第39話  陰のドラゴン

『愛しのイーナ』


 何度も何度も頭の中で響き渡るその言葉。ビヨルンはふざけているのだろうか?


 案の定、サナは怒り狂っている。

 

 どうにかこうにかグリンボがなだめて落ち着いているが、せっかく彼女の敵意がムーンガラージャに向かっていたのに。これで振り出しに戻ってしまった。


「私の存在をすんごく目立たなくさせて、空気みたいにしてくれるポーションを期待しています!」


 ムーンガラージャは無邪気に私のスキルとやらに期待している。当の本人は全くと言っていいほど特別なスキルが身についた感覚はゼロだけれど……。


 とにかく、命の恩人であるビヨルンの期待に応えなければいけない。心を落ち着かせて目を閉じると必要なハーブが頭に浮かんでくるスキル。最初は戸惑ったけれど、少しずつ自信を持てるようになった。


 しかし、今回は今まで以上に責任重大だ。ムーンガラージャの復活を陰のドラゴンに察知されないようにするポーション作りなのだから……。


 ビヨルンが教えてくれた呪文を唱えながら作ってみると良いようだけれど、本当にうまくいくのまだ半信半疑だ。でも、やらないといけない。危機はそこまで迫っている。


「そ、それではポーションを作ります。まず、三種類のハーブ『タラゴン』『ホップ』『セージ』をこのガラス瓶に入れます。そして呪文を唱えます……。ゴングナ ハキャーノ カ ナグア!」


 呪文を唱え終えると、手に持っているガラス瓶が小さく揺れだした。三種類のハーブが瓶の中で回りだすと緑色の炎に包まれてさらに激しさを増す。不思議なことに熱くない。


 炎が消えると瓶の中は真っ黒い液体で満たされていた。どうやらこれがポーションのようだ。


「イーナ殿、すごいでござる。しかし、この色のポーションを見るのは初めてでござるな」

「すんごく不味そう!」

「うわ~、その色のポーション! 懐かしいです~」


 懐かしい? 


 ムーンガラージャがそう言うのならマーニャが作っていたポーションにこの色に似たものがあったのだろうか?


「懐かしいとは、千年前に見たことがあるということか?」

「はい、ビヨルンさん。マーニャが作るポーションの大半は真っ黒でした。他の人は決して作ることのできないポーション。色が色なのでドラゴン族や人間も嫌がっていましたけど、味は良いんですよ~」


 こんな見た目でも味は良いなんてにわかに信じられないけど。というか、ムーンガラージャは飲んだことがある?


「なんと、飲んだことがあるでござるか?」


 グリンボが驚きの声を上げる。それもそのはず。この色のポーションを飲むのにはそうとうな勇気が必要だ。 


「そうなんですよ~。ドラゴンのボスとの戦い第一ラウンドの後にマーニャに頼み込んで。その時作ってもらったのが、回復に効果があるポーションでした。効果抜群でしたわよ! 彼女、陰のドラゴンが嫌いなので『さっさとやっつけてくれ』なんて言いながら作ってくれました~」


 ニコニコと笑いながら話す内容ではないけれど、それだけマーニャは特別な術師だったのは間違いない。


 真っ黒なポーションをごくごくと美味しそうに飲むムーンガラージャの姿はインパクト大だ。 


「なぜ、マーニャは陰のドラゴンを嫌っていたのか?」


 ビヨルンがそう呟いた。陰と言うのだから悪いイメージがあるけれど……。


「とにかく天邪鬼なんですよ! 裏表が激しくて。マーニャは真っすぐな性格なので陰のドラゴンと会話するとイライラするから嫌だって嘆いていました。頼まれごとをしてもことごとく断ってきたので、彼女と仲のいい私たち陽のドラゴンを攻撃してきたんです」

「マーニャと仲がいいからではなく、『キャッキャウフフ』としている陽のドラゴンが嫌いで攻撃してきたんじゃないんですかね~?」


 サナの言いたいことは何となく分かる。


 普段はドラゴンであっても人間化したらあれだけ無邪気かつ目も眩むほどの美貌。嫉妬で攻撃してきた可能性は高い。


「え~。だって陰のドラゴンのボスは男ですよ? そうか! 私たちが仲良く楽しそうにしているからイライラしたんですかね~。ちなみに、すんごいハンサムなんですよ。黙っていればいい男なのに言動がひどくて陽のドラゴンの女性陣はみんな嫌っていました~」

「ちょっとちょっと! すんごいハンサムってどれくらい?!」


 ものすごい喰いついている。サナはそこが気になるようだ。


「そうですね~。ビヨルンさん並? ビヨルンさんに影のあるところを足した雰囲気でしょうか。簡単に言えば顔はビヨルンさん並にハンサムかつミステリアスな大人の男性ですね~」


 その言葉を聞いてサナは私と同じことを考えているようだ。口をあんぐりして驚いている。


 ビヨルンのような美形であり謎めいた大人の男性。人間化して現れたら、多くの女性が惑わされ騙されてしまうだろう。


「わ、私はご主人様第一主義です。で・す・が、ご主人様並みの美形でミステリアスとなると一度は見てもいいかな、なんて思ったりしないでもないような……」


 本人は遠回しに言っているつもりだけれど、『会ってみたい』とストレートに言っているようなものだ。グリンボは呆れたような顔でサナを見ている。


「ブレブレでござるな~。第一、陰のドラゴンのボスが出現するということはこの辺り一帯で戦いが起きるという意味ですぞ!」

「そ、そんなの分かっているから! 平和は大切。ただ気になっただけ。爺様ったらうるさい!」


 ギャーギャー騒いでいる二人の様子は道中の風物詩になりつつある。


「ということは、私になりすますのも容易であろうな……」

「その通りです! 陰のドラゴンのボスはやはりレベルが違うので人間化して他人になりすますこともできますよ。とは言っても、石に封じられたきっかけもマーニャになりすまして怒りを買ったからなんですけどね~」

「マーニャに変身し陽のドラゴンを退治しようとしたというわけか」


 マーニャになりすました。女性にも変身できるのなら、ビヨルンになりすますのもお手の物。私は本物と偽物の区別がつくだろうか?サナやグリンボなら一緒にいる時間が長いからすぐに分かるだろうけれど……。


「しかも厄介なことに、アイツったらドラゴンでも人間でも誰でも洗脳する技が得意で。半魚人のサナさんも『あの人はご主人様だ』『ご主人様~』って思い込んでしまいますよ~」


 ムーンガラージャの言葉にもちろんサナは反応する。あちこちでギャーギャー声が響く賑やかな旅だ。


「ムーンガラージャ、聞き捨てならないこと言っているじゃないの! 私は絶対にご主人様を間違えることないんだから!」

「あら、そんなに自信あります? 見ものですわ~」

「ムッキー!」

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