第38話 ビヨルンの胸の内

「ムーンガラージャ、その石によりプリモス13世が操られているとすると封じられている石から飛び出る策を考えているのではないか? 君がこうして再び現れたとなると敵対する相手も黙ってはいないだろう」


 千年前の戦いに関して、ジッド家が所有する書物にも記載されている。その書物は両親やサナの母親、ベーカーが何度も読み返しているものだ。


『封じられているうちは平和だが、どうしても解く日がくるはずだ。その日のために色々と準備をせねば』


 父上はそんな言葉を常々口にしていた。幼き私は事の重大さに気がついていなかったが、ムーンガラージャの話を聞くとその戦いは壮絶なものだったに違いない。 


 どうにかして穏便に事を終わらせ、イーナとの婚礼を挙げたいが叶うのだろうか。両陛下のため、フォスナン国のために戦うことになるが、大切な人を失うことはもう二度としたくない……。


「フォスナン国を護るために私が出現したのであれば、おそらく陰のドラゴンも察知して戦う気満々になると思いますよ。人間化している間はなんとか察知される可能性も低いですが、本来の姿で暴れだしたら黙っていないでしょうね~。なんとかバレない方法ってありますか?」


 うるんだ目で懇願してくるムーンガラージャを見たら、デンガー国の男性陣は魂を抜き取られること間違いない。


 半魚人でもあるサナと姉妹や従姉妹としてパーティーに侵入すればそちらに目を奪われ、私やイーナそしてグリンボが動きやすくなるはずだ。


 そして、一番気をつけなければいけないのがイーナだ。


 デンガー国に足を踏み入れまだイーナが生きていると知られたら大騒ぎになる。下手に派手に変身させても男が狙う。何人たりとも彼女に近づけないためイーナは着飾らず、目立たずに変身させよう。


「それなら、イーナ軍師が出来るんじゃないですか? 不思議なスキルとやらでパパっと解決してくれるはずですよ。ドラゴン様!」


 いつものようにサナが独特な言い回しで提案してくる。確かにイーナが『死の森』で開花したスキルを使えば相手に気づかれにくくするハーブやポーションを考えてくれるはずだ。


「サナの言う通りだ。どうだろう、作れそうか?」


 私の頼みに困惑の表情を浮かべる。あの困った顔も何ともいじらしい。本当はもう少し優しい言葉をかけたいが、どうしても恥ずかしくてうまく言えない……。


「相手に察知されにくくするとなると、陰のドラゴンと似たような雰囲気のハーブやポーションが良い思います。陽のドラゴンをイメージすると、逆に明るすぎてバレてしまう危険性を高めそうです」

「陰のドラゴンっぽいといえば、『聖女の湖』で吐いた毒の色なんかいいかも! 個人的には無理な色なんですけどね。たしか、深緑とネズミ色、ほんの少し紫を混ぜたような色でした~」


 深緑、ネズミ色、ほんの少しの紫。たしかにこの三色を混ぜて美しい色が誕生することはないだろう。


 さて、イーナはハーブを使ってどのように仕上げるのか……。


「その色ですか……。それならタラゴン、ホップ、セージでポーション的なものを作りましょう」

「ちょっとイーナ軍師、『ポーション的なもの』ってなんだか胡散臭いんですけど」


 さて、またもやサナが質問してきた。女給頭としてジッド家で働く者の簡単な治療をしていることもあり『ポーション的』という表現が気にかかるのだろう。


 なるほど、イーナが我が家にいる限り宮廷直属の薬術師を毎回呼ばなくても済むことになるのか。薬術師と会わせて色々と知識を吸収する機会を設けたいが、デンガー国とのことを片付けなければいけない。


 「懐かしいです! ポーションなんて。ベースとなる液体も医術師や薬術師によって違うんですよね~。インチキ薬術師は水でしたけど、マーニャはたしか飲料に適していない『聖女の湖』の水を呪文を唱えて変化させて使用していました」

「なんと。変化させたでござるか?」

「はい。たしか、その呪文はゴンクナ……。千年も経つと忘れちゃいますね!」


 『ゴングナ』か。我が家の古文書に真っ赤な字で記さ禁句と記されていた呪文。その呪文を口にしても何か奇跡を起こすのは選ばれし者だけと……。

 

 父上でさえ口にしても何も起こすことは出来なかった。おそらくそれがマーニャの呪文なのかもしれない。


 イーナはどうだろうか。特別なスキルを持つ彼女なら、もしかして……。


「『ゴングナ ハキャーノ カ ナグア』ではないか?」

「ビヨルンさん、凄い! その通りです!」

「キャ~、さすがご主人様! 素敵!!」

「記憶力が相変わらず抜群でござる!」


 ムーンガラージャとサナ、グリンボが大騒ぎしている中、イーナはその場で立ちすくんでいる。緊張しているのだろう。どうにかしてリラックスさせたいものだが……。


「三種類のハーブを空瓶の中に入れ、私がさっき言った呪文を唱えてくれないか? 愛しきイーナ……」


 酒場の娘から過酷な運命に翻弄されたイーナ。辛いことの連続だが、こうして巡り会えたのは天から授けられた幸運。色々な思いが交錯する。


「え、えっと。その……。つ、作ります!」

「ちょっと、そんなこと言われるの千年早いわよ!」

「あら、それならサナさんが今度は千年の眠りにつきますか?」

「ムーンガラージャは本当に話がかみ合わないのね!」


 気の利いた言葉を口にするのが下手なことは自覚している。どうしてもストレート伝えてしまうが、イーナの反応をみているとやはり響いていないようだ。なんとも難しい。


 それにしても、サナはどうしてあんなに怒っているのだろうか?

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