第34話 謎の美女の出現

「このペンダントを掲げると、何かが起こりそうなのか?」


 私の顔を真っすぐ見つめるビヨルンの瞳はいつも以上に透き通っていた。こんな目で見つめられたら、ほとんどの女性が簡単に恋に落ちてしまうだろう。


 おっといけない。ここは聖剣探しに集中しなくては。


「起きる予感がするの」

「そうか。イーナを信じよう」


 そう言いながらゆっくりとペンダントを頭上に掲げ、ぐるりと周囲を回る。


「う~む、何も変化が起きそうに思えませんでござるが?」


 グリンボが心配そうに見守る。テントスの川では変わらず小鳥がさえずり、そよ風が吹いてくる。異変の予兆はみじんも感じられない。


「……それならビヨルン、反時計回りをしてみて!」


 聖剣を探すには普通とは異なる方法が有効な情報を引き出しそうな気がした。反時計回りをし、時間を巻き戻す感覚で上手くいくといいのだけれど……。


 ゆっくりとビヨルンが反対回りをし始めると、穏やかだった風が何の前触れもなく強くなり始めた。


 ゴォォォォー。


「身をかがめた方が良いでござる。あと、ティーセットも片づけなければ……」


 グリンボが岩の後ろに身を隠し、叫ぶ。ずっと河原に座り込んでいたサナも騒ぎ始めた。


「ご主人様助けて~」


 吹き飛ばされそうな強風の中、ビヨルンは立ち続けている。なんとかして手助けに行きたいが、この風では近づくこともできない。


 それならば、彼の安全を祈りつつティーセットと馬車を何とかしなくては……。


「ジット家に代々伝わる大切なティーセットと、旅には欠かせない馬車よ安全な場所へ。そして、ビヨルンが無事に聖剣を見つけられますように……


 グリンボのいる岩陰に隠れ、風が収まるのをただ待つしかなかった。


「ギャー! ご主人様、死なないでください! ご主人様がいなくなったら、サナは生きていけません! って、あれ?」


 横でわめいていたサナが急に大人しくなった。そして、嘘みたいに風がピタリと止んだ。


「おぉ、これはこれは……」


 岩の上にピョコンと飛び乗ったグリンボまで感嘆の声を上げる。何かが起きたのは間違いないようだ。


「父上と母上、そしてサナの母が命を懸けて封印した聖剣がこの手に!」


 ビヨルンが珍しく大声を張り上げるのも無理はない。三人の命が宿ると言ってもいい聖剣を掲げているのだから。


「ギャ~、ご主人様すんごくカッコいいです! 伝説の剣士みたい!!」


 サナの目がハートマークになっている。わざとではないものの、自然と『カッコいい』ポーズを決めるビヨルンはいつもの五倍増しでかっこよく見えるのだから当然だ。


「眩いでござるな。直視できないくらい輝いているでござる」


 太陽の光が当たり、剣の先が眩しく光る。


「持ち手の部分に凹みがある。サナ、水晶玉のペンダントを貸してくれないか?」

「ハイハイ、喜んで!」


 私が頼んだ時とはえらい違いで、サナはスキップしながらビヨルンのもとへと駆け寄った。


「水晶玉のペンダントと同じくらいの凹みがあるから、試しに入れてみるか……」


 磨かれた水晶玉を聖剣の持ち手の真ん中の窪みに入れようとした瞬間、吸い込まれるようにはめ込まれてしまった。


 そして、突如ものすごい光が辺りを包み込んだ。


「な、何事ですか~」


 サナの絶叫が響き渡る。グリンボは恐ろしさの余りにその場にしゃがみ込んでしまった。


 ビヨルンは大丈夫だろうか? 剣に吸い込まれてしまっていないだろうか?


 徐々に光が弱くなると、そこには見覚えのない美しい女性が立っていた。


「なるほど、そういうことか……」


 光り輝く見事な黒髪。男性なら見るだけで動悸息切れを起こしそうな美貌。美人というくくりの中でも、断トツに目を引きそうなくらいだ。そして、サナといい勝負なくらい豊満なボディは男性の目を引くこと間違いない。


「あ、あんた誰ヨ!」


 案の定、サナが対抗心むき出しで詰め寄っている。


「サナ、よさないか。私たちの味方だ」

「?」

「味方と思っても良いかな?」


 ビヨルンが謎の美女に笑顔を見せる。なぜだろう、胸の奥がチクリと傷む。


「もちろんですわ」


 軽く会釈をする姿はまるで良家のお嬢様といった感じだ。二人の周りをキーキー言いながらサナがウロウロ歩いている。


「イーナ、聖剣のパートナーであるドラゴン、ムーンガラージャだ」

「……ムーン? えっ、ムーンガラージャ?!」


 さっきまで袋の中で眠らせていたムーンガラージャが人の姿となって現れた。頭痛も癒えているようで元気そうに笑顔を振りまく。


「元をただせば軍師がドラゴンを見つけるからでしょう!」


 サナが猛烈に抗議してきた。アイツ呼ばわりから軍師へとランクアップしているのが地味に嬉しいが、彼女の気持ちもよく分かる。恋のライバルなのか謎だが、いきなりあれほどまでの美女が現れたら誰だって穏やかな気持ちになんかなれない。


「あの、私、邪魔ですか?」


 見た目とは裏腹に、ゆったりとした口調でムーンガラージャが心配そうに聞いてきた。


「何も心配することはない。我々と一緒に旅をしよう」

「まぁ、嬉しい! ずっと石の中に閉じこもっていたので新鮮な空気を吸えるだけでも幸せななのに旅なんて素敵!」


 美男美女の二人は誰の目から見てもお似合いだ。私が横にいるよりもずっとずっと……。


「ゴホン。旦那様、ところで聖剣はどこでござる?」


 何とも言えない空気に包まれる状況を変えようと、グリンボが話を変えてきた。さすが、代々ジット家の執事育成係を任されるだけある。


「聖剣はムーンガラージャの腰に収まっている」

「安心してください! しっかり剣を護りますから」


 ムーンガラージャの腰には丈夫そうなソードベルトがあり、聖剣がスッポリと収まっていた。


 彼女の体つきと聖剣のバランスはお世辞にも合っているとは思えないが、対となるモノ同士なのだから仕方がない。


「ご主人様! 無事に聖剣とムーンガラージャが出会えたことですし、もうフォスナン国に戻りましょうよ!」


 色々と思うところがありそうなサナがビヨルンに懇願してきた。確かに大きなミッションをクリアできたわけだから、次にどういう行動するか考えなければいけない。


「全てが手に入ったのなら、未然に防ぐべく積極的に動くしかない」

「積極的に動く、ですか?」

「ほほう! それはどのようなことでござるか?」


 サナとグリンボから質問されたビヨルンはいたずらっぽく笑いながら口を開いた。

 

「非常にスリリングなことだが、デンガー国にでも顔を出してみよう。近々パーティーが行われるようだ。フォスナン国にも招待状が届いているようだ。もちろん正体を隠してだが」

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