大親友に裏切られた私は公爵でもある魔術師に頼まれてハーブ栽培をしたら女軍師としてヘッドハンティングされ溺愛?~死の森に放置されたけど逆にスキル開花で人生好転する模様~
第44話 デンガー国では~ひと時の歓談~
第44話 デンガー国では~ひと時の歓談~
「この街の出現の原因は酒場を営む一家を陥れたから、と聞いて納得する者はいないのではないか? たしかにサンターレ様の行いは決して褒められたものではない。しかし、デンガー国の片隅に住む家族を追放しただけで急激に砂漠化が進み商人や職人が姿を消すというのは……」
地上から地下都市に来てからもう三日目が経とうとしているが謎は一向に解明されない。私がパン屋の爺さんに問いかけると彼はパンを捏ねながら話し始めた。
「信じるか信じないかは別だが、それだけ強力な結界があの酒場の辺りにあったのだろう。何も家ごと燃やさなくたっていいのによ。とにかく、モルセン一家と店のアリアナが消えてから国の様子はおかしくなっていったのは本当のことだ。軍人として王宮にいる時間の長いローメには分からないかもしれないが、本当にあの夜を境に街はガラリと変わった」
あの夜か……。
皆でカードゲームをしている最中、近衛隊長のサンターレ様がどういうわけか軍師になるという一報が兵舎に飛び込んできた。
『国家反逆罪の一味を見つけた手柄らしい』『軍師殿にチェス対決を挑んで負かしたらしい』『近衛隊長が軍師とはありえないほどの大出世だ!』
そんな話が飛び交う中、サンターレ様が反逆罪を犯した者どもを捕まえにいくための兵をかき集めに訪れた。
新たな権力者のため、そして名を上げるためにと周囲の者どものは我先にと身支度をして出ていった。
私はたまたま非番で、仲間内からも『ローメは休んでいろ』となぜか言われた。だから兵舎に残ることにしたのだが……。
たしか夜空に一筋の紫色の光が天に向かって走っていく様子を見た。幻かと思っていたが、今となってはあの現象も何かの予兆だったのかもしれない。
「あの日、私は非番で兵舎にいたが他の兵士はサンターレ様についていった。そのうちの二人は罪深き酒屋の娘を死の森に連れて行ったと……」
デンガー国に住むものなら『死の森』の恐ろしさを誰もが知っている。その森に足を踏み入れたら最後。二度と戻れないと物心ついた頃から何度も聞かされて育っているのだから。
「あぁ、可哀想に。イーナのことだな。何にも悪いことなんてしていないのに。無実の者たちを闇に葬った罪は大きい。それに、アリアナの店主と女将さんはもしかしたら魔術師の末裔かもしれん。あそこのハーブ酒は下手な薬術師が作るポーションよりも効果絶大だったしな」
「ハーブ酒か……。それなら私の両親も愛飲していた」
少し疲れが溜まった時に飲んで寝れば一晩で治ると父がよく口にしていた。兵士になり、酒が飲める年齢になると母が一瓶渡してくれた。稽古などで怪我をした時に飲んだが、他の仲間よりも治りは早かった。
「アリアナの店先には何種類ものハーブが植えられていた。別に変なことではないけどよ、どこに何のハーブを植えるとかで魔物から身を護る結界の役割になるって聞いたことがあるな。どこの誰からかは覚えていないが商人や職人の仲間内では有名な話だった。一掃された魔術師が市民として身を隠して生活していたのかもしれない」
国内から完全に追放された魔術師が市民として生きていけたのだろうか? 絶大な権力者である国王が好きではないという魔術師の残党がいるかもしれないことを全く把握していなかったとは思えぬだが……。
「サンターレ様は魔術師とかは昔のことと笑い飛ばしていたが、やはり一般市民の間では伝承が受け継がれていたということになるのか……。しかし、それを国王陛下が全く知らぬとは考えられない」
「そこまでお上の方のことまでは知らないが、本当に知らなかったのか。それとも、泳がせてまとめて一網打尽にするつもりだったのか……」
軍力に力を注ぐというプリモス13世。お妃を失ってからめっきり外に出る回数がなくなり、謁見できるのもごくごく限られた人間のみと聞く。サンターレ様はその中のお一人だ。最近の肖像画は全く出回らず謎に包まれたお方。
「国王が何を考えているのかオレ達には関係のない話だ。もうここでの生活は快適き過ぎて地上に戻ろうとする奴なんて誰一人いないぞ」
太陽のない地下都市。しかし、地上と同じように昼は明るく夜は暗くなる。どういった仕組みなのか全く分からないが、ここでの生活に不満を覚える人間はいないだろう。
「あの荒廃が劇的に改善しなければ誰も戻らない、か」
「もう街の秩序を守る規約も作り始めているからな。地上と変わらない街の運営が行われようとしている。国に治める税金も必要ないし、みんな似たような身分ばかり。まるで楽園だ」
爺さんはパンを捏ね終わると大きなボールの中に入れて蓋をした。どうやら発酵するようだ。
このパン屋も爺さんが迷い込んだときから焼き窯も完備してあったという。まるで、爺さんが来るのを待っているかのようだ。
「体調を崩したときはどうする? 夫婦も多いしそのうち産婆も必要だろう?」
「心配無用だ。デンガー国の街がそのまま移ったも同然。ローメの両親のように他国に移動した者もいるが、腕のいい医術師もいるし薬術師もいる。それに産婆もな」
整備された道の路上で金細工の職人が品物を広げだした。盗人が多ければ高価な商品を並べることはできない。それが、無防備に並べているのだから、ここの治安状況がどの程度かわかる。
父や母も危機が迫っているフォスナン国に行かず、ここに迷い込めばよかったのに……。
「建物や道路の修繕や改築費用が必要になるかもしれないが、それは各々一定額の積立金を出せばいい。誰も文句は言わないはずだ」
爺さんは椅子に座り、お湯を注いだ二つのコップに乾燥したラベンダーを一つまみ入れ、片方のコップを差し出してきた。
小さい頃に風邪になった時に飲んだポーションに似た味だ。
「なぜ、父と母はこの地下都市に来れなかったのだろうか……」
一口飲んだ後、私はなぜかそんな言葉を漏らしてしまった。
「キャロン運送業は物を運ぶのが仕事だ。ここでは徒歩で十分で商いにならないだろう。だから、この街に来れなかったんじゃないのか? 心配する気持ちは分かるが、顔をも広いし評判も良いから他に移っても十分やっていける」
運送業をこの街でやっても売り上げはゼロだろう。パン屋の爺さんの指摘通りだ。しかし、軍が攻め入れようと画策している国に向かうなんて……。
「そういりゃ、オレがこっちに来た初日に変わった婆さんに会ってな。これを渡されたんだよ」
爺さんはそう言うと店の戸棚の引き出しから取り出した古めかしい羊紙を見せてくれた。
「なかなか上等な羊紙のようだが……」
「手紙を送りたい相手に手紙を書くと羊紙が勝手に届けてくれる、と風変わりな婆さんが言っていた。大丈夫かって思って顔を上げたらもう消えていてな。周りに聞いてもそんな婆さんは見たことないって言うもんだからよ」
風変わりな婆さん……。私に以前ペンダントをくれた婆さんみたいなのがもう一人いるのだろうか?
「何とも信じがたいことを言う婆さんだな」
「オレは字が書けないし、カミさんも死んで久しい。子どもはいないし送る相手もいない。ローメ、お前にあげる。親に手紙を書いて元気かどうか聞いてみたらどうだ。どうせ届きはしないが、ものは試しだ」
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