第25話 消えた聖剣

「ドラゴンを操るには聖剣が必要、とジット家に伝わる古文書には記されていたが見当たらぬな」


 ゴブリンと死の谷での戦略を話し合っている途中、ビヨルンが思い出したように呟いた。


「聖剣ですとな。たしかにドラゴンと聖剣は対なるモノ。ドラゴンが飲み込んだことも考えられるでござる」

「なるほど……」


 私とサナは二人の話をキョトンとした顔をして聞いていた。ドラゴンが聖剣を飲む理由が全く分からない。特別な威力でも発揮するのだろうか。


「ゴブリンさん、飲むことは何か意味があるのですか?」

「グヒヒ、それはですな……」

「それは?」

「特に大きな意味はないと言われてるでござる」

「はぁ?」


 ゴブリンはピョンピョン飛び跳ねて私の反応を見て喜んでいた。肩透かしをくらったわけだが、サナは怒り心頭のようだ。


「爺様! 首絞めますからね!」

「それはご勘弁を!」


 もはや脅しどころではない。殺気立っているサナを前にゴブリンは土下座をして謝っている。


「ドラゴンによって性質も役割も異なる。よって聖剣の質も一つとは限らないのだ。とにかく、ドラゴンが起きてから事情を聞くしかないだろう」


 ビヨルンは慌てる様子もなく理路整然と話す。それを見たサナが目をハートマークにして頷きながら聞いている。ほんの数秒前とはえらい違いだ。


「もしかしたら、イーナ殿が分かるかと思うでやんす」


 いきなり語尾を変えてきた。何か意図があるのだろうか。


「イーナ、何か感じるか?」


 何の前触れもなくビヨルンが私の頭をポンと叩き、吸い込まれそうなガラスのような青い瞳で覗き込んできた。


 こんなことをされたら、ほとんどの女性は勘違いをしてしまうだろう。


「え、えっとですね……」


 彼の青い瞳に私が映るはずが聖剣とドラゴンが仲良く遊んでいる様子が浮かび上がってきた。次の瞬間、聖剣が消え去りドラゴンが泣きながら頭を抱えている姿に変わった。


「ご主人様の瞳をそんなに見ているんじゃないのよ~」


 サナが私に体当たりしてくる。こっちも何の前触れもない事態だ。


「サナ、八つ当たりは見苦しいでござる」

「爺様は人の気持ちが分からないのよ!」

「サナ、そなたは人ではなく半魚人でござる」


 ドタバタと話し合っている二人を横にし、ビヨルンに見えたことをしっかり伝えなければいけない。照れていたり動揺している暇はない。それが私の役目なのだから。


「聖剣はドラゴンにとって親友です。そして、何かの拍子で聖剣と離れ離れになり頭が痛いと泣いています」


 私の話を聞くとビヨルンは目を閉じ何かを考え始めた。周囲ではゴブリンとサナがあーだこーだと言い合っているのによく瞑想できるものだ。


「聖剣がなければドラゴンの頭痛は完全には治らない。今はイーナのおかげで落ち着き眠ってはいるものの、一刻も聖剣を早く探し出さねばいけぬということか」


 ドラゴンが封じられていた石の近くにありそうな雰囲気はなかった。なんとなく遠くにありそうな予感がある。


「ちょっと爺様! この辺りを拠点としているんだから言い伝えとか耳にしていなませんか?」


 サナが強い口調でグリンボに迫る。顔が広そうな彼なら何か知っていそうだけれど……。


「ドラゴンにまつわる話など、この辺りでは珍しくないでござる」


 そういうグリンボは知った顔で胸を張る。


「それでは、この辺りにはドラゴンがゴロゴロ眠っているということか?」

「人がやすやすと近づけぬ場所ゆえ、ドラゴンを封じるまたはドラゴン自身が眠りにつくには最適でござる」


 この林や河原にはドラゴンがゴロゴロ眠っている。一斉に目を覚ますことがあったら大変だ。制御不能のドラゴンとドラゴンがぶつかり合えば一つの国が丸ごと焼けつくされるだろう。


「ドラゴンを味方につけるのは心強いが、さすがに何匹もはいらぬ。しかし、どのくらいいるのだろうか……」


 ビヨルンがチラリと私を見た。どうやら探知して欲しいようだ。


 しかし、どうやってドラゴンの居場所を探せばよいのだか見当もつかない。早く答えを見つけないといけない。そうした役割を彼は求めているのだから。もし、役に立たなければその時点で婚約破棄されるだろう……。


「ご主人様! 少しお茶でも飲んでお休みされませんか~?」


 サナが背負っているリュックから小さなティーセットを取り出した。


「おぉ懐かしい! ジット家の紅茶セットでござるな」 


 見るからに高価そうなジット家のティーセットをサナは手際よくセッティングする。屋敷で彼女の働きぶりをみていると驚くほど女給頭として完璧に動いている。非常に有能な女性なのは間違いない。


 その分、私に対する風当たりの強さや感情を露わにする時のギャップに驚いてしまうのだが……。


「旅先で飲むのも悪くない」

「キャ~嬉しいです。ご主人様からお褒めの言葉を頂いて、サナは幸せでございます~」


 大好きアピールを全開しているというのに、いつもこんな調子だからなのかビヨルンは全く反応しない。二人のやり取りをみていると、なにもされなければサナに同情し味方になるところだろう。


「遠い遠い国から取り寄せた貴重な緑茶を飲みましょう」

「ほう、緑茶でござるか。それまた風流なことで」


 リョクチャ? 初めて聞く飲み物だ。上流階級にとっても貴重なのだから私が知るわけがない。


「緑茶を飲む国でもドラゴンがいると耳にしたことがあるでござる」

「我が国のドラゴンとは種類が違うようだな。書物で目にしたことがある。なんでも玉を携え統治者の権威を高めるという」


 聖剣ではなく玉を携える、か。遠く離れているけど、ドラゴンはドラゴン。玉を使って何かが見えてくるかもしれない……。


「はいどうぞ」


 ガシャンと音を立ててサナが無表情でリョクチャを出してくれた。もうこの対応には慣れっこだ。本当は色々とお話をしたいところだけど。


 若草色のお茶は清々しい匂いがしリフレッシュ効果が期待できそうだ。それにしても、玉を使うドラゴンもいる。玉と言えば窓にアメジストの紫水晶の玉が置いてあったっけ。


 あれが光ると悪いことが起きるとかハリスさんが口にしていたけど、家と一緒に燃やされちゃったのかな……。それとも、珍しいから誰かがこっそり持ち出したりしているかも。


 玉か……。あれ、サナのペンダントって水晶玉だったはず。ちょっと借りて使ってみると何かヒントが浮かんできそう!


「サ、サナ。頼みたいことがあるんだけど?」

「はい?!」


 完全に話しかけられたくない雰囲気全開。だけど、軍師として働かないと。私はフォスナン国の命運を握っているのだから!


「水晶玉のペンダントを借りたいの。水晶玉を通して地図を見ると手がかりが見つかりそうな気がするのよ。お願い……」

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