第37話 千年前の戦い
「ということは、ムーンガラージャの千年前の戦いにより湖が森へと変貌を遂げたでござるか?」
ドラゴンのパワーの凄まじさは何となく分かるが、千年前の出来事でこの周辺の地形や国家形成に関わっているとは……。
なんでも詳しそうなグリンボも驚きを隠せないのは余程のことだ。
「地図を眺めていると、なんだかそんな気がしてきました~。もう湖がないのはガッカリ。しかも『死の森』とか『泥沼の森』なんて不吉。何とかして元の姿に戻したいです!」
「伝説の『聖女の湖』とやらをこの目で見てみたい気持ちもあるが、今の森には役割があるから難しい面もある」
「ええ~! どういう意味か気になる!」
ムーンガラージャは凄く強いはずだが、人間化していると男性なら必ず振り返るほどの美女になる。そして、この口調で喋っていても全く嫌味に聞こえない。恋に落ちない人はいないくらい魅力的な女性だ。
ビヨルンは彼女のことを、ムーンガラージャをどう思っているのだろうか?
サナは頭にきていて、すっかり私の存在を忘れているようだ。
「ムーンガラージャも知っていると思うが、千年前の時点でフォスナン国はすでに存在していた。突如消えたと我が国の古文書に記されている『聖女の湖』は憩いの場でもあったが、悪臭が五十年続いた後に森と化した。その後はデンガー国との境目として両国の衝突を避ける役割を担っている。不思議なことに、『聖女の湖』の水は飲料に適していなかったが森を通過して湧く水は飲料に適して農業用水としても利用されている」
不吉な名前の森だけれど、表には出ない重要な役割を担っているってことか……。
「湖の水はドラゴン族しか飲めないよう陰のドラゴンのボスが大昔に何か仕込んでいたので。今は広く使われているなら良かったです~。あの湖が復活できないのはすごく残念ですけど。陰のドラゴンの毒が逆に浄化作用があったということなんですかね?」
サラッと重要なことをいっている。つまり、陰のドラゴンは人間にとって真逆のような存在。『良いものが悪いもの』『悪いものや良いもの』になる。
「ムーンガラージャにとっては残念だが、なくてはならない森になっているのだよ。それで、第三ラウンドはどのようなことになったのか?」
「あっちも第二ラウンドで年下のドラゴンに負けてプライドずたずたになったのでやりたい放題! 子分とかの命を軽視してどんどん投入してきて……。陰とはいえ同じドラゴン。こんな戦いを早く終わらせたくて、本気で怒ったらすごいパワーを発揮して聖剣に雷が当たってその光で相手の親分を遠くに飛ばして。多分、石に封じられているはずです」
石? ムーンガラージャと同じように石に封じられている……。
「石に封じられているでござるか? 誰がそんなことを?」
グリンボが目を見開いて聞いてきた。
「あんまりにもうるさいからと、マーニャが封じていました。ボロボロで弱っていたので、親分のこと。簡単に杖を一振りでボンと石の中に吸収されていくのをこの目で見ました~」
「それで、ムーンガラージャは誰に石に封じられたのだ?」
「私ですか? 最後の戦いの時に聖剣とはぐれてしまったショックで自分から石の中に入りたいとマーニャ―にお願いしたんです。そしたら彼女『千年の後にまたお前が目を覚ますことがあるだろう。しかし、その時は人間の仲間が加わるはずだ。この地の運命を握る娘とそのパートナーが現れる』って。それってきっと、イーナさんとビヨルンさんのカップルですわね!」
ニコニコと笑顔で話すムーンガラージャの最後の言葉にサナが大いに反応した。
「なんですって! 運命を握る娘って私のことかもしれないでしょう!」
「そうですか~。マーニャは人間の娘って言ってましたよ。サナさんは半魚人族じゃないですか~」
平地で暮らし始めていたのに、あっちこっちに飛び回るマーニャ。おそらくビヨルンと同じように瞬間移動の術が使えたのだろう。
「この状況、軍師イーナ・モルセンであればどう考える?」
突然ビヨルンが話を振ってきた。ドラゴンの戦いを聞いていただけなのに。
しかし、デンガー国が乱れ始めムーンガラージャを千年の眠りから目を覚ました。歴史は繰り返すという言葉もあるくらいだ。何か大きな意味がある。考えたくはないが……。
「陰のドラゴンの親分も動き出した、と……」
「陰と陽。反発し合いが引きつけ合う者同士。陽のムーンガラージャが目を覚ましたということは、陰のドラゴンも動き出しているはずだ。石に封じ込められているとなると、デンガー国のプリモス13世が所有する赤黒く光る石なのだろう」
「そうです! マーニャが選んでいたのは赤黒い大きな石です。どの石かすぐに判別できるようにって」
「ムーンガラージャがいた石はそこらに転がっている石でござったのに……」
「私は無害だから、別に普通の意思でも構わなかったんですよ!」
それにしても単なるデンガー国の不穏な動きを止めるだけでなく、ドラゴン族の戦いにも発展しそうな展開になってきた。
千年前は地形を大きく変えるほどの戦いになったのだから、何とか人々の生活に影響が出ないようにしたい。けれど、そんなこと出来る?
「イーナ、不安か?」
恐ろしさのあまり顔を一瞬こわばらせたのを見過ごしてくれなかった。成り行きで軍師になったものの、堂々としていなければいけない。しかし、やはり事の大きさに潰されそうになる。
「不安じゃないと言ったらうそになります。このまま争いもなく平穏無事であることを祈りたいのですが、それが回避できないのであれば……」
「できないのであれば?」
「被害を最小限に抑えつつ、相手を押さえつけるしかないです……」
なんとか人的被害を防ぎたいが、先方がどのくらい好戦的になっているのか全く読めない。テントスの川沿いは穏やかで、これから戦が始まるかもしれないなんて感じることもできない。
「最小限に抑えるには、プリモス13世が持つ陰のドラゴンが封じ込められている可能性の高い石を壊すしかない」
「旦那様、壊したらドラゴンが出てきてしまうと思うでござる……」
「そうですよ! ご主人様をそんな危ない目に遭わせるなんてサナはできません!」
しかし、ムーンガラージャは封印されている石を見つけて杖を使い紫の炎で包んだら石が岩になり最終的に飛び出してきた。つまり、壊すだけなら飛び出すことはないのかもしれない……。
「あら、ご心配には及びませんよ。魔術師の力でないと封印を解くことはできませんから。私の場合、極めて不思議なスキルを持つイーナ軍師と魔術師のビヨルンさんのおかげで出てこれたわけです。術を扱えない者が陰のドラゴンがいる石を割っても、彼が飛び出してくることはありませんよ~」
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