第16話 イーナのため息

「私のフィアンセだ」


 屋敷に着くなりそう言い出したビヨルンは何の躊躇もなくベイカーさんやサナに伝えていた。好意を寄せるサナは大泣きし動揺していたが、私も彼女と同じように心乱れた。


 濡れ衣を着られ死の森へ追放され、絶体絶命のピンチに彼が命を助けてくれた。とにかく命の恩人である事実は変わることはない。


 デンガー国には魔術師はいない。私たち世代の中では魔術師はおとぎ話の世界の人という扱いだ。でも、ハリス夫妻は事あるごとに『国王が魔術師を信用していないから駆逐した』と言っていた。


 子どもの頃『駆逐』の意味が分からなかったが成長するうちに意味するところが分かった。近隣国ではいるという話は店に来る旅人や冒険ギルドの人たちから沢山聞いていたから、本当にいるというのは分かっていたけれど……。


 とくに医術ギルドに属する人たちが酒に酔うと色々と話をし、プリモス13世と魔術師にまつわる噂話をしていた。ほとんどが聞いていて楽しいものではなかったが私的には魔術師は魅力的な存在だった。


 私のような魔術師が全く身近ではない国の者からすると、ビヨルンが繰り出す数々の魔術は驚きの連続だ。しかし、それを遥かに超えた驚きが私をフィアンセと高々に宣言したことだ。


 好意を寄せているであろうサナは大騒ぎを繰り返し、嫌がらせをしつつビヨルンやベーカーさんにたしなめられるの繰り返し。今は離れで生活しているかまだ良いけれど、屋敷住まいをスタートしたら毎日何かしらの事件が起きそうだ。


 万が一にでも結婚しても、今と同じように離れで悠々自適に暮らしたい。


 こうして宮殿に赴き、フォスナン国の国王夫妻と会食をし紹介するのだから彼は本気なのだろう。それだけでない、ビヨルンの言葉をお二人は信じ私を軍師として採用しようとしている。


 国のトップはお人好しだけでは務まらない。それだけビヨルンのことを信用している証なのだろうけど。

 

 でも、私と出会って数日のうちから将来の伴侶と決めるのだから相当な決意だ。何とか彼の本心を探ろうとしているけど全くお手上げ。チェスとかボードゲームでは相手の心理を考えるのが得意だけど、普段の生活では役に立たない。


 彼はフォスナン国の公爵であり主席魔術師。そしてあの完璧な容姿。サナがメロメロになるのもよく分かる。


 全てを兼ね備えているのに隣国の訳ありの娘と結婚すると宣言するのには勇気が必要だ。彼なら王侯貴族からいくらでも結婚話が届いているはずだ。


 そういう申し出を全て拒否してもいいくらい、希少価値の高いという私のスキルを欲しているのだろう。常に適切なハーブや炎を指示する役がいれば、彼の魔術の技が飛躍的に伸びるらしいから……。


 残念ながら自分でも分かる。私に惚れているのではなくフォスナン国に存在しないミステリアスな力、パワーを持つ娘に興味があるのだ。


 死の森を生き抜いたことで得た不思議なスキル。


 得たくてものにしたスキルではないけれど、短期間のうちに想像もしないことが次から次へと起きるからついていけない。


 酒場の娘が隣国の公爵と結婚するかもしれないなんて……。


 貴族階級や富裕層ではないから家同士の結婚は無縁だと思い、両親のように恋愛結婚をするものだと思っていたけど、まさかこんなことになるなんて!


 あぁ、嫌なことを思い出した。小さい頃からダナは恋愛結婚に憧れる私を笑い飛ばしていたっけ。少しでも上の階級の人と結婚することが女にとって最大の使命だって。


「相手の外見は大切だけれど、一番大切なのは家柄とお金。少しでも好条件の男性と結婚するには自分磨きもしなくちゃね」


 平気でそんなことを口にしながら花摘みをしていたっけ。  


 その花を摘んで美容ポーションを作るのが得意な薬術師のおばあさんに持っていくとタダでポーションを貰えると口にしていたけど、結局はどこの誰だか教えて貰えなかった。


 デンガー国は階級制が厳しい。


 もしかしたあら、あの頃から成り上がるために色々と画策していたのかもしれない。それを全く気がつかないでいたなんて、本当に私はバカだわ。

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