第45話 眠りにつく前に

「うっそー! 軍師殿はすんごくチェスがお強いのですね。私も仲間内では強い方でしたが全く歯が立たないなんて驚きですわ!」


 夜、針仕事の合間にテントの中で私とチェスをやったムーンガラージャが手を挙げながら驚くように声を上げた。


 たしかに鋭い攻めを見せてきたから、彼女の言う通り仲間内ではかなり強いのは間違いない。


「でも、このチェス能力のおかげで親友に裏切られたあげく故郷を追い出されたんでしょ?」


 サナがいきなり本題を突っ込んできた。嫌がらせなのか裏表のない性格だからなのかよく分からないが、相変わらずストレート過ぎる。


「そうなんですか、イーナさん?」


 ムーンガラージャが大きな目をさらに大きく見開いて喰い付いてくる。どうやら詳しく説明しないと寝かせてくれなさそうだ。


「私、フォスナン国ではなくデンガー国出身でして……。実家は酒場で色々な職業の人が出入りをして小さい頃からボードゲームをして遊んでいたんです。チェスもその中の一つで。凄く強い医術ギルドの人たちから教わっているうちに少しずつ強くなったという話で……」

「それと追放がどんな関係があるんですか?」


 ダナが悪だくみを考えていた明確な時期はまだ分からないけれど、ここ数年ずっと玉の輿に乗りたいと口にしていたから、その頃から成り上がる方法を考えていたのかもしれない。


「チェス攻略ノートを書いていて、それを親友に盗まれて。そのノートでチェスの特訓をした親友の父親が近衛隊長からデンガー国の軍師に大抜擢、大出世したんです。ただ、私のノートを利用したのが露見しないよう私たち家族に濡れ衣を着せて追放処分となったのです」


 その言葉を聞いたムーンガラージャは口をあんぐりして止まってしまった。呆れかえっているのか、それとも……。


「ありえない! そんな非道なことをする人たちは私が成敗してあげますわ! デンガー国で見つけたら真っ先に攻撃しますからね!」


 美女が言うと微笑ましいが、本来のドラゴンの姿で言われたらダナとお父さんは震え上がるに違いない。


「でも、そんな簡単に軍師になれるものなの? あっ、イーナさんも同じでしたね。お得意のチェスで前軍師のグラントン様に勝ったから今の地位をゲットしたわけだし」


 サナが軽口を叩いていると、黙って話を聞いていたビヨルンが口を開いた。


「サナ、それは違う。イーナは知っての通り私を遥かに超える特別なスキルを持っている。グランドンも素晴らしき後継者がいたことに喜んでいた。悪いがデンガー国の軍師と同じように語らないでくれ。我が国の軍師に対して失礼だぞ」


 ビヨルンに軽く説教され、サナはさっきまでの勢いをなくしその場で泣き出した。


「そんな~。そんな~。ビヨルン様~」


 ウトウトしていたグリンボがサナの泣き声で目を覚まし耳を塞いでいる。


「うるさいでござる。夜だというのにそんな大泣きしたらオオカミが出てくるでござる!」

「オオカミ嫌い!」

「だったら黙るでござる」 

「なによ、爺様は!」


 騒いでいる二人をよそにムーンガラージャが興味津々そうに質問してきた。


「イーナさんのご実家って、主にワインを出していたんですか?」

「ワインも出していましたが、一番人気は母お手製のポテトグラタンとハーブ酒で……」

「ハーブ酒?」

「ラベンダーとかカモミールをワインやシードルに漬け込んだお酒です。仕事終わりに飲むと疲れが残らないと常連さんに大人気でした」


 まだ『大人気でした』と口にすると胸の奥がズキンと痛む。目を閉じればお客さん達に溢れ、笑い声が絶えない店の様子が浮かんでくる。そこにはシャイなお父さんと明るい笑顔のお母さんの姿もある。


「お辛いですね。自分の人生が親友一家の野望のせいで一変するなんて。やっぱり許せませんわ! パーティー会場で遭遇したらすぐにドラゴンになって炎をぶちまけるかもしれません」

「ちょっと、それは危険すぎるので落ち着いてください。とりあえずプリモス13世を操る陰のドラゴンが封じられている石を探さないといけませんから」

「たしかにそうですね! いやだ、私ったらつい興奮しちゃって」


 ニコッと笑う仕草も可愛らしいムーンガラージャ。パーティー会場で注目を集めること間違いなしだ。


「ところで、シードルはどうやって作っていた?」


 ふいにビヨルンが問いかけてきた。


「庭にリンゴの木がありまして。それだけでは足りないので向かいの家に住んでいるご夫婦からシードル用のリンゴを毎年もらっていました」

「向かいの家の夫婦とは?」

「老夫婦です。若い頃は旅一座の一員として各地を転々としながら俳優として活躍していたと」

「なるほど、各地を転々とか……。味方か?」

「味方、とは?」

「イーナを裏切った親子とは違い、味方だったのかということだ」


 ハリスさんは本当の祖父母のような存在だった。味方かどうかなんて考えることすらしたこともない。ビヨルンは何が気になるのだろう?


「私にとって、祖父母のような存在です」


 語気を強めて返答すると彼は明らかに動揺していた。どうしたのだろう?


「……そうか。ただ、本当の祖父母はいないのか?」

「両親とも天涯孤独のようで幼い頃の話は全くしませんでした」 

「そんな苦労を重ねていたというのに……」


 ビヨルンは呟きながら寝る前に必ず飲むカモミールティーを少し口に含み背を向けた。ばつが悪いようだ。


「それにしても、ビヨルンさんは本当にイーナさんに対して優しいですね~。サナさんにはズバズバ言いますけれど、イーナさんには自分の言葉で傷ついていないか心配していますもの!」


 ムーンガラージャが無邪気に言うとサナが真っ青な顔をして顔を上げた。


「どうされました、サナさん? 顔色が優れませんけど」

「どうもこも、あんたの言葉に傷ついているのよ!」

「あら、私は本当のことを言ったまでですが……。お気に召さなかったら謝りますわ」

「ムキー!」


 夜が更けていくというのにテントの中は日中と変わらず賑やかなまま。こうなったらテントを増やして二人がいる時間を減らした方がいいかもしれない。


 王宮でのパーティーでの作戦を煮詰めないといけないのに言い争いばかりしている暇はない。もう明日にはデンガー国との境目に到着するのだから。


「ビヨルン、テントを増やして私とムーンガラージャが夜は寝るようにした方が良いのでは? 騒々しいと話し合いもまともにできません」

「イーナ、心配する必要はない。こうしたやり取りがなければ本番に息の合ったコンビネーションは生まれないものだ」 

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