第36話 死の森のナゾ

「人数は少ないが、踊りと楽器ののエキスパートと見習いの娘達ということにしよう」


 つまり、エキスパートはビヨルンとムーンガラージャ。見習いの娘はサナと私ということのようだ。


「それでよろしいでござるね。名前も少し変えた方が安全でござる」

「私、踊れますよ! ご主人様と一緒にダンスをしたい!」

「サナが踊れるなんて初耳でござるが?」

「爺様は余計なこといわないの!」


 グリンボとサナが睨み合っている。ここは仲裁に入った方が良いのか悩むところだ。


「ところで、デンガー国とはどの国のことなんですか?」


 ムーンガラージャがぽつりと呟いた。


「そうでござるか! 千年前にはデンガー国は存在しなかったでござる」

「なるほど。石の中で千年閉じ込められたこともあり、その間の歴史がスッポリ抜けているのか。それならば、地図を出し説明しなければならない。そして、ムーンガラージャが知っている古の話も聞きたい」

「あら、教えてくださいますの。嬉しいです!」

「イーナ、テーブルと椅子を出せるか?」


 軽くビヨルンに頼まれるも、肝心のテーブルと椅子は聖剣を呼び出す際の強風でどこかに飛ばされたようだ。


 運が良ければカバンの中にミニサイズとなって片づけられているはず。テーブルと椅子をイメージし『ここに出てこい。テーブルと椅子よ!』と強く念じるしかない。


 ボン、ボン、ボン!


 爆発音が河原に響き渡り、辺りは煙で覆われた。


「おぉ、無事でござる」

「感謝するぞ、イーナ」

「イーナ軍師、凄いです!」

「……」


 三人から感謝の言葉が出て、少し恥ずかしい気分になった。それにしても、どこから飛び出してきたのだろうか?


「今、我々がいるのは『テントスの川』になる。この川は昔からこの名前で呼ばれていたのか?」

「そうです! 私が『星の河原』の雑木林の中で眠りにつく前はもう岩が沢山あったのですが。多分、私が悪いドラゴンと死ぬ思いで戦っている時にどこかに吹き飛ばされたのかもしれませんね~」


 キャッキャウフフと楽し気に喋るムーンガラージャ。彼女の口から出てくる言葉と雰囲気がまったくかみ合っていない。 


「なるほどな。……もしかして、それはこの『ドクロ谷』なのではないか?」

「えっ、ここを『ドクロ谷』って呼ばれているんですか~? 昔は高山植物が咲くきれいな山でしたのよ。『マーニャの山』と言って、ハーブに精通した魔術師が住んでいましたの。ここでお昼寝するのが大好きでしたのに……。もしかしたら、戦いのせいで植物も生き物も育たない谷になっちゃったのかも~」


 千年の昔、テントスの川はこんなに穏やかではなくゴツゴツした岩がある川だった。しかし、ムーンガラージャと悪いドラゴンと戦ったことで周辺の地理が大きく変わってしまったようだ。


「この辺りがデンガー国ですか? で、この森は? こんな場所に森はなったと思いますけど。しかも、『死の森』『泥沼の森』ってなんです?」


 ドラゴンにとっての千年は短いのか長いのか感覚は分からないが、千年の間で様変わりしているのはムーンガラージャにとっても驚きの連続らしい。


「古からの伝承では、龍族の戦いでこの一帯は大きく変わり数百年かけて自然が戻る、と聞かされているでござる」


 そういえばグリンボは何歳なのだろうか? ムーンガラージャよりは若いのかもしれないけれど、それでも何百歳とかいってそうだ。


「たしか、この森の辺りは美しい湖がありました! ドラゴンたちが休息して。懐かしいですわ~。『聖女の湖』と人々は呼んでいました」

「そうか、『聖女の湖』はこの森のことだったのか……」


 ビヨルンが独り言のように呟くと、それまで岩に座っていたサナが突然立ち上がった。


「私も聞いたことがあります! その湖で泳ぐとお肌がすべすべになるという伝説が半魚人族で言い伝えられています。ずっと探していたのに、まさかの『泥沼の森』なんて!」


 ビヨルンは魔術師の家系だから知っている。サナは半魚人の家系ということで耳にしたことがある。私は謎の湖について聞いたり本で読んだ記憶がない。


 千年前にデンガー国は存在していなかったものの、領地に接しているなら少しは言い伝えが残っていてもおかしくないのに……。


「千年眠っている間にずいぶんと変わりましたこと。湖が消滅したのも、もしかしたら私たちの戦いのせいですかね?」

「美しい湖が誰も近づく者のいない森に変わったとなると、それなりの理由がありそうでござるな……」

「当時、どんな理由でドラゴン同士が戦ったのか詳しく教えてくれないか?」


 生き証人でもあるムーンガラージャが目の前にいるのだ。これだけ地形が変わっているのだから当時何があったのか気にならない人なんていないだろう。


「簡単に言いますと、ドラゴン族は陰と陽の二種類あります。私は陽のドラゴン族で、陰のドラゴン族がケンカをふっかけてきたんですよ。いきなり。何の前触れもなく」

「宣戦布告もなしにでござるか?」

「そうなんですよ! しかも子どもばかり狙ってきたりと汚いやり方で……。それで私、頭にきて陰のドラゴンの親分と戦ったんですよ~」


 彼女はサラッと言っているがとんでもない出来事の当事者だということが分かる。恐ろしい。絶対にムーンガラージャを怒らせてはいけない……。


「どのような戦いになったのだ?」


 ビヨルンの質問に地図を見ながらかつての戦いを詳しく説明し始めた。


「この河原で第一ラウンドが行われました。相手は戦いが得意で、私は若手のドラゴン。体力はあるけど経験不足で負けてしまいました。その時に、岩をたくさん飛ばしてマーニャさんは山に住めなくなってて、今のデンガー国の方に移り住んでしまいました。ちなみに、当時は広大な平野で城もなく王が治めているような場所ではありませんでしたよ」

「ということは、マーニャが移り住んだことで街として発展した可能性があるのか」


 魔術師が追放された国なのに、デンガー国の始まりが魔術師と言うのは皮肉な話だ。


「彼女、すんごい不思議な力を持っていましたから。山岳地帯に住んでいたので来れない人も、平地に住み始めたから集まってきたかもしれません。話を戻しますけど、作戦を立て直して第二ラウンドは私の勝利! 場所は『聖女の湖』近くです。勝負には勝ったものの、陰のドラゴンが湖に毒を吐いて水がヘドロと化して悪臭が立ち込めるようになったんです。今思い出しても頭にきちゃう!」

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