第28話 サナの秘密

「やっぱりここの居心地は悪くないわ~」


 大好きなご主人様の胸ポケットの中で過ごすと、ゆりかごに揺られているみたいで落ち着く。本当は顔を拝んでいたいけれどまぁいいわよね。


 それにしても。大いなる愛に包まれるような気がする……。


 そう、結局は『気がする』だけ。


「サナはビヨルン様より二歳年上でお姉さんだけど、決して呼び捨てをしてはいけないの」


 私がご主人様に恋焦がれているのを小さい頃から何となく知っていたママは、しつこいくらい注意してきた。


 凄くムカついたけれど、あれはジット家の女給頭として当然の教育。今なら感謝の言葉を何度も口にしたい。叶わない夢だけど。


 その教えを忠実に守り、先代当主様と奥様そしてママが一度に亡くなってしまった忌まわしい事故を乗り越えて今日まで頑張ってきたのに……。


「いきなり隣の国から得体の知らない女なんか連れてきて! しかもフィアンセですと!?」


 悪い冗談ならまだ笑い飛ばせる自信があるけど、ご主人様のあの表情は本気だ。本気であの女、イーナ・モルセンとやらに本気で惚れている。


 普段、女性の仕草一つにも興味を示さないご主人様がやたらと彼女を気遣う。眼差しも全く違う。完全に恋をしている男の顔をしている。


 思われ人であるイーナ本人が全く気がついていないのが不幸中の幸い。彼女は自分の持つ特殊能力に惚れていると勘違いしているというノー天気さ。


 ご主人様の寵愛を一身に受け、これ見よがしに目の前でイチャイチャし始めたら国中の未婚女性を敵に回すことになるけど、いっそ針のむしろ状態なら逃げ出すかも?


 これまでも既婚女性からも熱い眼差しを向けられているご主人様だから、突如現れた婚約者イーナへの嫉妬はとんでもないことになるわ。


 そのことが女給頭の私の新しい仕事になりそうなのだから頭が痛いったらありゃしない。


 敬愛するご主人様。愛おしいご主人様の婚約者の身を護ることになるなんて、とんだ罰ゲームね。


「ビヨルン様への色仕掛けを身を挺して阻止するのが私ベーカーとサナの役割です。それと同様にイーナ様に何か危険があれば、それを全力で阻止し相手を割り出しビヨルン様にお伝えするのも大切な任務。決して、決して忘れてはいけませぬぞ」


 イーナ・モルセンがジット家に来た夜、ベーカーはそんなことを私に言ってきた。


 色仕掛け防止策として、私はご主人様の出先に同行し必ずミニスカートと体の線を強調する服装を心がけてきた。


『こんな素敵な女給頭がいるなら私なんか相手にしてくれない』と戦う気力を失わせるためだ。


 自分で言うのもなんだけれど、かなり魅力的な女性になった。けれどご主人様は全く見向きもしてくれない。


 絶対に口にはしないが、ベーカーは私のご主人様への気持ちをよく知っている。だから『アイツを護る=ビヨルン様を護る』と言い聞かせてきたのよ。


「ベーカーもさ、私にだって女心があるくらい理解してくれたっていいのに……」


 ママが生きていたら何てアドバイスを送ったのだろう。きっとベーカーと同じようなことを口にするんだろうな。


「先代ご夫妻の優しさ、ママの厳しさの中の優しさ。あれから忘れ日なんか一度もないけれど、アイツが来てから恋しさが増してくる」


 今から十年前。


 主席魔術師という姿を隠し、フォスナン国の公爵夫妻とお付きの者として三人は国王陛下にも詳細を伝えず何かの調査に出かけた。


 グリンボ爺様が中継役を、屋敷ではベーカーが連絡係をしつつ若君ことご主人様のお世話をしていた。


 旅立ってから四日目の夜。ボロボロになって戻ってきた遣いのフクロウから三人の身に何か起きたのを察知したベーカーは、爺様経由で知り合いのゴブリン総出で探索し、変わり果てた三人を発見。


 その場所こそ、今から向かおうとしている『テントスの川沿い』。私はあの時、屋敷で待機させられていたから初めてだが、ご主人様にとっては二回目のはず。


「私の嗅覚を使えば、十年前でも三人がどこで息絶えたか分かるはず。でも、あの時の件はベーカーも爺様も、そしてご主人様も誰も口にしない。深い深い理由があるのか。それとも、真実を明らかにするその時を待っているのか……」


 部外者のアイツはともなく、ご主人様と爺様そして私にとってあの場所は忌々しい場所。それでも全く顔に出さないのだから、ご主人様はやっぱり凄すぎますわ。


 そこに辿り着いたら、もしかしたら謎のスキルとやらを駆使してアイツに過去の出来事を見てもらうつもりかもしれない。


「次々に不思議な技を出しても、さすがに謎多き事件を解明することは不可能でしょうね。万が一にでもスラスラ解明したらアイツではなく、『イーナ様』と呼ぶくらい感謝カンゲキ雨嵐」


 とはいえ、すでに先代様と同じレベルに達していると言われている主席魔術師のご主人様でさえ未解決の事件。小娘が真相を暴くなんて不可能。


「そうそう、まぐれの連続でここまできたのよ……。うんうん、実力じゃない」

 

 さてと、次の目的地に着くまで私はご主人様の胸の中で眠ることにしましょうか。

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