第46話 まどろむ前に

「イーナさん、ちょっと話がありますの」


 大暴れをしたサナが大の字になり、その傍らでグリンボが寝ている横からムーンガラージャが手招きをしてきた。


「どうしましたか?」


 寝る気満々だったところ話しかけてくるということは、それなりに重要事項を伝えたいということだろう。テントの入り口をチラリと見る。どうやら使いのフクロウから話を聞いているビヨルンが気になるようだ。


 ビヨルンはこのテントでは寝ない。


 婚礼前に妻となる女性と一緒の空間で眠るのはジット家の家訓に反するものだと一人用のテントを作り、毎晩眠っている。


「もう少しこちらに来ていただけません?」


 ビヨルンに聞かれたらまずいことなのだろうか。何だか胸騒ぎがする。


「なんでしょうか……」

「実はですね、陰のドラゴンは自分くらいの美男子を目の敵にするんです。ですから、ビヨルンさんを見たら攻撃してくるかと」

「美男子? 目の敵? 人間に対してもですか?」

「はい。ドラゴン族だけでなく人間に対してもです。本当におこちゃまで困るんですけどね」


 ということは、ムーンガラージャが大昔に戦った時に美男子が犠牲になったということになる。


「大昔、人間の美男子が犠牲に?」

「えぇ。大取りとめました怪我をしましたが、陽のドラゴンの娘たちが急いでマーニャのもとに連れて行き一命を取り留めました」

「陽のドラゴンが急いでということは、なにか特別な存在の人間だった?」


 ムーンガラージャは静かに頷いた。戦いの最中に魔術師マーニャのもとに急いでいくのだから勝利に導くために必要な人物だったのだろう。


「それが、ビヨルンさんそっくりの魔術師見習いだったのです。ずっと黙っていようかなと思っていたのですが、陰のドラゴンが動き出そうとしているので……」


 どうしよう。封印が解かれ、ビヨルンの顔を見たら問答無用で攻撃してくる。しかも、今の時代はマーニャはいない。何かあったら、それは死を意味している……。


「なんとか避けられる方法はありませんか!? どうしてもどうしても最悪の事態だけは避けたい。ムーンガラージャ、どうか教えて」


 知らず知らずのうちに涙が頬を伝っていった。


「イーナさん、落ち着いてください。マーニャはいないけれどあなたが代わりを務めればいいのです」

「私が伝説の魔術師の代わり? そんなの無理に決まっています……」


 恐ろしさの余りに体が小刻みに揺れる。そんな様子を見たムーンガラージャが優しく肩を抱き寄せてくれた。


「弱気にならずに。瀕死から救い出すポーションやハーブ配合を考えましょう。マーニャは塗り薬とポーションをフル活用したと娘ドラゴンたちが口にしたのを覚えていますわ」

「塗り薬とポーション。塗り薬を作るにはミツロウが必要だけど、蜂の巣を探さないといけない」

「それならご心配なく。私、蜂の巣を探すのがとても得意なんです。この姿でもハチに刺されても全く痛くないので」

「そ、それは心強いです……」


 これだけの美女が無防備のまま蜂の巣に突進する姿を考えると、ギャップに思わず笑ってしまう。


「あら、笑いましたね」

「ご、ごめんなさい。ちょっと想像したら何だか面白くて」

「これからお隣さんの国に入ったら緊張の連続ですものね、笑ってリラックスしておくことも大切ですよ」


 ムーンガラージャの気遣いにほっとするものの、やはりビヨルンそっくりの魔術師見習いのその後が気になってしまう。


「ところで、ビヨルンに似た魔術師見習いは戦いが終わった後はすっかり良くなって普通の生活に戻ったのでしょうか?」

「私は戦いの際に聖剣と離れてしまい自分から石の中に入りましたけど、その時点ではすっかりよくなっていましたわ。元々、フォスナン国の若者でしたのでもしかしたらビヨルンさんのご先祖様かもしれませんね」

「その若者はマーニャさんの弟子ですか……」

「えぇ。ものすごく才能豊かな弟子だから私が引退しても何の問題もないだろうと言っていたので。ただ、陰のドラゴンのせいで大怪我したのでマーニャもかなりお怒りだったと」


 魔術師としての才能豊かでビヨルン並みの美貌でフォスナン国出身。どう考えてもビヨルンの遠いご先祖様だ。


「まだ起きていたのか?」


 テントの入り口が開き、ビヨルンが呆れた顔で覗いてきた。どうやらフクロウとの会話が終わったようだ。


「えぇ、ダンスパーティーの衣装の打ち合わせを少々」


 ムーンガラージャは涼しい顔で嘘をつく。恐ろしいほどの名演技だ。


「そうか。デンガー国を偵察していたフクロウから話を聞いたがどうやら国内は大変なことになっているようだ」

「大変なこと?」


 母国を追放されてからまだそれほど日が経っていないのに、どう変わってしまったのだろうか。


「詳しい話は明日グリンボとサナが起きてからするが、市場から人が消え街からどんどん人がいなくなっている。雨も降らず王都は砂埃に包まれ廃墟都市のようだと」

「廃墟都市?」


 信じられない。あれほど人が行き交い賑わいを見せていた市場から人が消えているなんて。何が起きたのだろう。いいえ、そんな中でもダンスパーティーを開こうなんて狂気の沙汰だ。


「あら、自分の国の衰退よりもダンスパーティー開催なんて怪しい人たちを呼び寄せる気満々ですね、陰のドラゴンは。こちらの動きを少し察知しているのでしょうか。ちょっと気になりますけどね」


 ムーンガラージャの推察が正しければ、相当に頭の切れるドラゴンだ。そんなドラゴンを相手に勝ち目はあるのだろうか。そして、ビヨルンを守るにはどうすればいいのだろうか……。


「三日ばかりデンガー国を偵察していたフクロウが、街はずれの結界が壊れて国のバランスが崩れているのが上空から見えたと私に教えてくれた」

「街はずれってなにかありますの?」


 ムーンガラージャが怪訝そうに質問してきた。しかし、ビヨルンは質問してきた彼女ではなく私の方に視線を向けて言い放った。


 何となく嫌な予感がする。そして、その感が外れないことも。


「焼け落ちた家が一軒。おそらく、それがイーナの実家だろう。周囲にあったと思われる花壇の周りを黒いもやがかかっているとフクロウが報告してきた」

「黒いもや?」

「イーナの家自体がデンガー国のバランスを保つ結界の役割を担っていた」

「結界? いったい何のことですか?」

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