第17話 年老いた軍師に託されて
「おぉ、そなたがワシの後継の軍師か……」
黒いマントを羽織、いかにも頭がキレますという高齢の男性が私に話しかけてきた。確かにもう命はあと何年も持たないような雰囲気を漂わせている。
「我が名はグラントン。アーロン・グラントンじゃ。ライズ5世の曽祖父の代から軍師としてお仕えしたが、老い先短いゆえ、後継者のことだけが唯一の心配事だった」
威圧感が半端ないが、ここは負けてられない。自分の意見を述べるるしかない!
「失礼ながら、私には戦の経験は皆無です。フォスナン国の命運を私が握るには荷が重く感じております」
軍師が戦略を間違えれば被害を受けるのは兵士や国民。未経験者の私がそこまで責任を負うことはできない。
なのに、軍師はいきなり笑い出した。私、ギャグでも言ったかな?
「ビヨルンから色々と聞いておる。泥沼の森、そなたの国では『死の森』だな。そこで生き延びハーブを選別する力を得た。まだまだ能力が伸びそうだ」
どんだけフォスナン国は人材不足なのだろうか。いわくつきの小娘に命運を分けるような大役を任すとは。
「恐れながら、その能力と軍師に求められる力は別物かと……」
何とか撤回させようと試みるも、ビヨルンが言葉を遮る。
「若き日のグラントン殿と変わらぬ能力を持っている。私が保証するから安心せよ」
「ほほほ……。若き日、とな。相変わらずだのう、ビヨルンは」
老軍師に向かってけっこう無礼なことを言っているけど、お咎めなしとは。良い身分なんだな、彼。
「つまらぬ質問かと存じますが、この国には軍師の後継者がいない理由とは?」
「理由は簡単じゃ。ワシも何十年と探してきたが全く見つからん。ここ数年は我が国に万が一でも危機が迫った時、誰が指揮を執るのかと心配しておっていた」
これまでフォスナン国について耳にしたことといえば、『美男美女が多い』『金細工の技術が高い』『水がきれい』『自然豊か』というワード。自然が豊かで水がきれいだから医術ギルドの人たちもポーションを作るのにフォスナン国の市に通っていると言ってた。
軍に関する話は一度も聞いたことがない。ということは、軍師と言うのは名ばかりの名誉職なのかも……。
「完全に私一人で指揮を出すのでしょうか……」
「いやいや、公爵家であるジット家の者たちと軍師が連携をする。軍師は要であるが戦の時にビヨルン達は不可欠だ」
なんだ、平和そうな国だしいざこざが起きてもビヨルンがいるなら大丈夫そう。でも『ジット家の者たち』とは? なるほど、ベーカーさんが助けてくれるのか。
「それならば、私イーナ・モルセン、フォスナン国の軍師を拝命いたします」
「おぉ、それはありがたい。それでは国王陛下にお伝えし任命式を行わなければならぬな!」
さっきまでの弱々しい雰囲気が一変し、グラントン殿は椅子から立ち上がり叫んだがビヨルンがそれを制した。
「グラントン殿、興奮するとお体によくありません。急を要するため式は省略します」
「なに、それほどまでに邪悪な動きが加速しておるのか……」
ビヨルンが口にする『邪悪』って何だろう? 自然現象? それとも魔女がどこからか襲来するとか?
「それならば式の取り止めは仕方がない。まずは軍師として必要なものを集めなければならぬな」
「邪悪な者たちの動きを抑えながら、イーナと私とで集めていきます」
「そなたの父上が存命の頃に聞いていると思うが、順番が大切じゃ」
「書物に残し、私とサナが熟読しています」
え? 今サナと言った? 『ジット家の者たち』ってベーカーさんとかじゃなくてサナのこと~?
これはビヨルンに確認しないといけない。私は慌てて彼に聞いた。
「ちょっといいですか。サナの役割はどういうものですか?」
「軍師と連携して国を守るのもジット家の役目。サナはその役割に関して熟知している。軍師に必要なものをグラントン殿から引継ぎ、屋敷で準備をせねばならない」
サナ、段取りに詳しいのか。
うわ~、また叩かれたり嫌がらせ受けたりしそう。う~ん、頭が痛い。
「それでは、ベーカーさんは?」
「今回の件に関してはサポート役だ。サナは私と軍師との連携には欠かせぬ人材」
サナ、あんな子だけど超重要ポジションか。ということは、これまで以上に一緒に行動することが増えるとか……。
「軍師の証である黄金の鷲のブローチ、玉、黒豹のコートは早速ジット家に送るよう手配する」
グラントン殿がそういうと、お付きの者たちが『御意』と言い立ち去っていった。彼らが姿を消すと、老軍師は愉快そうに笑った。
「ビヨルンの瞬間移動を使えば簡単だが、主席魔術師の姿を知られては困るからの」
そうか、魔術師としての顔は国家機密だったけ。本人が隠そうともしてないから気がつかないけど、私もうっかり口外しないように気をつけないといけない。
「私も面倒だなと感じることもありますが、国の掟ですので」
「守らねばならぬからの」
「グラントン殿、他に何かイーナに向けて伝えておきたいことはありますか?」
「そうじゃの……。ただ直感を感じていれば邪悪な念を感じることができるはずだ」
「黒く重い気持ちはそう簡単に隠すことができない、ということですね」
「そうじゃな」
難しい。こういう抽象的な会話をポンポンしていかないといけないのかと思うと軍師を引き受けるのを止めようかと本気で思ってしまう。
「欲望は判断を見誤り、大罪を犯すきっかけになる。災いが波及せぬようにするには、その芽を早く潰すに越したことはない」
「よどんだ欲望は非常に分かりやすく、うまく利用すればハーブの効能を最大限に活かすことができます」
「おぉ、そのような荒業まで考えておるのか。よほど邪悪な念が嫌いなようだな」
「イーナが栽培しているハーブで一網打尽できるかと」
「うむ、頼もしい限りじゃ」
二人はまた敵の話をしているが、私にはどういった敵なのか全く見えてこない。
「つかぬ事をお聞きしますが、邪悪とは敵のことですか?」
「そうだが」
「ハッキリと相手が誰だか分かっているのでしょうか?」
私の言葉にビヨルンは動揺を全くせずに敵の名を告げた。
「デンガー国にて明確な邪悪な動きがある。フォスナン国を手に入れようとする邪悪な念が日増しに強くなっている」
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