第26話 水晶玉とルビーの秘密

「これはご主人様から頂いた大切なペンダント! 誰がアンタなんかに!」


 サナの悪態は予想していたが、さすがに事が事だけに私も引き下がることはできない。


「サナ、軍師としての命令です。フォスナン国に危機が迫っています」


 人生で初めて人に命令した。いや、正確には半魚人だがこの場合はどっちでもいい。とにかくのんびり過ごしている暇はない。


 とはいえ、リョクチャはすごく美味しかった。本当はこんなゴタゴタしている中で飲みたくはなかったのだけれど。


 今度はジット家のテラスや離れの部屋でゆっくりと飲みたい。ただし、サナが出してくれる保証はないが。


「うぐぐぐ……」


 歯を食いしばってサナが唸る。


 ビヨルンから貰ったペンダントは彼女にとって特別なものだろう。日頃の言動からすごくよく分かる。


「サナ、私からもお願いだ。イーナに渡して欲しい。故郷の危機を救うためだ」

「ご主人様が仰るなら! ……はい、軍師様どうぞ!」


 ビヨルンの言葉で渋々きれいに光る水晶玉のペンダント首から外すと、サナは私の手のひらに押し込んだ。


 冷たいはずの水晶はすごく暖かい。


 これを地図に重ねれば何かが見える気がしたが、触ってみるとそれでは上手くいかないと感じた。


 国に危機が迫っている。それを護るのが主席魔術師と軍師の役目。


 ビヨルンの杖と軍師の証であるルビーの指輪……。そして、サナのペンダントを重ねてみる。そうしたら、道しるべ的なものが浮かんでくる!


「ビヨルンの杖とサナのペンダント、そしてルビーの指輪を重ねてみましょう」

「順番はあるのか? 杖の持ち手の宝石たちの上に水晶玉を乗せる……。イーナ、ぴったりこの窪みにはまるぞ!」


 杖の持ち手にある窪みに水晶玉を乗せるとぴったりとはまった。そこにルビーを合わせると、放射状にまばゆい光が一斉に広がる。


「ま、眩しいでござる……」

「た、助けて下さいご主人様~。私の可愛い目が潰れてしまいます……」


 グリンボとサナが騒いでいるのが、光に包まれながら祈りを捧げた。どうかムーンガラージャと対になっている聖剣が見つかりますようにと。


 同じように杖を持ちつつ光の中に立っているビヨルンは呪文を唱えている。しかし、いつも聞くような言葉とは少し違う。それとも気のせいなのか……。


 光が少しずつ弱まると、またもやグリンボとサナが大騒ぎし始めた。


「ギャー怖い! 絶対にヤバイですって!」

「旦那様、軍師殿、あそこをご覧を、でござる……」


 グリンボが最初に飛び跳ねていた切り株に地図のようなものが浮かび上がってきた。


「なるほど、地図だな」

「ただの地図ではなく特別な地図です。ビヨルン、聖剣が封じられている場所が示されているようです」


 デンガー国へとつながる険しい谷『鳴き龍の山』と平坦な『テントスの川沿い』の地形が詳細に書かれている。


 そのうち、『テントスの川沿い』が赤く光っていた。


「どうやらこの川の中に聖剣が封じられているようだ」

「それでは、『テントスの川沿い』へと向かいましょう」


 赤く光る場所は川のど真ん中。半魚人のサナにとって来てもらうしかないようだ。


「それで、旦那様と軍師殿はデンガー国をどのようにするつもりでござる?」


 グリンボに聞かれ、私は頭が真っ白になった。そもそも、軍師なのにデンガー国は攻め入るつもりでいるがライズ5世を筆頭としたフォスナン国側の考えを把握していない。


 侵略して来たら戦うのか。和平交渉をするのか。それともデンガー国を逆に攻略し併合するのか……。


「侵略を阻止する。ただそれだけだ」

「直接対決を避けて、侵略を阻止したいということでござるな?」


グリンボがビヨルンの肩に飛び移り、顔を覗き込むように確認した。それに対し、黙って頷くと口を開いた。


「戦いは失うものが多すぎる。デンガー国が悪いわけだが、身動きさせず誰一人もフォスナン国に入らせぬようにする」


 なるほど。やっぱりビヨルンは全面的に戦うのではなく裏工作をして相手が動けないことを望んでいるというわけか。


「『鳴き龍の山』の工作は私グリンボが仲間に伝えて万全を期すでござる」


 ゴブリンは小さすぎて相手にも気づかれにくい。ただでさえ険しい道が通れないのであればフォスナン国に来るのはほぼ不可能だ。


 絶対に『死の森』は通らない。となると、遅かれ早かれ『テントスの川沿い』に部隊を展開させることになる。でも、それはいつになるのだろうか?


「さっさとご主人様の力とドラゴンと聖剣の力を使えば、隣の国なんてぶっ飛ばすことができて全て丸く収まりますよ!」


 サナが言葉とは裏腹に祈るようなポーズでビヨルンに迫る。

 

 そのポーズをとるとサナの胸のボリュームがさらに目立つが、相変わらず彼は無視して冷静な態度を崩さない。


「事を荒げるのは好きではない。相手が自滅しデンガー国にも平和が訪れることを私は願っている。おそらく、イーナも同じことを考えているだろう」


 自分の考えを否定されたサナはすぐそばでシクシクと泣き出した。この状態で刺激させるようなことは言いたくないのだけれど……。


「軍師がダナのお父さんなら小さい頃から知っているので行動パターンや思考が読めます。短気な方なので用意周到とは無縁。プリモス13世と同じように侵略一択でしょう」


 私の言葉にビヨルンは頷いている。話を聞きたがっているようだ。


「ただ、争いに関係のない街の人たちがどういう状況に置かれているのか気になります。プリモス13世に対して人々が思っているところがあるのは店でも耳にしていたので……」


 サナは私が説明しているのを見ると、途端に声のボリュームを上げてきた。それを見たグリンボが空に向かって指で何かを描く。


 特別な変化は起きないが、サナが急に慌てだした。


「サナ、少しは落ち着いて筒の中で反省しろでござる」

「え、ちょっと。待ってよ爺様……」


 大泣きしていたサナはビヨルンの水筒に吸い込まれるように姿を消した。


「これで静かになったでござるな~」


 グリンボは私にウィンクをしてくる。少し嬉しい気持ちもあるが、苦笑いで答えるしかない。


「理想的なのは自滅してくれること。しかし、罪なき人々まで巻き込むつもりはない。となると、プリモス13世や軍の上層部が退場し新しい治世が始まることが望ましい」

「その通りです」


 調子よく杖の上に上って跳ねるグリンボは、ビヨルンや私の話を聞きながら驚くことを口にした。


「だいたいプリモス13世は王家の血筋ではないでござんす。成り上がりでござる」

 

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