第35話 張り切るムーンガラージャ

 ビヨルンが口にした『デンガー国に行く』『パーティーに参加する』という言葉をにわかには信じられなかった。


 一方サナは、身分を偽るという部分に興奮している。


「正体を隠すのであれば、私が貴族の娘でご主人様は婚約者を。そして、イーナ軍師は下僕でよろしいですか? あと、ムーンガラージャは正体がバレると大変なことになるので、とりあえず袋で眠ってくださいませ~」


 なるほど。自分の好きなような設定で参加できるわけだからサナが大いに張り切るわけだ。ということは、私は完全に顎で扱われる。ただでさえ複雑な気持ちを抱えたまま故郷に戻るというのに……。


「あら、パーティーなんて何千年ぶりかしら? 今風のパーティに出てみたいですわ」


 おっと、ムーンガラージャも負けていない。


 サナに張り合おうとしているのか、それとも単に興味があるからなのか。真意が全く読み取れないのもドラゴンのなせる業としか思えない……。


「キッ! 何千年も眠っていたのですからいきなり動き出すと疲れてしまいませんこと? これから活躍の場があるかもしれないので、ゆっくりその時を持つのが礼儀だと思いますけど~?」


 嫌味を言っているが、ドラゴンを怒らせたらどうなるのかサナは考えないのだろうか。それよりもムーンガラージャがパーティーに参加するのを何としてでも阻止したい気持ちが強いようだ。


「ご心配ありがとうございます~。皆様のおかげで外に出られ、頭痛もすっかり治りました。これからは以前と同じように元気いっぱいに過ごしたいと思います!」


 どうやらサナの意地悪を意地悪だと思っていない。投げられた言葉を真正面から受け止めつつ華麗にさばいている姿は神々しいくらいだ。いや、神のような存在なのは間違いない。


「うぎゅぎゅ……」


 持っているハンカチを口で噛みしめ、必死で怒りを鎮めようとしている姿は完全に寸劇を見ているかのようだ。


「二人ともすっかり気が合ったのかな。これだけ会話ができるのだから」


 ビヨルンが的外れなことを言い出した。見ている方は事態を悪化させないかハラハラしてしまう。


「そうなんです、サナとお友達になりましたの」


 ムーンガラージャがニコニコと笑いながら言うと、サナはより一層ハンカチをギリギリと噛みしめる。上等な絹のハンカチが台無しにならないか心配だ。


「ゴホン。旦那様、それでは作戦を考るでござるか?」

「そうだな、グリンボ。色々と頼む」


 この場にグリンボがいなかったらどうなっていたことか。


「まず、テントス川沿いを馬車で揺られてデンガー国を目指すとします。パーティーに参加となりますと招待状も必要となりますが?」

「フクロウが届けてくれる」

「どのフクロウでござる?」

「ベーカーが担当しているフクロウだ」


 驚いた。ビヨルンの遣いのフクロウは一羽だけではないようだ。ということは、死の森にきたフクロウは今はどこにいるのだろう……。


「ご、ご主人様! パーティー参加するなら絶対に私は貴族の娘ということにしてください!」


 サナが凄い勢いで話に割り込んできた。それだけ必死なのだろう。


「なぜだ?」

「普段と違うことがしたいな、と。せっかくなので」

「普段と違うことをすると、必ずボロがでる。私を『ご主人様』と呼んでしまうように」

「……」

「そうでござる。絶対にサナは口を滑らせるでござる」


ビヨルンとグリンボから指摘され、反論できずに俯くサナを見ているとなんだか気の毒になってきた。


「それならば、ビヨルンの魔術で絶対にご主人様と言えないようにすればいいのでは? ビヨルンは公爵なので婚約者とし振るまえるでしょうし」


 私の言葉を聞いてサナは飛び跳ねた。


「ヤッダ~。イーナ軍師ったら本当は良い人かと思っていたけど、やっぱり良い人だったのね~」


 喜んでくれるのは嬉しいけれど、これまでの私への言動を考えると態度を変えるのが急すぎるような……。


「ちょっとそれは考えさせて欲しい」

「へ?」

「これまでデンガー国のパーティーに行くのはほとんど舞踊団や音楽団などの一座に限られている。今回は珍しく王侯貴族も対象にしていたようだが、過去を踏襲した方が良いだろう」


 有頂天になっていたサナはお先真っ暗という表情を浮かべ、その場で固まってしまった。


「キャ~。舞踊団とか音楽団なんて楽しそうです!」

「踊りや音楽の方がどうなのだ? ムーンガラージャは」

「大の得意です! 楽器でしたら大抵のものは演奏できますよ」

「それは頼もしい」


 二人の楽し気な会話により、サナはますます血の気を引いている。


「ということは、旦那様はどういう立ち位置で参加するでござる?」

「ダンスも楽器もたしなむ程度だが、なんとかなるだろう。団長ということにでもしておくか」

「あのレベルで『たしなむ程度』なら誰も生業にできないでござる」


 グリンボの話を聞く限りでは、ビヨルンの踊りと音楽の才能はかなりのようだ。そしてあの容姿。パーティーで注目を集めないわけがない。

 

「イーナはどうだ?」


 色々と気が重い中で急に質問されると言葉に窮してしまう。


 そもそも、私は上流階級が顔を出すパーティーに参加したこともない。ましてやダナが来る可能性の高いパーティーになんか絶対に行きたくないのに……。


「わ、私はどちらもダメです。馬車で待っています。もしかしたら知り合いに会うかもしれません。パーティーに出るなんて危険にさらすようなものです」

「たしかに! ご主人様、デンガー国を追放された娘がひょっこり現れたら大騒ぎになるに決まっています! せっかくの隠密行動も全てバレて水の泡になります」


 手のひら返しとばかりにサナは身振り手振り危険さを説明する。しかし、彼女の指摘の通りわざわざ危険を冒すことになる。


「そんなに心配する必要はない。目立たないように変装すればよい。イーナ、

私がついているのだ。何も心配しなくてよい」


 優し気に語りかけられても困る。サナが凄い目で睨んでくるのだから……。


「わぁ、素敵! 彼女のこと大好きなんですね! それに変装だなんて面白そう! 私も変装してみたいです」


 ムーンガラージャは無邪気に会話に入ってくる。どうやら彼女はビヨルンに気があるわけではなさそうだ。少し安心したが、サナの視線が痛い……。


「それで、何に変装したいのだ?」


 サナの異変に気がつくこともなく、ビヨルンはパーティーの話に乗り気のムーンガラージャに話かける。


 そんなことをしたら、ますます雰囲気が悪くなるというのに。


「そうですね、老婆の姿だけれど誰よりも上手に踊って周囲を驚かせたいです。ずっと退屈していたから派手なことしたいじゃないですか~」

「相手を騙して色々と情報を探るためにも変装は必須。よし、これから本格的に作戦を立てようではないか」

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