第30話 聖剣に隠された悲劇

「どうやらデンガー国との国境の結界に問題が生じたため、極秘調査に出かけたようです」


 私が説明すると、ビヨルンもグリンボも小さく頷いた。そのことは二人とも把握しているようだ。サナはうずくまって話を聞いている。


「十年前のあの日、先代様から屋敷のベーカーとの連絡係を仰せつかって中継係を担当していたでござる。この周辺にいるゴブリンを使って。国境に問題があるから直しに行くということで、簡単な任務だと思っていたのでござるが……」


 悲し気に視線を落とすグリンボを見ると、当時の混乱と悲しみが伝わってくる。


「元々強固だった結界が崩れてきている。急遽直し、デンガー国の国王が持つ赤黒く光る邪悪なパワーを持つ石を封印せねば、という言葉が聞こえてきました」

「赤黒い石と?」


 ビヨルンは眉間にしわを寄せて聞いてきた。どんな表情でも美形は美形なのだから羨ましい。


「元はヤギ使いの少年だったとも言っていました。偶然赤黒い石を見つけたことから運命が急転したと」

「どんな風にヤギ使いが国王になれるのでござる?」

「偶然、当時のデンガー国の国王の馬車の馬が怪我をし、手当てをしたことから上流階級に潜り込むことに成功し、国王の地位まで手に入れたという会話を三人でしていました」


 一介のヤギ使いが国王になるなんてとんでもないことだ。それだけプリモス13世が持つ石のパワーは強烈なのだろう。


「ところで、『元はヤギ使い』と口にしていたのは?」

「おそらくサナのお母さんかと」

「サナの母上は、あちこちの魚と親しく情報収集が得意だったでござる」


 半魚人だから魚の言葉が分かる。とても便利な能力だ。


「これで出自は明らかになった。ただ、これはトップシークレット。この世でその事実を知っているのは、プリモス13世本人のみだろう」


 ビヨルンがそう断じるが、彼のお母さんでもある公爵夫人が話していた内容が引っかかる。


「それが、どうやらそうとも限らないようで……」

「?」

「ビヨルンのお母さま、先代の公爵夫人がデンガー国の魔術師に関して『静かに時を待っているのでしょう。ポーションを作る薬術師、医術師そして街の人になりすまして』と口にしていました」


 私の言葉を聞き、ビヨルンは天を仰いだ。涙を堪えているのか定かではないが、平常心ではいられないだろう。


 私も思い出に蓋をしているが、お父さんとお母さんのことを考えると……。


 ビヨルンも同じように辛い経験と向き合わずここまで過ごしてきたのかもしれない。


「ということはですぞ、抹消されたかと思われたデンガー国の魔術師達は上手く姿を消し、今も残っている可能性がありますな。誰もプリモス13世を信用しておりませぬ故、反撃のチャンスを伺っているとも考えられるでござるが……」


 河原の小石を蹴りながらグリンボはグルグルと歩き、デンガー国内での反乱を期待する素振りを見せる。


「しかし、魔術師達が消えたのはメデゥー王妃の件を境にしてだ。父上と母上、サナの母の事件と別件。十年ほどの違いが生じている」


 ビヨルンの指摘通りメドゥー王妃は私が生まれる前、今から二十年前に亡くなり、ジット家の悲劇はその十年後に起きたわけだ。


 さらに十年経ったのが今、デンガー国ではモルセン一家が無実の罪に着せられた。でも、私たちは一般庶民でジット家とは立場が違う。両親や私がいなくなり困るのは酒場に来ていたお客さんくらいだろう。


「旦那様の仰りたいことはグリンボもよく分かります。しかし、十年なんぞあっという間の時間でござる」

「それはゴブリンだから言えることだろう?」

「……さようで」


 グリンボが恥ずかしそうに頭を掻きながら白い歯をこぼした。


「イーナ、他に何か聞こえたりしたか?」

「……はい。十年前、赤黒い石の存在に気がついた三人はこの辺りにある聖剣を相手も欲しがっていることを察知し、対となるドラゴンを探そうとしていたようです。そして、聖剣とドラゴンにより邪悪な石を封印する計画を練っていました」

 

 サナは相変わらずうずくまって話を聞いている。最愛の母親の最後を聞けば聞くほど悲しい思い出がよみがえるのだろう。


「ドラゴンはこちらが確保してある。あとは聖剣を探し当てるのみ」

「おそらく、プリモス13世も異変を感じているかもしれません。急がないと」

「……それには及ばぬ。フォスナン国の人間のみで動き出すと察知するようだが、デンガー国出身者がいることで探査能力が著しく落ちるようだ」

「?」


 ビヨルンが不思議なことを言いながら古い日記を見せてくれた。


「十年前、すでに調査に出かける際に怪しいカラスに追跡されていたと父が記している。このこともあり、国王陛下に危険が迫ると判断し内密に行動したようだ」

「そのカラスなら覚えているでござる。仲間に伝えて尾行を邪魔した思い出があるでござる」

「しかし、今回はそういう動きが全く見られない。ベーカーからも報告を受けているがこちらの動きが知られていないようだ」


 私がいることで追手がこないのなら万々歳。安心して聖剣探しに集中することができる。


「デンガー国のメデゥー王妃がこの世を去ってから、十年単位で結界の歪みが生じたり邪念が増大するなど気になる点は多々あるでござる」

「その点はグリンボに同意する。三人は十年前、この辺りでフォスナン国のために結界矯正を行い何者かの仕業で命を絶った。プリモス13世が持つ石から放たれた何かによって……」


 ビヨルンはおもむろに胸元からペンダントを取り出した。小さなガラスの小瓶には赤黒い破片が入っている。


「母と父そしてサナのお母親が命を懸けてこのカケラの波動をストップさせたようだ。何か感じるか、イーナ?」


 どうやらこれがプリモス13世が偶然手にし、願いを何でも叶えてくれた石の一部のようだ。


 波動は感じない。慎重に記憶をたどるしかないようだ。


 心を落ち着かせ、ローズマリーを一口飲むと鮮明に画像が浮かんできた。


『あのバカを使い世界征服を企んでいるというのに小賢しい真似をしおって! 許さぬぞ。わしを邪魔するものは全員消し去ってやるわ! そしてうまく隠れていると思い込んでいる魔術師達全員をこの世から消し去ってやる!』


 あぁ、なんて酷いことだろう。プリモス13世の意思ではなく石によって操られていたとは!


「石が全ての元凶のようです。プリモス13世を操り、デンガー国に潜んでいる魔術師達を根こそぎ消し去ろうとしています」

「なんと!」

「それならば、すぐに聖剣を探す。イーナ、何が必要だ?」


 何が必要なのか。ハーブか、それとも杖なのか。いや、このビヨルンのペンダントがカギだ。


 大切な人たちの祈りが詰まっているペンダントが示してくれる・‥‥。


「ビヨルン、ペンダントを掲げてその場で回って!」

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