第33話 デンガー国では~地下都市にて~

「結界……。両親から幼い頃から聞かされてきた話だが、軍では誰も知らぬ」


 ローメはポツリと呟いた。確かにそうだろう。オレ達のような庶民と軍人階級とでは話が合わないこともたたあるはずだ。


「商人や職人とは違う世界だからな。ローメみたいに商人階級から軍人になった奴なは滅多にいない」

「魔術師や結界などの話は遠い昔のことと思っている。街の急激な変わりように疑問を持っているが、本格的に動く様子も見られない」


 真面目なローメが苛立ちを隠せないのも分かる。


階級が固定されているデンガー国ではこれまでのような平和な日々が終わり、徐々に階級間での話がかみ合わなくなっているのだろう。


「でも不思議だな。なんで軍人のお前がここに迷い込めたのか」

「……迷い込む?」

「なに、オレも店を畳んでこれからどうしようか悩んでいたら、ここに来てな。話が長くなりそうだから店に入れ。美味しいパンもあるぞ」


 辺りをキョロキョロ見渡すローメはまだ完全に心を許していないようだ。仕方がないことだ。オレもこっちにきて三日ばかりは疑心暗鬼になっていたしな。


「それで、ここは一体どこなんだ?」


 いきなり核心をついてくる。相変わらず真っすぐな性格だ。


「地下都市だ。住んでいるのは職人や商人ばかり。あとは、医術ギルドのメンバーだな。上流階級や軍人は全くいない」

「私のような者はいない、と……」

「オレの勝手な推測だが、商売人の息子だから入り込めたのかもしれない」

「キャロン運送業の倅、だからか。しかし、それだけが理由なのか?」


 彼の言うとおりだ。運送業の息子だからここに足を踏み入れられるとは思えない。第一、キャロン夫妻はフォスナン国へと旅立ってしまった。


 商人の家から軍人として成功し、勲章を胸にこれだけ付ける地位を築いているのだからむしろオレ達の世界から遠ざかっている。


「……お前が身に着けているそいつのおかげかもしれない」

「これが?」


 以前なにもかけていなかった首に。軍から支給されるとは思えない不釣り合いの革ひもが見える。妙に引っかかるが……。


 ローメが取り出したそれは、素人でも分かるほど高価なペンダントだった。


「……黒曜石か? というか、これを誰からもらった?」

「先日、街を歩いている時に、どこからともなくしわがれ声の老婆が現れて」

「なんだそりゃ。どこの婆様だ?」

「私には見覚えがないが、相手は私のことを『キャロンのところの息子』と口にしていた。一度見たら決して忘れることがない風貌……」


 特徴的な婆さんならオレも知っているはずだ。しかし、そんな婆さんを顔が広いオレでも知らない。しかも、黒曜石のペンダントをプレゼントするなんて気前が良すぎる。まさか、魔術師の亡霊か?


「とにかく、ローメの日頃の行いが良いからだろうな。天のご加護ってやつだ」

「老婆も不思議だが、この地下都市も不思議だ。川も流れている。どうやったらこれまでの街並みを整備できるのか見当もつかない」

「そうだな。オレも全く見当もつかない」


 地上が荒廃し、地下都市に迷い込んだ最初の連中達に聞いても『最初から誰かが住んでいたような街だった』としか返ってこない。いくら考えても答えが分からないのなら素直に受け入れるしかない。


「ここに最初に足を踏み入れた奴らが来た時からこんな感じだったらしい。すぐに住み着いて生活でき、次々に商人や職人がやってきてこの賑わいだ」

「軍人がここにいて、何か役に立てるのだろうか?」


 平和なこの場所で軍に属する彼は何もやることはないだろう。手持無沙汰になるのは目に見えることだ。


「用心棒にはなるだろうが、それでは満足できないか」

「……それよりも、『アリアナ』の件や魔術師について色々と聞きたいことがある」

「聞いてどうする?」


 ローメは信用できる男だ。おそらくここから地上に出て上官に報告することはしないだろう。


「上級階級との認識の違いを確認したい。自分は軍人としての誇りを持っているが、デンガー国の現状を改善し階級の分断を何とかしたいと思っている」


 若いから希望に満ちているのだろう。しかし、この国の現状を改善するのは不可能に近い。それこそ魔術師が何人も姿を出して杖を振って何もなかったように戻してくれない限り無理だ。


「何とかなるか分からないが、オレが知っていることを全て教えてやろう。まず、何から知りたいんだ?」


 ローメの汚れのない眼を真っすぐ見ながらオレは語りかけると、ほんの少し考えると、口をゆっくり開き尋ねてきた。


「消えた魔術師と結界について……」


 なるほど、デンガー国ではもはや伝説の扱いになっている話か。


「魔術師は確かにこの国にいた。国王直属も何人かいたが、表に出ることはない。国王側も把握していない魔術師も存在していたはずだ。その多くが医術ギルドに所属する医術師または薬術師と言われていた」


 はっきりと『魔術師』と口にすることはなかったが、体調を崩した時に秘伝のハーブ調合で薬を作ったり意識朦朧とした中で聞いたこともないような言葉を唱え、治療してくれる者は何人もいた。


 反対に医術師の中にはそうした言葉を使わない者もいたが、やはり治療のレベル差は歴然だった。 


「なるほど。教養があり様々な知識に精通しているのであれば違和感はない。人々の生活にも溶け込む。私の家に出入りしていた医術師も、確かにハーブを調合し何事か呟いていた」


 そりゃそうだ。オレの家とキャロン運送業は同じ医術師が担当していたのだから。


 そう言えば、彼の姿を見かけなくなって一カ月は経つな。まだこの街に迷い込んでいないということは、地上にいるのか他国へ旅立ったのかのどっちかだな。

 

「そうそう。魔術師らしき者はきまってハーブと呪文を巧みに使っていた。悪だくみをすることもないが、国王は彼らを邪険にしているのは明らかだ。だから、地上が荒れていても魔術師がいないことが災いとなっている。国の危機に指揮をするのは国王だが、前線で食い止める魔術師がいないのだから……」

「……軍師ではダメか?」


 デンガー国の軍師。今は裏切り者のサンターレがその地位に就いている。


 ローメにとっては軍のトップであり崇拝すべき軍師なのだろうが、オレからしたらとんでもない話だ。


「ローメ、お前には悪いがアイツじゃダメだ。なにせ家族ぐるみで付き合っていたモルセン一家を裏切った。親しい人に無実の罪をなすりつける奴に未来はあるか?」

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