第32話 デンガー国では~謎の街に迷い込むローメ~

「今のお前なら私の口添えでいくらでも出世できるぞ。軍師を除けばな。ガハハハッ!」


 私のすぐ前を威勢よく歩くサンターレ様が軍師に就任して以降、デンガー国の内情は悪化の一途をたどっている。


 軍人としては目を背きたいことだが、両親が家に残した言伝からも無関係だとは思えない。


 軍部の者は誰もそれに気がついていないのか、それとも気がつかないふりをしているのか。


 おそらく異変を察知していないのだろう。そうでなければ、五日後に宮廷でパーティーを催すなど考えもつかぬこと……。


 貯蔵庫からは一時ほどのペースではないにしろ、やはり食糧事情は全く改善する様子は見えない。穀倉地帯にいる以前の部下たちからは『畑が燃えるような不吉な現象』が起きていると報告を受けている。


 このことをサンターレ様に申したいところだが、状況が分かるにつれて言いにくくなっているのが何とも歯がゆい。


「どうだ、ローメも参加したらどうだ?」


 浮かれた様子のサンターレ様にふいに言葉を向けられた。どうやらパーティーのことを聞いているようだ。


「私は、華やかな場所は苦手ですので」

「そうか? そなたがいれば女性から熱いまなざしを送られることだろうに」


 デンガー国の軍人として、まずは国王陛下をお守りするのは当然の役目。女性にうつつをぬかすようでは務まらない。


「私も嫁探しで参列しようと思っているのだ。たしかに、ローメと一緒にいると女性陣が全てそなたに走ってしまうだろうからな」

「まさか。私のように不愛想な男に誰も興味は持たないことでしょう……」


 私の言葉を聞き、サンターレ様はガハハと笑うだけだった。そして、私は愛想笑いを浮かべた。


 たわいもない会話をしていると、近衛兵が小走りにこちらにやって来た。何かあったようだ。


「サンターレ様、緊急会議が行われるため急ぎ黄金の間にお越しください。陛下もご参加です」

「うむ。何か起きたのか?」

「パーティーの警備体制についてとのことです」

「分かった。急いで参ろう」

「それではサンターレ様、私はこれにて」

「うむ」


 二人の姿が見えなくなるまで見送ると、目の中が急に痛くなった。砂だ。王宮の廊下にまで砂埃が入るようになっている。


 雨は降らず、日照りが続く。市から人々が消え去り両親はフォスナン国へと旅立ってしまった……。我が国が侵略しようとしている国へと。


 それなのに、国王陛下はパーティーを開こうとしている。何か侵略と深い関係があるのだろうか?


 聞いた話によると、フォスナン国へも招待状を送付しているという。油断させて来賓を人質にし、脅しをかけるつもりだろうか。


「そんなことをして上手くいくのだろうか。相手は交易も盛んで交渉術が上手いのだから、情報は筒抜けかもしれぬ……」


 チュン、チュン、チュン。


「雀か……。おや、これは?」


 どこからともなく姿を現した一羽の雀が小麦の穂を加えている。まさか、雀が貯蔵庫から盗んでいた犯人か?


 チュン、チュン……。


 不思議な雀だ。私が近づこうとしても逃げようとしない。むしろ道案内をしているようだ。


「……今日は大きな仕事はないことだし」


 そう言い訳をするように、雀の後をついていくことにしよう。


 本来なら馬に跨り出かけたいところが、牛や馬への食糧も枯渇気味だ。無理に負担をかけることはしたくない。


「……うん?」


 城門をくぐり抜けると門番が敬礼をしてくるが、足元がふらついている。空腹なのだろう。これでは門番としての役割を果たしているとはいえない。


「これを。少しの足しになるだろう」

「……よ、よろしいのですか?」

「気にするな」


 袋に入れていた携帯用の食糧を渡すと、夢中になって口に入れる。どれだけお腹が減っていたのだろうか……。


 城から街への一本道には多くの人が行き交い、広場には市も出て賑わっていた。もはや古代都市のように遺跡と化している。


 ブォォォォー。


 強風にあおられ砂埃が舞い上がった。目も開けられない。雀は、雀はどこにいる?


 チュン、チュン……。


「こ、これは一体どういうことだ?!」


 砂埃が消えると、目の前には水が流れる小川と整備された道路沿いに店や家立ち並ぶ街並みが広がっていた。川沿いには緑豊かな低木が植えられ、少し前までのデンガー国の市中と見間違えてしまう。


「街はずれなのか? いや、こんな風景に見覚えがないのだが……」


 行き交う人はまばらだが、商人らしき人の姿も見える。どこからともなくパンの良い匂いも漂ってくる。


「お~い、ローメじゃないか!」


 通りの向こうから両手を上げて高齢男性が叫んできた。どうやら知り合いのようだ。そうでなければ名前で呼ばないだろう。


 少しずつ地下ずく男性の姿を見て驚いた。子どもの頃から可愛がってもらっているパン屋の爺さんだ。


「とうとうお前さんもここに来たのかい」


 食べ物に困っていないのだろう、肌つやがとてもいい。まさか、王宮の小麦泥棒は爺さんなのか?


「なんだい、怖い顔なんてしちまって。昔のようにニコニコ顔のローメに戻ってくれよ」

「……」

「すっかり軍人になっちまったな」


 パン屋の爺さんは頭のてっぺんからつま先でジロジロと見る。自分的には小さい頃と変わっているところはほとんどないと思うのだが。


「お前はオレを怪しんでいるんだな? 街はすっかり荒廃しているのにここは以前の街と同じように人々が生活しているしな。しかもあちこちから良い匂いがしてくる。盗人の街なんじゃないか、と」


 参った。古い付き合いだからこっちの考えを全て見透かされている。


「王宮では少し前から食糧貯蔵庫から小麦などの盗難が相次いでいる。寝ずの番で見張りを立て、倉庫内にも配置しているにも関わらず。正直に話して欲しい、何か知っていないか?」


 問いかけにパン屋の爺さんは一瞬困った顔をしたが、すぐに肩をすくめた。


「小麦がドンドン消える話か……。オレの店もそうだったぜ。地上にいる時はな。だけどよ、ここにきたら小麦粉を使っても使ってもなくならないんだよ」

「……地上?」


「そんな話を素直に信じろと?」

「騙されたと思ってこっちに来て、自分の目で確かめて見ろよ」


 爺さんはそう言うと、来た道へと戻って行く。怪しい気持ちを抱きながら大人しくついていくと、楽し気に会話をする人々の姿が目に飛び込んできた。


「どういうことだ? みんな知らずに移住しているのか?」


 レンガの家もみな真新しい。これだけの街を作るとなるとかなりの人員が必要だ。それを国王陛下や軍が全く察知していないのはありえない。


「例の事件、知っているだろう?」


 パン屋の前に来ると爺さんは後ろを振り返り、静かに聞いてきた。例の事件と言うのは、両親が言伝した事件のことだろう。


「……母が手紙に記していた。あの件とこの街の件は無関係ではないと?」

「王宮の食糧の紛失事件は分からないが、地上が荒廃しているのは『アリアナ』の家族を消し去ったからだと口々に言っている」


 酒場の一家とデンガー国の荒廃。因果が分からぬ。


「どういう関係で、あんな事態になったのかが解せぬのだが……」

「簡単に言えば、結界だな。あの店をなくしたことで結界が崩れてしまったんだよ……」

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