第40話 古文書に記されしこと

「ムーンガラージャの身元を隠さねば。正体がばれにくくなるポーションを飲んだからひと安心だが、陰のドラゴン対策として我々は騙されないポーションやハーブティーも飲んでおいた方が良さそうだ」


 サナがギャーギャー騒いでいるが、ビヨルンは構わず来るべき事態への対策を考えている。


「あのような色のポーションを飲む気にはなれないでござるが……」


 グリンボの気持ちはよく分かる。作った本人でさえ飲みたいと思わない。三種類のハーブ自体は問題ないが、呪文によって出現したあの黒い液体の正体が謎だ。


「ムーンガラージャが飲んだポーションはドラゴン族のもの。相当強い作用があるのだろう。我々はそこまで強くなくても大丈夫だ。そうではないか、イーナ?」

「は、はい!」


 突然話を振られて適当に返事をしてしまったが、彼の推理の通りだと思う。強靭なドラゴン族が飲めるポーションは私たちにとって毒になりそうだ。


「イーナ殿、どういうものなら良いのでござる?」

「相手に騙されず、真実を見抜く。そういうのにふさわしいハーブ……。サフラン、コリアンダー、ローズそしてマリーローズ。四種類のハーブを混ぜたお茶を飲みましょう。保存が利くようにオリーブのタプナードにハーブを入れておけば、毎日食べることができます」


 毒に慣らすと同じように、毎日少しずつ食していくことで陰のドラゴンの魔力から身を護る。それがとても大切なことのように感じる。


「タプナード、私も大好きです!」

「ポーション飲んだから必要ないでしょう?」

「えぇ~。サナさん、そんな冷たいこと言わないでくださいよ~」


 また二人がワイワイ話し始めた。ここまでくると、仲が良いように見えてくるから不思議だ。


「人間や半魚人に合うものが、ドラゴン族に合うとは限らない。思わぬ副作用が出るかもしれぬ」


 二人の会話に割り込むようにビヨルンがピシャリと言い放った。


「あら、ビヨルンさんがそう仰るのであれば、仕方がないですね~」

「ちょっと、ご主人様の言うことは素直に聞くって何様なの?!」

「陽のドラゴン、自然を守る精霊ドラゴンことムーンガラージャですけど」


 首を傾げて自己紹介仕草を見たサナがまな何やら文句を言いだしているが、ムーンガラージャはそんな彼女を見て面白そうに話しかけている。


「どうやらムーンガラージャはサナのことが気に入ったようだな」

「……そうですかね」

「ところでイーナ、陰のドラゴン対策をした上でデンガー国へと向かうが他に何か気になることはないか?」


 優しい眼差しで語り掛けられるとまだ心臓がバクバクしてしまう。いつになったら慣れることやら……。


「えっとですね……。陰のドラゴンのボスについて書かれている文献などはないでしょうか。おそらくプリモス13世を操っている彼は、石に封じ込められていても所有者を操るほどの力を持っています。完全に封印が解かれた状態の力はどれだけのものななのか知っておきたいので」

「私も文献はベーカーや遣いのフクロウ達と読んできているが、陰のドラゴンに関しては『全てを焼き尽くす邪悪な黒い炎をまき散らす』と記されている」


 なにか短い呪文を唱えると、彼の手の中に分厚い古文書が現れた。


「ここに記されている」


『陽のドラゴン族は太陽を。陰のドラゴンは月を己の力の源とする。陰のドラゴンは理性を失い全てを焼き尽くす邪悪な黒い炎をまき散らし混乱を生じさせ世界を我がものにしようとしたが、謎多き老婆により陰のドラゴンの弱点を突き止められた。老婆は陽のドラゴンと力を合わせ、陰のドラゴン族は消え失せた』


「老婆はマーニャのことだろう。しかし、以前から不思議に思っていたのだが、どうして古文書がスラスラ読める? 私は努力と呪文により古文書が読めるようになったのだが……」


 確かにそうだ。なぜ読めるのか全く分からない。デンガー国にいる時はこんな古文書に触れる機会はなかったのに……。


 いいえ違う。ハリス夫妻の家に置いてあったのを目にしたことがあった。たしか10歳くらいの頃からつい最近までハリス家に行くたびに読んでいた古めかしい本。


 ここに記されている文字と似ていた気がする。


 ページをめくったらなぜか読めて……。あの時に読んだのはおとぎ話のような内容だった。魔法使いや王子さまやお姫様が登場していたから文字について気にもしなかったけれど。


「もしかしたら、小さい頃から読めたのかもしれません。自分でも分かりませんが」

「なるほど。イーナのスキルは『泥沼の森』つまりは『死の森』で開花したかもしれないが、幼少の頃より前兆があったということだろう」

「……」

「私が読むのとまた違う解釈をするかもしれない。ちょっと目を通してくれないか」


 手渡された本はズシリと重い。それにこの厚さ。挿絵も豪華でジッド家の威厳を感じる。


「『聖女の湖』が毒され常夜森と化す。ドラゴン族は杖の光と共に姿を消し、地形が変わるも人は新たな国づくり街づくりに精を出す。この一文がとても気になります。杖の光と共に、ということは杖の主が事態収拾の中心人物ということになりますが、これもマーニャでしょう」

「伝説のマーニャ、か。ジッド家にまつわるこの杖はマーニャの一部から派生したという話が伝わっている」


 ビヨルン愛用の杖が『千年前のもの』と言われても誰も疑わないだろう。


「この杖が本当にマーニャが持っていた杖の一部であれば、当時何が起きたのかを見ることもできるかもしれません。テントス川での出来事をローズマリーティーを飲んで見たように」


 過去の出来事を見るのは場合によっては辛く、嫌な思いをすることがある。テントス川でのビヨルンの両親、そしてサナのお母さんの最期を……。


「千年前の記憶を辿るのはさすがに時間がかかりそうだ。まずはデンガー国へと向かおう。馬車の中でムーンガラージャから陰のドラゴンの弱点などを聞きつつ、パーティー出席に向けて準備をしなければならない」


 テントス川沿いは平坦で歩きやすいがデンガー国に行くには時間がかかる。ビヨルンの言う通りいつまでもここで過ごすわけにはいかない。


 ホォー、ホォー、ホォー……。


 どこからともなくフクロウが飛んできた。昼間に飛び回るフクロウなんてビヨルンの遣いしかいない。


「デンガー国の様子を見に行ったフクロウが戻ってきた。イーナ、どうやら時間的余裕はないようだ」

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