた。

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